ティカの目的はただ一つ。それは愛する夫と楽しく暮らす事。
時には旅に出て見分を広め、ある時は自宅でのんびり家庭菜園でもやって、ある時は冒険者にでもなって戦う。
夫婦二人そろえば何も怖くない。
だから今の目的は外の世界を知ることだ。この世界が何なのか、未知を探求しようとティカは心躍っていた。
ティカの種族は悪魔だが、睡眠不要なだけで寝る事自体は出来る。
寝間着に着替え、自室で眠った後着替えて寝室を出た。
寝室はリビングと繋がっており、リビングに出る。
そこでは四人の執事の一人、アインスが朝食を作っていた。
「おはようございます、奥様。すぐにお持ちしますね」
「ありがとう」
アインスもまた悪魔だ。
種族レベルは五で後は従者っぽい感じにクラス構成をしている。
ユグドラシルには二千を超える職業と七百の種族レベルがある。
それらは最大十五レベルまで上昇し、幾つかクラスを増やしていく事で百レベルへと到達する。
ティカもルドガーも百レベルだが、メイド三人と執事三人は違う。
NPCの作成にはギルドの作成ポイントを消費する。一ポイントで一レベルという形だ。
そして方舟のポイントは七百で課金などで増やすことも出来ない。
そのためにティカは夫と執事長、戦士長で三百ポイント使い六人のメイドと執事で五十ポイントずつ使い六百ポイントを消費したのだ。
ただガチ構成なのは夫のルドガーと戦士長のベルディアぐらいのもので他の者はクラスに遊びが入っている。
アインスが朝食のトーストに目玉焼きを乗せたのを出し、サラダとミネストローネがある。
ルドガーも寝室から出てきて、向かい側に座る。
「では、いただきます」
ルドガーとティカ二人が手を合わせいい、二人は食べ始めた。
「……美味しい……!」
ティカ──中の人が暮らしていた地球は環境汚染が進みすぎていた。
人類が星を食い潰し、外には毒の空気が蔓延していた。
当然そんな世界でまともに植物が育つわけもなく、動物どころか蟲すらまともに生存できない地獄だ。
そのために食事など合成肉やらサプリなどしかなく、まともな食事など貧困層には出来ない。
ただ富裕層はアーコロジーで育った肉や野菜が食べられるが。
そんな生まれて初めて食べた最高の料理を食し涙すら流した。
それに対しアインスはおろおろとし、ルドガーは「これからは楽しむと良い。これからの人生、長いんだから」と諭すように言うのだった。
■
方舟には幾つか機能がある。
そのうちの一つ、不可視化を使い透明状態にする。
不可視化は意外と看破されやすいが、それでもないよりはマシ程度の隠密能力だ。
ただし欠点として不可視化中は移動が出来ないというのがある。
朝食を食べ終えたティカとルドガーの二人はフル装備に着替え、方舟からゆっくりと到着した村──柵すらない平和な村、カルネ村に向かって降下する。
二人とも種族は悪魔。故に種族的
村の中央に降りると翼を収納する。
「あら」
家々から朝食を食べ終えたのだろう村人たちが出てきており、ティカとルドガーを見てなんだなんだと疑問を抱いていた。
ルドガーは今全身鎧を着ている。
悪魔と竜を掛け合わせたような鎧だ。頭部は竜を模しているフルフェイスだ。
黒い鎧に紫のラインが入っており、背中には黒い大剣を背負っている。
ティカが家から出て来た村人に近づく。
村人は怯えながら口を開いた。
「こ、この村に何の用でしょうか」
「私たち旅人なのだけど、地図を失ってしまって。ここがどこにあるのか知りたいの。あと、近場の街の位置も知りたいわ」
ティカが微笑みながら言うと村人は安心したような息を吐いた。
「そう言う事なら、村長に聞くといい。村長の家は──」
そう言った途端、奥から「ぎゃぁぁぁぁ!」という悲鳴が木霊した。
「な、なんだ?」
「ティカ、俺が見てくる。お前はここに居ろ」
「わかったわ」
返事をするとルドガーが高速で走り出す。
音速を超えた走りだが物理法則の違いでソニックブームは起こらない。
ルドガーが村の外周近くまで行くと其処には帝国騎士の装いをした者たちが居た。
軽く三十人はいるだろう。馬に乗っている者も居る。
地上にいる騎士の一人が村人の一人を斬り殺していた。
(タイミングがいいな)
自分たちが村に来た途端アクシデントが起こる。まるで何者かに見られているようだ、と一瞬ルドガーは考えた。
だがティカも自分も情報系魔法に対し対策は積んでいる。ならばタイミングが良かっただけだろうと判断する。
騎士たちはルドガーを見て一瞬硬直した。
二メートル近い悪魔的な鎧を纏った人間が居れば誰だって固まる。しかもただの村に居るのだ。
「オオオオオオオオ!」
ルドガーは悪魔らしく雄たけびを上げ、突撃した。
眼にもとまらぬとはまさにこのことで電光石火のごとき速さで騎士を斬り殺し、次の騎士を殺していく。
時には馬事騎士を殺すなどをし、五分も経たず殲滅が終わった。
「ば、化け物……」
あえて残した三人の騎士がこひゅ、という小さな悲鳴を上げた。
「大人しく降伏するなら殺さないでやるが」
ルドガーはそう地面に腰を抜かしている騎士に向かって大剣、ドゥームズを向けた。
「こ、降伏します!」
「俺も!」
「俺もだ!」
そうして三人の捕虜を手に入れた。
■
「さて……一応村の人たちは避難した方がいいんじゃないかしら」
ティカはそう会話していた村人に向かって言った。
