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~コトネ編~
「ふぅ……疲れましたね」
一回海に落ちたりオデュッセイア生徒から色々話を聞いて回るうちに、ツムギは少し疲れてしまった。周囲に休めそうな場所は無いか探してみると、ちょうどよさそうなベンチを発見する。
「丁度いい場所にありますね。ここでしばらくゆっくりしましょう」
ツムギは空を見上げ、ゆっくりと休む。
「不思議なものですね……普段と全く違う鐘崎港なのに、空はいつも通りなんですから」
そうしてツムギが空を見上げていると、全く知らない景色が映る。張りのある真っ白柔らかそうな雲が、ツムギの視界を覆ったのだ。しかも雨がぽつぽつと降ってきている。
「……はい?」
雲はぷるんぷるんと動いた後晴れて、空から顔が超至近距離でツムギを覗き込む。
「……あれ?人がいる?」
「ええ、いますよ」
顔が近すぎるとは思いながらも、さすがのツムギ。冷静に対応をするのだった。
「私のお気に入りの場所に人が……まぁベンチだし仕方ないか。この辺にメガネ置いといたはずだけど」
「メガネですか?」
「そう、メガネ。どこにあるか知らない?」
ツムギはベンチから立ち上がり、周囲をきょろきょろと見回す。
「私も探してみますね。それと、あなたが今話しかけているのは街灯ですよ」
「え……ごめん。メガネが無いと何も見えなくて」
「まぁ見ていれば分かります。メガネは……これですかね?」
ツムギは周囲を探して、シャチの尻尾が特徴的な少女のメガネを拾い上げる。
「おお、見つかったの?それじゃあ渡してもらえるかな」
「とりあえず私の方に顔を向けてもらえますか?あなたが見ているベンチにはもう私はいませんよ?」
「あれ……もう面倒だなぁ。水中ならこんなこと無いのに。ちょっと止まっててね」
少女は尻尾を伸ばしてくるりとその場で回転すると、尻尾の先がツムギに当たる。
「見つけた。そこだね」
少女はそのまま尻尾をツムギに絡ませ、両手を伸ばしてよたよたと歩きツムギに抱きつく。
「よし、これで離れない。今のうちにメガネをかけて」
「わかりました、危ないので顔を動かさないでくださいね?」
ツムギはお姫様に指輪をつけるように、ゆっくりと丁寧に少女にメガネをかける。少女はやっと世界に輪郭が戻り、にへらっと笑う。
「ありがとう、もうよく見えるよ。それで……誰かな?」
「私はワイルドハントのマーメイド、椎名ツムギです。あなたは?」
「私はオデュッセイアのダイビング部副部長。淵上コトネ」
「おや、ダイビング部ということはココロさんの知り合いですかね」
「うちの部長のこと知ってるの?」
「先ほどお会いしましたが……なるほど部長さんでしたか。確かに責任感とか強そうな方でしたものね」
「そうだね。責任感は強いししっかりしてるし、頼れる部長だよ」
「あの感じだと、部員の方に舐められないかは少し不安でしたけどね」
「……まぁ、初対面じゃあわからないと思うけど、絶対にココロを怒らせたらダメだよ?怒ると本当に怖いから」
「意外ですね……ちょっと怒っている姿を見てみたくなりました」
「ぜ っ た い に、ダメだからね?巻き込まれたときのことを考えたら、体が震えてくるよ」
コトネが体を震わせると、その振動がダイレクトにツムギに伝わり、コトネが本気で恐れていることがよくわかる。
「ところで、いつまでくっついてるんですか?」
コトネは先ほど抱きついてからずっと離れようとしていない。
「あ……ごめん。よく考えたら、私ダイビングの後だし、普通の服なのに水でびしょびしょになっちゃったね。うちの生徒だと濡れてもいい服しか基本着てないから、気にしたこと無くて」
「マーキングされてしまいましたね、まぁこの天気ではすぐ乾くでしょうけど。というかそれより、距離の近さとか気にしないんですか?私は割と気にしないタイプですけど」
初対面からかなり距離感の近いツムギにとっては、自分以上に距離感、というか物理的距離がこんなにも近い相手は珍しいものがあった。
「う~ん……さっきも言ったけど私目が悪いから、誰かに手を引いてもらって移動することとかも結構あるし、前が見つからなくてぶつかっちゃうことも珍しくないから、あんまり気にしたことが無かったかな」
