四層世界の最下層、魔物の森で生き残る   作:鳩夜(HATOYA)

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デュエル方式

 開戦当日。

 宝珠要塞戦争の開始まで、残り三時間十分。

 フロストハート家の宝珠要塞には、すでにほぼ全ての戦力が集まっていた。

 

 セレナス。

 ハナ。

 リリアナ。

 フーチェ、マグ、アミナ。

 

 岩剛斎率いる最下層の戦士たち。

 そして、闘技場から合流した第三層の百人。

 

 ロフルを除けば、予定していた戦力はほぼ揃っている。

 

 相手側にも、こちらが一般人を戦力として使うこと自体はすでに伝わっているだろう。

 闘技場に百人近い一般人が入ったことも、第三層から戦士を集めていたことも隠し切れる話ではない。

 

 だが、それはむしろ好都合でもあった。

 相手が知っているのは、一般人が参加するという事実だけ。

 その一般人全員が《エンハンス》を使えることまでは知られていない。

 

「重ねてになるが、最後にもう一度だけ説明する」

 

 セレナスは要塞内部に集まった者たちを前に、地図を広げた。

 

「今回の戦争で最も重要なのは、この後に決まる戦闘区域だ」

 

 全員が地図を見る。

 

「各宝珠要塞の周囲については、すでに戦闘区域として設定されている。ただし、要塞同士を繋ぐ移動経路については、開戦三時間前にならなければ公開されない」

 

 ハナが頷く。

 

「つまり、それまではどの道を通るかも分からないってことだな」

 

「ああ。どこから攻めるか、どこで接触するかも、その時にならないと判断できない」

 

 セレナスは改めて全員を見る。

 

「そして忘れるな。戦闘区域外で相手を殺せば、その時点で自分も消滅する」

 

 これは何度も確認してきたルールだった。

 どれだけ有利な状況でも、区域を間違えれば即座に自滅する。

 

「戦闘区域が確定するまでは、絶対に勝手な行動を取るな」

 

 そこまで説明した時だった。

 残り時間を示していた装置が、ちょうど三時間を指す。

 

 直後。

 

 カーン――。

 

 宝珠要塞全体へ鐘の音が響いた。

 

『宝珠要塞戦争開始まで、残り三時間』

 

 全員が顔を上げる。

 続いて、無機質な声が流れた。

 

『参加要塞数――二』

 

『本戦争を《デュエル方式》に決定』

 

「……デュエル?」

 

 セレナスが眉をひそめる。

 

『戦闘区域への転送ゲートを開放します』

 

『両宝珠の移動を開始』

 

「何?」

 

 次の瞬間だった。

 宝珠の置かれていた部屋から、強い光が放たれる。

 

「宝珠が……!」

 

 中央に浮かんでいたフロストハート家の宝珠が、一瞬で姿を消した。

 

「セレナス」

 

 ハナがすぐに振り返る。

 

「聞いていた話と違うぞ」

 

「分かっている!」

 

 セレナス自身も明らかに動揺していた。

 

「デュエル方式? 転送? 宝珠の移動? こんな記録は見たことがない」

 

「資料にもなかったのか?」

 

「ああ。少なくとも僕が確認したものには一つもなかった」

 

 セレナスは必死に記憶を探る。

 

 過去の階級戦争。

 宝珠要塞。

 宣戦布告。

 

 その記録は数多く残されていた。

 

 だが――。

 

「もしかして」

 

 リリアナが口を開いた。

 

「宝珠要塞同士が一対一で戦うのって、初めてなんじゃない?」

 

「……」

 

 セレナスが動きを止める。

 

「いや、正確には記録が残っている範囲で、か」

 

「言われてみれば……」

 

 過去の七日間戦争では、複数の家が同時に動いていた。

 

 三つ。

 四つ。

 

 時にはそれ以上の宝珠要塞が一度に争うこともあった。

 

 一つの家と一つの家だけ。

 完全な一対一。

 

「……確かに、記録に残っていた戦争はほとんど三要塞以上だった」

 

「じゃあ今回だけ別ルールになった可能性があるのか」

 

