四層世界の最下層、魔物の森で生き残る 作:鳩夜(HATOYA)
開戦まで、残り僅か。
フロストハート側では、最後の部隊配置が進められていた。
セレナスは地面へ広げた簡易地図を指差しながら、一つずつ確認していく。
「北門は僕が担当する。南門はハナ。東門はフーチェたち。そして西門はフロストハート家の有志を中心に構成する」
その周囲には、各隊の代表者たちが集まっていた。
「第三層から来た一般の戦士百名は、二十、二十、三十、三十に分ける。僕とハナの隊には二十名ずつ。東と西へ三十名ずつだ」
「了解した」
ハナが頷く。
その横では、フーチェも静かに資料を確認していた。
本来なら、西門を担当するはずだった人物がいる。
ロフル。
あの男がいれば、少なくとも一つの門については大きく安心できた。
だが、今はいない。
「本来なら西門はロフルに任せる予定だった」
セレナスの声が僅かに重くなる。
「だが……」
「大丈夫です」
フロストハート家の若い神徒が一歩前へ出た。
「我々で何とか戦ってみせます」
その後ろには、同じく戦う意思を示した家の者たちが並んでいる。
「セレナス様だけに背負わせるわけにはいきません」
「……任せたぞ」
「はい」
セレナスは短く答えた。
不安が消えたわけではない。
それでも、もう配置を変える余裕はなかった。
「それから、もう一つ」
リリアナが全員の前へ出る。
「《エンハンス》の発動タイミングだけは絶対に合わせるわ」
一般の戦士たちにとって、それが今回最大の切り札だった。
相手は一般人が戦場へ来ること自体は知っている。
だが、その全員が三輪へ到達しているとは知らない。
最初から《エンハンス》を見せてしまえば、その驚きを利用できない。
「私が後方から全体を確認する」
リリアナは遠くのソヴリンスター要塞を見る。
「発動の合図は《ブラスト》。中央上空へ向けて撃つから、それを見たら全隊一斉に《エンハンス》を使って」
「一発だけか?」
「ええ。一発で十分よ。あれだけ高く撃てば、四方向からでも見えるはず」
「分かった」
ハナが拳を握る。
「それまでは通常状態で戦い、一般の戦力を低く見せる」
「そういうこと」
リリアナは頷いた。
戦力だけを見れば、こちらが不利なのは変わらない。
だからこそ、使えるものは全て使う。
相手の思い込みすら、武器にする。
各隊の最終確認が続く。
負傷者が出た場合の後退経路。
カナデの位置。
後方支援。
門を突破した後の合流地点。
何度も確認してきた内容だったが、直前になると一つの見落としが命取りになりかねない。
そして、ついに。
『宝珠要塞戦争――開始』
無機質な声が戦場全体へ響いた。
一瞬だけ、全員が静まり返る。
セレナスは前を向いた。
「行くぞ!!」
声が響く。
「第三層と最下層の切り離しを、必ず俺たちで止める!」
「おおおおおおっ!!」
地面が震えるほどの雄叫びが返ってきた。
そして、フロストハート側の全軍が動き出した。
・・・
・・
・
その頃。
ソヴリンスター宝珠要塞内部。
ゼインは何食わぬ顔で、要塞の構造を確認していた。
「……やっぱり同じだな」
内門の開閉装置。
それは下位の宝珠要塞で見たものと、基本的な構造は変わっていなかった。
「開け方自体は問題ない」
そこまではいい。
問題は、そのすぐ近くにいる二人だった。
ソヴリンスター家の精鋭兵士。
いずれも神徒であり、五輪まで扱える実力者。
門の開閉装置を守るように、常に二人が配置されている。
(俺一人で、こいつら二人を一気にやれるか……?)
ゼインは平静を装いながら考える。
外門を突破した味方が内門へ到達する。
そこから装置を守る二人と戦い始めれば、必ず騒ぎになる。
それでは遅い。
理想は、味方が到着する直前に二人を排除し、そのまま内門を開けること。
(スムーズに中央まで行かせるなら、それしかねえ)
敵に囲まれた要塞内部で、自分一人。
失敗すれば、その場で計画そのものが終わる。
「まあ……」
ゼインは小さく息を吐いた。
「何とかするしかねえな」
すでに開戦している。
兵士たちからも、先ほどまでとは違う緊張感が伝わってきた。
廊下を行き交う人数も減り、全員がそれぞれの持ち場へ入っている。
(それにしても、本当に攻める気はねえみたいだな)
ソヴリンスター側から外へ出ていく部隊はない。
完全に守りへ徹している。
(このまま全部うまくいきゃいいんだけどな)
ゼインはそう思いながら、再び内門へ視線を向けた。
・・・
・・
・
フロストハート側の進軍は、驚くほど順調だった。
敵の姿はない。
遠くにソヴリンスター家の宝珠要塞が見え、その距離だけが少しずつ縮まっていく。
「今のところ問題ないな」
セレナスは走りながら周囲を確認する。
「あと三十分もあれば要塞へ到着する」
「道中で襲ってくる気はなさそうだな」
「ゼインの情報通りだ」
相手は守りに徹する。
それなら、こちらとしてはありがたい。
全軍をほぼ無傷のまま門前まで運べる。
だが、そこからが本番だ。
・・・
・・
・
「マグ、アミナ」
東門へ向かう部隊の先頭で、フーチェが二人を見る。
「作戦通りにいきましょう」
「分かってる」
「うん!」
マグとアミナがそれぞれ頷く。
「うまくいけば、それが一番誰も死なずに済みます」
フーチェは静かにそう言った。
相手は神徒。
かつて自分たちが暮らしていた場所の人間。
できることなら、無駄に命を奪いたくない。
だが、迷えばこちらが死ぬ。
だからこそ、作戦通りに一気に決める必要がある。
・・・
・・
・
要塞が近づく。
外周の巨大な四門が、はっきりと見える距離まで来ていた。
ここから先は、四隊に分かれる。
ハナが全軍へ向けて声を上げた。
「ここから、それぞれの門へ向かう!」
全員の視線が集まる。
「予定通り四隊に分かれろ! 次に会う時は、全員で内門の前だ!」
武器を握る音が続く。
ハナは一度だけ全員を見回した。
「みんな、生きてまた会おう!」
「おおっ!」
その声を合図に、軍勢が四つへ割れた。
東西南北、それぞれの門へ向かって、一斉に走り出す。
遠くでは、すでに門前へ立つ人影が見え始めていた。
セレスティアンブレード。
レオネル。
そして、ソヴリンスター家の兵士たち。
ついに両軍が正面からぶつかる。
開戦の時は、すでに始まっていた。