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~イブキ編~
「さて……まさか子守りを頼まれることになるとは」
ツムギは頭を悩ませていた。今までイロハやチアキにゲヘナを案内してもらったお礼がしたいと言ったのは確かにツムギである。しかし、まさか、子守りを任せられるとは思わなかったのだ。
「まぁ、他の仕事で忙しいからその間だけ見ててくれってことなので、そんな難しい注文ではないでしょうが……」
しかし相手はゲヘナ生。個性的で行動力に溢れているのが特徴的な生徒である。子守りなど慣れていないツムギが不安になるのも当然である。
「ねぇねぇお姉さん!なんて名前なの?私は丹花イブキ!」
「私は椎名ツムギ。ワイルドハントの歌のお姉さんです」
「イブキもお歌は大好きだよ!一緒に歌おうよ!」
さすがにこういう場では童謡を一緒に歌ってあげる常識はツムギも持っている。
(デスメタルを仕込んだりしたら、チアキさんはともかくイロハさんに殺されかねないですからね……)
お歌の時間が終わった後、イブキは唐突にツムギに質問をする。
「ねぇねぇ!ツムギお姉さんは何が好きなの!?」
「私が好きなものですか……そうですね。猫とかですかね」
いつも猫みたいにシャーと鳴く可愛い後輩を思い浮かべながら答えるツムギ。
「じゃあ猫の絵を描くねー!!」
クレヨンを取り出してスケッチブックに熱心に絵を描き始めるイブキ。
(最初は心配してましたが、イブキちゃんがいい子なので何も問題なく終わりそうですね)
先ほどから様子を見ていたツムギは、安心する。イブキはゲヘナ生であるが、その振る舞いはまさに天使のようと表現するのが正しく、チアキやイロハが一人にするのを心配して子守りを付けた理由も理解できるのだった。
(最初は暴れないか心配で監視役を付けたのかと思いましたが……真逆でしたねぇ。イブキちゃんに申し訳ないです)
心の中でツムギが謝ったタイミングで、どうやら猫の絵が書き終わったイブキはとてとて走ってきてツムギにスケッチブックを見せる。
「じゃーん!どう?ツムギお姉さん!!」
「どれどれ……お姉さんに見せてください」
スケッチブックを受け取り、ツムギは固まる。一面に書かれた絵を凝視したまま、イブキに尋ねる。
「……これはイブキちゃんが描いたんですか?」
その質問に、何かまずいことでもあったのかとイブキは目に見えて不安そうにおどおどしている。
「ど、どうしたの?お顔怖いよ?イブキ上手に描けなかった?」
「クレヨンでこの絵を……この短時間、下書き無しで?だとすれば彼女の持つ才能は……」
ぶつぶつとツムギが呪文のように独り言を唱える間、イブキはずっと心配そうな顔をしてツムギを見上げる。ツムギはすっとイブキと同じ目線になるまで膝を曲げ、両肩に手を置いた。
「イブキちゃん。ワイルドハントに興味はありませんか?今度ぜひ招待したいんですけど」
「ワイルドハント?ツムギお姉さんの通ってる学校だよね?」
「ええ。そこでぜひ会って欲しい方がいるんです。エリという魔法使いの少女でして」
「魔法使い!?イブキすっごく気になる!!」
「ええ。魔法でどんな絵でも描けちゃうんですよ?」
「うん!イブキ今度はツムギお姉さんと一緒にワイルドハントに行ってみたい!!」
イブキのワイルドハントスカウト計画をひっそりと始めたツムギ。もし万魔殿にバレたらただでは済まないだろうことはツムギ自身よくわかっていたが彼女の芸術家魂は止められなかった。
「……チアキさんとイロハさんには、謝罪用のクッキーでも用意しておきますか」
~ヒナ編~
「……暇ね」
万魔殿のメンバーが避暑地に行っている間、暇な時間ができてしまったヒナ。もちろん、万魔殿の主要メンバーがいないためその分の仕事は増えてはいるのだが、嫌がらせで降ってくる仕事が無い分はいつもよりも楽であった。
「……何しましょう」
