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マリー誕生日おめでとう!
~マリー編~
「ふぅ……お掃除完了です」
マリーはいつも通り他のシスターと共に大聖堂を掃除し、塵一つ残さずピカピカに磨き上げた。
「ふぅ……疲れたー」
「シスターマリーもお疲れ様。私たちは少し休憩しますけど、シスターマリーも一緒にどうですか?」
「お誘いありがとうございます……ですが実は、懺悔室で懺悔を受ける予約が入っていまして」
「そうですか……あまり無茶をしたらダメですからね?」
「いえ、大丈夫です。誰かの役に立つことこそシスターとしての至上の喜びですから」
「さて……今回の懺悔は一体どのような内容なのでしょうか……」
マリーは懺悔室に入り、予約した人物を待つ。数分後、予約の時間より少し早めに入ってくる音がした。
「ここが懺悔室で間違いないでしょうか……?」
女性の声だ。懺悔室は互いの顔は見えないが、声は聞こえる。恐らく相手が若い女性であるという程度の推測はつくが、相手の個人情報は深くは詮索しないのがマナー。マリーは女性の問いに答える。
「はい、ここが懺悔室です」
「シスターさん、既にいらっしゃったんですね。では、私の懺悔を聞いていただけますでしょうか」
「ええ、どんなことでもお話しください。この場には私とあなたしかおりませんので」
「私の懺悔……というのも少し違うのですが、人には言えない悩みがあるのです」
「悩み……ですか」
「ええ、私は作曲をしているのですが、最近スランプになってしまっていて……」
「ふむ、人に言えない理由とは?」
「私は、周囲から天才だと信じてもらえてるんです。何気ないことから着想を得て常にアイデアが溢れている、そんな風に思われていますし、実際調子がいい時はそのような状態です。だから、私のことを天才だと信じてくれている周囲には、私が苦しんでいる姿を見せたくないんです。私は彼女たちにとって、芸術の楽しい面の象徴でありたいから」
「……わかりました。今はどのような状況なのでしょうか」
「今急いで作曲する必要はありません。以前からのストックがまだありますので。しかし、何を見てもインスピレーションが降ってこなく、辛い状況です。作曲はしたいのにアイデアが湧いてこない、なんというか腹は減っているのに食材が無いような……作曲が嫌いになるタイプのスランプではないのは幸いですけれど」
「なるほど、わかりました……何かきっかけなどはわかりますか?」
「そうですね……以前作った曲の完成度が個人的にかなり出来が良かったので、満足してしまったのではないかと……」
「満足してしまったからこそ、もう出てこなくなってしまったと」
「すみません、こんなこと相談されても困りますよね……懺悔室なのに」
「いえ、少しでもあなたの心が軽くなるのなら、いくらでも話してください」
「シスターさんと話しているとかなり気持ちが楽になりました。ありがとうございます」
マリーは思い悩んでいた。彼女をこのまま放ってしまっていいのか。懺悔室は悩みを聞くだけというのが規則だ。なぜなら、ここは誰にも言えない罪を告白する場なのだから。しかし、彼女のは悩みであって罪ではない。ならば、自分がシスターとしてこのまま放っておくのは正しいのか。
「……余計なおせっかいかもしれませんが、その悩みの解決、私に手伝わせていただけませんか?」
「はい?」
「あなたのお悩みの、少しでも力になりたいんです。キヴォトスの笑顔を一つでも増やすことが私の目標ですから」
「……確かに、他校のシスターさんにまで隠すような内容ではありませんね……そういうことでしたら、手伝ってください」
「あの……直接会いたくなければ、このまま悩み相談を続けてもいいのですけど」
「いえ、直接会ってもらった方が多分早いので」
懺悔室から出た二人は顔を合わせる。
「ワイルドハントの……一般生徒、椎名ツムギです」
「トリニティ総合学園1年、シスターフッドの伊落マリーです」
マリーの顔を見て、ツムギの暗くなっていた顔が明るくなる。
「あなたは……確かトリニティの謝肉祭で踊っていた三人組のアイドルさんですね!?」
「そ、それを覚えていらっしゃったんですね……少し恥ずかしいです」
「見ましたよあの華麗なダンス!聴きましたよあの透き通るような歌唱!最近はどん底だと思っていましたが、今日の私は最高についている!なにせアイドルシスターとこうして対面することができたのですから!」
