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~カスミ編~
「おお……あっという間にこんなに大きなスパリゾートができるとは」
ツムギはもうじき完成するであろうスパリゾートの工事現場に来ていた。ワイルドハントの敷地内に温泉が湧き出る土地が偶然見つかり、ワイルドハント温泉計画がスタートした。そこで、専門家としてゲヘナの温泉開発部を呼び、スパリゾートを作ってもらっているのだ。
「ただ温泉だけじゃなくて本格的な建物までできているのに、凄いスピードですね……温泉開発部さんの規模と連携力は凄まじいものです」
工事をしている温泉開発部をぼんやり眺めていたら、後ろから声をかけられる。
「はっはー!どうしたんだいお嬢ちゃん!こんな場所に立っていて!」
「いえ、見事なスパリゾートが一瞬で完成しているなと……ワイルドハントの景色と調和した見事な雰囲気で作られてますね」
「まぁね、そこは口酸っぱく言われてしまったからね」
「ですが……無料で引き受けたと聞きました。なぜ無料でわざわざ面倒な指示まで聞いてこのようなことを?」
「温泉の良さを広めるためさ。それに、そもそも普段から好きで温泉開発をしているのだ。温泉開発をできる場所を提供してもらって感謝しているぐらいだよ」
「なるほど……素晴らしい心情ですね。そして、少し気持ちはわかるような気もします」
ツムギもアイリに音楽の楽しさをわかってもらうために、曲を送ったことがある。楽しさを共有するためになら、人間はいくらでも力が湧いてくるのだ。
「私はしばらくここでみなさんが働いている様子を見ていていいですかね?温泉好きのみなさんの────『情熱』、を肌で感じたいので」
(むむっ、それは少し……困るな)
温泉開発部の生徒は少し黙った後、ツムギの質問に返答をする。
「それは呑み込めないな。君、名前はなんというのかな?」
「椎名ツムギです……そして、ダメでしたか。やはり危ないですかね?」
「まさか、周囲に物が飛んだりはしないさ。うちは安全第一でやらせてもらっているからね。そうじゃなくて、そんなところで見ていても温泉の楽しさや我らのかけた情熱はわからないだろうということさ。もっと『肌』で感じる方法があるだろう?」
「と、いいますと?」
「特別招待だ!今完成している区画だけだが、我らの温泉に案内しよう!」
「そんなことしてもらっていいんですか!?」
「ああ、温泉開発部部長!鬼怒川カスミが許可しよう!さぁ、ついてくるがいい!」
カスミの案内で温泉施設の中を見て回るツムギ。そこはまさにスパリゾートの名に相応しいレジャー施設であった。ワイルドハントらしく彫像なども設置されており、内装も申し分ない。
「マッサージに食堂に、フィットネス。いろんな施設がありますね……稼働するのが楽しみです」
「おいおい、こんな所で驚いていては困るなぁ。我々は温泉開発部!メインは温泉さ!」
風呂桶を抱えて扉を開ければ、広がるのは様々な種類の温泉であった。
「おぉ……打たせ湯に水風呂、マーライオンのアレまでありますね」
「岩盤浴にサウナ、電気風呂など、他にもまだまだあるぞ!おススメは露天風呂だな!行ってみるかい?」
「ではカスミさんのおススメルートでお願いします。ふふっ、エスコートしてくださいね?」
「ああ、任せたまえ。足元滑るから、注意してくれよ?」
「これは……素晴らしい景色ですね」
「ワイルドハントの街並みが綺麗なおかげだよ。街並みを見下ろせる形にしてあるのが、最高の気分だろう?」
「サウナですか……我慢対決します?」
「はは、温泉開発部としてはそういった利用方法はおススメできないね。健康的に使ってこそ温泉さ」
「お、おおう!?電気風呂って思ったよりも刺激強いんですね!?」
「ゲヘナではこれぐらいの強さが一般的なのだよ。なぁに、すぐにこれぐらいの刺激じゃないと足りなくなる」
「このマーライオンのアレって大理石でできてるんですね」
「ああ、リツちゃんだったかな。そちらの生徒さんに作ってもらったのさ」
