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~スミレ編~
最近太ったことをアリスに相談したツムギ。理由は、ミレニアム最新の機械ならば素早く痩せることができるのではないかという安直なものだった。それがまさか、あんな地獄を招くことになるとは当時のツムギは知る由も無かった……
「ここがミレニアムのトレーニング部ですか。ふむ、最新の機械によって肉体を磨く。人は楽をするために技術を向上させると言いますが……そう考えると、より自分を追い込むために作られたこの空間はミレニアムサイエンススクールに対するアンチテーゼなのかもしれませんね」
体操服を着たツムギは人が見当たらずきょろきょろと辺りを見回す。
(やはりミレニアムにおいては不人気の部活なのでしょうかね?それとも外でトレーニング中とか?)
そんな中一人熱心にランニングマシーンを使って走る生徒をツムギは見つけた。
「お、おぉ……!」
思わず感嘆の声が漏れるほどの美しく均整のとれた身体。それはまさにツムギ、いや多くの生徒の理想そのものが動いているといっても過言ではなかった。ワイルドハントにおいても芸術としてそのまま成立するレベルだろう。
「あの、どうしました?」
「う、美しい……はっ!?」
見惚れているうちにいつの間にか目の前に立たれていたツムギ。何を言うべきか完全に忘れてしまって、声が出ない。
「ふむ……あなたがアリスちゃんの紹介で本日トレーニングに来たというツムギさんで間違いありませんか?」
アリスの名前が出てやっと落ち着いたツムギは、少し上ずった声で返答をする。
「ええ。その、体を鍛えたくて」
さすがに太って衣装が着れなくなったのでダイエットに来ましたとは言えないツムギ。いくらステージ上で過激な歌詞を叫び続ける彼女も年頃の乙女。羞恥心が全く無いわけではないのだ。
(それに、レナちゃんはああ言ってましたけど、風呂場で鏡とか見る限りそんなに変わってないと思うんですけどねぇ……)
あまりにも最近太った人の言い訳すぎるが、言い訳したところで実際にライブ用衣装が破れているのだからどうしようもできない。動いて痩せるしかないのだ。
「素晴らしい……体を鍛えるために他の学園からわざわざ指導を受けに来るなんて……私は今感動しています!!ぜひこの乙花スミレに手伝いをさせてください!」
「お、おお……」
そんな崇高なことをしているように言われてしまえば、背景を隠している恥ずかしさも湧いてくるが、とにかく、インストラクターがやる気みたいで安堵するツムギであった。
「それで、今日はどんな運動をするんですか?」
「安心してください。既にメニューはできています。ツムギさんは普段から運動をしている方とアリスちゃんから聞きました」
「そうですね。ワイルドハントは正直運動不足の生徒も多いですが……私は実践音楽専攻でバンドをしている都合でどうしても体力がいりますし、色んな学園を歩き回りインスピレーションを集めたりしているので」
「そんなツムギさんでも満足できるメニューを開発しました。」
「ふふ、メニューを組んでの本格的な運動なんて久しぶりなので楽しみですね」
なぜツムギがここまで余裕なのか。それは自分の体力に自信があるからだった。ベースを弾きながらデスボイスでライブ中ずっと歌い続ける。寮監隊との追いかけっこを行うなど、ワイルドハントの平均的な生徒と比べ運動量がずっと多いという自信があったのだ。
そして、それが完全な慢心だったと知るのにそう時間はかからなかった。
「まだまだ!スクワットの次はワイドスクワットがありますよ!!」
「あ、あの……先ほどもスクワットをした気がするのですが……」
「トレーニングで大事なのは繰り返しです!ほら!10秒間膝を曲げて!伸ばして!また10秒曲げて!」
「あ、脚が!脚がぁぁぁ!!!」
「叫べるうちは元気です!ほら!後、3秒!さぁぁぁぁーん!!にぃぃぃぃぃぃぃい!!いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「長い長い長い長い!!?最後のカウントが長い!?」
「あの……もう脚が限界なんですけどランニングマシーンするんですか……?」
「トレーニングの基本は下半身です。ああ、上半身を鍛えられない懸念については安心してください。ツムギさんには1つ5kgの砂袋手足につけて走ってもらいます。これにより腕も同時に鍛えることが可能です。では、早速開始!」
「おあぁぁぁぁぁ!!」
「マウンテンクライマー!プランク!次はHIIT!!」
「ほでゅああああ!!」
「ぴぃぃぃぎぃぃぃ!!」
「ぎいやぁぁぁぁ!!」
その後もとんでもないデスボイスを何度も響かせるツムギ。それでもスミレによる追い込みは止まらず、普段の優雅な雰囲気は後半には完全に消え去っていた。
「お疲れさまでした。気分はどうですか?昨日までの自分を超えられそうですか?」
「さ、三途の川を超えそうです……」
「……すみません。運動できると聞いてきつくし過ぎたかもしれません」
魂が抜け出そうな声で返事をするツムギを見て、申し訳なさそうな顔をしたスミレ。しかし、それはそれとして追撃の準備はもう済ませていたのだった。
「さて、今回のツムギさんの運動を見て、必要そうなメニューをリストアップしておきました。これを毎日順番にこなしていってください。」
