一週間後。エ・ランテル、都市長の館にて。
ティカはある客人と対面していた。
相手は肉付きの良い体をしており、髪は地肌が見える程短く刈り込まれている。
もう一人はその女──に見える男の従者だ。
褐色の肌を持ち、メイド服を着ている。頭からはウサギの耳が出ており、顔にはウサギの髭もついている。
ラビットマンという亜人種だ。
「それで、貴方は……内の夫と武王の試合を組みたい、と」
「そうです。アーク殿。私は彼との約束を守らなければならないのです」
そう男──オスクは言った。
オスクは闘技場のプロモーターの一人である。
興行主の中でも最も力を持つ者であり、かの武王の雇い主である。
武王。帝国闘技場の最強の者に与えられる称号だ。
今の武王は八代目となり、人間ではない。亜人種のウォー・トロールという種族の者だ。
戦闘力は帝国では闘技場どころか帝国最強であり、かの帝国四騎士を超える人材である。
「そうね……なら、貴方はそれに対し私に何を差し出せるのかしら?」
ティカはからかうようにそう言った。
想定されていた質問であったオスクは迷うことなく答える。
「相応の金銭、及びに……私のコレクションの一つ──ルーン武器を贈呈しましょう」
オスクはここが正念場だ、と気合を入れる。
正直に言えば、オスクとて領主の夫という者を闘技場に入れたくない。
だが、周囲がそうさせない。
ルドガーが闘技場に参戦したその試合を見ていた観客や、その話を聞いたゴ・ギン──武王その人がルドガーと戦いたいと言っているのだ。
オスクはゴ・ギンとある約束をしている。それは強者と戦わせるという約束だ。
だからこそ、オスクは領主の夫というリスクある相手を闘技場に誘っているのだ。
ティカはルーン武器という言葉に心惹かれた。
ルーン武器というのはユグドラシルには無い。装飾としてルーン文字が刻まれた武器はあるが、外見以外に意味はない武器や防具だ。
「ルーン武器……それは、どこから来たの? 帝国の職人?」
「いえ。ドワーフの国からの物です。といっても近年はあまりルーン武器は来ないのですが……」
ドワーフの王国と帝国は取引がある。
しかしここ百年はルーン武具の取引は無くなった。
ドワーフ側で何かあったのかもしれないが、それを調査するにはトブの大森林を超えアゼルリシア山脈を踏破する必要がある。そこまでのコストと危険性を犯してまで行くほどではなかったのだ。
だが、ティカはルーンというユグドラシルには無い技術に心惹かれた。これは欲しい、と。
「そうね……それで受けましょう。夫にも私から話を通すわ」
「おお、ありがとうございます。では日時ですが──」
ティカとオスクは話し合い、ルドガーの二度目の闘技場参戦が決まった。
■
フォーサイトとクレマンティーヌ、カジット一行はエ・ランテル近郊のある洞窟に来ていた。
この洞窟にはある盗賊がねぐらにしているという。
その盗賊団の名は死を撒く剣団。
盗賊とは言うが戦争時は傭兵団として動き、帝国と王国の戦争に参加していた。
だが、戦争が無いときは野盗や盗賊として活動するというただの犯罪集団である。
彼らは今ピンチに陥っていた。
ティカが使った超位魔法
だが、彼らはエ・ランテル近郊から移動することも出来ない。
ブレインが今使えない状況、かつ団員の殆どを失った状態で移動するのはリスクが高い。
更に街道にはアンデッドの警備兵が巡回している。彼らはあまり知性が高くないので攻撃しなければ攻撃されることは無いが、それでも移動先を知られてしまう。
なら街道を使わず獣道や森を通るとなるとモンスターの格好の的である。
だから彼らは動くことが出来ず、拠点の洞窟に引きこもっていた。
そして──そこをフォーサイトたちが襲撃する。
死を撒く剣団は既に一度襲撃を受けている。
それはエ・ランテルが帝国領になる前の事で、その時は金級冒険者パーティや銀級を含めた者たちの襲撃だった。
ただその時はブレインが居たので難なく殲滅していた。
しかし今襲撃をされると不味いだろう。なすすべなくやられるに違いない。
イミーナが遠距離から矢を放った。
連続の二射だ。それにより見張り二名は死亡する。
「行こうか」
そうしてイミーナを先頭にし、一行は洞窟の中に入っていった。
洞窟内では二度敵と遭遇した程度であまり接敵しなかった。
何せ人手不足なので迎撃に出せる人員も限られているのだ。
そうして進んでいると奥からふらふらとした男がやって来た。
染めているのだろう青い髪。服の上からでもわかる筋肉質な体。
