四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
フロストハート家――会議室。
普段なら家の方針を決めるために使われる部屋には、今までにないほど多くの人間が集まっていた。
セレナスの父。
フロストハート家の長老たち。
そして、突然の宣戦布告について説明を求める家の者たち。
全員の視線が、部屋の中央に立つセレナスへ向けられている。
「セレナス!!!」
父の怒号が会議室全体を震わせた。
「お前、自分が何をしたのか分かっているのか!!」
「分かっている」
「分かっていて、ソヴリンスター家へ宣戦布告したというのか!」
「ああ」
セレナスは表情を変えない。
その隣では、長老の一人が椅子へ座り込んだまま両手で顔を覆っていた。
「終わりじゃ……」
震える声が漏れる。
「フロストハート家は終わりじゃ……まさか、ここまでのことをしでかすとは……」
目元から涙まで流している。
それでもセレナスは動じなかった。
「勝てば何も問題はない」
「どうやって勝つというのだ!!」
父が机を叩く。
「家の者全員で念入りに準備を重ねた末の宣戦布告なら、まだ分かる! だがお前は何の相談もなく突然戦争を始めたんだぞ!」
「相談していれば、全力で阻止しただろう?」
「当たり前だ!」
「だから言わなかった」
「セレナス!」
父の顔が怒りで真っ赤になる。
「安心してくれ。あなたたちの力には頼らない」
「何が安心だ!」
今度は別の長老が立ち上がった。
「お前一人の自殺に、フロストハート家全員が付き合わされているのだぞ! 負ければどうなると思っている!」
「勝算はある」
「何を根拠に!」
「それを今ここで話すつもりはない」
内部にソヴリンスター家と繋がっている者が絶対にいないとも限らない。
セレナスは計画の全容を家の者たちへ明かすつもりはなかった。
「戦いたくない者は家から出るな。宝珠要塞にも近づかず、七日間が終わるまで引きこもっていてくれ。それでいい」
「お前は……!」
父がさらに何か言おうとした、その時だった。
「セレナス!」
会議室の後方から声が上がる。
若い男だった。
周囲の者たちが一斉に振り返る。
「俺は……こんな日を、ずっと待っていたのかもしれない」
「何?」
「ソヴリンスター家の独裁。第三層と最下層の切り離し。それを仕方のないこととして受け入れるのは、俺にはできない!」
別の若者も立ち上がった。
「俺もだ!」
「お前まで何を言い出す!」
「セレナスのやり方が正しかったとは言わない。でも、誰かがやらなければ何も変わらなかった!」
「そうだ!」
次々と声が上がる。
「俺も戦う!」
「ソヴリンスター家が絶対なんて、もううんざりだ!」
「第三層を丸ごと切り捨てるなんて認められるか!」
全員ではない。
むしろ、座ったまま青ざめている者の方が遥かに多い。
それでも、一人、また一人と若い神徒が立ち上がっていく。
気づけば数十人がセレナスの側へ集まっていた。
セレナスは一人ずつ顔を見渡す。
「……ありがとう」
そして、はっきりと告げた。
「共に戦おう」
会議室が静まり返る。
「ソヴリンスター家をS階級から引きずり下ろす。僕についてくる覚悟のある者は、今から全員宝珠要塞へ移動するぞ!」
「おおっ!」
数十人の声が響いた。
父や長老たちが呆然と見つめる中、セレナスは勇士たちを引き連れて会議室を後にした。
・・・
・・
・
同じ頃……
レインフォージ家もまた、宣戦布告の影響で慌ただしく動いていた。
「まさかフロストハート家が、あんな愚かな真似をするとはな」
「よりにもよってソヴリンスター家へ挑むとは……」
「我々も護衛へ駆り出されることになるだろう」
会議室にはレインフォージ家の重役たちが集まり、次々と意見を交わしている。
ただ、誰もフロストハート家が勝つとは考えていなかった。