いつもより楽といっても、もうすぐ夏合宿があるためそんなに大きく空き時間がとれた訳でもない。そういった空き時間に何をすればいいか、普段仕事に生きるヒナはわからなかった。ともすれば、天井をボーっと眺めるぐらいしかやることはなかったヒナなのだが……
「ヒナ委員長!委員長に会いたいというワイルドハント生が!!」
唐突に入った連絡により、ヒナの退屈な時間は終わりを迎える。
「いいわ、丁度暇だし、通して頂戴」
この酷暑の中を歩いてきたとは思えないほど優雅な足取りで現れたのは、ヒナが全く面識のないワイルドハント生だった。
「さて、こんにちは。ワイルドハントの生徒が風紀委員会になんの用かしら?私に直接会いたいということは、旅行中財布を落としたとかの案件じゃあ無さそうだけど……」
「お初にお目にかかります。私は椎名ツムギ。空崎ヒナ委員長の噂を伺って参りました」
「噂……?言っておくけど、腕試しとかならお断りよ」
「ぜひその生演奏をお聞かせ願いたいのです!!」
ツムギは広い部屋全体が震えるほどの声量で直角90度まで腰を折り曲げてヒナに頼み込む。
「……は?」
「以前ゲヘナで開かれたパーティーにおいて、ヒナ委員長は圧巻のピアノ演奏でゲヘナ中を沸かせたと耳にしました」
「いや……そんな大したものじゃあないわよ。そもそも、万魔殿主催のパーティーといっても、万魔殿はゲヘナでそこまで影響力を持っているわけではないもの」
「むむっ……まぁそれは正しいのでしょうが。しかし、少なくとも会場を訪れた人を魅了したのでしょう?」
実際に万魔殿のメンバーたちと交流したツムギにとっても、万魔殿がゲヘナでそこまで影響力を持ってないことは否定できないのだ。
「じゃあ、準備期間は1週間も無く、それまでピアノを弾けなかったという噂は?」
「それはまぁ……事実だけれど」
「それは認めるんですか!?」
「だってまぁ……否定できないし」
ツムギは眼球が飛び出さんばかりに驚く。これに関してはオーバーリアクションしているように見えるツムギの方が正常な反応だが、当人はまるで凄いことだとは思っていない様子である。
「正直言ってあなたが風紀委員会の委員長でさえ無ければ今すぐにでもワイルドハントにスカウトしたいレベルですが……」
「正直言ってあなたの熱意がよくわからないのだけれど……」
互いの間にある熱量の差は寒暖差で水蒸気が発生しそうだが、これも仕方のないこと。先生のために頑張っただけの少女と、黄金の雛鳥を見つけた芸術家の差なのだから。
「頼みます!可能ならば、一曲セッションをお願いしたいのです!」
「その程度ならいいわよ。ちょうど時間が空いていたし」
さらっと。実にさらっと言い放つヒナ。
「曲は何にすればいいのかしら?あまり最近の曲に詳しくはないのだけれど……」
「演奏してくれれば、それに合わせますよ」
「じゃあ……パーティーで演奏した曲にするわね」
ヒナが音楽室に行きピアノに座ると、ツムギはケースを開き準備をする。
ヒナは久しぶりに演奏するというのに、まるで毎日練習を重ねてきたピアニストのように、滑らかな指さばきで演奏を始める。しかし、ツムギも瞬時に曲を理解しセッションを始める。
(私が演奏した曲に後を追うように自然に入りセッションを……さすがワイルドハントの生徒ね。)
曲が終わった後、自然と周囲には人が集まり、ヒナとツムギは拍手に囲まれていた。
「最高のインスピレーションを得られました。この────『出会い』は、確実に私を成長させるでしょう。それではお忙しい所失礼しました!」
「いや、今はそこまで忙しかったわけじゃ……行っちゃった。嵐のような生徒だったわね」
今度は彼女の演奏する曲を聞きたいなと思いながら、また貴重な暇な時に会えることを楽しみにするヒナであった。
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