「そ、そんなに喜んでいただけただけでもこうして会ったかいがありました」
マリーは照れくさくなってしまい、思わずツムギから顔を背けるが、ツムギはマリーの手を掴み、懇願してくる。
「すみません!さっそくマリーさんのダンスと歌唱を見させていただけませんか!?」
「え、えぇ!?以前のように上手くできるかはわかりませんが……ですが、ツムギさんの望みというのならばこの伊落マリー、できるかぎりのことはさせていただきます!」
マリーはシスター服のままではあるが、あの時のアイドルとしてステージの上で踊っていた姿を幻視させるほどキレキレの踊りを見せる。実は謝肉祭の後も裏でこっそり一人でダンスを踊っていたのがまさか役に立つとはと、マリーは無事踊り終わった後安堵する。
「……いかがでしたか?」
「素晴らしいものです。マリーさんの、シスターとしての目標、笑顔を一つでも増やすという想いが伝わってくるようなダンスと歌唱でした……だというのに、私はなぜ、なにも思いつかないのでしょうか。以前ならこれで確実にインスピレーションが思い浮かんだというのに」
ツムギは真っ白なノートを抱えて、悔しそうにペンを持つ手に力を籠める。
「ううん……一旦休憩するというのはどうでしょうか」
「休憩、ですか?」
「ええ、立ち止まって自分を見返してみるんです。そうしたら疲れた心も回復して、何か見えてくるかもしれませんよ」
「……と言われても、私はいついかなる時も常にインスピレーションの元を探してしまうというか……ついつい音楽のことを考えてしまうんですよね。癖になっちゃって」
「それなら、祈るというのはどうでしょうか?」
「お祈り、ですか?」
「ええ、他のことを全て考えず、ただ祈るんです」
「しかし私は、シスターフッドで祈っている神が何かすら知らない立場ですけど……」
「大丈夫です。誰かのために祈るというのは、そう難しいものではありません。ただ、祈る相手が元気に、健やかで幸せにあってもらいたいと願えばいいだけなのです」
「なるほど……心を清めるつもりでやってみますか」
「私は、ツムギさんのために祈りますね」
「確かに……これは心が洗われていくみたいですね。今まで拘って心にこびり付いていたものが一気に剥がされていくような。これは私が祈っているからでしょうか。それとも、マリーさんが私のために祈ってくださっているからでしょうか」
「きっと、ツムギさんが祈っているからですよ。私は、シスターとしてはまだまだ未熟な立場ですので……私の祈りにはあまり効果は無いと思いますよ。その分、必死に祈っているつもりではありますが」
「マリーさんが、未熟?」
「はい。まだまだシスターとして経験も浅いですし」
「そんな馬鹿な。こんな物語に出てくるような清廉潔白なシスターは私は見たことありませんよ?私のためにわざわざこんなにも真剣に悩みを聞いてくれて……きっと周囲の人だってマリーさんのことを認めていると思いますよ?」
「そんな風に言っていただきありがとうございます。ですが、まだ憧れの先輩方は遠いですし、真のシスターへの道は険しいものですから」
ツムギはマリーの言葉を聞いて、何かに気づいたのかぶつぶつと呟き始める。
「マリーさんは、自分がまだシスターとして未熟だと考えている……」
「はい。私はまだ、未熟者です」
「そうだ……そういうことだったんだ……」
「は、はい?どうかなさいました?」
「私は以前書いた作品で自分が無意識のうちに完熟したと思い込んでしまったんだ!もうこれ以上何を作っても超えられないと!だから、何を見ても刺激を得られなかったんだ!!」
「あ、あの?ツムギさん?」
「ヒャッハー!!だが、まるで足りてねぇ!まるでまるでまるでまるで足りてねぇぜ!!マリーさん!ありがとよぉ!!あんたのおかげで、まだまだ上のステージがあることを自覚できたぜ!」
「え、ええ!?わ、私のおかげ!?」
「キェェェェェ!!真の芸術の道は険しく遠いぜぇぇ!!こんな場所でじっとしてる場合じゃねぇ!!それじゃあなマリーさん!あんた最高だぜェェェェ!!」
「……行ってしまわれました。よくわかりませんが、元気になったみたいでよかったです。ツムギさんの行く先に、幸多からんことを」
マリーはツムギのことを想って祈る。マリーの祈りがツムギを既に救ったのだが、それでも彼女は祈るのをやめない。不幸な人に幸せを。幸せな人により幸せを。それこそ彼女の祈りだからである。
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