なにがあったかは分からないが、緊急事態なのは確かだろう。このままボケっと突っ立ってるわけにはいかない。
「私が行くよりあなたが避難を呼びかけた方がいいのではなくて?」
ティカがそういうと呆けていた村人が「わ、わかった」と村中の家々を叩いて回りだした。
そしてここにも分散してきた騎士たちがやってくる。
この帝国騎士たち──正確にはスレイン法国の者たちの総数は三十人ほど。部隊を三つに分け、侵入するのが二舞台。包囲するのが一部隊という形だ。
そのうちの片方が攻めてきていたのだ。
馬に乗った騎士たちがティカを見るなり舌なめずりをした。いい女がいる、と。
だが次の瞬間ティカの額から生える銀色の角を見て顔色を変えた。
「亜人種かよ。殺せ!」
そう叫び突撃する。
それに対しティカはイラっと来た。自分は異形種だ、と。
「死になさい──
先頭を走る騎士に即死魔法を放った。
ティカの左手に幻影の心臓が出現し、それを握りつぶすモーションが入る。
心臓を潰された騎士はそのまま倒れ、死亡した。
(案外何とも思わないわね)
自分の力で初めて人を殺したというのに何も感じなかった。
人殺しの実感すら碌にない。
だからまぁ、殺してもいいかという感覚だ。
「な、何をした?!」
騎士たちの頭──隊長であるペリュースが叫ぶも、ティカは聞く気はない。
「全員死になさい。
ティカがそう唱えるとのたうち回る龍の雷が飛んで行く。
範囲攻撃魔法の一つだ。
雷はペリュースに命中するとそのまま雷撃で殺し、次の標的へと移動する。
この魔法は他に標的が残っている場合対象を殺しても他の者へ移っていく。
龍が暴れまわり、騎士たちはあっけなく全員死んだ。
「死体はゾンビにでもしようかしら」
ティカの本職はネクロマンサーだが、特化型には劣る。
本格的にアンデッドを扱いたいのならばアンデッドにでもなるべきだったが、悪魔から種族を変える気になれず悪魔のままだったのだ。
まぁ夫婦で悪魔になりたかったというのがあるが。
そのため原作アインズのように<中位アンデッド創造>などを持たない。まぁ持っていてもこの場面では使わないだろうが。
騒ぎを聞きつけた村人たちが続々家から出てくる。
その中から代表──村長らしき男がティカに近づく。
「あ、あの。これは一体、何があったのでしょうか……?」
「この村を襲おうとした騎士の集団が居たから殺したわ。貴方、この者たちが何者かわかる?」
「……装備から見て、バハルス帝国の者たちでしょうか」
「帝国、ねぇ」
帝国と言われても周辺地理も大陸も周辺国家も知らないので何なのかわからない。
「あなた、村長? 私たち実は遠いところから来たの。ここら辺の情勢とか地理とか、教えてくれないかしら」
「騎士たちを倒してくださった方になら、何でも答えます。ただ、報酬となると……」
「それなら……そうね。この騎士たちの装備を売ってその半分を頂戴。それだけあれば充分だろうから」
「おお、ありがとうございます。では私の家に案内しましょう」
そこに三人の騎士を抱えたルドガーがやって来た。
「あなた」
「ティカ、騎士を捕まえた。俺は情報を吐かせるが……ティカはどうする?」
「私は村長からここら辺について聞くわ。騎士のごう……尋問はルドガー、あなたに任せるわ」
「わかった。村長、空き家はないか?」
「空き家なら北の方に一軒あります」
「わかった、そこを少し借りるぞ」
「わかりました。では、えぇとティカさん。どうぞこちらへ」
そうしてティカは村長の家へ案内されるのだった。
■
(頭が痛くなりそう)
村長の家で白湯を飲みながらティカは情報を整理していた。
最初に方舟が転移したのはこのリ・エスティーゼ王国近くのカルネ村近くだ。
このリ・エスティーゼ王国は人類国家の中でも大国と言えるレベルの国の一つだ。
向かい側、東にはバハルス帝国という王国と毎年戦争をしている国がある。村を襲ったのはこの帝国の騎士の格好をしていた。
だが毎年戦争をしているといっても正面切ってぶつかって消耗するのではなく、平野で軍と軍がにらみ合うぐらいのもので軽い衝突はするが死者は千人を超えてない程度だ。お互いに。
そのためにそんな戦争相手がいきなり村々を襲うなんてことをするか、というと疑問が出てくる。
南に行くと其処にはスレイン法国という宗教国家がある。
二百年以上の歴史を持つ最古の国家ともいわれる国である。
王国と帝国の間にはトブの大森林という人類未踏の森とアゼルリシア山脈がある。
これが実質的な国境となっている。
相手の格好から予想は出来ていたが国がらみの厄介事に首を突っ込んだことになりティカはため息を吐いた。
だがこういった厄介事も旅の醍醐味か、とティカは気を取り直した。
「それで、ティカさん。報酬ですが……」
「いつになりそうですか?」
「こちらからエ・ランテルに売りに行くので、最短でも三日はかかると思います」
「ではその間ここに滞在させてもらっても? あぁ、食事などは持っているのがあるので大丈夫です」
「でしたら空き家を使ってください。村を救ってくれた恩人ではありますが──
そこに村人が入ってくる。
「村長、村人の葬儀の準備が終わりました」
「あぁ、ご苦労……ティカさん、村人の葬儀を先にしてもいいでしょうか。死んでいった四人の村人を供養してやらねば」
「わかりました、お先にどうぞ。私も夫の元に行きます」
そうしてティカは村長の家を出るのだった。