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~シグレ編~
ツムギは体を震わせながら、雪で覆われた道を歩いていた。もはや道といっていいのかも怪しい場所だが、様々な辺境の地を渡り歩いてきたツムギの勘がこのまま進めばいいと告げている。目的地である227号特別クラスの建物が見えてきたころ、一つの影が建物の方からツムギに近づいてきた。
「あ、無事到着できたんだ。もしかして遭難したんじゃないかと思って探しに行くところだったよ」
「すみません……思ったよりも雪道の移動に時間がかかってしまって。少し遅くなってしまいましたね」
少女は手を伸ばし、ツムギに握手を求める。ツムギは握手を返し、手袋越しに互いの手の感触が伝わる。
「始めまして、椎名ツムギさんだよね?私は間宵シグレ。今日はよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします。まさか頼んだら本当に狩りを見せていただけるとは……ふふ、体は冷え切っていますが、心は狩りへの期待にメラメラと燃えております。はたして今日はどのような物語が私を待ち受けているのでしょう」
「期待してくれているところ悪いけど、そんなに派手なものじゃないよ?基本的には罠で嵌めて、それを運んで捌くだけだから」
「私からしたら十分派手ですよ。それに、罠や使う道具だって私からしたら新しい刺激になってくれますから」
「それじゃあ細かく説明してあげるから、今日は離れずついてきてね?遭難したら困るからさ」
なぜこの二人は知り合いなのか。事の発端はツムギはレッドウィンターでは未だに伝統的な野生動物の狩りが行われていると聞いて、興味を持ったことだった。ツムギはネット上でレッドウィンターで狩りを行ったことがある人を探すことにした。しかし、いくらレッドウィンターといえども狩りを行っている人物は実際にはなかなか見つからず、ツムギが諦めかけていた時であった。なんと、とある生徒が物資の支給を条件に、狩りを見せてくれるというのだ。
その後予定のすり合わせなどが始まり、とうとう今日ツムギはレッドウィンターの227号特別クラスまで来たのであった。
「とりあえず、あんまりおもてなしできるようなものはないけれど……これでも飲む?」
シグレがボトルを差し出すと、ツムギは蓋を開け中の匂いを嗅ぎ始める。
「……酷いなぁ。なんか疑われてる?」
「いやだってシグレさん、ネット上の会話で定期的にお酒の話を漏らしてくるものですから……嫌な予感がして」
「さすがに未成年相手にいきなり酒を出さないよ。それはただのお湯だって」
「ほっ、よかったです」
ツムギは恐る恐るボトルに口を付け飲む。確かにお湯だ。先ほど沸かしたのだろう温かいお湯が五臓六腑に染みわたる。
「……まぁなにもよくないんだけどね。おもてなしでお湯しか出せないほどに、本当に物資の枯渇極まってるんだから。私の趣味の自家製ドリンクも原料がなければ何も作れないよ」
「安心してください、今日たくさん持ってきましたので。それにしても、本当に話していた通りの場所なんですね227号特別クラスは。レッドウィンターの中でもこんな辺鄙な場所で、しかもまともな配給もないとは……」
「一応パンとかの配給はあるけど、クーデターが起きてる間は止まっちゃうこととかもあるからね。それに、やっぱり配給だけだといろいろ足りないから。だから私たちは狩りをするんだ。そうじゃないとお腹空いちゃうからね」
「切実な理由ですね……最新の文明の利器が少なく、純粋に生き残るための狩りだからこそ文化が継承されてきたと考えると面白いものがありますが」
「さて、それじゃあ出かけよっか。さっきも言ったけど、絶対に離れちゃダメだよ?遭難しやすいんだからここら辺は」
「ふふっ、じゃあ手を繋いで歩きますか?デートみたいに」
「ははっ、私はそれでもいいけど?そっちが恥ずかしくないなら」
