「王国軍六万を……一瞬で……?!」
翌日の帝国皇城のジルクニフの執務室は驚愕に包まれていた。
執政官ロウネ・ヴァミリオンも驚愕しながら報告する。
「そ、その後六万人を生贄に五体の強大なモンスターが召喚され、王国軍を蹂躙。結果として王国軍は十八万人の被害を出しました」
「魔法一つでそれだけの結果を出すとは! さすがはわが師!」
誰もが戦慄し恐怖する中フールーダだけは流石の魔法だと称賛する。
魔法キチはここまでだったかとジルクニフが遠い目をしそうになったが気合で堪える。
(正直、大したことはないと思っていた……! 千を殺せるか否か程度だと! だが六万を殺したうえ召喚したモンスターが十二万を殺しただと?! 有り得てたまるかそんなもん!)
ジルクニフは誰かに怒鳴り散らしたいのを我慢して息を吐いた。
「……帝国がティカという存在を上手く使うにはどうしたらいいか、考えるべきだな」
どういう訳かティカはジルクニフの元で働くのを許容している。
無論いつ反旗を翻し帝位を奪ってくるからわからないが、それでも今のところは味方戦力として考えていい。
その間にティカが反逆できない仕組みを作るべきだ、と皇帝は考えた。
(これまでフールーダに頼って来たつけが来たな……)
フールーダも強者だが、帝国全軍と同程度の力でしかない。言ってしまえば国家級の力でしかない。
だがティカは違う。国家を上回る──それこそ神話級の力の持ち主なのだ。
下手に対応を間違えれば国が亡ぶ。そう確信したジルクニフは次の手を考える。
■
ティカは名を改めた。
貴族位として辺境伯の地位を受けたティカは名をティカ・フォン・シュルツ・アークとした。
ソウルイーター率いる荷車の簡易的な玉座に乗りながら、帝国領となったエ・ランテルの街道を進む。
ソウルイーターの護衛には
その光景を、エ・ランテルの住人たちは家の窓から。路地裏から見る。
堂々と表に出て見る勇気あるものは居なかった。
いかにティカが元アダマンタイト級冒険者でエ・ランテルの英雄だとしても──今は王国軍十八万を殺戮した恐怖の象徴なのだから。
一月が経った。
エ・ランテルは表面上は問題なく運営されていた。
民は減るかと思われたが、意外にも残る者が多かった。
それには逃げ出す先が無い、というものもあったが何よりもティカがエ・ランテルの英雄だというのが大きかった。
だからこそ、民たちはがむしゃらに逃げるのではなく、未来をティカに信じたのだ。
ティカは都市長の館から街を見下ろす。
そこには支配下のアンデッドである
支配下にある
目的は治安維持のためだ。犯罪行為をした者のみ殺すよう指示を出されている。
残る半分の更に半分はエ・ランテル近郊の村々に配置され、農作業や対モンスターの兵力として扱われている。
ティカは都市長の館の執務室で政務を行っていた。
「こちらが確認が終わった書類になります」
そう言いながらアルフレッドが書類の束を渡す。
「ありがとう」
ティカはそう礼を言うと書類を手に取って見せる。
アルフレッドのフレーバーテキストの一文に知恵が回る、という文がある。
そのためアルフレッドは智者だ。と言ってもラナー王女のような人外クラスの知性には届かないが、ジルクニフを少し上回る程度には知性が高い。
その頭脳をもってすれば都市一つと村六つの書類を処理することなど造作もないのである。
ティカの中の人は中学まで学校に行っていたので多少は頭が回るが、それでも多少程度だ。
わからないところは素直にアルフレッドに聞きつつ書類に判子を押して処理していく。
「やはり物資がネックね……ただ解決策はあるからいいけど」
「はい。帝国領となりましたので帝国と大々的に交易が可能となりました。ただ、帝国貴族も王国貴族もティカ様を恐れ接触は最低限になっていますが……こればかりは時間が解決するのを待つしかないでしょう」
今帝国では二つの派閥に別れかけている。
ティカをトップとし、ティカを皇帝へと押し上げたい皇帝に恐怖を抱いている者たち。
それに反するはティカは辺境伯で皇帝の部下なんだからんなことできる別けねぇだろボケというのが皇帝派閥だ。
だがこれはすぐに収束するだろう。皇帝は優秀なので派閥が完全に二分される前に対応策を打ち出す。
ティカも帝国が割れるような事態は望んでいないので干渉する気はなかった。
その後も書類を整理、処理していくと昼頃になる。
昼食を屋敷で食べるとティカは都市長の館から出た。
都市長の館もティカの持っているマジックアイテムで最低限防衛設備は整えたが方舟と比べると劣る。
