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~ナギサ編~
ワイルドハントの特大芸術イベント3日目。ツムギは他校生を観察していた。
「色んな学校からの来訪者が、芸術にどのように関わるのか。それ自体が観察に値する物語ですね……」
ただ友人と共に楽しむ者、興味深そうに一人観察する者、専門的な目線で分析する者、それぞれの動きを観察しているだけでもインスピレーションを刺激される。
そんな大衆の中、一際目を惹く存在がいた。彼女は決して派手な格好をしている訳ではない。突飛な行動をしているわけではない。ただ、一挙手一投足が白鳥を思わせるように美しく、特別な何かはないのに周囲と決して一体化することなく輝いて見えるのだ。
「……ふむ、あの方に話しかけてみますか」
思い立ったなら即行動が椎名ツムギという生徒。目標が絵を見ているところに近づいていき、話しかける。
「こんにちは。絵に興味があるんですか?」
「ええ。趣味として絵を嗜んでおりまして。あなたは専攻していらっしゃるのですか?」
「いえ。ただ私のルームメイトが専攻していまして……その都合多少は詳しいので興味があるならば案内しようかと思ったんです。絵画展は特に範囲が広く、複雑ですから。まぁ、芸術の代表と言っても過言ではないですからねぇ」
「ありがたいお誘いです。ぜひ、お願いします。私は桐藤ナギサ。トリニティの……今は一生徒です」
「私は椎名ツムギ。ワイルドハントの兎として、ナギサさんを不思議の世界に案内しましょう」
とんとん拍子で話が進み、ツムギはナギサを案内することになる。絵画展はツムギの言った通りかなりの広さであり、ナギサは迷わないようにツムギの後をしっかりついて来る。
「それにしても、わざわざワイルドハントまで来るなんて本当に絵が大好きなんですね」
「絵が好きなのは事実ですが、実はもう一つ理由があります。これは自慢話ですが、以前、トリニティで個展を開いた際に、ワイルドハントの生徒さんに褒められてしまいまして。その時から、ワイルドハントで絵画を見てみたいという感情が湧いてきまして」
「おや。堂々と自慢話をするんですね」
「今日ワイルドハントの生徒さんによって作られた芸術品の実物を見て、確信しましたので。あの評価は、間違いなく誇っていいものだと。私は素晴らしい方に褒められたのだと。ふふ、今日は見に来てよかったです」
「おやおや……嬉しいこと言ってくれますね?芸術家としての才能だけじゃなく、外交官としての才能もあるんじゃないですか?」
「それは……ふふ、どうでしょうね?」
そんな風に絵を見て回っている中、一枚の絵の前に二人は立ち止まる。それは、赤を基調とした月の抽象画であった。
「これは……不思議な絵ですね。見ていると何か力が湧いてくるような。精神のより奥深い部分に語り掛けてくるような、温かな光と対話しているような、奇妙な感覚の絵です。きっと、描いた人は優しく温かな人なんでしょうね。その描いた人の明るさを反射して、この月は温かく光っているのです」
ナギサが見ているのは、白尾エリ作の『月』という作品であった。ツムギはナギサの感想を聞いて、満足そうに頷く。
「この絵を描いたのは……先ほど言っていた私の友人なんです」
「まぁ……それはそれは」
「私が描いたものではありませんが、まるで自分のことが褒められたように嬉しいですね。その感想を絵を描いた友人に共有してもよろしいでしょうか?」
ナギサは深く頷き、絵の方を見たままツムギに語り掛ける。
「ええ。ぜひ、伝えてあげてください。友人ならば、あなたが伝えるべきだと思ったこと。伝えたいと思ったことを素直に伝えてあげるべきですから。むしろ、私の言葉が友人に届けたいと思えるほどのものだったことが嬉しいです」
「……ナギサさんは愛に溢れた人なんですね」
