今日も私は、神よりずっと素晴らしい人の家に向かう。
町外れにある、小さな一軒家。慎ましいところも、また尊い存在よね。木造の家からは、神聖なオーラが立ち上っていると言って良いわ。そう。青空に照らされた、素晴らしい光景。秘境の絶景なんて、比較にすらならないわ。
チャイムを鳴らすと、すぐに彼が出てくる。素早い対応も、高貴さの証。王族や貴族、社長が何だというのか。彼の前では、全員が平身低頭で向き合うべきだわ。
当然、私も深く深く頭を下げる。地面に頭が付くくらいなんて、常識よね。
「また……。別に頭を下げなくても良いって、何回言ったっけ……。普通に来てくれれば良いのに……」
仕方ないので頭を上げると、彼は額に手をついて首を振っていた。礼節を気にしなくて良いと言ってくれるのは、とても素敵なことよ。自分の価値を鼻にかけない、まさに菩薩を超えるような方。非暴力主義が何よ。この方の優しさに比べれば、くだらない自己満足に過ぎないもの。
ああ、私の感情が少しでも伝われば良いのに。恋慕なんて言葉では、とても言い表せない。態度で示すしかないんだから。
膝をついて私を起き上がらせてくれる。すぐに私は彼の手を取る。そして、そっと胸に抱えたわ。
「あなたへの愛は、地球のすべてを捧げたくらいじゃ表現できないわ。それを少しでも表すためなのよ」
「地球を捧げられても、困るんだけど……。僕、ただの小市民だよ……?」
目をそらしているし、膝がくっついているわね。照れちゃうだなんて、その愛らしさも最高よ。猫を天使とのたまう人には、この魅力にはたどり着けないのでしょう。
手を握りしめたままでいると、彼は私を先導してくれたわ。リビングに入ると、清浄な空気が広がる。昨日までより、数段上と思えるほど。
やはり、彼のいる場所は違うわ。ここが聖地。疑いようのない真理よ。
息を深く吸って、吐いていく。澄みきっているとは、まさにこのこと。肺の奥の奥どころか、全身の細胞にまで染み込んでいく。思考が冴え渡って、彼の体温をより感じる。
やはり、彼がいるだけで世界は彩られていく。輝いていく。私のすべてが満たされていくのよ。
今度は彼の胸に顔を埋めて、深呼吸。芳醇な香りが、脳にまで直撃する。彼の胸じゃなければ、よだれをこぼしていたかもしれないわ。
何度も何度も、10回は深呼吸を繰り返す。禁止薬物に指定されたりしないかしら。そんなことになったら、私は立法府を壊すわ。
「その……飽きないの?」
声の方に顔を向けると、彼は眉を下げていたわ。何を言っているのか、分からないわね。飽きるとか飽きないとか、そんな段階ではないもの。
水と空気、食べ物。そして彼。私が生きるために必要なものは、決まりきっているわ。
「あなたさえそばにいてくれれば、そこが桃源郷なのよ。心のすべてが癒やされていくの。まさに浄化のオーラよね。マイナスイオンとか、そんなエセとは比べ物にならないわ」
「そ、そう……。僕は人間じゃなかったりするのかな……」
少し苦笑いする顔も、様になっている。そう、私に強い言葉を言えない優しさそのもの。肺の奥まで満たされていくわ。
彼のためなら、体どころか全財産、いや世界の全てだって捧げられるのに。体だけはなんとか押し切れたけれど、他もどうにかできないかしら……。
そうね。まずは、日常に入り込んでからよね。いつも通りの流れをこなすことは、当たり前として……。
「今日のご飯も、作ってくるわね。何が良いとか、ある?」
「急に話が飛んだね……。ハンバーグとか?」
「分かったわ。付け合わせも、もちろん完璧にするわ」
すぐに冷蔵庫に向かって、食材を取り出していく。多めに買い込んでおいたおかげで、今日のところは買い足す必要はなさそうね。
牛肉と豚肉、卵と玉ねぎ。そしてニンジンとじゃがいも、アスパラガスを取り出した。
ニンジンを軽く切ってレンジに放り込んでから、野菜を切って味付けをする。
そして、肉を細切れにして、一片残らず叩いていく。氷水で手の感覚が少し鈍くなるまで冷やしてから、肉を混ぜる。これが、愛情というものよ。彼のためなら、冷たさに凍えようとも構わない。冷蔵庫に入れと言われようとも、1秒だってためらわないわ。