腰には南方で作られる刀を持っている。
「……敵か」
そう男──ブレイン・アングラウスは呟いた。
「なんか、思ってたのと違うねー」
そうクレマンティーヌはスティレットを肩にぽんぽん置きながら言った。
覇気がない。強者の風格というのも感じられず、そこらに居る浮浪者にしか見えない。
ブレイン・アングラウスの心は折れていた。
倒すべき目標だったガゼフ・ストロノーフは戦場で死に、ティカという圧倒的強大な力を目にしたブレインは心を病んでいたのだ。
正直何がどうなってもいいというやけっぱちさもあった。
クレマンティーヌは前に出る。
いかにやる気がない相手とは言え相手は英雄に準ずる強者だ。イミーナたちでは荷が重い。
カジットも魔法が届く程度の距離でクレマンティーヌの後ろに移動する。
「ほいじゃイっきますよー」
クレマンティーヌはクラウチングスタートにも似た独特の構えを取る。
ブレインも一応は刀に手をかけ、彼オリジナルの武技<領域>を使う。
<領域>は約半径三メートルほどある。その範囲内の対象を強力に知覚する武技だ。
と言っても近く出来るだけで対処の方は別の武技を使うか素の身体能力で対処しないといけないという問題もある。
更にブレインは<能力向上>を使い身体能力を上げる。
クレマンティーヌが突撃した。
超高速移動による刺突だ。同格相手にも通じる不可避の一撃である。
ブレインはクレマンティーヌの刺突を知覚し迎撃する。
だが、ブレインの動きよりもクレマンティーヌの方が速い。
しかしそれでもかつてガゼフと互角の戦いを繰り広げた剣士だ。軌道を反らすことには成功し、致命傷は避けた。
「はは、強いな……」
ブレインは乾いた笑いを見せた。
それを見たクレマンティーヌはイラっとする。
「あんたさー、何? なんでそんな腑抜けになってんの?」
クレマンティーヌは自分が強者だと思っている相手を一方的に嬲り殺すのが好きだ。
だから強者の癖に腑抜けているブレインを見てイライラしてしまう。
「俺は、世界の広さを知った。あんな化け物から見れば俺たちなんざ餓鬼の棒振りと同じだ……お前もそう思うだろう?」
「……そうだね。ティカ様たちの力は私たちの想像の及ばない遥かな頂にある。だけど──それで歩みを止める理由にはならなくない?」
「……強いな、あんたは。俺は──もう疲れてしまったよ」
ブレインはそういうと再度居合の構えを取る。
クレマンティーヌは今度は本気で殺そうとし、複数の武技を使う。
<能力向上><能力超向上><疾風走破><疾風超走破>──人間だったころは使えなかった複数の武技使用だ。
ゾンビという異形種になったことによるステータスの上昇。そしてアンデッド特有の疲労無効化により人の域を超えた武技の複数行使を可能にした。
対しブレインは<領域>でカウンターの構えだ。
クレマンティーヌが突撃した。
ブレインはオリジナル武技の居合である<神閃>で迎撃しようとするが──それよりもクレマンティーヌの方が攻撃が速く、鋭い。
それによりクレマンティーヌは肩を斬られるもブレインの心臓を貫き、殺した。
「はい、いっちょあがり~……死体は回収してティカ様にゾンビにしてもらおうかな」
こうして死を撒く剣団は壊滅した。
■
一週間後。
帝国。闘技場にて。
貴賓室には帝国皇帝ジルクニフとエ・ランテル領主にして辺境伯のティカの姿があった。
ジルクニフは気が気でなかった。
圧倒的力の持ち主と同じ部屋に居るというだけである種の恐怖を感じざる負えない。
しかし恐怖を感じつつもジルクニフの内心は冷静沈着であった。
一応形式的にはティカはジルクニフの配下、という事になっている。そのため実際の力関係はともかくジルクニフが命じればティカは断ることが出来ない立場だ。
無論ティカの方が力が圧倒的に上なので力で反逆される危険性を考えると無茶な命令は出来ないが。
しかし一応は部下だという事でジルクニフはまだ勝機を狙っていた。
「しかしティカ。試合とはいえ自身の夫が参戦することに思うところはないのか?」
隣り合って座りながらジルクニフは話しかけた。
後ろには護衛であるナザミ・エネックと四騎士を辞めティカ個人の配下になったレイナースが居た。
「特には。夫には思うまま戦って貰いたいだけですわ」
「そうか……しかし相手は闘技場──いや帝国最強の武王。不安にはならないのか?」
「まさか。たかが帝国最強程度では我が夫の敵にはなりません。せめて大陸最強でも連れてきて貰わないと……失礼。皇帝陛下に対し失礼なことを言いました」
