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~フブキ編~
「は~~仕事サボって食べるドーナツほど最高の食べ物はないよね~」
フブキは今日も今日とて仕事をサボってお気に入りのドーナツ店に足を運んでいた。
「モチモチの丸が繋がったオーソドックスなドーナツ。サクサクのシナモンがよく効いたドーナツ。子どもから大人まで大人気の中にクリームがたっぷり入った小判型のドーナツ。この箱の中身はぜ~んぶ私のものだっていうんだから、最高だよねぇ」
「そんなこと言わずに、美味しいドーナツ一つ私にくださいよ」
「……ツムギ!?なんでここにいるの!?」
「外の甘味はワイルドハントでは貴重なんですよ。というか、なんでここにってのはどちらかというとフブキさんの方でしょう。またサボりですか?」
「げぇ、バレたか、今日もキリノに頼まれたの?」
ツムギとフブキは知り合いであった。キリノと同じように、ツムギが迷子になっていた時に、案内をしてもらった……わけではない。そのキリノから、サボっている同僚を呼んできて欲しいと頼まれてからの仲である。
「今日はキリノさんに頼まれたわけではないですよ。ただ客として入店したら偶然出会っただけです」
「なんだ……安心した」
「それはそれとして、私にはキリノさんに通報する手段もあるわけで、見逃す代わりにドーナツ一つくださいよ」
「おお……警察に交渉とは、お主も悪よのう」
「いえいえ御代官様ほどでは……まぁ、実際ワイルドハントでは問題児に分類されてますからね」
「私たちからしたら、全然そんな風に見えないけどねぇ。少なくとも、交渉してくれるだけマシというか」
フブキはツムギに箱を差し出す。ツムギは表面にストロベリーチョコのついたドーナツを一つ取り、そのままの流れでクリームドーナツも取ろうとしてフブキに弾かれる。
「むむ、さすがヴァルキューレ。セキュリティが固いですね」
「へへっ、これ以上欲しかったら自分で注文しな」
ツムギは大人しくストロベリーのかかったドーナツを一口齧る。噛んだ瞬間に口内に広がる多好感が脳天まで突き抜け、ストロベリー風味の幸せに包まれた。
「これはいくらでも食べられそうですねぇ……お、ドーナツの食べ放題ですか。割と安いですし、元がとれそうですね。挑戦してみるのもいいかもしれません」
「やめときな。絶対に後悔するから」
「そうですか?」
「普段からドーナツを食べない人ほど、いくらでも食べられると思って罠に引っかかるんだよ。意外とドーナツって食べられないよ~?甘い物は別腹って言うけど、甘い物だけじゃ別腹は発動しないし、満足感が凄いからお腹もすぐいっぱいになっちゃうんだから」
「フブキさんも一回挑戦して痛い目にあったんですか?」
「まさか。私は正直余裕で元とれるぐらい食べれる例外側だよ。といっても、私はゆっくり気ままに食べることが好きだからそもそも挑戦しないけどね」
フブキはドーナツを持った手と反対の手をひらひらと動かし、否定の意味を込めたジェスチャーをする。
「そういえばフブキさん」
「なぁに?ツムギ」
相変わらずツムギの方を向くことなく、ドーナツを口に運び続ける。小さな体のどこにそんなに消えていくのか謎だが、何度も何度もドーナツを小さな口に運びどんどん食していく。
「トリニティの謝肉祭でアイドルしていましたけど、またやらないんですか?」
ツムギの一言で、フブキの動きがピタリと止まる。
「……どこで聞いたのかな?キリノ?」
「聞いたというか、ステージを見たというか……」
「見た!?ステージを!?」
「ええ、とても楽し気な雰囲気でアイドルしていたので、またやらないのかなって」
「やるわけないじゃん!?あんな、恥ずかしい衣装着て!また歌って踊るなんて!矯正局でもやらない拷問だよ!」
「そもそも矯正局は拷問をしていないのではないですか……?」
「じゃあマフィアでもやらない拷問だね!」
「そこまで言いますか……」
「確かにこのお店にはお世話になってるけど、また誘われても断るだろうね」
「え~やらないの?フブキちゃん」
「ひえっ!?店長!?」
「こんにちは。フブキちゃんのお友達かな?」