「ああ」

 

 セレナスは消えた宝珠の跡を見る。

 

「少なくとも、そう考えるしかない」

 

 そして部屋の中央。

 宝珠があった場所の近くに、新たな光が生まれていた。

 床へ円形の模様が浮かび上がり、その中心が淡く光っている。

 

「これが転送ゲートか」

 

「行き先は分からないけど……行くしかないわね」

 

 リリアナの言葉に、セレナスが頷いた。

 

「ああ。ここに残っていても始まらない」

 

 全員へ向き直る。

 

「予定変更だ! ここから戦闘区域へ移動する!」

 

 隊列ごとに順番を決め、転送ゲートへ入っていく。

 

 一人。

 

 二人。

 

 三人。

 

 光へ足を踏み入れた瞬間、《リターン》を使った時のように、その場から姿が消えていった。

 

「次!」

 

「行くぞ!」

 

 

 全員を見送り、最後にセレナスも光の中へ入った。

 

・・・

・・

・

 

 視界が一瞬だけ白く染まる。

 次に見えた時には、景色が変わっていた。

 

「……ここは」

 

 セレナスは周囲を見回す。

 宝珠要塞そのものの構造は、先ほどまでいた場所とほとんど変わっていない。

 

 宝珠が置かれる中央部屋。

 外へ繋がる巨大な内門。

 

 そして、その先には東西南北へ伸びる外周部があり、それぞれに一つずつ門が設けられている。

 ただし、宝珠はすでにこの場所へ移動していた。

 

「要塞ごと転送されたわけじゃないのか」

 

「同じ形の要塞を、この場所に用意している……?」

 

 ハナも周囲を見る。

 建物の外へ出ると、さらに違和感が強くなった。

 

 景色自体は極端に違うわけではない。

 広い草地。

 起伏の少ない地形。

 

 ところどころに木々や岩がある。

 だが、遠くまで見渡しても街も村も存在しない。

 完全に戦争のためだけに用意されたような広大な土地だった。

 

「上へ行くぞ」

 

 セレナスたちは要塞の高い位置へ移動する。

 そこから北を見た瞬間、全員が気づいた。

 

「……あるな」

 

 遠くにもう一つの宝珠要塞が見える。

 

 距離はある。

 

 だが、はっきりと視認できる程度には近い。

 そして、その周囲には他の要塞が一つも見当たらない。

 

「おそらく、あれがソヴリンスター家の要塞だ」

 

「本当に一対一なんだな」

 

 ハナが呟く。

 今回の戦場には、フロストハートとソヴリンスター。

 その二つしか存在していない。

 

「とはいえ、ここまでは大きな問題じゃない」

 

 セレナスが地図代わりに周囲を確認しながら言う。

 

「ゼインから聞いている限り、ソヴリンスター側はこちらへ攻め込んでくる可能性は低い」

 

「守りに徹するってこと?」

 

「ああ。向こうからすれば、こちらが宝珠を取りに来るのを防げばいい。わざわざ要塞を空けて攻める必要はない」

 

 それなら、二つの要塞を繋ぐ道中については比較的安全に進める。

 問題は、その先だ。

 

「東西南北の四門には、相応の戦力が配置されているはずだ」

 

 セレナスが遠くの要塞を見る。

 

「特にセレスティアンブレード」

 

 ゴレドはすでに死亡している。

 残っているのは三人。

 

 死神のベリクス。

 剛拳のガデュロ。

 棘刃のミザー。

 

「奴らはそれぞれ門前に配置される可能性が高い」

 

「一つ門が余るな」

 

「そこにはレオネルか、別の精鋭が入るだろう」

 

 セレナスは深く息を吐いた。

 

「まずは外門を突破しなければ、宝珠のある本神殿には近づけない」

 

「その前に門を守ってる連中を叩く必要があるわけか」

 

「ああ。そこで時間をかければ、相手の増援が集中してくる」

 

 こちらの最大の強みは奇襲。

 一般人が《エンハンス》を持っていること。

 

