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花守家を出たリオは、そのまま駅に向かって歩き始めた。
足を交差させるたびに、ふわふわ揺れるサイドテール。そしてドムドム揺れる胸部装甲。
ただそれだけで擬音が生じる姿は人目を引くが、本人は特に気にした様子もない。
加藤リオが訪れたのは、近隣で最も大きなカードショップ〝DOME〟。
ファイト用のバトルフィールドを常に解放しており、空いているスペースがあれば誰でも乗り込んでファイト、負けたら席を離れ、また違う空きフィールドに……という形で、大会がない日でも気軽に何回でもフリープレイができるのが魅力だ。
店側も商売であるからして、挑戦者側はファイト一回につき二百円を投入する必要があるのだが。
リオの対戦相手は現在五連勝、ノリに乗っているという感じである。
「よろしくおねがいしまーす! あたしの<
「…………よろしくお願いします」
元気良く挨拶するリオに対し、対戦相手――恐らく高校生くらいの男子――はいかにも渋そうな顔をしていた。
そして十分後。
「負けましたーーーーーーーー!」
普通に負けていた。いや、悪い引きではなかったんだけど動きがちょっと良くなかったカモ。
「うぇー、次はどうしよっかなぁ、<
仮組みしたデッキがあったはず、とランドセルの底を漁り、再びフィールドへ。
「よろしくおねがーいー!」
「……よろしく」
そして十分後。
「負けましたーーーーーーー!」
再放送だった。うーん、何が良くなかったんだろう。低コストで固めたら普通に大型クリーチャー不足で圧殺されたからか。
良さげなカードを漁ってみるか……この店は安いカードの種類が豊富だし。
とかなんとか考えながら、店内に戻ろうとした時。
「……ちょっと、いいかな」
と、声をかけられた。
「ふぇ?」
振り向いた視線の先には、〝DOME〟と店名の刺繍が入ったエプロンを付けた小太りの中年男性が居た。ネームプレートには店長、と書いてあり、つまりそう言うことだ。
「店長さんだー、こんにちはー」
「こんにちは。いつも利用してくれてありがとうね」
そんな言葉とは裏腹に、店長はなんとも困ったような顔をしていた。
「あー……その、なんだ。これはおじさんからの、余計なアドバイス……なんだけどね」
言い難いことを言うつもりなのだろうなぁ、というのがよく分かる前フリだった。そして何を言われるのか、リオには大体見当がついていた。
「ファイトの度にデッキを変えているだろう? それは、あまり良いことじゃあないんだ」
「………………」
「デッキというのは、使い込むことでファイターに力を貸してくれるようになる。強く共鳴していくようになるんだ……わかるかい?」
ちら、と視線を他所に向けると、遠巻きにこちらを見ている集団が居る。
〝DOME〟の常連勢である男子達だ。小学生高学年から高校生まで。ファイト前に軽く挨拶するぐらいで深く話したことがあるわけじゃないが、リオの事を個人識別しているらしい。まあ胸チラ見してきてるもんね。
「ちゃんとデッキと向き合ってみてほしいんだ。もし相談ごとがあるなら、皆力になってくれるから――――――」
「あー、ごめんなさい、店長さん」
その時点で、リオはひょい、と降ろしていたランドセルを背負い直した。
「他の人たち、嫌だったよね。あたしとファイトするの。もぉ来ないようにするから、許して?」
両手をあわせて、苦笑しながら謝る様は、不思議なことにとてもこなれていた。
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「それじゃ、今までありがとー、ばいばーい」
続きを打ち切るようにして、しかし言われたことを全く気にする素振りもなく、リオは来店時と同じ軽い足取りで、店を出ていった。
残された店長はううん、と腕を組んで唸っていたが、やがて静かに息を吐いた。
「店長、どうだった?」
常連客の一人が店長に近寄った。リオを瞬殺したファイターだ。
「あれは、ううん……難しいと思うねえ。誰かが教えてあげないといけないと思うんだけどな……君が勝てないのはデッキのせいじゃない、君自身の問題なんだと」
デッキをいくつも持って戦うたびに変える……そういった振る舞いは、Lifeというゲーム、真剣にファイトに取り組むファイター達、勝負や出会いの場を提供するショップ……その全てに対して失礼な行為だと。
人前で繰り返せば信頼や信用を失っていき、やがて誰からも相手にされなくなってしまうと。
