四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
第一層の闘技場へ来てから一日。
昨日は受付の女性に教えてもらった商店街へ足を運び、カルサコとフィリアンドはパンや焼いた肉を買って夕食にした。
それだけなら第三層にもある食べ物だったが、口に入れた瞬間に二人は揃って驚いた。
「うまい……!」
「味がすごく濃いですね!」
肉には今まで口にしたことのない香辛料が使われ、表面には甘辛いタレが塗られている。パンも柔らかく、何もつけずに食べてもほのかな甘みがあった。
第三層では腹を満たすことが食事の一番の目的だったため、味を楽しむためにここまで手を加えた料理はほとんどない。
「第一層の連中は毎日こんなのを食ってるのか?」
「これだけでも来た甲斐があった気がしますね」
「目的を忘れるなよ」
「カルサコさんも二つ目の肉買ってたじゃないですか」
「……あれは仕方ない。うまかったからな」
二人はそんな会話をしながら、初めて使う通貨で買い物を楽しんだ。
そして翌日……
いよいよ最初の試合が始まった。
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第一闘技場の客席には、思っていたほど多くの観客はいなかった。
空席の方が目立つほどで、ところどころに神徒が座っている程度だ。
「昨日見た第二闘技場より小さいとはいえ、それでも相当広いな」
カルサコは控え場所から会場を見渡した。
「でも、お客さんは少ないですね」
「今日は新人戦だけらしいからな。わざわざ見に来る奴が少ないんだろう」
二人のほかにも、試合を待つ若い戦士たちが何人もいた。
彼らは闘技場の居住区で育ち、一定の年齢に達して戦士として登録された新人たちらしい。
カルサコとフィリアンドだけは第三層から招かれた特別枠となっていたが、本来の戦士は四つあるチームのどれかへ所属し、その一員として試合へ出場することになる。
「チームが違う者同士は、必要以上に仲良くするなって説明もありましたね」
「ああ。試合で当たる相手と仲良くなりすぎるのを避けたいんだろう」
対戦相手との馴れ合いや、意図的な勝敗操作を防ぐための決まりなのかもしれない。
闘技場で生活する者たちには、思った以上に細かな規則があるようだった。
ただ、一つ安心したこともある。
「武器が木製なのは助かるな」
カルサコが手にした木剣を軽く振る。
フィリアンドにも同じように木製の剣が渡されていた。
他の戦士が使っている槍や斧も、刃の部分まで硬い木で作られている。
「試合中に死ぬ人が出るのは稀っていう話、全部が嘘ってわけじゃなさそうですね」
「ああ。これなら普通に戦っている分には、そう簡単には死なないだろう」
もちろん、木製だから安全というわけではない。
鍛えた戦士が全力で殴れば骨くらいは簡単に折れるだろうし、頭部へまともに当たれば命に関わる。
それでも真剣を使うよりは遥かにましだった。
やがて闘技場の中央へ、一人の男が姿を現した。
派手な衣装を身につけ、観客席へ向かって大きく両腕を広げる。
「本日は第一闘技場へご来場いただき、ありがとうございます!」
よく通る声が会場全体へ響いた。
「本日は次代の闘技場を担う戦士たちによる、新人戦を行います! 未来の人気戦士がこの中から生まれるかもしれません。どうぞ最後までお楽しみください!」
少ないながらも、客席から拍手が起こる。
男は手元の紙を確認すると、さらに声を張り上げた。
「それでは早速、第一試合! 第三層よりやって来た特別参加者――フィリアンド!」
「早速僕ですね」
フィリアンドが立ち上がった。
「そして対するは、赤狼チーム期待の新人! バルク!」
反対側の入口から、槍を持った若い男が姿を現す。
フィリアンドは木剣を握り直した。
「行ってきます」
「ああ。しっかりやってこい」
「はい!」
カルサコに送り出され、フィリアンドは闘技場の中央へ向かった。
・・・
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向かいに立ったバルクは、フィリアンドより少し背が高かった。
身体つきもしっかりしており、長い木槍を両手で構えている。
対するフィリアンドは木剣一本だけで、盾は持っていない。
(闘気は……僕の方が多い)
フィリアンドは相手の身体から感じる力を静かに確認した。
ハナのように闘気をはっきりと視認できるわけではないが、長く鍛錬を続けるうちに、カルサコとフィリアンドも相手が内包している闘気を多少感じ取れるようになっていた。
少なくとも目の前の相手より、自分の方が多い。
