四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
それから数日をかけて選抜を続けた結果、第一層へ向かう戦士百名がついに決定した。
年齢も性別も様々だったが、選ばれた者たちには共通して高い魔力や闘気、あるいは実戦経験がある。
サンヘイズ村郊外の広場には、その百名が十列に分かれて並んでいた。
ハナは全員の顔を見渡してから、一歩前へ出る。
「君たちは、第一層へ向かう戦士として選ばれた!」
広場にハナの声が響く。
「だが、選ばれたからといって喜んで終わりではない。これから向かう場所では、本当に人と戦うことになるかもしれない。場合によっては、命を落とすことだってある」
選抜の段階でも説明していたことではある。
それでも、実際に百人まで絞り込んだ今だからこそ、改めて確認しておきたかった。
「だから最後にもう一度だけ聞く。第三層を守るため、自分の命を懸けて戦えるか!」
一瞬だけ静寂が訪れた。
しかし、すぐに前列の男が拳を突き上げた。
「当然だ!」
「ここまで来て帰れるか!」
「俺たちの村は俺たちで守る!」
声は次々と広がり、やがて百人全員の雄叫びとなって広場を震わせた。
「おおおおおおっ!!」
ハナはその光景を見ながら、思わず笑みを浮かべる。
「心強いな……!」
想像していた以上だった。
少し前まで第三層の村々は、それぞれが自分たちの暮らしを守るだけで精一杯だった。それが今では、遠く離れた村の者同士が同じ目的のために集まっている。
「では、これからの予定を説明する!」
ハナは十列に分かれた戦士たちを指し示した。
「まず、百名を十人ずつの十組に分ける。各組のリーダーはこちらで決めさせてもらった。選考基準は魔力量、闘気量、実戦経験を合わせたものだ」
すでにリリアナたちと相談し、各班の中心となる十人は決めてある。
これから半年近く行動を共にする以上、百人全員を一つの集団として動かすより、小さく分けた方が訓練もしやすい。
「班分けが終わったら、順番に最下層へ移動してもらう。向こうには我々が世話になっている道場があるから、そこで基礎的な鍛錬を受けてもらう予定だ」
戦士たちの間に小さなどよめきが起こる。
最下層へ自分から向かうなど、少し前なら考えられなかった話だろう。
ハナは構わず続けた。
「その後、《神輪の祭壇》へ向かってもらう。最初の目標は全員が三輪へ到達し、《エンハンス》を習得することだ。ただ、可能ならそこで終わらせるつもりはない。経験値が足りている者には、その先も目指してもらう」
第一層の神徒を相手にする以上、《エンハンス》は最低条件になる。
さらに四輪、五輪と進める者がいれば、それだけこちらの戦力は上がる。
「それと、今回の選抜に落ちた者の中にも、《エンハンス》を覚えるため最下層へ行きたい者がいると聞いている。希望する者は一緒に来てもらって構わない!」
戦争へ参加する百人だけが強くなればいいわけではない。
今回の戦いが終わったあとも、第三層には魔物や未知の危険が残る。戦える人間が増えること自体に意味があった。
「では各班、リーダーの指示に従って準備を始めてくれ!」
再び大きな返事が響く。
こうして、第一層へ向かう百名の戦士たちによる訓練が本格的に始まった。
・・・
・・
・
その頃……
先行して第一層へ向かっていたフィリアンドとカルサコは、エルヴァンたちに連れられて初めて第一層の街を歩いていた。
「貴族の住んでいる第二層も凄いと思いましたけど……こっちはさらに上ですね」
フィリアンドは辺りを見回しながら、感心したように呟く。
道は綺麗に舗装され、並んでいる建物も第三層では見たことがないほど大きい。装飾された柱や窓、魔力によって動いているらしい設備まで、目に入るもののほとんどが珍しかった。
「ああ……目がチカチカするな」
カルサコも落ち着かない様子で周囲を見る。
「俺にはサンヘイズ村くらいがちょうどいい」
「僕もちょっと分かります」
そんな会話をしながら進んでいると、何度か赤髪の神徒とすれ違った。
彼らの反応は様々だった。
紫髪の二人を見るなり露骨に顔をしかめる者もいれば、闘技場へ送られてきた一般人だと察し、珍しいものを見るように視線を向けてくる者もいる。
カルサコはその度に視線を返しそうになったが、余計な問題を起こさないよう黙って歩いた。
「気にするな」
前を歩くエルヴァンが小声で言う。
「ここでは一般人を見る機会自体が少ない。闘技場の外を歩いていれば、多少目立つのは仕方がない」
「分かってるよ」
やがて、前方に巨大な建造物が見えてきた。
「ここだ」
エルヴァンが指差す。
「いやはや……途中から見えてはいたが、本当にでかいな」
カルサコが見上げる。
目の前にあるのは巨大な長方形の建物だった。
中央部分が大きく開けており、そこが戦闘用の舞台になっているらしい。その周囲を何層にも重なる客席が囲んでいる。
「これが第二闘技場だ」
「第二?」
「ああ。元々使われている第一闘技場は円形だが、新しく作られたこちらは長方形になっている」
エルヴァンは入口を指し示しながら説明を続ける。
「今後、大規模に戦士を受け入れるために建設された。闘技場への出入りは基本的にこの入口からしかできない。そして戦士たちの居住区は、この建物のさらに奥にある」
