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~チナツ編~
ゲヘナを訪れたツムギは、ワイルドハントからのお土産として珈琲豆を持ってきていた。風紀委員会は夜遅くまで仕事している人も多く、コーヒーをよく飲むとアコに聞いたので、需要があると判断したのだ。風紀委員会本部は相変わらずゲヘナ中央区で唯一と言ってもいいほど破壊された痕跡がほとんどない場所であり、流れ弾や流れ手榴弾に警戒する必要もない安全な場所であった。
「ここだけはゲヘナの中でも静かですね……」
事務室の前まで来たツムギは、しっかりとノックをしてからドアを開ける。何度か訪れたことはあるので、部屋の位置関係の把握はばっちりである。
「こんにちは~アコちゃんいます?」
ひょこっと顔を出して周囲を見渡すと、チナツと目が合った。
「ツムギさんですか。アコ行政官ならば今パトロールに出かけている最中ですよ」
「おや……残念ですね。せっかく珈琲豆を持ってきたのですが」
「私が預かっておきますよ。アコ行政官に渡せばいいんですよね?」
「いえ、風紀委員会のみなさんで使っていただければと。多めに買ってきましたよ」
ツムギは袋に詰めた珈琲豆の瓶を一つ一つ取り出して机に並べていく。
「……そういうことでしたら、アコ行政官には伝えない方がいいかもしれませんね」
「ふむ?なぜでしょうか」
「きっと、新しく良い豆が入ったとなれば、アコ行政官は張り切って全員分のコーヒーを淹れるでしょうから」
「それに何か問題が?」
「……その、行政官のコーヒーは少々一般受けしないといいますか、独特の味わいといいますか」
「なるほど。アコちゃんのコーヒーはマズいということですね」
「……身も蓋もない言い方をしてしまえばそうですね」
チナツはため息をつく。ツムギはアコからコーヒーを淹れるのは得意だと聞いていたので、そのため息の奥に隠された苦労を察する。
「ですのでこのことは、アコ行政官には絶対に言わないでくださいね?その……マズいコーヒーもそうですが、隠したのがバレたらなんと言われるかわからないので」
ぎゃんぎゃん吠えながら不機嫌になるアコを思い浮かべ、ツムギは苦笑いしながらコクコクと頷く。
「チナツさんは相変わらず気の利く方ですね。そして苦労人」
「……そうでしょうか?」
「そうじゃないと、そもそも誰もやらない仕事だから自分でやるという発想には至らないでしょう?いつも事務室で大量の書類と向き合ってるじゃないですか」
「まぁ、地味な仕事ですからね。みんなやりたがらないのも仕方ないと思います。地味な私によく似合う仕事といいますか」
「まぁチナツさんが地味かどうかは要審議だとして、地味な仕事を率先してやってくれるような人は組織にとってこれ以上なくありがたいと思いますよ」
「そうでしょうか?私は風紀委員会の役に立てているでしょうか」
「ええ。チナツさんはいい────『お嫁さん』、になると思います」
「な、なんで組織の話から急にそういう話になるんですか……タメまで作って言うことですか?」
「大事なことですよ。私はチナツさんの魅力をチナツさん自身にわかってもらいたいので」
「恥ずかしいこと言わないでください……手もとが狂いそうです」
手持ち無沙汰なツムギは周囲を見渡す。自分の持ってきた珈琲豆が目に留まり、瓶を一つ手に取る。
「せっかくなので、新しい瓶を開けてコーヒーを淹れましょうか。チナツさんコーヒー飲めましたよね?」
「わざわざすみません。それじゃあ一杯お願いします」
ツムギは蓋を開けて、慣れた手つきでコーヒーを淹れる。淹れたてのコーヒーは香り高く、チナツは匂いを嗅いだだけでいい珈琲豆だとわかった。
「これは……美味しいですね。ツムギさんが普段飲んでいるものなんですか?」
「いえ、普段はもっと安いものですよ。友人におすすめの品を聞きましたが……お口にあったようで何よりです」
「頭がすっきりしました。これなら思ったより早く仕事が終わりそうです」
チナツは一通り書類仕事を終え、机の上の書類を片付け始める。いつものバッグを持ち上げる。
「今から現場に向かうんですか?」
「いえ、今から倉庫の整理を行うんです。いざ出撃するときに、どこに物資があるかわからないのでは問題ですから。そのついでに、バッグの中身も整理しようと思いまして」
「人手が必要なんじゃないですか?手伝いますよ」
「大丈夫ですよ。これは風紀委員会の仕事ですから」
「先ほどまでデスクワークをしていたのに、急に動いては危険ですよ。重い物も運ぶことになるでしょうし。というわけで手伝うことにしました。これは決定事項です」
「……ゲヘナ風紀委員会の本部でツムギさんになんの決定権があるかはわかりませんが、正直助かります。そこまで言われて断るのも失礼ですし助けていただきましょう」
倉庫はたくさんの物で埋まっており、確かに整理しなければ使えそうな状態では無かった。
「訓練用の的、そっちに運んでください」
「わかりました。すみませんチナツさんの後ろ通りますね……」
「すみませんあまりスペースが無くて、無理やり通ってください」
「手榴弾です。確かそっちに閉まってありましたよね?」
「ええ、渡してください。私が纏めておきます」
チナツとツムギは二人で協力しながら、丁寧に荷物を整理していく。銃弾の分別をしている際、チナツがぽろりと一言零す。
「ツムギさんと一緒にいると、安心しますね」
「おや、そうですか?」
「ええ。ゲヘナの生徒は知っての通り、個性というか我の強い方が多いので」
「私は地味ですからね」
「まぁツムギさんが地味かどうかは要審議だとして、ツムギさんは強い我を協調のために使ってくれていますからね」
「バンドは和ですからね。協調性は自然と培われるものですよ」
「なんというか……風紀委員会の仲間と話しているみたいで安心するんです。我が強くても、それを和のために使ってくれる」
「おやおや。これでもワイルドハントでは不良生徒側なんですけどねぇ」
「ワイルドハントの問題児なんて、ゲヘナでは優等生ですから」
チナツは深くため息をついて、次は何に手を付けようかと周囲を見渡し、あることに気づいてしまった。
(それにしても、こんな狭い空間で二人っきり……さっきから体が結構触れ合ってますけど、ツムギさんはどう思ってるんでしょうか)
倉庫自体は広いのだが、荷物が大量にあるということで足の踏み場は自然と限られてくる。整理しているうちに、何度も体は擦れあい、互いの温もりが伝わる状況。その上倉庫は利用する人は滅多におらず、誰かが来る可能性もない。そんな状況で二人っきりというのをチナツは意識してしまったのだ。そんなチナツの心情を知ってか知らずか、ツムギはチナツに声をかける。
「安心感というならば、チナツさんはずっと一緒にいたくなるような安心感がありますね……私たち、相性がいいのかもしれませんね」
「つ、ツムギさん!?急に何を言い出すんですか!?」
「何って……私はいつもこんな感じですよ?」
「そ、そうですよね……あなたは普段からこういう冗談がお好きな人でした」
「さて、いつも通りではありますが、果たして冗談ではあるでしょうか?」
「っえ、それは一体どういう……」
「さて、どういう意味でしょうね?次のページをめくりたいならば、チナツさん自身の手でめくってください」
「あ、あまりからかわないで……ください」
顔を真っ赤にして小声で反撃するチナツ。結局倉庫の整理が終わっても、ツムギの言葉の真意をチナツは聞くことはできなかった。
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