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~ジュリ編~
「さて……ゲヘナの給食部というのはここですかね?」
先日のレストランで、食と芸術・儀式の関係性に興味が湧いたツムギはゲヘナの給食部のある建物を訪れた。以前一緒に食事をした経験のあるハルナによれば、ここにはたった二人だけでゲヘナの食堂を回す存在がいるという。
「たった二人でキヴォトス三大校のゲヘナ学園の食堂を回す……これはオカルトの臭いがしますね」
くんくんと嗅いでみれば、ちゃんといい匂いがしてとてもオカルトっぽくはないが、まだまだ油断は禁物。オカルトはなんてことない日常に潜んでいるのだ。
「超常的存在がちゃんと給食を作ってるとか……だったら面白いですねぇ」
妄想を膨らませながら建物の入り口を探してみると、建物の裏に畑を発見した。
「これは……素人目に見ても立派な畑ですね。まさかこれも給食部が運営しているのでしょうか?ますます怪しくなってきましたねこれは」
ツムギが畑の周囲を見て回ると、農作業に打ち込む生徒を一人発見する。
「これは……第一村人発見というやつでしょうか」
早速事情聴取に向かうツムギ。といっても畑の中に勝手に入る訳にもいかないので外から声をかけてみる。
「すみませーん!少々お話を伺ってもよろしいでしょうか!」
少女はきょろきょろと周囲を見渡した後、ツムギの存在に気づき元気よく返事をする。
「はーい!少々お待ちくださーい!!」
少女は付いている土を払い落した後、青々とよく育ったピーマン畑をかき分けてツムギの方に寄ってくる。
「すみませんこんな汚れた姿で……それで、なんのご用でしょうか?」
「ふふ、その土の汚れも、角に引っかかった葉っぱも夏のあなたを彩るアクセサリーです。必死に食材と向き合った自分を汚れた姿なんて言わないでください……それで、要件でしたね。給食部について、何かご存知でしょうか?」
「給食部……ですか?それなら私は給食部の部員です。牛牧ジュリです、よろしくお願いします!」
「おやこれはご丁寧に……ワイルドハントからの探索者、椎名ツムギです。こちらこそよろしくお願いします」
ツムギが手を差し伸ばすと、ジュリは手を伸ばそうとした後、慌てて軍手を取って握手に応じる。
(さて、いきなりオカルト的な力があるか聞くのもご法度ですし、ここはまず……身近な話から)
「この畑は給食部で管理しているんですかね?」
「ええ。給食部はいつも資金難でして。少しでも楽になるかなって思って私が作ったんです」
「それはそれは……しかし、資金難ですか。噂では二人だけで回していると聞きましたが、別に人を雇って手伝ってもらったりしているんですか?」
「いえ。そうじゃなくて純粋に支給額が足りてないんですよね……フウカ先輩も今色々なスーパーや市場を巡って安い食材を買いそろえているんです」
「そのフウカ先輩というのが給食部の部長なんですか?」
「ええ。フウカ先輩は凄いんですよ!料理を作るスピードがとんでもなく早くて、目利きもできますし優しく指導もしてくれて、クレームの対応までしてくれるんです!!」
「ふむ、そのフウカ先輩というのは、何か特殊な能力を持ってたりするんですか?」
「特殊な能力……それは愛情です!」
「愛情……ですか?」
「はい!毎日あれだけ大変なのに、それでも料理に向き合い続け学食で料理を提供し続けるには愛情が必要不可欠なんです!!そんなフウカ先輩に憧れて、私も料理において最も愛情を大事にしているんです」
「確かに、創作において創作物への愛情は大事ですからね。愛情こそが過酷な環境において創作を続けるために最も必要……理解できる気がします。毎日続けられるのは、それだけの愛の深さがなせる技なのですね」
「そうなんです!フウカ先輩の凄さをわかってくれましたか!?」
「ええ。フウカさんだけではありません。そんなフウカさんとともに給食部を支えるジュリさんの愛情深さも、私には伝わってきました」
「そ……そんな、私なんて!?」
ジュリは急に褒められたせいで照れて顔を赤くし、もじもじしながらツムギに言葉を返す。
「そ、そんな風に褒めても料理ぐらいしか出せませんよ?私」
「ふふ、よろしければジュリさんの料理、ぜひ食べさせてください。もちろん忙しいでしょうから、できればでいいのですが」
「いえ!喜んで作らせてもらいます!私、料理大好きなので!」
