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~ナナミ編~
「さて……弱りましたね。随分変なところに迷い込んでしまいました」
鐘崎港からの帰り道、ツムギは完全に道に迷ってしまった。それでもこれも新しいインスピレーションになるかもしれないと歩き回っているうちに、とんでもない所に出てしまったのだ。
「ここは……明らかに非合法な火器を扱う店やなんでも買い取ると銘打つ怪しい店、何より周囲を歩く人全員敵意剥きだしのような不穏な空気……ブラックマーケットに迷い込んでしまいましたねこれは」
ブラックマーケット。キヴォトスでもトップクラスの危険地帯にして、ツムギでさえ一度も訪れたことがない場所だ。普段なら多少危険な場所も冒険として受け入れるツムギであったが、さすがにブラックマーケット、しかも単身となれば逃げ帰るしかない。しかし、残念なことに帰るまでの道筋がわからない。かといって地図を見ながら歩くなど不慣れなところを見せればカモとして狙われること明白だ。
「こういう時は……専門家に相談ですね」
ツムギはブラックマーケットに詳しい友人に、電話することにしたのだった。
「カヨコさんに電話したら、めちゃくちゃ呆れられてましたね……迎えに行くからここの店で待っていろとのことですが……」
その店はそこそこの大きさのステーキハウスだった。店の外観から特に怪しそうな雰囲気は感じなく、ブラックマーケットの外で営業していても何も違和感がないレベルだ。どんな場所でも真っ当な飲食店は需要がある、いやむしろこういう危険地帯だからこそ需要が高いのだろう。ツムギは納得して中に入る。
「おじゃましまーす」
店内の雰囲気はオシャレな装飾品で彩られたアメリカンな雰囲気のステーキハウスであり、店員はテキパキと仕事を行い、接客も丁寧である。そう、店員や内装には問題は無さそうであった。では何が問題か。
なんと客のほとんどが海賊だったのだ。一目でわかるほどいかにも海賊という生徒たちがずらっと席を占拠している。しかし、外で待ったからといって通行人が海賊より安心かといえばそんなことはない。それに、店内には海賊たち以外の客も食事をしている様子で貸し切りというわけでもないようだ。
(ここは目を付けられないようにすっと席に座り、注文することにしましょう)
ツムギは脳内シミュレーション通り、すっと店内に馴染み椅子に座る。そして、メニューを見て何を注文するかを考える。その一連の動作には何も目立つところはなく、ただ食事をとりに来た人としては自然も自然な動きであった。
「おい、お前」
……だというのに、なぜかツムギは海賊のお頭らしき人物に話しかけられてしまった。だが、それでもツムギは顔色を崩さずに毅然とした対応をする。
「……私で間違いないでしょうか?」
「ああ、そうだ。そこの緑髪のお前だ」
「何か問題がありましたでしょうか」
「そのでかいケースの中身はなんだ?」
「ああ……大きなケースで警戒をさせてしまいましたかね?」
ツムギはケースを開き、中身を見せる。中からはよく手入れされた立派なベースが出てきた。
「見ての通り、ただの楽器ですよ。心配ならば中身を調べてみてもいいですけど」
「いや、想定通りのものを持っていた、それで十分だ。お前、演奏しろ。歌えるなら歌も追加だ」
「……はい?」
「この店のBGMは大人しすぎて海賊の食事には似合わない。そうは思わないか?海賊というのはな、愉快に歌うものなのだ」
店の奥からオーナーらしき人物が出てきて、お頭とツムギの間に割って入る。
「ナ、ナナミ様!他のお客様へご迷惑をかけるような行為は控えてくださると……」
震える声で訴えるオーナーを、一睨みで黙らせナナミはゆっくりと喋り始める。
「ナナミ様と呼ぶな。竜王様と呼べ。それと……余に意見をするな。余の考えは海上でなくとも絶対なのだからな。逆らうならば、冷たい海に沈むことになるかもしれんぞ?」
「わかりました、オーダーはノリがよくて明るい曲ですね、竜王様」
ツムギはベースを構え、まるでライブステージにでも現れるように店の中央に躍り出る
「ほぉ、物分かりがよいではないか。お前、名はなんと申す」