「ああ……どこかで見たことあるディティールだと思ったら、納得しました」
カスミのおススメのルートを一周した後は、ツムギはすっかり気分もすっきりして、体も芯からポカポカ健康的になっていた。
「ふぅ……なんだか体の悪いものが全て溶けてなくなったような気分ですね……」
「どうだいツムギちゃん?我ら温泉開発部が開発した温泉の数々は!」
「そうですね……毎日入っているお風呂なのに、小説を1ページ1ページめくったような衝撃の連続でした……もちろん温泉やサウナそのものも一つ一つ丁寧な造りで素晴らしい物でしたが、職人さんの拘りを聞きながら入る温泉は格別ですね」
「そうだろう。ワイルドハントの生徒はやはり制作秘話とかそういう話が好きだと思ったよ」
カスミは冷蔵庫からコーヒー牛乳を二本取り出し、ツムギに一本手渡す。ツムギは会釈してキンキンに冷えたコーヒー牛乳を開け、二人で腰に手を当てて一気に飲み干す。
「ぷはぁ!やはり風呂上りはコーヒー牛乳だな!」
「ところで、コーヒー牛乳だけなんですか?」
「フルーツ牛乳派かい?ツムギちゃんは」
「いえ、あまり拘りはありませんが、実は私の友人のシグレさんが絶品フルーツ牛乳を作る方でして……」
「なにぃ!?それはいい話を聞いた!その話もっと詳しく聞かせてくれないか!?」
(カスミさん……本当に温泉のことと、温泉開発部のことが好きなんですね。この人が部長なのも納得です)
「それで、どこにいるんだいその人は!」
「レッドウィンターの生徒さんですよ。227号特別クラスだとか」
カスミはメモを取る。温泉のサービスレベルの向上にも手を抜かない責任者の鑑の姿に、ツムギは感服する。
「感謝するよツムギちゃん!今度試飲と、美味しければ交渉をしてみることにしよう!」
「ところでカスミさん。私からも一つ質問していいですか?」
「ああ、この温泉のことならなんでも聞いてくれたまえ」
「それでは。この温泉、かなり施設充実してますよね」
「ああ、我々の自信作だとも!」
「施設全体の広さもかなりのものですよね」
「中々に骨が折れたよ」
「ですが、先ほどまだ工事中の部員のみなさんがかなりの数働いていましたよね。そんなに大きな温泉を作ることになってるんですか?」
「……あ~~それはだね~、周囲の建物の外観も温泉に合わせて変えるように少し工事を頼まれていてね。ほら、ワイルドハントの雰囲気に合わせたスパリゾートだとはいっても、やはり周囲に本来なかった大きな建物が建つわけだからね。周囲の建物も合わせて多少変える必要があるのさ」
「その割には人が多かった気がしますが」
「人の住んでいる場所を改築するわけだからね。そりゃあ当然大人数で素早く終わらせるさ」
「なるほど、そういうものなんですね」
ツムギが納得しかけたところで、後ろからどたどたと寮監隊のメンバーが走ってきた。ツムギは最近した問題行動を思い返しそれで捕まえに来たのかな~と走り出す準備をしたその瞬間、予想外の言葉が飛び出す。
「いたぞ!!おい鬼怒川カスミ!これはどういうことだ!予定してた規模を大幅にオーバーした建築だぞ!しかも周囲の建物の破壊まで進めてなにを考えている!」
「はっはっはー!もうバレるとはさすがワイルドハントは監視の目が厳しいな!」
カスミは無線機を手に取ると、部員たちに連絡をする。
「全員ワイルドハントの外へ撤退!事前に決めておいた地点で落ち合うぞ!」
「あ、あの?カスミさん?」
「それじゃあなツムギちゃん!君の勘の鋭さ、大事にするんだぞ!はーはっはっはー!!」
「待たんか鬼怒川カスミ~!!」
「あ……行ってしまいました。なんというか、嵐のような方たちでしたね」
これからどうしようか悩んだツムギは、手に持った風呂桶に目をやる。
「……とりあえず、もう一周楽しみましょうか」
ツムギはもう一周露天風呂からカスミおススメのルートを楽しむのだった。
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