(どうやら、オカルト的な力でどうこうという訳では無さそうですね……。話を聞くかぎり、そのフウカ先輩という方と、ジュリさんがとにかく凄い腕前のシェフというだけのようです。もはやオカルトクラスの手際の良さではありますが……私の勘違いだったようです。料理、楽しみですねぇ)
そうして食堂の方に歩いていく二人。好奇心猫をも殺すとは言うが、ツムギの好奇心が最悪の悲劇を招くことなど、この時のツムギは、いや二人は知りようも無かったのである。
「こ、これはなんでしょうか……?」
「夏野菜のカレーライスです!!」
ウジュル……ウジュル……と皿の上を這いまわる薄紫色のソレはどう贔屓目に見ても料理ですらなく、これが実は『カレーライス』というゲヘナ固有の生物ではないかとツムギは常識を疑う。
(まさかこんな完全に油断したタイミングでオカルトそのものみたいなブツをお出しされるとは……ネットに写真をあげればUMAとして認定されるんじゃないでしょうか)
「あの……すみません。やっぱりダメですかね?」
「……ジュリさん?」
「私の料理を見ると、なんでかみんな避けてしまうんです」
「ふっ……ご安心ください。あれだけ食材に真摯に向き合うジュリさんが料理を失敗するなんて思っていませんよ私は」
ゲヘナ学園の学食を担う給食部の二人のうちの一人が料理できないなどありえない。これも失敗ではなく、こういう料理なのだろう。何より、こんな未知との遭遇で何もせずに帰るなどツムギのオカルト魂が許さない。ツムギがフォークを突き刺すと濃い緑色の液が飛び散る。
「カレーライスでフォークを使うのは初めてですね……いただきます!」
パクリと一口食べたところで、ツムギの鼻を抜ける強烈な刺激臭。薄れゆく意識の中で、ツムギは味の世界に引きずり込まれる。
(なんでしょうかこの味……苦くて辛くて酸っぱくて、ああ────『混沌』、はゲヘナの代名詞でしたね)
そこでツムギの意識は途絶えるのだった。
~セナ編~
「う、う~ん……レナちゃん。ですからお好み焼きとしょうが焼きは同一人物だったんですよ……はっ!?」
ツムギはベッドの上で目を覚ます。目の前に広がるのは見知らぬ白い天井。
「ふむ……これは、COCならばシナリオの導入といったところですね。ベテラン探索者椎名ツムギの実力を見せられそうです。見せる相手もいませんが」
「……あの、先ほどからずっと見ているのですが」
「おや、お嬢さんがこのシナリオのヒロインですかね?始めまして、私はワイルドハントのロールプレイヤー椎名ツムっふぐぅ!?」
唐突な腹痛にツムギはお腹を押さえる。
「立ち上がろうとしないでください。あなたはした……いえ、患者ですので」
「今凄まじい言い間違いをされた気がしますが、まぁ幻聴ということにしておきましょう」
「あなたはゲヘナの食堂で倒れました。原因は食あたり。それでジュリさんが運んできてここは救急医学部の部室です。理解できますか?」
「ああ……そうだ。私はジュリさんのカレーライスを食べて気を失って……」
「寝起きの発言で不安でしたが会話はできそうですね……。しかし、少なくともアレはカレーライスでは無かったと思います。記憶の混濁が起きている可能性がありますね」
謎のゲヘナ生はカルテに症状を書き込んでいく。ツムギもアレはカレーライスだとは思えなかったが、ここで否定するのは笑顔でカレーライスだと主張し出してきたジュリが可愛そうなので言わないでおく。
「さて、椎名ツムギさんでしたか。これから触診を行うので、服を脱いでください」
「そ、そんな。いきなり服を脱げだなんて……名前も知らない相手に柔肌を見せるほど安い女ではないですよ!」
「氷室セナ。これでいいですか?」
そう言いながらセナは強引にツムギの服をひん剝く。
「あ、ちょ、すみません!冗談が通じないタイプでしたか!いや~!!」
口ではふざけつつも相手が医療行為を行っているのはわかっているため素直にしているツムギ。セナの触診の結果は一般的な食あたりであり、安静にしていればすぐ治る程度のものであるとのことだ。
「うう……胃の丈夫さには自信があったのですが」
「だからといってまだ動いてる触手を食べますか普通?胃が破れなかっただけラッキーだと思ってください。最悪喉に張り付いて命の危険もあったんですからね」
「お医者さんの厳しい言葉が……」