館から出たティカはメイドであるフィーアを連れ街を歩く。
街には活気がなかった。
帝国領の前は人が多く交易の要所だったが、人気が少なくなっている。
だがゼロという訳ではない。わずかながら人が残っているし、屋台も数を大きく減らしたがゼロではない程度にはある。
ティカは適当に街を散策する。
目的地は決まっているのでそれに合わせぶらぶらと歩く。
「活気が無いわねぇ」
ティカがポツリと呟くとフィーアが反応する。
「ティカ様が居られるというのに隠れている不届き者たちを誅殺しますか?」
「しなくていいわよ。それに、いずれ元に戻るだろうし……人間は良くも悪くも慣れる生き物だから、ね」
「畏まりました」
そうして歩いて行くと目的地である冒険者組合に到着した。
ドアを開けて中に入る。
中に人気は殆どなかった。
街道の警備や街の外のモンスター退治は余っている高位アンデッドがやっている為冒険者の仕事は急激に無くなっている。
そのために冒険者組合は閑古鳥が鳴いている始末だ。
中に入るとイグヴァルジがティカを見て一瞬怯えた眼をするがすぐに気を取り直し若干睨んできた。
ティカは気にすることなく依頼を発注するために受付に行こうとすると其処にプルトンがやってくる。
「ティカ君……いや、今は アーク様、と呼んだ方がよろしいでしょうか?」
「気にしないで、組合長。今まで通りティカでいいわよ……今日は冒険者組合に依頼しに来たの」
その言葉にプルトンは眉を潜めた。
「依頼、ですか。どのような?」
ティカの保有する戦力ならばわざわざ冒険者に依頼を出す必要もないだろうに、とプルトンは考える。
実際殆どその通りだ。冒険者に依頼されるのは殆どがモンスター退治であり、それだけならばティカの持つベルディアやクレマンティーヌで事足りる。
だが今回の依頼は冒険者でないとできない依頼だ。
「カッツェ平野の探索依頼よ。出来ればカッツェ平野の幽霊船を捕獲したいの」
その言葉にプルトンは驚いたように目を開いた。
カッツェ平野の幽霊船は殆ど眉唾のような話とされている。
だがそれでも一定の信ぴょう性を保つのがその情報を出したのがミスリル級冒険者だというところだ。だからこそ完全な見間違いや嘘ではなくれっきとした情報として記録されているのだ。
ティカはその幽霊船をこの世界独自の技術で作られた船、あるいは船そのものがアンデッド化したものだと考えていた。
ユグドラシルにはワールドアイテムその物、あるいはワールドアイテムで生み出した物を覗き飛行船というのはない。例外はティカの方舟などだ。
普通の船ならばあるが。
だからこそティカはその幽霊船をこの世界独自の技術で作られた物、あるいはあり得るかわからないが付喪神のように船がアンデッド化した物だと推察していた。
アンデッド化している理由はカッツェ平野でなんかあったのだろう程度の思いだが。
「カッツェ平野の? ……目的はなんでしょうか?」
「敬語は使わなくていいわよ……私は死霊術師よ。アンデッドを支配し、この領地を発展させるの。スケルトンなんかに農作業やらせたら強いと思わない? 疲労しない農民の誕生よ」
ティカがそういうとプルトンはその発想はなかった、と素直に驚愕した。
冒険者時代から思っていたがこの人物は人の想像を超えたところにいる、と。
「わかりました──いやわかった。その依頼ならば、どのランクに依頼を?」
「勿論この街の最高位、ミスリル級冒険者に依頼を出すわ。チームは……そうね──」
「その依頼、俺たちが受けた!」
そうティカに接近しつつ叫んだのはミスリル級冒険者チームクラルグラのリーダーイグヴァルジだ。
「あなたは……」
「ミスリル級冒険者チーム、クラルグラのリーダー、イグヴァルジだ……あんたには思うところはあるが、依頼とならば受けるぜ」
それにはもちろん裏がある。
イグヴァルジは英雄願望を持つ男だ。英雄になる為ならば何でも──とは言わないがそれでも何でもしそうな気概がある。
だからこそ、帝国領となったこの街を離れずに居た。
高ランクの冒険者となれば低ランク向けの依頼がなくなった街でも依頼が多少はあるので食いつなげるし、有名なので指名依頼も来る。
そこに来た新しい領主からの依頼を一番に受けた冒険者となれば顔も名も売れる。そうふんで依頼を受けるといったのだ。
「ん、いいわよ。じゃあ、これを渡すわ」
ティカはそういうとアイテムボックスから紫色の水晶を取り出した。
「これは?」
「使うと私に位置情報が伝わるマジックアイテムよ。幽霊船を見つけたらそれを使って私に連絡して。私が行かないとアンデッドを支配できないから、ね」
