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~キリノ編~
ツムギはいつも通りワイルドハントの自治区内をランニングをしていた。今日は夏場にしては比較的涼しく、まだ朝早いという事もあって気持ちのいい気分でツムギは走っていた。
「毎日これぐらいの気候だったら過ごしやすいんですけどねぇ……暑さが夏の象徴とはいっても、主役が全てを喰いすぎて脇役がどれだけ頑張っても目立てない状況も不健全ですから」
そんなことを呟いてるツムギは、ふと、黙り込んで喉に小骨が引っかかったような顔をする。前を走っている人物の姿が妙に記憶の蓋をつんつんと突いてくるのだ。そのまま数秒経ったところである人物が思い当たった。
(おや……あの後ろ姿はもしかして?)
少々ペースアップをして追い越してみると、走っていたのはやはりツムギの予想していた通りの人物であった。
「やはりあなたでしたか、キリノさん」
「あ、お久しぶりですツムギさん!」
二人はそのまま隣同士で走りながら話を続ける。
「私のこと覚えていてくれたんですね。以前D.U.自治区を訪れた際は道案内してくれてありがとうございます」
「いえ!本官は生活安全局の一員として当然のことをしただけです!」
「いえいえ。わざわざパトロール中に私に付き添ってくれて、とてもわかりやすい道案内をしてくれたのですから。お礼を言わせてください」
「そ、そう言われると照れてしまいますね……」
「それにしても今日は私服ということは、非番の日なんですか?」
「えへへ……まぁ見ての通りですね」
「非番であっても運動をしているとは、さすがですね」
「本官はなぜか銃が全然当たらなくて……一応その、訓練はしているんですが。やはり何かあったときは体を主に使うことになるので、普段から特に鍛えているんです」
「そもそも訓練しようという発想になること自体がとても偉いと思いますよ?」
「あ、あはは……」
キリノはぎこちなく笑う。普段あれだけ明朗快活という言葉が似合うキリノとは思えない反応に、ツムギは少し不思議に思ったので、そのまま一緒にランニングを続けながら色々話してみたが、特に気になる点は無かった。
(ふむ、あの反応は単純に照れていただけなのでしょうか?)
二人はそのまま結構な距離を走った後、互いにストレッチを手伝い、クールダウンを行った。
「さて……たくさん走ったことですし……」
キリノは商店街の方向に目をやると、お腹をさすりながら我慢しきれない様子で叫ぶ。
「食べ歩きに行きましょう!もうお腹ペコペコです!」
ここでこの発言と、先ほどのぎこちない笑みの理由がツムギの中で繋がった。
「……もしかして、食べ歩きの罪悪感を少しでも減らすためにD.U.自治区からワイルドハントまで走ってきたんですか?」
「……凄い洞察力ですね。警察に向いてるんじゃないですか?」
「キリノさんがわかりやすいだけですよ。一旦太ると痩せるのにはそれなりの苦労をすることになるので、気を付けてくださいね?」
「ふふ、こうなったらツムギさんも道ずれです。一緒に食べ歩きに行きますよ!」
「おや、思ったより悪いお人なんですね。わかりました、案内しますよ」
ツムギの案内で商店街を回る最中、キリノは美しい街並みよりも珍しいメニューが並ぶ店のショーウィンドウばかりに目が吸い寄せられていた。
「こちらは美味しいガレットのお店です。」
「おススメのメニューはあるんですか?」
「おススメなのはガレット・コンプレットですね。王道のガレットなので、最初はこれがいいと思いますよ」
「じゃあそれで」
キリノは焼き立てのガレットを大きな口で齧りつき、伸びるチーズをプツンと切って口の中に具の全てを閉じ込める。
「こ、これは香ばしいカリっとした生地に濃厚なチーズ、とろりとした卵、旨味の詰まったハムが一気に口の中で暴れて、見た目の上品さに反した中々やみつきな味わいです!」
「こちらの店は鴨のコンフィの屋台ですね。一緒にポテトもついてきますよ。そもそもコンフィというのはじっくりと低音で調理した……」
キリノは匂いに我慢できずツムギの説明が終わる前に買って齧りつく。
「ん~~!!外はパリパリ中はジューシー!鴨の臭さは全くなくてでも甘味たっぷりな脂だけはたっぷり味わえる丁寧な仕上がりです!そしてこの味わい深い肉がポテトに合わないはずが無し!!最高の相性ですね!!」
ツムギは説明を聞かれなかったが美味しそうに食べるキリノを見てしまうと何も言えず、そのまま次の店へと案内する。