「愛は大事です。私は注ぐべき愛を忘れてしまっていたからこそ、そのしっぺ返しを受けてしまいました。ツムギさんはぜひ愛を忘れないだけでなく、その愛を隅々まで注ぎ、溢れさせることができる人間になってください……なんて、説経臭いことを言ってしまいましたね。私の案内を率先してくれたあなたが、愛の無い人な訳が無いのに」
「いえ。ナギサさんの考えは、ワイルドハントに飾られている芸術品たちに劣らないほどに美しいものだと思います」
この人に狙いをつけてよかった。そう心の中で思うツムギなのであった。
一通り見て回った後、ナギサは疲れてベンチに座っていた。普段あまり動かないナギサが久しぶりに歩き回ったのだから、体力不足は当然である。
「思った三倍は広かったですね……さすがワイルドハントの絵画展です」
「歩き回って疲れたでしょう。ドリンク、買ってきましたよ」
「これは……匂いからして紅茶でしょうか?しかし、見た目はまるで芸術品のように飾り立てられていますね」
「大正解です。これは紅茶のラテに飾り付けをしたもので彩り豊かな液体部分は混ぜる前と後で味も見た目も違って楽しめますし、飾り付きのカップは思い出として持ち帰りできるんですよ」
ツムギの解説を聞いて、まずは混ぜることなくそのままナギサはラテを口に含む。
「美味しい……!」
「ふふ、味も芸術の一部ですからね。伝えたいメッセージを伝えるのに、使える手段は五感……いえ、第六感含めすべて使うのが────『芸術家(アーティスト)』、ですから」
ラテを飲み終わった後ナギサは深々と礼をして、ツムギにチケットを渡す。ツムギはチケットを裏表確認して、思わず驚愕の表情をしてしまう。
「ツムギさんにはお世話になりましたし……紅茶を奢ってももらったので。こちら、トリニティのレストランで使えるペアチケットです。一食分無料になりますので、期限が切れないうちにぜひ使ってください。味は私が保証しますよ」
「おや、こんなもの頂いてもよろしいのでしょうか……?トリニティのレストランなんてどこも高いイメージですが」
「ええ。ぜひ絵を描いた友人さんと一緒にトリニティを訪れて欲しいので……その時はもしタイミングが合えば、ぜひ友人さんともお話したいですね」
「ふふ、その時はナギサさんの絵も見てみたいものですね。きっと、愛に溢れた作品なのでしょう」
二人は固い握手を交わし、ナギサは少し遠くにいるトリニティ生の集団に合流する。トリニティ生の集団は随分と慌ただしく礼をして、何か叫んでいるのが遠くからでもわかる。
「……なんだか随分と騒がしい様子ですね。思ったよりも大物だったのでしょうか?」
~サヤ編~
「あ~~暑いのだ~~。こうも暑いと素材採取に出かけるのが億劫なのだ~~」
錬丹術研究会の研究室でサヤはクーラーの前でだらだらアイスを食べていた。貴重な薬品も多い研究室の温度は外に比べてかなり冷えており、快適そのもの。そんな部屋でずっと過ごしているサヤが外に出たくなくなるのは人として当然だった。
「最近の暑さはおかしすぎるのだ……春のうちに暑さを緩和する薬でも作っておくべきだったのだ……でも、春なんて全然なかった気がするのだ」
そんなくだらないことをぶつぶつ言いながらも、脳内では足りない素材をどう調達するかで悩んでいた。サヤが普段作る薬の素材は貴重品が多く、とても普通の業者から手に入るようなものではない。だから、調達はできれば自分の足で行うのがベストなのだが、外には出たくないというジレンマである。
そんなジレンマに悩まされるサヤのモモトークに連絡が入る。
「ん~~?誰からなのだ~?……こ、これは!ベストタイミングなのだ!やっぱりぼく様の普段の行いがいいから、天が恵みを与えてくれたのだ!!」
調子のいいことを囀りながらサヤは錬丹術研究会の扉を開けて、客人を迎え入れる。
「ようこそなのだツムギ!まさかこのタイミングでツムギが来てくれるとは!!とにかく、中に上がるのだ!」