「どうも。ワイルドハントの甘味研究員、椎名ツムギです」
店の奥からいつの間にか出てきた店長に挨拶されたが、ツムギは動じることなく挨拶を返す。
「フブキちゃんとキリノちゃんに宣伝してもらってから、お客さんが明らかに増えたから、また機会があったらやってもらいたいんだけど」
「ちょっ、なんで店長ここにいるの!?お店の仕事は!?」
「フブキちゃんに言われたくないなぁ。大丈夫、休憩中だよ。サボりじゃない」
「お店の人にもサボりに来てるってバレてるんですねフブキさん……」
フブキは小さな体を思いっきり動かし、彼女らしからぬ力任せな動きで店長を裏へと追いやろうとする
「とにかく!店長は帰った帰った!」
「は~い、ごゆっくり~」
店長はニコニコ笑いながら、手を振って店の裏へと帰って行った。
「……それで、やらないんですか?」
「やらないって言ってるでしょ!?」
「宣伝じゃなくて、普通のアイドルとしてなら活動する気とか……」
「余計にないから!そんな面倒くさいこと!」
「むぅ、残念ですね。もしやるなら楽曲を提供してもよかったのですが」
「なんでそんな乗り気なのさ!?」
「だってアイドルですよアイドル!フブキさんの!最高の相性ですよ!また見たいじゃないですか!」
「無いね!絶対ない!あってもキリノだけでしょ!適正!」
フブキは一息ついて、またドーナツを食べ始める。そして、ふと何か思いついたのか、ツムギの方をしばらく見詰めた後口を開く。
「そういえばツムギにとって、サボりって何?」
「いきなりどうしたんですか?」
「いや……よく考えたら芸術家にとってサボりの概念ってどんなものなんだろうな~って。私たち公務員とは真逆のスタイルじゃん?芸術家って」
「フブキさんが公務員の仕事の仕方を語るのは、なんだか納得がいかないような、おかしな気分になりますね」
「別にそんなこといいんだよ!私ばっかサボりサボり言うけど、そういうツムギだってサボることはあるんじゃないの~って話」
「ふむ……難しい質問ですね。サボりを明確に決められないという点では、確かに面白い議題です。私の答えは、『自分たちのバンドや、学校のお題で作る以外の作曲活動』ですかね」
「……え?」
フブキは困惑した表情になる。
「作曲活動がサボりって?」
「ほら、私のメインってデスメタルなんですけど、それ以外にも頻繁に作曲してるんですよね。さっきもフブキさんが乗り気ならアイドルらしい曲を提供するとか言ってたじゃないですか」
「ああ、まぁね」
「私にとって、そういう仕事や学業と関係ない、ただの趣味での作曲はサボりと言えるかもしれませんね」
「……それ、疲れないの?」
「疲れないですよ?なんていうか、ジャンルが違えば使う脳の部分が違うというか……そもそも音楽が好きでワイルドハントに入ってるので」
「……やっぱり、芸術家ってよっぽどの変人じゃないとなれないんだね。確信したよ、うん」
「逆にフブキさんにとってサボりとはなんですか?」
「そりゃあ、心のオアシス。誰にも邪魔されない最高の時間のことだよ。活動的に何かすることはしないかな~ラジオとか聞いてのんびりする感じ」
「ふむ、フブキさんにとって私は泳ぎ続けなければ死んでしまう回遊魚に見えるかもしれませんね」
「私はイソギンチャクとかでいいのさ~」
そんな風にツムギとフブキが優雅にドーナツを食べながら話しているとプルルルルルル、プルルルルルルとフブキの電話が鳴る。
「……やっべ」
「おや?オアシスに侵入者ですかね?誰にも邪魔されない時間は終わってしまいそうですね」
「いやまだ怒られるって決まったわけじゃないから!」
フブキが電話に出ると、電話越しでも剣幕が伝わる怒号がツムギの元まで聞こえてくる。電話を切った後、フブキは助けを求めるような顔でツムギを見る。
「……ツムギ。どうしたらいいと思う?」
「私、公務員とは真逆の立場なもので、わかりません」
「……素直に詫びドーナツでも買って謝るか……とほほ」
フブキは追加でドーナツの箱を買って、優雅にドーナツを一人食べるツムギを背に謝罪に向かうのだった。
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