 フーチェたちが合流すること。

 そしてゼインが内部にいること。

 全てが最初の一撃にかかっている。

 

「各隊、編成を始めろ!」

 

 セレナスが声を張る。

 

「予定していた分担を基本にする。ただし、戦場が変わった以上、移動経路はここで調整する!」

 

 ハナたちがそれぞれ動き始める。

 十人一組の第三層部隊が並び。

 フロストハート家の有志が集まり。

 最下層の戦士たちも、それぞれの持ち場へ配置されていく。

 百人を超える人間が一斉に動き、巨大な軍勢が少しずつ形になっていった。

 

「いよいよだな」

 

 ハナが遠くのソヴリンスター要塞を見る。

 

「ああ」

 

 セレナスも同じ方向へ視線を向ける。

 開戦は、もう目の前まで迫っていた。

 

・・・

・・

・

 

 同じ頃。

 

 ソヴリンスター家の宝珠要塞。

 こちらでも、突然の転送により僅かな混乱が起きていた。

 

「エルミラ様」

 

 レオネルが周囲を見回す。

 

「これは……初めての状況ですね」

 

「ええ」

 

 エルミラも高い位置から遠くの景色を確認していた。

 

「一体どこへ飛ばされたのでしょう。このような広大で開けた土地は、少なくとも第一層では見たことがありません」

 

 街もない。

 建物もない。

 他家の宝珠要塞も存在しない。

 見えるのは、遠くにあるフロストハート家の要塞だけ。

 

「デュエル方式……」

 

 エルミラは小さく呟いた。

 

「私も記録では見たことがありません」

 

「どうします?」

 

「今は場所の正体など後回しです」

 

 エルミラはすぐに表情を戻した。

 

「戦争が始まることに変わりはありません」

 

「そうですね」

 

 レオネルも頷く。

 そして兵士たちへ向き直った。

 

「セレスティアンブレード!」

 

「おう」

 

「はい」

 

「……」

 

 ベリクス。

 ミザー。

 ガデュロ。

 

 三人がそれぞれ反応する。

 

「各自、予定通り門前へ向かえ!」

 

「了解」

 

「分かりました」

 

 レオネルはさらに兵士たちを見る。

 

「その他の者は要塞内部で待機! 敵が門を突破した場合に備えろ!」

 

「はい!」

 

 大勢の神徒が一斉に動き始める。

 レオネルは遠くに見えるフロストハート要塞へ視線を向けた。

 

「まあ、相手の主力は一般人らしいですからね」

 

 僅かに笑う。

 

「ここまで来られるとは思えませんが」

 

 その言葉に、周囲の者たちも特に異論を挟まなかった。

 

 一般人。

 魔法輪は二つまで。

 

 《エンハンス》すら使えない。

 

 それが第一層の常識だった。

 その兵士たちの中には、当然ゼインも混ざっている。

 

 彼は周囲に気づかれないよう、要塞内部を静かに観察していた。

 

(さて……)

 

 配置。

 通路。

 兵士の数。

 そして本神殿へ続く内門。

 

(こいつらが一般の《エンハンス》を見た時、どんな顔するか楽しみだな)

 

 口元が緩みそうになるのを抑える。

 だが、本当の役目はそこではない。

 

(俺は内門の開け方を確認しねえとな)

 

 外側の四門さえ突破できれば、その先に本神殿がある。

 ただし、本神殿を囲う最後の内門は巨大で、正面から破壊するには時間がかかる。

 

 だからこそゼインが内部にいる。

 最適なタイミングで内門を開放し、セレナスたちを一気に宝珠まで通す。

 

(そこまで行けば、こっちの勝ちだ)

 

 概ね予定通り。

 

 そう。

 

 一人がいないことを除けば。

 

(ロフル……まだ戻ってねえのか)

 

 それだけが、最後まで引っ掛かっていた。

 

・・・

・・

・

 

『宝珠要塞戦争開始まで、残り一時間』

 

 無機質な声が、二つの要塞へ同時に響き渡った。

 双方の準備は、すでに最終段階へ入っている。

 

 開戦まで――残り一時間。

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