「了解した。その依頼、俺が受けるぜ」
「よろしくね」
ティカはそう微笑むとイグヴァルジはニッと笑みを見せた。
「おう、任せてくれ!」
「じゃあ、用事すんだから帰るわね。さようなら」
そう言うとティカは組合を去った。
ティカはどうせなら、と散歩がてら広場に寄った。
ついでに広場にあるだろう屋台で何か軽食でもつまもうと思っていたのだ。
元の世界に比べこの世界は食事が美味い。そのために若干食道楽に目覚めつつあった。
そうして広場に行くと武装した集団が居た。
それだけならば冒険者か何かだろうと思えるが、よく見れば彼らは胸に冒険者の証であるプレートを付けていなかった。
更にはその者たちはまだ五歳程度の幼女を二人も連れている。すわ事案かと勘繰るのも仕方がないだろう。
流石に武装集団の元に居る幼女となると街を治める者として気にしない訳にはいかないのでティカはその者たち──フォーサイトの者たちに近づいた。
「あなたたち、幼女を連れてるようだけど、何者なの?」
ティカは手っ取り早く聞いてみた。
嘘をつかれても種族特性で見抜けるのでこれが一番であると考えたからだ。
そして近づいてよく見れば一党の中の男には見覚えがあった。
闘技場に居た男だ。
「あー、えっと、俺たちは……」
フォーサイトのリーダー、ヘッケラン・ターマイトは言葉に詰まった。
旗から見れば不審者なのはわかる。冒険者でもない武装した集団が幼女を連れていれば誰だって警戒する。
だからこそヘッケランは素直に言えない。自分たちがワーカーという冒険者の落後者みたいな者だと言えば更に怪しさが増すからだ。
「言っておくけど、嘘を言ったならば──こうよ」
そうティカは親指で首を切る真似をした。
「ヘッケラン……話しても、大丈夫」
そうチームメンバーの
それを聞いたヘッケランは覚悟を決めて口を開いた。
「俺たちはワーカーチーム、フォーサイトだ。エ・ランテルには……逃げて来たんだ」
ワーカー、という言葉にティカは眉を潜めた。
(確か冒険者の落後者、金次第で何でもやるやつら……よね。それが逃げて来た?)
「いったい何から逃げて来たの? 裏組織とばとった?」
「……いや、ある意味ではそうかもしれないが……内のチームメンバーの一人の親が、借金苦でな。そのくせ借金を返そうともせず浪費ばかりする。流石にそんな親の元にチームメンバーとその妹を置いておくことは出来ないってんで連れて逃げて来たんだ。ただその親はヤバいところからも金を借りてそうだから、念のため元王国領のここまで来たって訳だ」
その言葉にティカは少し驚愕した。
ワーカーという裏の者の癖に仲間の為に逃げ出すなんてことをするのか、と。
「ふぅん。それで、逃げて来たはいいけど名を売る訳にも行かず仕事に困っていた、と」
「まぁ、そうなるな」
フォーサイトも結構な貯金があるので暫くはなんとかなるが、引退して隠居生活をする分には全然足りない。
「うーん……」
ティカは話を聞いて、まぁ良くある話だな、と思っていた。
だからこそ助けたいとは思わない。大変そうだな、とは思うがだからどうしたという話でもある。
しかしそういう思考とは別に助けたいという思考もまた混ざっていた。
それにはこの世界に来て余裕があるというのと、現実世界でどうにもならなかった現実を嘆いての事。
「……私の部下にならない? 部下になるなら、貴方達の問題をどうにかしてあげるわ」
その言葉にフォーサイト全員が驚いた表情をした。
「い、いいのか? かなりの厄介事を抱えることになると思うが……」
「それくらい、ジルクニフ陛下に頼めばなんとかしてくれるわよ。それに人間の兵士も欲しいと思っていたしね」
ティカが冗談ではなく本気で言っていると察したヘッケランは仲間に聞こうとする。
だがそれより早く仲間たちが答えた。
「では決まりですね。我々はティカ様の部下になりましょう」
その言葉にヘッケランが慌てる。
「お、おいロバーデイク。いいのか?」
それに答えるのはもう一人の仲間、イミーナだ。
「いいもなにも、それしか手段ないでしょ? 鮮血帝とコネ……クションがあるティカさ──まの元じゃないと、私たちやっていけないでしょ?」
最後にアルシェが口を開いた。
「……私が負担だというのなら、切り捨ててもいい。いや、ワーカーとしてならそうするべき。だけど──」
「あーもーわかりましたよ! 俺たちフォーサイトはティカ様の部下になります!」
「ふふ、そう。よろしくね。それじゃあ早速──最初の依頼を頼みましょうか」
そうティカは微笑んだ。