狩りから帰った後、227号特別クラスには巨大な鹿を担いだ二人の姿があった。
「いやまさか罠にこんなに大きな鹿がかかっているとはね……最近全然狩りが上手くいかなかったから心配してたけど、ツムギにいいところ見せれてよかったよ」
「さしずめ私は狩猟の女神といったところですかね?」
「ははっ、確かにツムギが来た瞬間に成功したんだからそうかもね」
二人は台の上に鹿を置くと、やっと一息つく。
「悪いけど、狩ったばっかのジビエはまだ臭くて食べられないから、今日は捌く工程しか見せられないよ」
そう言いながらもシグレは慣れた手つきで鹿を捌いていく。複数の巨大な刃物を場所に応じて持ち替えて巨体をバラシていく姿は、人によっては猟奇的とも映るかもしれない。
「血が滴るこのゾクゾク感……音楽に活用できそうです」
もちろんそんなものを目の前で見せられてツムギのテンションが上がらないわけがない。必死に叫び出しそうな衝動を我慢して作曲のためのメモをとる。
「そんなに真剣な目で見られると緊張しちゃうな~」
そうは言いつつも、極めて冷静に巨大な鹿をあっという間に解体し終えたシグレ。その様子は大興奮しているツムギとは対照的であった。
「さて、狩った後の片付けも終わったし、今からツムギの持ってきた物資の確認といこうか」
「それじゃあ袋開けますね」
ツムギがバッグの中を開けると、主に保存がきく食料が次々とバッグから出てくる。中にはワイルドハントの名物品もあり、シグレは興味深そうに一つ一つ手に取る。
「色々なもの持ってきてくれたんだね~~これなら物資不足もなんとかなりそうだよ。それで……これは?」
ツムギが持ってきた物の中に混ざっていた一際大きな箱をシグレは持ち上げる。非常に重く、ちゃぷちゃぷ音が鳴る。
「それはモクテルのためのセットです」
「モクテルってノンアルコールのカクテルだよね?」
「さすがよくご存知で。ワイルドハントでは食べ物においても見た目のオシャレさは特に大事な評価項目ですからね。こういったものは学生に人気なんですよ」
「なるほど。私の趣味に合わせて持ってきてくれたんだ。私は別に本物のお酒でもよかったけれど」
「私を犯罪者にする気ですか……とにかく、せっかくなので今日はこれで楽しみましょう。少し向こうを向いていてもらえますか?」
「わかったよ」
シグレが向こうを向いている間、ごそごそとツムギが荷物を取り出す音が聞こえる。モクテルの準備をするのに何か隠すようなことがあるのかシグレには疑問であったが、その疑問の答えはツムギに許可され振り返ったらすぐにわかった。ツムギはわざわざスーツに着替え、シェイカーまで手に持っている。シグレを驚かせたかったのだ。
「ふふ、バーボンツムギの開店です」
「おお、本格的だね」
「何事もまずは見た目からですよ────『ムード』、は大事ですから」
ツムギは瓶をいくつかとりだし、中身を混ぜていく。そしてシェイカーで中身を振ると、わざわざ運んできたグラスに注いでシグレの前に出す。
「ではまず一杯目、お楽しみください」
「ふふ、それじゃあマスターからのおすすめ、いただこうか」
シグレが飲んでいる間、ツムギはベースでオシャレなジャズを演奏する。さながら店内のBGMである。
「モクテルを楽しみながら音楽に耳を傾ける……最高の贅沢だね。ねぇ、次は私にも作らせてよ。それと……みんなも呼んできていい?私だけ楽しむのは悪い気がしてさ」
「もちろん大丈夫ですよ。ただ、テンションを上げてウォッカを開けないように気を付けてくださいね?」
「おや、釘を刺されちゃった。じゃあ、みんなを呼んでくるね」
227号特別クラス全員でのパーティーは大いに盛り上がり、バーボンツムギは大盛況に終わった。その様子を見ながら、シグレは満足そうに微笑むのであった。
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