「なるほど」
「ただし、今は第二闘技場に用はない」
エルヴァンは二人へ振り返った。
「君たちには既存の第一闘技場へ入ってもらい、そこで現在の戦士たちと実際に戦ってもらう。第三層から百人を連れてきても問題ない実力があるか、それを確認するためだ」
「期間はどれくらいですか?」
フィリアンドが尋ねる。
「おそらく一か月ほどだ。ただ、通常の戦士より滞在期間が短い分、試合数は多くなるかもしれない」
一か月。
思っていたより長いが、それでもやることは単純だった。
戦って勝つ。
そして第三層の戦士が第一層でも通用すると証明する。
カルサコはフィリアンドを見る。
「二人でしっかり実力を見せよう」
「はい!」
二人はそのままエルヴァンたちに連れられ、闘技場内部の受付へ向かった。
・・・
・・
・
「こちらで手続きをする」
受付には、一人の貴族が座っていた。
フィリアンドは少し意外そうにその姿を見る。
「受付の方も貴族なんですね」
「ああ」
エルヴァンが頷く。
「神徒は、それぞれの家に与えられた使命以外の仕事を基本的に行わない。こういった施設の管理や事務仕事は我々貴族、あるいは闘技場を引退した者が担当することが多い」
「なんだか貴族の人も大変そうですね。僕たちをここまで連れてきてくれたのだってエルヴァンさんたちですし」
「分かるか、君!」
エルヴァンが急に振り返った。
「本当に大変なんだ! 第一層からは次々と仕事を振られ、それを第二層で処理し、さらに第三層まで足を運ぶこともある。それだけ働いているのだから、闘技場を観戦するくらい許されてもいいと思わないか!?」
「エルヴァン」
隣のミレアが低い声で名前を呼んだ。
「第一層でそんなことを言わないの」
「……ああ。そうだったな」
エルヴァンは咳払いをして前を向く。
フィリアンドは笑いを堪えていた。
その後、エルヴァンと受付の貴族が書類を確認しながらしばらくやり取りを続け、二人の仮登録が完了した。
「これで問題ない」
受付の貴族が書類を重ねる。
エルヴァンも一仕事終えたように息を吐いた。
「では、我々は一度第二層へ戻る。一か月後にまた迎えに来るから、それまでしっかり活躍してくれよ」
「分かりました」
「任せてくれ」
「期待している」
エルヴァンとミレアは二人へ別れを告げ、そのまま闘技場を後にした。
残されたカルサコとフィリアンドのもとへ、先ほど受付にいた女性が近づいてくる。
「二人とも、ようこそ。早速だけど居住区を案内するわ」
「お願いします」
受付の女性について闘技場の奥へ進むと、やがて景色が大きく変わった。
「……でかいな」
カルサコが驚いた声を出す。
そこには同じ形をした建物が何棟も並んでいた。
一棟につき五階ほどの高さがあり、それぞれに大量の部屋が設けられている。ロフルが見れば、きっとマンションや団地のようだと言っただろう。
「こ、ここに住むんですか?」
フィリアンドが尋ねる。
「そうよ。あなたたちの部屋は《55D》」
「ごじゅうごでぃー?」
「D棟、五階、五番の部屋という意味よ。覚えやすいでしょう?」
「なるほど」
「それから、この居住区の先には商店街があるわ。食事や日用品、武器の手入れに必要な物も大体そこで揃う」
「商店街?」
さらに聞き慣れない言葉が出てきた。
受付の女性は腰につけていた小袋から、銅色の小さな物を取り出す。
「買い物にはこれを使うの」
カルサコは受け取った物を指先でつまんだ。
「これは……?」
「通貨よ」
「通貨?」
「第三層だと物々交換が多いんでしょう? あれを、この通貨を間に挟んでやると思えばいいわ。欲しい物に決められた値段があって、その分の通貨を渡せば交換できる」
「なるほど……そりゃ便利だ」
カルサコには、すぐに利点が分かった。
こちらが欲しい物を持つ相手が、自分の持ち物を欲しがっている必要がない。
間に共通の価値を持つ物を挟むだけでいい。
「ただし、闘技場にいる戦士が通貨を稼ぐ方法は基本的に一つ」
「試合ですか?」
「その通り。試合へ出て、活躍すること。勝てば当然報酬は増えるし、人気が出ればさらに条件のいい試合も組まれる」
「分かりやすいな」
「あなたたちは短期滞在だから、通常の戦士とは多少扱いが違うけどね。明日には早速、最初の試合が組まれると思うわ」
「明日……!」
フィリアンドの顔が強張った。
「緊張しますね……」
「今さら何言ってるんだ」
カルサコが笑いながら背中を叩く。
「ここまで来たらやるだけだ」
「分かってますよ!」
「それと、これは初期資金」
受付の女性が二人へ銅色の通貨を十枚ずつ手渡す。
「最初の試合までの食事や必要な物に使って。全部使っても構わないけど、次からは自分で稼いでもらうことになるから気をつけてね」
「ありがとうございます」
一通り説明を終えると、受付の女性はそのまま闘技場の方へ戻っていった。
二人だけになり、カルサコは手の中にある十枚の通貨を眺める。
「とりあえず……商店街ってところを見てみるか」
「そうですね。僕も気になります」
明日から試合が始まる。
何が待っているのかは分からないが、二人の目的は変わらない。
第三層の戦士が第一層でも十分に戦えることを証明し、後からやって来る百人のために道を作る。
こうしてカルサコとフィリアンドの、闘技場での生活が始まった。