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~ハスミ編~
「さて……今日も走りますか」
ツムギは体操服に着替えて、準備運動をする。以前スミレによって用意されたメニューをツムギは今もこなしている。もちろん健康のためというのもある。しかし、一番は外を走れば知らない存在との出会いが増えるからであった。実際、ツムギはシロコとの出会いはランニング中であった。
「今日も何か素敵な出会いがあるといいのですが」
本日はワイルドハントの外でのランニングとなっている。目指す場所は特に無いが、トリニティ方面を走るつもりである。あの周辺は整備がしっかりされており、走っているだけでも街並みの綺麗さで気分がよくなるというのがある。
トリニティ方面に走って行けば、ツムギの想定通り色とりどりな花畑やよく手入れされた公園、街中にある巨大噴水などワイルドハントに勝るとも劣らない美しい街並みが散見される。このままトリニティの中心地に入るかという場所で、何か遠くに目につくものがあった。
「あれは……なんでしょうか」
巨大な黒い影が動いている。もしかして怪異なのではないか?オカルト研究会として最高の出会いが出来たのではないか!?そんな期待にツムギの胸が高鳴る。遠ざかっていくそれに追いつくために、ツムギは全速力で走り出した。その影の正体とは!
「はっはっ!ふっふっ!」
……全身黒い制服でランニングをしているだけの、何度かトリニティに来ているツムギが初めて見るほど大きな体と黒い羽が特徴的なトリニティ生徒だった。
「……」
「おや?あなたもランニング中ですか……?」
残念そうな顔をしているツムギに生徒は話しかけてくる。
「辛そうですね……私もとても辛いです。お互い頑張りましょう」
(勝手に怪異と勘違いして、気を使っていただいてるのなんだか凄く申し訳ないですね)
ツムギは相手の様子を観察してみる。動くたびに、長い髪、大きな羽、巨大な……アレが揺れてとても走りにくそうだ。これは辛いのも頷ける。エリも確かに走る時にいつもあの大きな部位が邪魔になってたなと思いだす。
「ええ、お互い頑張りましょう」
しかし、そんなことを言っては失礼に当たるので、それとなく返す。
「その体操服……トリニティのものではありませんよね?どこの生徒さんですか?」
「私はワイルドハントの生徒です」
「ワイルドハントからここまで!?それはまた……トレーニングですかね?」
「そうですね。元々は太ってしまってステージ衣装が着れなくなってしまったからダイエットが目的だったんですが、せっかく始めたことですし体力維持のためにやっているんですよ。そちらも、トレーニングですかね?」
「え……えっと」
「その制服、正義実現委員会の方ですよね?トリニティで治安維持のために活動してる。大変ですね、毎日トレーニングがあって」
「いえ……私はダイエットのためにやってるんですよ」
その言葉を聞いてツムギは驚く。純粋に、彼女がダイエットが必要そうな体型には見えなかったからである。
「そうなんですか……?そのままでも十分痩せてらっしゃるように見えますが」
「嬉しいことを言ってくださりますね。ですが……その、周囲の人と並んで同じ服を着ていると、どうにも私だけ妙に目立ってしまっている気がして」
「それは……」
それはそうでしょうと口から出かける。もし自分たちオカルト研究会で、全員同じ服を着たら目立つのはエリである。ああいう人にはああいう人できちんと似合う服装があり、それは小さい人に比べると種類が少ないのだと、服飾科のレナはいつも苦心している。
しかし、どう伝えたものかと頭を悩ませる。
(こういう時レナちゃんならば専門用語でズバッと説明できるのでしょうが……)
結局言い出せず一緒に結構走ったところで、相手の方からツムギに話を振る。
「そういえば、お名前はなんというのですか?」
「私ですか?ワイルドハントのトレーニー、椎名ツムギです」
「私は正義実現委員会の副委員長、羽川ハスミです」
「正義実現委員会の副委員長さんでしたか……これは凄い人と知り合ってしまいましたね」
