四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
「あれほど、おとなしくしておけと言っただろう……!」
森の中。
戻ってきたセレナスは、肩を震わせながら俺を睨んでいた。
「いや、だからこの子に助けが必要だったから……」
「それもさっき聞いた!」
「すいませぬ……」
こうなっては、もう謝るしかない。
俺は地面へ両手をつき、そのまま深々と頭を下げた。
「本当に悪かった」
「第一層へ来て、まだほとんど時間も経っていないんだぞ! それなのに、なぜ三人も殺すことになるんだ!」
「でも、復活するし……」
「そういう問題じゃない!」
「はい……」
完全に正論だった。
俺の横ではノエラがおろおろしながら、俺とセレナスを交互に見ている。
「わ、私のせいで……」
「ノエラは悪くないよ」
「お前がそれを言うな!」
「すいません!」
再び頭を下げる。
すると、少し離れた場所から大きな笑い声が聞こえてきた。
「あっはっは! 面白え奴を見つけたな、セレナス!」
顔を上げると、一人の男がこちらへ歩いてきていた。
赤い髪。
神徒であることは一目で分かるが、服装は思っていたよりも簡素で、これまで俺が見てきた神徒のような堅苦しさは感じない。
それでも、セレナスが連れてきたということは、この男が――。
「ゼイン・S・レインフォージだ」
セレナスが紹介する。
神徒の中でも最上位。
S階級に属するレインフォージ家の男。
「あなたがゼイン様……」
「様なんていらねえよ」
ゼインは笑いながら手を振った。
「気楽に話せって。こうして顔を合わせた時点で、もう仲間なんだからよ」
「おい、ゼイン」
セレナスが呆れたように口を挟む。
「さすがに一般人がS階級相手にその態度は――」
「セレナス、お前が言っても説得力ねえぞ」
「……」
「B階級のくせに、昔から俺に普通に話してるじゃねえか」
「それはゼインが……」
「だろ?」
ゼインは楽しそうに笑う。
どうやら、本当に堅苦しい人物ではないらしい。
「じゃあ、普通に話させてもらう」
「それでいい」
俺が立ち上がると、ゼインは改めてこちらをじっと見た。
「しかし……」
「何だ?」
「見れば見るほど、えぐいな」
ゼインの視線が俺の手と腕へ向く。
「一般人なのに五輪どころか六輪。神徒の限界を超えてるじゃねえか」
「まあな」
「しかもユニークリングまである。第三層の一般人って、みんなここまで行けるのか?」
「それは分からない」
俺は首を横へ振った。
「少なくとも、俺と同じ六輪まで行けるかは人によると思う。ただ《エンハンス》くらいなら、かなりの人数が習得できるはずだ」
「何?」
「今、第三層から選んだ戦士を最下層へ運んで訓練してる。神輪の祭壇まで連れていって、まずは三輪を目指してるところだ」
ゼインの表情が一気に変わった。
「本当か!?」
「ああ」
「それはでかいぞ!」
思った以上の反応だった。
「闘技場で見た二人も強かったが、結局《エンハンス》が使えないのが一番の問題だと思ってたんだ。あのくらい動ける奴が百人、それもエンハンス持ちになれば話が全然変わる」
「やっぱり、そっちでもそう思ってたんだな」
「当たり前だ。神徒と真正面からやり合うなら、身体能力だけじゃ厳しい」
ゼインはしばらく考え込んだあと、すぐに俺を見る。
「とにかく、詳しい話はうちでするぞ」
「うち?」
「レインフォージ家の屋敷だ」
そう言って、ゼインは持っていた布を俺へ投げた。
受け取ってみると、かなり大きなフード付きの外套だった。
「それを着ろ。紫髪の一般が第一層を堂々と歩くわけにはいかねえ」
「助かる」
「できるだけ顔も隠せよ」
「ああ」
俺が外套を羽織ろうとした、その時だった。
「おい!」
聞き覚えのある声が森の奥から響いた。
振り向く。
先ほど俺が殴り殺した三人が、こちらへ向かって歩いてきていた。