だからといって油断するつもりはなかった。
(でも、ここは第一層。僕の知らない戦い方をするかもしれない)
バルクが槍を構える。
フィリアンドも腰を落とした。
「両者、準備はいいか!」
中央にいた審判役の男が二人を確認する。
「始め!」
合図と同時に、バルクが一気に踏み込んだ。
長い槍が真正面から突き出される。
「速い!」
フィリアンドは半歩横へ身体をずらし、槍をかわした。
すぐさま横薙ぎへ切り替えられた穂先を木剣で受け流す。
「っ!」
バルクはそのまま距離を取ろうとしたが、フィリアンドの方が速かった。
懐へ入り込み、木剣を下から振り上げる。
バルクが槍の柄で防ごうとするものの、衝撃を受け止めきれずに身体が大きく崩れた。
「まだだ!」
立て直そうとしたところへ、フィリアンドは剣先を首元で止める。
審判がすぐに手を上げた。
「そこまで! 勝者、フィリアンド!」
客席から小さなどよめきが起こった。
フィリアンドは息を整えながら木剣を下ろす。
思っていたより、あっさりと終わった。
・・・
・・
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「よくやったな!」
戻ってきたフィリアンドの肩を、カルサコが勢いよく叩いた。
「ありがとうございます」
「余裕だったじゃないか」
「でも、相手も新人ですからね。今ので第一層でも通用するとは思わない方がいいでしょう」
「慎重だな」
「ハナに何度も負けてますから」
「それは比較する相手が悪い」
二人が笑っているうちに次の試合が始まり、その後も新人同士の戦いが続いた。
そして数試合後。
「続いては、第三層より参加したもう一人の特別戦士! カルサコ!」
「ようやく俺か」
カルサコは木剣を肩へ乗せ、中央へ歩いていく。
結果はこちらも同じだった。
相手は大柄な新人戦士だったが、長年鍛冶仕事で身体を使いながら剣の鍛錬も続け、さらにこの一年で本格的に身体を鍛えてきたカルサコとの差は大きかった。
相手の攻撃を真正面から受け止め、そのまま力で押し返す。
最後は木剣を弾き飛ばし、問題なく勝利した。
「勝者、カルサコ!」
今度はフィリアンドが笑顔で迎える。
「お見事でした!」
「まあ、こんなものだ」
「さっき僕に油断するなって顔してたのに、随分余裕ですね」
「実際勝ったんだからいいだろう」
二人にとって、最初の新人戦は順調な滑り出しとなった。
・・・
・・
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その試合を、高い位置に設けられた特別席から眺めている男がいた。
ゼイン・S・レインフォージ。
今回の第三層からの戦士募集を裏で進めていた本人である。
「……いいな」
カルサコが勝利する様子を確認し、満足そうに頷く。
「第三層の二人。思ってたより強い」
新人相手とはいえ、二人ともほとんど危なげなく勝利している。
戦闘経験もあり、身体もかなり鍛え込まれていた。
「同じ程度の奴が百人も来るなら、多少はやり合えるか」
ソヴリンスター家の宝珠要塞へ攻め込む。
そのために最も不足しているのが人員だった。
百人もの戦力を堂々と第一層へ入れられるのであれば、それだけでも計画は大きく前進する。
しかし、ゼインの表情はすぐに険しくなった。
「問題は……《エンハンス》……」
どれほど身体を鍛えていても、第三層の一般人が扱える魔法輪は二つまで。
それが第一層における常識だった。
セレナスから最下層で何が起きているのかまでは、まだゼインにも伝わっていない。
当然、第三層の人間が《神輪の祭壇》を使い、三輪以上へ成長できることなど知るはずもなかった。
「神徒相手じゃ、《エンハンス》の有無はでかすぎる」
今日の試合では身体能力だけで勝てている。
だが、相手が神徒なら話は別だ。
全員が《エンハンス》を使い、それ以上の魔法まで扱う。
「全滅だけは避けたいが……どこまでやれるか」
ゼインは腕を組みながら、しばらく闘技場を見下ろした。
それでも、今は進めるしかない。
今回の募集を中途半端に終わらせれば、ソヴリンスター家を倒すための戦力そのものが足りなくなる。
「一か月で判断して、百人の受け入れを進める」
そう呟くと、ゼインは席を立った。
カルサコとフィリアンドが今後も十分な結果を残せば、第一層へ百人の一般人を連れてくる理由が正式に成立する。
彼はまだ知らない。
その頃、第三層から集められた戦士たちが最下層へ向かい、自分が最も不安視している《エンハンス》を習得するための訓練を始めていることを。
第一層への準備は、ゼインが想像している以上の速度で進み始めていた。