「私はそんな大それた存在ではないですよ。それでツムギさん、そろそろ疲れてきませんか?一回休憩を挟みたいのですが」
「そうですね……確かにゆっくりハスミさんとお話もしたいですし、休憩しましょうか」
「それなら、私のおススメのスポットがあるんです」
「おお、それはそれは、楽しみですね」
「では案内しますのでついてきてください」
二人は走りながらハスミのおススメのスポットに向かった。
到着した場所は、カフェであった。外観からトリニティらしくいかにもお嬢様が好みそうなオシャレな雰囲気が漂っている。
「ランニングをして休憩にカフェを。いいですね、優雅な休日として物語に出てきそうですよ」
「このお店は私のおススメでして……紅茶が美味しいんですよ」
「トリニティの中でも紅茶の美味しいと言われる名店、そのお味を堪能させていただきましょう」
「ふふっ、様々な店の紅茶を飲んだうえでの判断です。お味は保証しますよ」
中に入れば、高級そうな家具が嫌味ったらしくならないように絶妙な配置バランスで置かれており、一流の店なのだと入っただけでわかる。ツムギは体操服でこんな場所に入るのは場違いではないかと思ったが、トリニティの生徒にとってはこれも日常的に利用する大したことない店の一つなのだろう。
現に周囲の人たちはツムギの服装を見てもあまり反応をしない。むしろ、ハスミの方に目が行く。彼女がそれだけ目立つ風貌をしているというのもあるだろうが、部活帰りなどの学生が普通に利用する店なのだと予想できた。
席に案内されて座れば、ピカピカのテーブルにお迎えされる。ツムギがメニュー表を開き中央に置くと、ハスミも覗き込む。
「紅茶だけでもかなり種類がありますね……ハスミさんのおススメの紅茶はどれでしょうか」
「ハニーミルクティーですね」
そんな風に話していると、店員がやってきた。
「ご注文お決まりでしょうか」
「では、ハニーミルクティーを一つお願いします」
ツムギの注文に店員は頷きメモを取る。
「では私も……」
その瞬間、店員のメモを取る目つきが変わった。
「ハニーミルクティーを一つと……バタープリン一つとチーズタルトを一つオレンジマドレーヌとクロッカンショコラを二つお願いします」
ハスミからの注文に対しすらすらとメモを取り、店員は一礼をして去っていく。
「他の店だと聞き返されることが多いんですが、この店はそれがないんですよね。それもお気に入りなんです」
「なるほど……常連だからでしょうね……」
「常連なのは関係あるでしょうか?毎回違うものを頼んでいますが」
「いえ多分そういう問題では……注文したもの、全部食べるんですか?」
「はい。ツムギさんも何か追加で注文してはいかがですか?」
「……ランニングの途中ですよね?」
「ですから、控えめに注文しました。この程度なら走るのに支障はありません」
「な、なるほど……なるほど?」
ほどなくして大量の甘味が並び始める。放課後スイーツ部でもこんなには普段食べないことをツムギは知っている。それを彼女はまさに朝飯前だと言わんばかりにパクパクと上品に、しかし凄まじいスピードで食べていく。彼女の幸せそうな顔は、この瞬間こそが至高の幸せであることを物語っている。
「ふふ……やはりここのミルクティーとスイーツの相性は最高ですね」
ツムギは彼女のダイエットを止めたほうがいいのではないかと考えていた。無理なダイエットは彼女自身の美しさを損なうだけでなく、健康にも危険を及ぼすからだ。だが、ツムギは今ここにおいて理解した。彼女の今の体系は、運動と食事の奇跡的なバランスによって成り立っているのだと。もしダイエットだけやめてしまっては、太ってしまうだろう。ハスミにとってのダイエットとは『体重を減らす行為』ではなく、原義に近い『健康のために生活スタイルを管理すること』に近いのだ。最も、彼女自身はそんなこと全く思ってないだろうが。
「ツムギさん、どうですか?」
「ええ、ここのハニーミルクティーはとても美味しいです」
もちろんこれも口に出さない。出さないが、カフェでの休憩が終わった後はより一層気合いを入れてハスミを先導して走ろうと思ったツムギであった。
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