「椎名ツムギ、音楽王です。要望通りの音楽を奏でてみせましょう」
ツムギにとってはこの程度の視線など、屁でもない。普段何度も自分の曲を聴いてきたファンを相手にライブをしているのだ。絶対にミスできない状況など何度あったか。プロとしての矜持……それこそがツムギの演奏を支えているものだ。演奏に合わせて歌唱する、もちろん客へのパフォーマンスも忘れずに。ツムギが手を上げるたびに歓声が上がる。ツムギがコーラスをするように振れば、店自体が揺れるほどの声が返ってくる。いつの間にか周囲の海賊たちは釣られて肩を組んで歌を歌い始めていた。
演奏が終わった後のツムギを待っていたのは、万雷の拍手であった。
「まさか余の前でこれほどまでに堂々と、完璧な演奏・歌唱をしてみせるとは……気に入ったぞ。椎名ツムギ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「おい、オーナー。こいつに一番高いステーキを持ってこい。余の奢りだ」
「は、はい!ただいま!」
ツムギはナナミと対面しながら、分厚いステーキを食べる。ナナミは海賊らしく分厚いステーキにワイルドに齧りつき、片やツムギは上品にナイフとフォークで切り分けゆっくりと食べる。対照的な二人の食事風景に、店中の誰もが注目していた。
「さて、余は今艦隊を再構築するために、船員を集めておるのだ」
「再構築?元々あったということですか?」
「ああ……余にもいろいろ事情があってな。だがそんな過去の話をしたくて貴様と相席しているわけではない。質問するが、海賊団に絶対に必要な役職は何だと思う?」
「船を誘導する航海士とかですかね」
「大事だが、余がいる限りは後回しでも問題ない。余にかかれば海の風向きも海流も思うが儘だ」
「それでは……やはり戦闘もよくするでしょうし、長い船旅には必須の船医ですかね?」
「それも余の期待していた答えではない。最も大事な役職、それは音楽家だ」
「……優先度が低そうですが、理由を聞いてもいいですか?」
「いいか。海賊は歌うものなのだ。そのためには音頭を取る音楽家の存在が必須だろう」
「……なるほど。海賊の流儀のようなものなんですね。まぁ、そういった拘りは大事ですものね」
「さて、ここまで言えば、後に続く言葉はわかるであろう?」
「はて、私にはとんとわかりませんねぇ」
とぼけたように頭を掻くツムギ。ナナミはツムギに顔を近づけ、不敵に笑う。
「余の船に乗れ、椎名ツムギ」
「……実力を認めていただいたのはありがたいお誘いですが、お断りした場合はどうなります?」
「その選択肢は『無い』。海賊がお宝を見つけ、奪わずに帰るという選択肢があると思っているのか?今言った言葉を繰り返してやろう。船に『乗れ』、椎名ツムギ」
深海のように冷たく言い放たれた言葉にも、ツムギは震えない。ナナミの目を見て、真正面からツムギは反抗する。
「私には、地上で待っている友人やファンたちがいます。その方たちに音楽を届けられない状況などまっぴらごめんです────『美学』、を譲っては私は音楽家では無くなりますので」
「残念だ……しかし、もう少し時間も経てば考えも変わるだろう。おい、こいつを第二倉庫に連れていけ。丁重に扱うんだぞ?」
「はい、竜王様」
部下がツムギの背後に二人立ち、両側からツムギの腕を抑えようとする。
「すみません、少々待っていただけませんか?」
「なんだ、急に怖くなり余の部下になる決心がついたか?賢い者は好きだぞ?」
「いえ、まだ食べている最中なので、連れて行くのはこのステーキを食べてからにしてほしいんです。普段は食べられないような高級ステーキをせっかく食べているのですから。この店のステーキは……とても美味しいです」
そう言うとツムギはオーナーにウィンクをする。
「ははっ!思ったよりも大物を釣り上げてしまったようだな。よい、陸での最後の飯になるかもしれん。味わうといいぞ」
ツムギはゆっくりとステーキを味わった後、部下たちによって連行されてしまうのだった。
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