「え……え?これをですか?」
「できなさそうなら私がつきっきりで指導しますが……」
「いえ!ちゃんとやります!やらせてください!!」
その後、プロテインをたっぷり貰ったツムギ。翌日は筋肉痛で生まれたての小鹿のようになっていたが、レナの監視があるためちゃんとメニューをこなしまた地獄を味わったという。
~シロコ編~
「今日もメニューをこなしますか……」
早朝、まだ涼しいうちにランニングを行う。ライブ本番に向けダイエット中のツムギは今日もスミレに渡されたメニューをこなす。
「やはり……きついですね」
自分の中の限界を少し超えるのがトレーニング。つまりは限界まで自分を追い込む必要があり……自分が本当にきついと思う負荷がかかる距離をツムギは毎朝走っているのだ。
「毎日少しずつ伸びてるんですよね……ふぅ、きつい運動ですが、きいてる気はしますね」
「あなたもランニング?」
いつの間にか隣を走りながら話しかけてきたのは狼のような少女。ツムギと同じスピードで走っているのに全く息切れしておらず、平然と話しかけてくる。
「はぁ……ふぅ……ええ。そちらは随分と余裕そうですね?」
「うん。まだ軽く10kmしか走ってないし、スピードもあなたに合わせて落としてるから。多分初心者さんだよね?」
「私が初心者なのは認めますが軽く10kmはそちらがおかしいのでは……?」
「そうかな……?」
少女は不思議そうな顔をしている。本当にきついとは思ってないのだろう。彼女の引き締まった体がなによりその説得力を高めている。
「私は砂狼シロコ。アビドス高校の2年生だよ」
「アビドスってここからかなり距離があった気がしますが……朝のひとっ走りのレベルですか?私は椎名ツムギ、ワイルドハント芸術学院の2年生です」
「ん、同じ2年生だ。よろしく」
二人は落ち着いて話すために、近くにあったベンチに座りまずは互いに水分補給をした後、向かい合う。
「ツムギは毎朝この辺り走ってるの?」
「ええまぁ、目標がありまして」
「ふぅん、目標があって毎朝運動してるんだ。じゃあ目標に向けたメニューとかも組んでるの?」
「まぁはい……これがメニューです」
ツムギはスマホの写真に撮ったメニューを渡す。シロコは興味深そうにスマホを見ると、ツムギに返し、少し興奮した様子を見せる。
「本格的なメニューだね……これツムギが作ったの?」
「いえ、ミレニアムのトレーニング部の専門家に作ってもらったもので……よく考えたら、無料でやってもらってるの申し訳ないレベルですねこれ」
「きっと、メニュー渡した人は運動が大好きなんだろうね。そうじゃないと、そんなことできないよ」
運動が大好きなのはそうだろう。なぜスミレがそれほどまでに運動が好きなのか、よく考えれば知らなかったことにツムギは気づいた。
「シロコさんは……運動が好きなんですか?」
「もちろん。私は楽しいから運動してるんだ。こうして走って汗を流すと気持ちいいから」
「運動を楽しむ……ですか」
シロコはツムギに顔をずずいっと近づけ、お願いをする。
「ねぇ、これから私も一緒に走ってもいいかな?この区間だけになっちゃうだろうけど」
「それはいいですけど……私も誰かが一緒にいた方が気分的に楽ですし。でも、シロコさんは私のペースに合わせていいんですか?話を聞く限り私よりずっと運動できる方でしょう」
「二人の方が楽しいし……それに運動の楽しさを誰かと共有したいんだ」
「運動の……楽しさを」
「ツムギは楽しくないの?」
その時ツムギは理解した。なぜ二人は運動がそんなに好きなのか。それは楽しいからという単純な理由なのだと。過程に楽しみを見出しているのだと。
「ふふ、私としたことが楽しむことを忘れて、目的だけを見てしまっていたようですね。挫折からの復帰。その過程の中で得られるものは全て吸収してこその芸術家だというのに」
かつてアイリが音楽に挑戦した際にツムギ自身が忠言した、過程そのものを楽しむことの大切さ。それを、まさかダイエットというマイナスをゼロに戻すものでしかないと思っていたものと向き合っている際に、運動でも過程を楽しむ大事さを自らが知ることになるとは。
「ありがとうございます、シロコさん。楽しむことはなにより────『大事』ですからね」
「……?どういたしまして」
「ですが、私はまだ運動の魅力についてまだまだ発見しきれていません。その魅力をシロコさん、あなたが教えてくれませんか?」
「ん、任せて。ツムギがずっと運動に夢中になるようにしてあげる」
そこまで話して、シロコは急に顔を赤くしてツムギから距離をとる。
「……どうかしましたか?」
「ごめん。距離近かったよね……その、臭いとか、大丈夫だった?」
「あ……そういえば私も」
そこで運動をしている最中だったことを思い出し、ツムギも顔を赤くする。
「そ、それじゃあランニングを再開しましょうか!!」
「そ、そうだね……ただちょっと距離を取って走ろうか」
ぎこちない動きでベンチから立った二人は、互いに背を向けて自分の服を嗅いだ後また走り始めた。
その後、スミレやシロコ、レナの助力もありライブの日までにツムギはライブ衣装をなんとか着られるようになったのだが、以前よりついた筋肉のせいで若干きつかったようである。
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