お許しを、とティカは頭を下げた。
それに対しジルクニフは引きつった笑みをした。
大陸最強を連れてこい、などと大層な自信にもほどがある。
だが単独で王国軍十八万を蹂躙した者の夫となるとそれと同程度の事が出来ても可笑しくはない、とも思ってしまう。
『ではこれより闘技場最強の剣闘士、武王の入場です!』
声を拡散するマジックアイテムによろ声が拡散され、武王が闘技場内に姿を現した。
全身鎧に身を包まれている。右手には己の身長程もあるクラブを持っている。
身長は二メートルを超えており、鎧のいかつさからわかるほどに筋肉を持っているとわかる。
武王は雄たけびを上げた。
それは敵に対する威嚇であり、強敵への感謝の声だ。
ルドガーは本気の装備で武王を迎え撃つ。
ルドガーの装備は全て伝説級の一品だ。神話級こそないがそれでもルドガー専用に調整されたそれは他の者の神話級を纏うよりは強い。
完全に弱い者虐めになってしまうだろうが、それでも本気の装備を着たのには理由がある。
それは帝国最強と謡われる存在に対し敬意を払ったからだ。
ルドガーは己が創られたモノだという自覚がある。
だからこそ、誰にも作られず、用意されず己の努力と才能のみで強者へと至った者のに敬意を示す。
故に──本気で相手をするのである。
「強いな、貴方は」
そう武王ゴ・ギンはくつくつと笑いながら言った。
探知阻害の指輪は就けている。だがそれでも人より優れた感覚器官をもつ亜人種にとって強者の気配を感じとる事は出来た。
「だからこそ──全力で挑ませてもらおう」
そうゴ・ギンは棍棒を構えた。
銅鑼の音が響いた。
即座にゴ・ギンは突撃し、クラブを振り落とす。
ルドガーは最小限の動きで回避する。
回避と同時に反撃。ドゥームズでゴ・ギンの分厚い鎧を斬り裂き、更に分厚い皮膚さえも軽々斬り裂く。
だが浅い。致命傷には程遠かった。
ゴ・ギンは後ろに引く。
そして治癒されるのを待つ。
トロール種は炎と酸以外の攻撃に対し再生能力を持つ。極まった者──種族を統率する者クラスになるとたとえ頭部がはじけても再生するほどの力を持つこともある。
しかし幾ら待ってもゴ・ギンの体は再生されない。
そのことに対し疑問を抱きゴ・ギンは兜の下で眉を潜める。
「傷が治らないのが不思議か? 俺はカースドナイトのクラスを治めている。俺が与えた傷は高位──第八位階以上の回復魔法でないと治らん。リジェネーターでもないお前の場合は幾ら待っても治らんぞ」
ルドガーは嘘をついた。
幾ら待っても、と言ったが流石に一週間も待てば呪いが時間経過で解け治る様になる。
カースドナイトの呪われた攻撃は永続ではないのだ。それ系に特化した者なら別かもしれないが、少なくともルドガーのはそうではない。
しかしこの試合中に治ることは無いのは確かだ。
ただのかすり傷とはいえ、流れる血は止まらない。放置すれば出血死もあり得るだろう。
ならば、とばかりにゴ・ギンは果敢に攻め立てた。
幾つかの武技を併用しての怒涛の連撃だ。相手が<不落要塞>を使わなければ──いや仮に使っていたとしても防げぬほどの攻めである。
その攻撃を、ルドガーは全てドゥームズで防ぐ。
盾のように使い、パリィし、足運びで避ける。
ゴ・ギンが息を切らした瞬間、ルドガーは攻めに入る。
ゴ・ギンは<即応反射>で体勢を直し防御に入る。
しかし防御に使ったクラブ事ルドガーは斬り裂いた。
武器として圧倒的な差がないとできない芸当である。
そのままルドガーは攻撃するもゴ・ギンは<超回避>や<流水加速>を使い回避に成功する。
ゴ・ギンはルドガーから距離を取った。
「……教えてくれ、戦士よ。俺は──弱いのか?」
ゴ・ギンは声を絞り出して問いかけた。
同じ戦士として、ルドガーは真実をいう事にした。
「……俺たちが居た故郷の基準で見れば、弱い。雑兵にすらなれないだろう」
その言葉に対しゴ・ギンはくつくつと笑った。
「そうか──嬉しいな、上には上が居るという物は。俺は更なる高みに至ることが出来る……!」
「……その強い瞳、憧れるよ──だから本気でやってやる。行くぞ、武王!」
「来いッ!」
ルドガーは攻撃系
瞬きすら間に合わない一瞬ののち、ルドガーはゴ・ギンの背後に居た。
瞬間ゴ・ギンの胸から鮮血があふれる。
鎧が斬られ、皮膚も筋肉も斬られたのだ。
そのままどさっと、うつ伏せに武王は倒れた。
「……なんという……」
ジルクニフはそれを見て戦慄した。
帝国最強を一方的に嬲り、更に一撃で屠った。相手の強さに。