(ですが、あれはジュリさんが丹精込めて作ってくれたものですから、まぁこの結果は運命として受け入れましょう。あなたのことは恨みませんよ。ジュリさん)
「なぜカッコつけた顔をしているんですか?それとも、胃が痛くて自然と険しい顔になってるだけですかね」
セナは淡々と棚を開け薬を取り出し、ツムギに渡す。
「では、お薬をいくつかありますが、飲めるでしょうか」
「お薬飲めたねの褒め言葉が欲しいですね」
「早く飲んでください」
「はい……」
大人しく薬を飲んだ後、ツムギは暇だったのでセナと暫く話した。ゲヘナでの救急医学部の立場について。救急医学部の現場での対応について。絶対に譲れない信念について。様々な話をしたが、それでもセナがくすりとも笑わなかったのがツムギには少し気がかりだった。
「セナさん……その」
ツムギが声をかけようとした瞬間、セナの電話が鳴りだす。
「ゲヘナ自治区33-4番街において不良生徒による全面抗争が発生……ですか。わかりました。至急現場に向かいます」
「おや、出動ですか?動けそうですし、私もご一緒してよろしいでしょうか」
「あなたは死体なんですから大人しくしていてください」
「とうとう隠さなくなりましたね?しかし、私は謎のせいぶ……カレーライスを食し、いつ体調を崩すのか分からない状態。症状も予想がつくようなものとは限りません。そんな中、下手に放っておくより一緒に行った方がいいのでは?」
「……何が気になってるんですか?」
「セナさんの現場で働いてるところを見てみたいな~って」
「なぜそんなものに興味が……まぁ、ついてきてもいいですよ。あなたの言うことにも一理ありますので」
すっかり良くなったツムギはベッドを飛び出しセナの用意した救急車両に乗り込む。
「おお……車の中にむわっと充満した薬の匂い!なんだか興奮しますね!」
「私にとってはいつも通りです。緊急車両11号、発進」
現地は既に風紀委員会による鎮圧が終わっており。負傷者に溢れた状況であった。
「さて、ツムギさん。死体をどんどん車両に詰め込んでください。動けるのに車両で楽して移動しようとしている輩には銃弾を撃ってやってください」
「なるほど、それでしたら撃つよりももっと早い方法がありますよ」
「……?」
ツムギは空に向かって銃を乱射しながら、ドスの利いたデスボイスで叫ぶ。
「おいてめぇら!!動ける奴は立ち上がってさっさと自分の足で救急医学部の部室に行きな!!そうじゃないとてめぇらの鼻の穴が3つに増えちまうかもなぁ!!私は部長さんみたいに甘くないぜ!?ヒャッハー―!!!」
「「「ひぃぃぃぃ~!!?」」」
「なるほど、これは早いですね。まさかツムギさんにこんな才能があるなんて」
「おいおい!これでもビビらねぇなんてどうなってんだセナちゃんよぉ!?益々気に入ったぜぇ!ヒャッハー!!」
ツムギの助力もあり順調に負傷者の回収は進み、全員をベットに寝かせた後セナはツムギに礼を言う。
「ツムギさん。今日は助かりました」
「ふふ、体力には自信があるんですよ。それに、先にセナさんに救護してもらったのは私なので、セナさんの救護の手伝いをするのは当然です」
(救護……トリニティの救護騎士団を思い出しますね。色々な学校に行っているみたいですし、そことも繋がりあるのでしょうか)
「どうしました?セナさん」
「いえ。なんでも。それと、助かったというのは何も救護に関することだけではないのです」
「どういうことですか?」
「やはり、隣に明るく冗談が上手い人がいると、気分が明るくなりますので。普段と違う人との活動というのも、新鮮でしたし」
「……意外ですね。てっきり冗談が嫌いなタイプだと」
「……あなたが死体、いえ患者だったので厳しく言っただけで、別に私は冗談そのものを嫌うわけではありません。仲よくしようとしてくれるのは、嬉しいものです。笑わせようとしてくれたのもわかっていましたが……どうにも表情に出すのは苦手でして」
「ふむ、全く笑わないので心配になっていましたが、セナさんは思った以上に愉快な方のようですね。もっとあなたについて知りたくなりました」
「……会いに来るのは構いませんが、もう倒れて運び込まれるような真似はやめてくださいね?」
セナはほんの少しだけ口元を緩ませ、ツムギに忠告する。
「ふふ、善処します」
ツムギは満面の笑みでその忠告に返事をするのだった。
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