「しかし、本当にこちらから戦力を出す必要があるのか?」
一人が資料を見ながら首を傾げる。
「相手はB階級だぞ。セレスティアンブレードだけで一掃できるのではないか?」
「私もそう思う。こちらはこちらで人手が足りん」
今年のレインフォージ家は、例年以上に忙しかった。
第二闘技場の建設。
完成後の運営準備。
第三層から新たに受け入れた戦士たちの対応。
それらの多くをレインフォージ家が担っており、去年までは存在しなかった仕事が一気に増えている。
「今年はただでさえ異常なほど仕事が多い。ここからさらに大人数を護衛へ回す余裕などないぞ」
「だが、ソヴリンスター家から要請が来れば断るわけにもいかん」
そんなやり取りを聞いていたゼインが、静かに手を挙げた。
「なら、俺が行く」
「ゼインが?」
「ああ」
全員の視線が集まる。
「戦力として考えても、俺一人なら複数人分として扱ってもらえるだろ。S階級のレインフォージ家から俺が直接出るなら、向こうも文句は言わねえはずだ」
「確かに……」
一人の長老が頷く。
「ゼインが行ってくれるなら、こちらとしては非常に助かる」
「では、そのようにソヴリンスター家へ伝えておこう」
「頼む」
話は思った以上に簡単にまとまった。
ゼインは表情を変えなかったが、内心では小さく息を吐く。
(よし)
これでソヴリンスター家の宝珠要塞へ、正式な護衛として入ることができる。
戦争が始まったあと、内部から門を開く。
それがゼインの役目だった。
一度門さえ開いてしまえば、外で待機している戦力を一気になだれ込ませることができる。
(ここまでは概ね予定通りだ)
第三層からの百人も入った。
フロストハート家も宣戦布告を終えた。
最下層の戦力も配置につこうとしている。
残る問題は一つ。
(ロフルがいねえことを除けばな……)
すでに四か月以上。
極光神輪の祭壇から戻ってこない。
それでも戦争は待ってくれない。
ゼインも自分の持ち場へ向かうしかなかった。
・・・
・・
・
宣戦布告によって、すべての陣営が動き始めていた。
闘技場に潜り込んだ百名の戦士。
《リターン》でいつでも第一層へ戻れるフーチェたち。
第二層で昇降機の近くへ向かう準備を進める岩剛斎たち。
フロストハート家の宝珠要塞へ集まったセレナスと協力者たち。
そして、ソヴリンスター家内部へ入ろうとしているゼイン。
全員が手筈通りの位置につきつつあった。
あとはロフルの帰還と、開戦の日を待つだけだった。
・・・
・・
・
――ソヴリンスター大聖堂。
巨大な白い柱が並ぶ広間には、五人の神徒が集まっていた。
エルミラ・S・ソヴリンスター。
赤い甲冑に身を包んだレオネル。
そして、ソヴリンスター家最強の戦士――セレスティアンブレードの残る三人。
「やっぱ死んだんじゃね?」
軽い口調でそう言ったのは、細身の男だった。
赤い髪は肩に届くほどの長さがあり、無造作に後ろへ流している。
背中には、本人の身長に迫るほど巨大な白い大鎌。
柄と刃の境目には、直径五センチほどの赤い瞳を思わせる宝石が埋め込まれていた。
《死神のベリクス》。
セレスティアンブレードの一人である。
「集合時間だけは、いつも正確に守っていた男だ」
低い声で答えたのは、もう一人の大男だった。
神徒としては珍しく全身にしっかりと筋肉がついており、赤い髪は側面を短く刈り上げたツーブロック。
両腕には巨大なガントレットを装着している。
その拳の甲にも、ベリクスの鎌と同じ赤い眼球のような宝石が埋め込まれていた。
《剛拳のガデュロ》。
「ゴレドが定刻になっても姿を現さないということは、死亡したと考えるべきだろう」
「やっぱそうだよなぁ」
ベリクスが面倒そうに頭を掻く。
「第二層にずっと居座ってたんだろ? 誰に殺されたんだか」
「きっと、貴族を殺しすぎた呪いだわ」