「なるほど、だから距離が近くても気にしないんですね」
「ああでも……さすがにこの格好で先生にくっついて買い物してた時は少し周りの視線が恥ずかしかったかな」
「……その話、詳しく聞かせてもらえますか?」
「え、恥ずかしいから嫌だけど」
「むむっ、しかし先生、こんな美人さんをくっつきながら連れまわして買い物とは……許せませんね」
(私から頼んだんだけど、恥ずかしいから黙っておこ……ごめんね先生)
「そういえばダイビングしてたって言ってましたけど、船底のフジツボとってたんですか?」
「どうしてそれを……ココロに聞いたのかな」
「ええ、最近は主にフジツボ剥がしを部の活動にしていると」
「それだったらもっと強烈な臭いしてるよ。さっきまでしていたのはファンダイビング。ただ楽しむだけの水中探検だから特に目的があったわけじゃないよ」
「なるほど……何見てきたとかあるんですか?」
「見てきたというより、『聞いてきた』かな」
「聞いてきた、ですか?」
「私、水中だと目が見えなくても問題ないんだ。音とか肌の感覚で周囲がわかるから。だから、私のダイビングは『聞くもの』なんだ」
「面白い考えですね。水中での音なんて、よく考えたら意識したことありませんでしたよ」
「水は空気より振動を伝えやすいから、水中の方が音が聞こえるんだよ」
「ほうほう。水中での演奏……いつか試してみたいですね」
コトネはレコーダーを取り出して、ツムギに見えるように手をひらひら動かす。
「私が水中で録音した音声があるけど、聞いてみる?」
「ぜひ聞かせてください。新しいインスピレーションを得られる気がします」
「じゃあ、水中の音クイズするね。ちょうど今日収録したばかりの新しいやつも結構あるよ」
そうしてコトネが音を流すと、ツムギは真剣な顔で耳を澄まし、次々と問題を当てていく。結局ツムギがわからなかったのは純粋に知識が足りないようなものだけだった。
「これ面白いですね。私ますますダイビングに興味湧いてきましたよ」
「……凄いね、ツムギ。普段から色んな音に耳を傾けてるんだ。そうじゃないと例え海上や映像で聞いたことあるものでもこんなに正解することなんてできないよ」
「私も人と比較して耳がいい方でして……コトネさんほどではありませんがね」
「耳がいい……音楽とか好きそう。そういえば、ツムギってワイルドハントの生徒なんだよね。なんかおススメの本とかない?」
「読書が趣味なんですか?」
「うん。まぁツムギの専攻が何かわからないけど……さっきの反応からして音楽関係?」
「私は実践音楽ですね。それはそうと、おススメの本ならありますよ。恋愛……いえ、推理小説に興味ってありますか?友人に非常に緻密なプロットで推理小説を書く文豪がいまして」
「……大丈夫それ?そんなに評価すると友人さんプレッシャーで胃を痛めない?」
「常に胃を痛めてるので誤差ですね」
それは大丈夫なのかと思ったが、心配性に借金まで重なってしょっちゅう胃痛に悩まされる友人を知っているため、深くは言及しないコトネであった。
「そっか……それじゃあ、今から一緒に本買いにいかない?もちろん先にシャワー浴びさせて欲しいけど」
「ええ大丈夫ですよ、それじゃあ待ってますね。どうせなら一緒にご飯でも食べに行きます?」
「それは嬉しいお誘いだけど……ごめん、ダイビングする前に食べちゃったから」
「でもダイビングなんてした後お腹空きそうですけど」
「……だから、誘いは嬉しいけどダメなの……その……食べ過ぎちゃうから。だからダイビングの前に食べて、昼はそれまでって決めてるんだ……」
「……年頃の乙女ですもん、大変ですね」
「うん……それにしてもツムギと話してると変な感じだな。あまり普段人に言わないことも自然と話せるというか」
「そうですか?私はコトネさんとは話しやすいので、普通に話しているだけのつもりですが」
「そ、そうかな……そう言われると嬉しいな。じゃあ、シャワー行ってくるね」
コトネは数少ない友人関係に、新しい友達が出来そうだと内心ウキウキでシャワー室に向かったのだった。
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