やはり《天与の祭壇》で再構築されたらしい。
「いたぞ! あの紫髪!」
「さっきはよくもやってくれたな!」
三人は俺の姿だけを見ており、その横にいる二人にはほとんど注意を払っていなかった。
「てか、お前ら二人は誰だよ!」
「こいつの仲間か?」
「ならまとめて殺しちまえばいいだろ!」
その言葉を聞いた瞬間だった。
ゼインの表情から笑みが消えた。
「……貴様」
声そのものは大きくない。
それでも、先ほどまでの気さくな男とはまるで別人だった。
空気が一気に重くなる。
「誰に向かって発言している?」
「は?」
一人が怪訝そうな顔をする。
だが、隣の男がゼインの顔を見た途端、表情を引きつらせた。
「お、おい……」
「何だよ」
「この人……見たことある」
「え?」
三人の態度が明らかに変わった。
ゼインは一歩だけ前へ出る。
「階級を言え」
「あ、えっと……」
「聞こえなかったか?」
三人が身体を震わせる。
「階級を言えと言っている!!」
「ひっ……!」
先ほどまで俺を殺すと騒いでいた三人が、一瞬で青ざめた。
「C……です」
「何?」
「C階級です……」
声まで震えている。
ゼインは冷たい目で三人を見下ろした。
「Aならまだしも、Cだと?」
「……」
「このレインフォージ家の者に何の伺いも立てず口を挟み、そのうえ殺すと言ったな」
「ち、違……」
「違わぬ」
三人は何も言えなくなる。
「到底、容認できるものではない」
俺はその様子を黙って見ていた。
さっきまでのゼインとは完全に別人だ。
それほどまでに、S階級という立場はこの世界で重いらしい。
「セレナス」
「何だ?」
「先に屋敷へ向かっておいてくれ」
「……ゼイン?」
「俺はこいつらを処理してから向かう」
その言葉に、三人の顔がさらに引きつった。
「わ、分かった」
セレナスは余計なことを言わなかった。
ゼインは三人へ視線を向ける。
「来い」
「でも……」
「二度言わせるな」
「は、はい……!」
三人は完全に萎縮したまま、ゼインについて森の奥へ消えていった。
俺とノエラは、その後ろ姿をただ見送るしかなかった。
「……怖っ」
思わず呟く。
するとセレナスが小さく息を吐いた。
「ふ……危うく忘れかけていた」
「何がだ?」
「これが本来の第一層だ」
セレナスはゼインたちが消えた方向を見る。
「厳格な階級社会。上位の家の言葉は絶対で、下位の家は逆らえない。僕のフロストハート家はB階級だから、本来ならゼインとこんなふうに話していること自体がおかしい」
「そうなのか?」
「ああ。正式な場なら、僕はもっと敬意を示さなければならない」
それから俺を見る。
「そして、お前も僕に気安く話しかけている」
「え?」
「それも十分異常だ」
「じゃあ、みんな異常ってことでこれからも頑張っていこう!」
「どうしてそうなる」
「気にしたら負けだろ」
「まったく……」
セレナスは頭を抱えた。
「とにかく行くぞ。フードを深く被れ。街へ入ったら絶対に顔を出すなよ」
「分かった」
俺は受け取った外套を羽織り、フードを深く被る。
そのまま歩き出そうとして、横にいるノエラへ目を向けた。
彼女はまだ不安そうにこちらを見ていた。
「セレナス」
「今度は何だ」
「ノエラも連れていっていいか?」
「……」
「このまま置いていくわけにもいかないだろ」
セレナスは一度ノエラを見たあと、諦めたように息を吐いた。
「好きにしろ」
「ありがとう」
俺はノエラへ手を伸ばす。
「おいで」
「……いいの?」
「ああ。少なくとも、さっきの家へ戻る必要はない」
ノエラは少し迷ったあと、小さく頷いた。
「うん……」
「じゃあ行こう」
俺とノエラはセレナスの後を追う。
第一層へ来て早々、予定外のことばかり起きている。
それでも、ようやくゼインと合流できた。
ここから先は、ソヴリンスター家を倒すための具体的な計画を詰めることになる。
俺たち三人は人目を避けながら、レインフォージ家の屋敷へ向かった。