1グラムの狂いもなくパン粉や卵も放り込んで、混ぜ終える。手と包丁を洗って、新しいボウルの中で野菜に調味料を混ぜ込んでいく。
それを終えたら、いよいよフライパンに火を通す。少ししてから、計量カップで水を計ってハンバーグのフライパンに投入したわ。
完璧な分量で食事を出せないのなら、彼にはふさわしくないもの。当然の義務でしかないわよね。
タイマーを設定しつつ、一瞬だって目を離さない。焼く音が変わった段階で蓋を取ると、ちょうどタイマーが鳴った。彼のための集中力は、今日も万全ね。
すべてを並べて、肉汁をスプーンですくう。野菜に混ぜ込んで、今日のメニューは完成したわ。
一口だけ、味見する。会心の出来に、頷いた。自信を持って、彼に食べてもらえるわね。
テーブルに配膳しようとすると、もう机が拭かれていた。ご飯もよそわれている。細かい気遣いもできるなんて、やはり違うわ。彼ならば、私がすべてを用意してあげられるのに。ただ私の奉仕を受け取ってくれるだけでも、私は十分に満たされているのに。
唇を緩めながら皿を並べていくと、彼の動きが止まる。少しだけ口を開けて、私を見ていたわ。
首を傾げると、彼は首を振っていた。そして、妙に固い動きで箸を手に取る。顔が赤いけれど、風邪かしら?
いえ、体温も声も普通だったわ。よく見ると、手を合わせてご飯を口に運んでいた。食欲は、しっかりあるみたいね。
すぐに、顔を華やがせてくれた。いつも喜んでくれるけれど、それでも体の反応は誤魔化せない。今日のハンバーグは、特に良かったみたいね。体調にも、問題はなさそう。何よりだわ。
続けて私もハンバーグを口に入れると、あることに気がついた。今日は、香りをいつもより鋭く感じる。だから、良い味だと感じているんだわ。
やはり、彼の清浄さが部屋中に染み渡ったのね。ニコニコとしながら食べる彼は、どれだけ眺めても飽きない。白ご飯が進むと言うけれど、私なら生米でも進みそうよ。それどころか、空気だけでも十分なくらい。
「今日もとっても美味しいよ。いつもありがとう」
「当然のことよ。あなたのためだもの」
「ううん、それでも。頑張ってくれたのは、手順を見ただけでも分かるから」
微笑みながら、彼は満足げにお腹をさすっている。当然の奉仕にも、当たり前のように感謝してくれる。それがどれほど嬉しいかなんて、彼には分からないのでしょうね。
いつやってきても、必ずお礼を言ってくれる。だから私は、尽くしたいの。あらゆるすべてを捧げたいの。
そこで私は、後ろに回り込む。肩に手を乗せて、ぎゅっと親指に力を入れた。
指先がどれだけ潜り込むかをしっかり確認しつつ、少しずつ動かしていく。穏やかな声が、こぼれてきた。
固いところに体重をかけるために、体を寄せる。彼が跳ねるように動いて、手を止めた。
「どうしたの? 痛くしちゃった?」
「そ、その……。あ、当たって……」
ああ、そういえば胸が触れていたわね。私の体は一片に至るまで彼のものなのだから、照れることはないのに。どこの感触も知っていてすら、俗人のようには穢れない方ということだけれど。私まで誇らしいわ。
……そうね。良いことを思いついたわ。彼の腹ごなしも兼ねて、しっかりとマッサージをしてあげましょう。
もちろん、いっぱい照れさせて。彼がその気になってくれたのなら、私の勝ち。簡単なルールよね。
まずは、肩の続きから、今度は狙って押し当てながら、本気でとろけさせる動きをしていく。五本の指をすべて使って、ピアニストよりも繊細に。筋一本一本をほぐすように、じっくりと。
肩に力が入っちゃったみたいだから、耳に息を吹きかける。彼はピクリと跳ねて、力が抜けていったわ。ふふ、可愛らしいわね。
10分ほどかけてほぐし終えたら、今度は腕に移る。二の腕のあたりをほぐす時は手首を、手首をほぐす時は二の腕を胸で挟み込む。
身じろぎをしていたけれど、ギュッと捕まえて逃がさない。
「もしかして、わざと……?」