「さてこちらのパン屋はクロワッサンが名物ですよ。ワイルドハントの代表的な名物とも言える一品をご堪能ください」
キリノはクロワッサンのサクサク感を手で二つに割いて確かめた後、片方を口に入れる。
「お、おおぉ……これは、まさにバターの暴力!?焼き立てのクロワッサンってこんなにもバターの香りが引き立つものなんですか!?パンもサクサクふわふわで……口の中が夢いっぱいです~~」
先ほどまで食べることに夢中であったがここでキリノはあることに気づき、ツムギに声をかける。
「ワイルドハントの店は本当にどこもオシャレですね……しかも味も美味しいです!」
「オシャレな街並みを楽しみながら食べるために作られていますからね。風景や芸術品を邪魔しないように見た目ももちろん良くしないと」
「なるほど!納得しました!」
「といっても、先ほどからご飯にばかり目線が向いているキリノさんにはあまり関係ない話かもしれませんが」
「べ、別に興味がないわけではありませんよ!?ただ、それ以上にお腹がペコペコっていうだけで!」
「花より団子、まぁキリノさんらしくていいと思いますよ?」
「ふえぇ……恥ずかしいですね」
自分たちの商店街について説明したことろで、ツムギにある疑問が浮かんできた。
「そういえばキリノさんは普段どういった場所で食べ歩きしてるんですか?」
「今回みたいに他校の自治区に食べ歩きに来ることもありますが、主にD.U.自治区の下町で食べ歩きをしてますね。焼きそばとかたこ焼きとか、安くて美味しい屋台が多いんですよ!」
「ふむ、なんだか興味が湧いてきましたね……今度案内してもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん!!」
「さて、お腹も膨れてきたことですし、次は観光名所でも見て回るとしましょうか?」
「いいですね!食べた分歩けば0カロリーですし!」
上機嫌のツムギとキリノの耳に、甲高い泣き声が聞こえてきた。見ると猫の子どもがわんわん泣いていた。
「えーんえーん!!お母さんどこ~!!」
「おや……迷子ですかね?放っておくわけにもいきませんし、話を聞きに行きませんか?」
ツムギが隣にいるはずのキリノに声をかけるが、返答がない。
「……まぁ、あなたはそういう方ですよね」
「どうしたのかな?大丈夫?」
キリノは子どもの泣き声が聞こえた瞬間に既に子どもの前に目線を合わせるように片膝立ちしていた。
「お母さんとはぐれちゃって……どうしよう」
「そっか……お母さんとはぐれちゃったんだね……大丈夫、お姉さんがすぐ見つけてきてあげるから。ツムギさんはここで子どもと一緒に待っていてください。探しに来た親御さんが来るかもしれないので。私は親御さんを探しにいきます」
「任されました。キリノさん、探すのはお願いしますね」
「普段の業務で慣れているので大丈夫です!」
キリノが去った後、ツムギは子どもと二人っきりでその場で待っていた。子どもは今にもまた泣きだしそうな様子で、周囲をきょろきょろと見渡し母親を探している。
(さて……不安そうですね。まぁ、こんな小さな子がお母さんとはぐれてしまったので当然でしょう。私にできることといえば……)
ツムギは優しく、穏やかな声で歌い始める。歌っているのは百鬼夜行で学んだ童謡であった。
「う~さ~ぎ~お~いし、か~の~や~ま♪」
「わぁ……なにそのお歌!?」
「ふふっ、安心してください。一緒に歌っていればあのお姉さんがすぐにお母さんを見つけてきてくれますよ。さ、私に続けて歌ってみてください」
「うん!」
そうして二人で歌っていると、数分でキリノは母親と思われる女性を連れて帰ってきた。
「お母さん!!」
子どもが母親に抱きつき、母親も包み込むように子どもを抱きしめる。
「ありがとうございます……なんとお礼をいってよいことか」
「いえいえ。私はヴァルキューレ生として当然のことをしただけですので……お礼ならツムギさんに」
「いえ、お二人のおかげで再会できたんです。お二人に礼を言わせてください!」
「だ、そうですよキリノさん。立派な事をしたんですから素直にお礼の言葉を受け取ったらどうですか?私はありがたくいただきますよ」
「むむ……そうおっしゃるなら。少し照れくさいですけど……」
二人は去っていく親子を見送り、気分よくワイルドハントの観光名所巡りを開始した。
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