最後の一人が、両手を胸の前で合わせた。
「恐ろしい……本当に恐ろしいことです」
口調だけなら怯えているようにも聞こえる。
だが、表情は笑っていた。
細身で背が高く、長い赤髪を一本の太い三つ編みにして背中へ垂らしている。目元には黒い化粧が施され、細く吊り上がった瞳をさらに鋭く見せていた。
手には刃全体が鋸のようにギザギザと波打った長剣を持っている。
その鍔の中央にも、赤い瞳のような宝石。
《棘刃のミザー》。
「お前が呪いとか言うと全然怖がってるように聞こえねえな」
「失礼ね。私はいつだって真剣よ?」
「まあ、ゴレドなんてどうでもいい」
ベリクスが大鎌を肩へ担いだ。
「三人いりゃ十分だろ」
「話を進めます」
エルミラの一言で、三人が静かになる。
「ゴレドが戻らない以上、守備配置を変更します」
目の前の机には、ソヴリンスター家の宝珠要塞を描いた地図が広げられていた。
要塞は大きく二重の構造になっている。
外側には広大な敷地を囲う城壁があり、東西南北に一つずつ、合計四つの門が存在する。
そのさらに中央には宝珠を安置する本神殿が建ち、本神殿自体も高い壁によって囲まれている。
内側へ進むための門は一つだけ。
そこを突破されれば、宝珠まで一気に押し込まれる危険がある。
外側の四門も内側の門も、通常の扉ではない。
薄い膜のような特殊な障壁によって閉ざされ、攻撃を与え続けることで初めて破壊できる構造になっていた。
「本来、ゴレドには北門を任せる予定でした」
エルミラが北側を指差す。
「レオネル。あなたが代わりに北門を守りなさい」
「私がですか?」
「ええ」
レオネルは少し迷った。
「しかし、その場合……エルミラ様は本神殿内部に一人で残ることになります」
「構いません」
「ですが――」
エルミラが冷たい視線を向ける。
「それとも、外側の四門。そのうち一つでも突破されると?」
「……あり得ません」
レオネルは即答した。
「なら問題ありません」
東。
西。
南。
北。
それぞれに十分な戦力を置く。
その上で、最終防衛地点となる本神殿にはエルミラ自身が残る。
「しかしさぁ」
ベリクスが地図を覗き込みながら笑う。
「相手、フロストハート家だろ? ここまでがっちり守る必要あるのか?」
「私も少し気になります」
ミザーが頬へ指を当てる。
「B階級の家が、いきなりS階級へ宣戦布告。普通なら自殺と変わりませんものね」
「状況は把握しています」
エルミラは淡々と答えた。
「今回の宣戦布告はセレナスという男が独断で行った可能性が高い。フロストハート家全体で事前に準備していたものではなく、家の長老たちすら宣戦布告を知らなかったという報告も入っています」
「じゃあ、なおさら楽勝じゃね?」
「だからこそ警戒するのです」
ベリクスの笑みが少し消える。
「一見すれば無謀で愚かな行動です。しかし、勝算が完全にゼロだと分かっていて宣戦布告するでしょうか」
「追い詰められて壊れたとか」
「その可能性もあります」
エルミラは否定しない。
「ですが、相手が何を考えているかなど、実際にはどうでもいいことです」
地図の上に置いていた指を、ゆっくりと宝珠へ動かす。
「攻めてくるのであれば徹底的に潰します」
広間が静かになる。
「そして攻撃側の戦力を排除した後、今度はこちらからフロストハート家の宝珠要塞へ向かいます」
「徹底的につぶした後、戦争を終わらせるってことだな」
「ええ」
エルミラの声には、何の迷いもなかった。
「二度とソヴリンスター家へ刃を向けようなどと思わないよう、フロストハート家そのものを徹底的に叩きます」
「怖い怖い」
ベリクスが笑う。
ガデュロは黙ったまま腕を組み、ミザーは楽しそうにギザギザの剣を撫でていた。
宣戦布告から二日。
攻める側だけではなく、守る側もすでに準備を終えつつある。
七日間戦争の開始は、目前まで迫っていた。