「嫌だったら、突き飛ばしてくれていいのよ……?」
返事は、無言。それが答えなのだから、私は遠慮しなくてもいいわよね。むしろ、積極的にしてあげるのが義務というもの。
マッサージは当然失敗しないようにしながら、私は全身をこすりつけていったわ。
「こ、こんなの……。僕をどうしたいの……?」
「我慢を捨てちゃえばいいのよ。あなたには、その権利があるわ。欲望のままに、振る舞って……?」
耳元でささやくと、彼は少し震えてつばを飲んだ。対する私は、腕を抱きしめながら続けたわ。
30分ほどかけて両腕を終えた頃には、彼は息を荒くしていた。目も血走っている。予定通り、ね。もうマッサージはやめて、抱きつく。彼はこちらに手を伸ばして、一度止めた。
もう一押しね。頬に手を添えて唇を近づけると、彼の方からむさぼられる。濃密な匂いが頭の中に広がっていったわ。焼いた肉よりもガツンと頭に響く。
もはや、私の欲望は止まらない。ソドム程度じゃ収まらないの。
そのまま、彼は私を押し倒す。たくましい腕で押さえつけられていて、逃げようとしても逃げられないでしょうね。全身に、ゾクゾクしたものが走ったわ。
彼の目は、ただ私だけを見ている。その勢いのまま、覆いかぶさってくる。どんな天災よりも激しく、端から端まで何もかもを征服してくれたわ。私という供物を、苦いところも隅々まで残さず味わい尽くして。
私の穢れごと、丸ごと奪い去ってくれる。俗世の語る禁忌など、彼の望みの前では小さなこと。むしろ、彼の妨害をすることこそ許されざる罪業よ。もちろん、私のどこだって召し上がれるように準備をしているわ。
「あなたに、ふさわしい、ものを、捧げられて、いる、かしら……!?」
「こうしてる時点で、分かるでしょ……!」
力強く、そして迷わず宣言される。神託とやらなんて、彼の言葉の前ではゴミ同然よ。
私を当然のように信じてくれる。愛してくれる。溺れてもくれる。どれほどの慈悲なのかしら。まさに、神の愛。
彼の想いは、煮詰めたはちみつより濃いってことね。その濃さのまま、私のありとあらゆるすべてを満たしてくれたの。もはや、私の血肉は彼で構成されているわ。
いつもより彼の香りを感じて、最後には頭が真っ白になっていた。しばらく、視界が明滅するほどに。涅槃でも、これほどの心地ではないでしょう。
やはり、彼は天よりも高きところにいるのよ。そこまで、私を連れて行ってくれたんだわ。
彼の魅力はたくさんあるけれど、私を極限まで満たしてくれることも崇高よね。
一段落して、彼は少しだけ離れてしまう。優しく頬を撫でてくれて、つい手を伸ばしてしまった。それも、受け入れてくれる。
彼のすぐそばで深呼吸をすると、爽やかな空気が胸いっぱいに広がる。汗のベタつきも、すぐに収まっていく。
やはり、彼の爽やかさは空間すらも支配しているのよ。
「素晴らしかったわ……。あなたのおかげよ……。もはや達人とすら呼べないわ……」
「ええ……。僕は普通だよ……。でも、喜んでくれたのなら良かった。なんて、欲望に負けちゃっただけだけど……」
そっと抱きしめてくれる彼の胸に、頭をうずめたわ。こすりつけると、背中をさすってくれる。その優しさに、また頭が白くなりそうになったわ。彼の胸に鼻を押し付けて、我慢したけれど。
「今日は、いつもより良い香りだわ……。なにか、変えでもしたの?」
「香水とかは、特につけていないけれど……」
つまり、彼本来の香りだけで、あれほど私を高められたということ。忘我の境地に至るほどに。
花も霞むくらいの、極上の領域。やはり、彼は何もかもが素晴らしいわ。もはや森羅万象すべてを超える、完璧なんて言葉じゃ言い表せない存在よね。
「ふふ。じゃあ、今日は全部いつもと一緒だったの?」
私の言葉を受けて、彼は少し考え込む。そして、何かを思いついたように手を打った。
「そういえば、最新の空気清浄機を買ったね」
彼の香りを最大限に堪能できるように、空気まで整えてくれたということね! おかげで、最高の逸楽を味わえたわ!
やはり、彼は天上天下で唯一の貴人。至高の愛を持っているのよ!