「お久しぶりですサヤさん。では、お言葉に甘えて」
ツムギを中に招待したサヤは、ツムギにも棒アイスを一本差し出し、話を始める。
「ところでツムギ。素材を調達して来たってのは本当なのか?」
「ええ、それがサヤさんと以前した約束でしょう?」
ツムギは袋をいくつか取り出す。中には干したカエルの足。乾かした百足の卵をすりつぶしたもの。怪しい色合いのキノコや真っ赤で刺々した見た目の木の実など、様々な錬丹術で使う素材が入っていた。
「……まさか本当に持ってくるとは思わなかったのだ。錬丹術研究会のメンバーでも、素材を集めるのは嫌だと言うメンバーもいるぐらいきつい素材ばかりなはずなのに」
「普段から使っていますからね。それで、余った分を持ってきただけですよ」
「ワイルドハントも錬丹術をやっているのだ?」
「私たちが趣味で儀式に使っているだけですね」
「ふぅん……とにかく、ありがとうなのだ!!この暑さで外に出られなかったから助かったのだ!!というかツムギは暑くないのだ?」
「暑いですけど……最近は意識的に運動もしていますし、元々色んな場所を歩き回るのが趣味なので」
「ま、なんでもいいのだ!ぼく様としては、素材さえ手に入れば万々歳なのだ!」
サヤはご機嫌で素材を袋から収納庫に慎重に移す。
「それで……約束通りの例のモノ。頂けますか?」
「もちろん、約束はきちんと守るのだ」
この二人の言う約束とは────そもそも、ツムギは以前錬丹術研究会を訪れ見学したことがある。その際、ここでしか手に入らないような様々な薬が欲しくて、サヤに頼み込んだのだ。しかし、サヤとしてもさすがに他校の見知らぬ生徒に、確実に効果があるとわかっている薬を渡すわけにもいかない。そこで、サヤは素材を用意出来たら交換で薬を渡してやると約束したのだった。
「まさか本当に薬の素材を集めてくるとは思わなかったのだ……人によっては見るだけで吐き気を催すものもあるというのに。それで、なんの薬をお望みなのだ?」
「そうですね……私が欲しいのは」
「待て!言わなくても天才のぼく様ならわかるのだ!ツムギが欲しい物はずばり────」
サヤはツムギの目をじっと見つめる。そのまま少し目線を下にずらし、ある一点を見つめ、自信満々に答える。
「膨乳薬なのだ!!これを使えばツムギの貧相な胸もまるでシュンのようなナイスバディに」
「ぶち〇すぞネズ公が」
「凄いドスの利いた声で脅されたのだ!?じゃ、じゃあそれ以外何が欲しいのだ!?」
「どれだけ頭の中ピンク色なんですか……私が欲しいのは若返りの秘薬です」
「若いのにそんなものが欲しいのだ……?あ、そういえばツムギは作曲してるって前言ってたのだ!子どもの体になって新しいインスピレーションを得ようとか、そういうことなのだ?」
「いえ、ルームメイトにいたずらで使ってその反応を見て楽しもうかと」
澄んだ瞳でツムギはまっすぐ受け答える。
「さっき脅されたわりに、ツムギもツムギでアホな事考えてるだけなのだ!?」
そう言いつつも、ちゃんと若返りの秘薬をツムギに渡す。普通に考えてこんなものが外部の機関で研究されたら大変なことになるが、約束は約束だし、何よりサヤには成分がバレたところでおいそれと真似されない自信があった。
「あ、そうだ。写真で結果報告しますね。経過報告もしっかりしますね」
「お、気が利くのだツムギ。ぼく様の助手に欲しいぐらいなのだ」
「私のルームメイトの可愛い姿をぜひ多くの人に見て欲しいので────『共感』、は大事ですから」
「前言撤回。ツムギを助手にしたら碌な目に合わなさそうなのだ」
その後、幼児化したエリ、レナ、カノエの写真があまりにも大量に送られてくるので、何度かモモトークをブロックすることが頭によぎるサヤであった。
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