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~キサキ編~
キサキは山海経の町に繰り出していた。指導者たるもの自治区の情勢を肌で知ることも大事である。しかし、こっそり身を隠して出てくる、いわゆるお忍びのためもし玄龍門の生徒にバレればすぐさま連れ戻されてしまうだろう。幸いまだ門主が勝手に抜け出したことはバレてなさそうである。
「ふむ……なんとか無事に抜け出せたが、まずはどこに行くべきかのう」
そんな風に周囲を見渡すと、一人の観光客と思われる生徒を見つける。
「あの制服は……ワイルドハントか。普段は中々外出許可がとれず、会うこと自体稀な生徒でもあると聞く。ふふ、そういう点では妾と同じじゃの」
生徒は外出し慣れているのか、それとも特に目的地が無いのか地図も見ずに歩き回っているが、特に不自然な様子はない。
「そうさなぁ……他校の生徒の目線で我が山海経を見ることも、一つ学びになるじゃろう。ここはあの者に同行してみるのがいいじゃろう」
そうして話しかけに向かう前に、キサキは路地裏に入る。
「しかし、今この格好で向かい急に話しかければ怪しまれるじゃろう。それに、もし妾と一緒にいるところが見つかれば誘拐だなんだと騒ぎ立てられる可能性もある。そうなれば……」
キサキは園児服を取り出し、一瞬のうちに着替える。変装術も門主としての技術のうちの一つだ。
「ふむ、この格好ならば急に話しかけても怪しまれまい」
キサキ……もといキキは路地裏から飛び出し、ワイルドハントの生徒の元に駆けていく。
「こんにちは!あなた珍しい制服着てますね!」
目をキラキラさせ、声のトーンを上げてキサキは叫ぶ。
「おやこんにちは。私は遠い所から来たんですよ」
「遠い所って!?」
「ワイルドハントという学校です」
「ワイルドハント!キキ、初めて聞いた!!ねぇねぇどんな場所!?」
「ワイルドハント芸術学院、その名の通り芸術を極めようとする芸術家の卵たちが勉強をしている学校です」
「なるほどぉ……」
(ふむ……妾の持っている事前情報と相違ないようじゃの)
「キキ!ワイルドハントについてもっと知りたいです!その代わり、お姉さんのことご案内しますよ!」
「おや、いいんですか?」
「はい!梅花園ではココナ教官から、困っている人の力になれる人間になるようにと教えられてますので!」
「ではお願いしますねキキちゃん。私はワイルドハントからの旅人、椎名ツムギです」
「旅人……カッコいいです!キキ、頑張ってご案内します!どこに行きたいですか?」
「ふむ……ではキキちゃんのおススメでお願いします」
「はい!わかりました!ではまずこちらです!」
「ここは桃源郷です!」
「桃源郷……喫茶店ですか」
「山海経の人にとって、お茶を飲むことは銃撃戦と同じぐらい当たり前のことなんですよ!」
先生がいたら一言突っ込みそうな発言だが、ここにいるのは二人の生徒。スムーズに重要性が通じるのだった。
「なるほど……ワイルドハントではエスプレッソやカプチーノをカフェで飲むことが多いんですよね……コーヒーじゃなくてお茶を飲む文化という意味ではトリニティや百鬼夜行に近いかもしれませんね」
「ワイルドハントのこと以外にも詳しいんですか?ツムギお姉さんは」
「ええまぁ。バンドをしている都合上色んな場所に行って演奏したり、インスピレーションを集めたりしますので」
「凄い!キキも演奏聞いてみたいです!」
「ふふ、キキちゃんにはまだちょっと刺激が強いかもしれませんね」
お茶を楽しんだ後、キキの案内で訪れた場所は広大な茶畑であった。
「先ほどのお茶もここで収穫されたものなんですよ!」
「ほほう、キキちゃんは物知りですね」
「えへへ!」
「山海経の茶葉はキヴォトス各地で販売されているのを見かけますが、それに見合うだけの大きさの茶畑ですね……一面の緑が美しいです」
「そんなに見かけるんですか?」
「トリニティではもちろん。あまりお茶は飲まれないワイルドハントでも見かけるぐらいですからねぇ」
「凄い!キキも鼻が高いです!」
キサキが次に案内したのは綺麗に整備された公園であった。
「最後はここ!白虎公園です!」
拳法の練習をしている生徒を見て、ツムギは声を上げる。
「おお!あれは太極拳ですかね!?」
「凄い!山海経の拳法は種類が多いのによくわかりましたね!」
「キヴォトスで健康のために太極拳をしている人が増えてますからね……ですが、本場はやはり動きのキレが違いますね」
「健康のためにやっている面もありますが、武を極めるためにやっている人も多いですからね。ワイルドハントにも太極拳を健康のためにやっている人が多いんですか?」
「いえ、あまり見ませんね……その代わりといってはなんですが、うちの公園ではパフォーマンスアートとして山海経の雑技なんかが披露されることが多いですね」
「なるほどぉ。キキも見てみたいです!」
そんな風に話しながら公園を歩き回っている最中、玄龍門の生徒がキサキの目に映る。変装しているとはいっても、勘のいい生徒ならば見るだけで気づかれてしまうだろう。
「つ、ツムギお姉さん!キキあっちに行ってみたい!」
人のいない方向にツムギを引っ張っていくキキ。ツムギは大人しく付いていくのだった。
「どう?ここは人も全然いなくて、静かに公園の自然を楽しめるんだ!」
ツムギは周囲を見渡し、人がいないことを確認した後ゆっくり呼吸をして、口を開く。
「なるほど……ところで、これだけ人のいないところならもうそろそろいいんじゃないですか?ねぇ、門主様」
キキは一瞬のうちにキサキ、玄龍門の門主の表情となり、ツムギを睨む。
「……いつから気づいておった?」
「そんなに警戒しないでください。私は本当に一般観光客ですよ。実際、最初はただ梅花園の子と一緒にお散歩するぐらいの気持ちでしたから。正直少し大きいなとは思いましたが。梅花園にはけっこう変わった子も多かったですからね。身長が大きい子ぐらいいてもおかしくないかなという気分でした」
「では、いつ気づいたのじゃ?」
「玄龍門の生徒を見かけた時、私たちが見つかったらマズいことをしている時に寮監隊を見かけた時のような反応をしたからですね。それで、ミナさんが前言っていたことを思い出したんですよ。門主様は賢いお方だが、たまにお忍びで町に繰り出すのが困りものだと。その時に写真も一緒に見せてもらいましたが、その姿ともそっくりでしたからね」
「なんと、ミナと知り合いであったか。それは驚いた」
「以前ミナさんがワイルドハントに来た時に、知り合ったんですよ。映画の話で盛り上がってモモトークも交換しましたよ」
「相変わらずノワール映画が好きなのじゃな……確かにワイルドハントならばミナが行くのも頷ける」
「それにしても、さきほど気づいたということは今の今まで気を使わせておった訳ではなかったのじゃな。それは重畳」
学園のトップと歩き回るとなれば一歩間違えれば学校間の問題にもなりかねない。そんな責任を勝手に一般生徒が背負わされたとなれば、その心労は多大なものであろう。
「別に私は園児相手であっても門主様相手であっても、気にしませんよ?」
ツムギはきょとんとした顔で堂々と答える。
「嘘……では無さそうじゃの。変わった生徒じゃ」
「ライブでステージ上に出ることに比べれば、全ての緊張は些事ですから。それで、これからどうするんですか?まだ案内してくれるんですか?それなら、私は何も知らない観光客としてお付き合いしますよ?」
「いや、よそう。そろそろ妾がいなくなっているのがバレる時間帯じゃ。それに、十分な成果も得た」
「おや、そうですか。少し残念です。面白い体験だったのですが」
「そう残念がるな……ほれ」
キサキはモモトークの画面にした状態でスマホを差し出す。
「えっと、これは……?」
「なんじゃ?お友達になったものとは、モモトークの交換をするものなんじゃろ?」
「はい?」
「それともなんじゃ?ミナとは交換してくれるのに、妾とは交換してくれぬのか?」
「おや、随分と卑怯な言い方をするんですね。わかりましたよ門主様……意外とフレンドリーな方なんですね」
「ふふっ、妾はまだお主にほんの一面とて見せたつもりは無いぞ?これからじゃろう、親睦を深めるのは。お主の様々な学校を回った話、楽しみにしておるぞ」
「おや、とんでもない期待だ」
「それと……妾はまだお主に見せていない面の方が圧倒的に多いのは事実じゃ。じゃが……今回キキとして放った言葉の中に、身分の偽り以外の嘘はないつもりじゃ。楽しかったぞ、お主との時間は」
そう言うと、一瞬のうちにキサキは門主としての格好に着替えて去っていく。
「……なんというか、凄まじいカリスマを感じさせる人ですね。これが山海経の門主……ふふっ、いい出会いができました」
新しい友達ができたことにウキウキになりながら、ツムギは山海経の観光を続けるのだった。
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