「困ったものだねぇ……」
店長のつぶやきに、その場にいた全員が、無言の同意を示した。
◆
「とか思われてそー」
自分のいないところで同情するなり心配するなりされるのはあんまり気分がよくないなぁ、と思うものの、事情を説明したところで理解を得られないよなぁ、と思う。
「はおりんとー、クラスの皆とー……あとは、
数年前まで、近所に住んでいたおにーさん。
不思議な人だった。周りが皆ファイトに興じる中、
もしクラスやショップであんな事してたら、一発でハブられかねないような所業だったけれど、リオもリオであまり体が強くなかった時期なので、何かの拍子に知り合ってから――きっかけは忘れたけど――よく遊びにいったものだった。
例えば、こんな話をした。
『40枚のデッキに同じカードを3枚入れた時、1枚以上手札に来る確率ってわかる?』
わかるわけなかった。確率を学ぶのは中学二年生だし、そもそも計算しようと言う発想がない。だって欲しいカードは欲しい時に手札に来るのが当たり前、皆そう言っている。
『けど、君はそうじゃない』
リオの記憶の中の『おにーさん』は、はっきり言った。
『だったら、
なるほど、と思って、それから色々教わったり、試したりしたものだ。
例えば、デッキから引くカードが
『難しくてわかんないよー!!!』
そりゃそうだ。こすとかーぶ? なんて言われてもピンとこないし、結局それでも勝てなくてふてくされるあたしの機嫌をとろうとしたのだろう。困ったように笑って、教えてくれた。
……カードの向こう側にある、“物語”の存在を。
いろんな登場人物がいる、いろんな伏線がある。カードとしては取るに足らない、1コストで効果が何もないようなクリーチャーにすら、他のカードと比較して見ればそこに『何か』がある。
成長した姿だったり、過去の姿だったり、あるいは一つのテーマそのものが、違うテーマの遠い過去の歴史だったり。
それは、どこかに答えが書いてあるようなものじゃないから、続きを知りたければ、いろんなカードをこの目で見て、自分の頭で考えないといけない。
カードの数だけ物語があり、知れば知るほどその可能性が広がっていく。
それからあたしは、とにかくカードに触れるのが好きになった。
人によって使うデッキが千差万別ということは、無限の物語と出会えるという意味だから。
……そのおにーさんは結局、引っ越して遠くに行ってしまったけれど。
その教えと体験が、今のリオを形成する核となっている。
問題はそれがあってなお、リオが全く勝てない所なのだが……。
「だぁってさぁー、仕方ないじゃんねー、あたしの共鳴率って……」
不貞腐れながらランドセル――ではなく、別に持ち歩いているポーチに手を伸ばそうとして、気づいた。
「………………あれ?」
ポーチがない。普段から肌見放さず持っている、おにーさんから貰った大事な物なのに。
「あ、そっか、はおりん家だ。うわー、今はおりんもはおりんママもいないじゃん。お手伝いさん開けてくれるかな」
蔵でカード整理に勤しんだ際、邪魔にならないようにと置いといたのだ。普段なら忘れることはないが、今回は解散の仕方がイレギュラーだった為、ついうっかりという奴。
ポーチももちろん大事だが、中に入っているデッキはリオの
なにせ
「うーーーん…………いいや、戻ろーっと」
くるっと体を反転させて、花守邸へと向かう。家までは遠回りになるが、まぁ仕方ない。
「…………んぅ?」
二十分程度歩いて、大きな屋敷の前に戻ってきたリオは、変なものを見た。
やたらとピカピカした黒いセダンが、門扉の前に停まっている。
遠目から軽く覗き込んでみても、運転席にも助手席にも、誰も乗っていない。
「うわ、何あれ、趣味悪……」
少なくとも花守家の車ではない。何度か乗ったことがあるが、意外にもファミリー向けのワンボックスとかだったはずだ。
なんかやなトコにあるな……としばらく様子を見ていると――――。
「…………あれ、出てきた?」
ぎ……と花守邸に続く門を開いて、黒い和服を着た男性が姿を現した。
見るからに肩を落とし、大きくため息を吐きながら車に乗り込むと、そのまま発進してどこかに行ってしまった。
「……何だろあれ、お客さん?」
はおりんママが外出中だから? 美人さんだもんね、気持ちはわかる。
でも開けた門を閉めずに帰ってしまうのはなんとも行儀が悪いんじゃないか。
邪魔者も居なくなったことだし、自分の用事を済ませよう、とインターホンを押す。
門は開いたままなれど、勝手に入るわけには行かない。
住み込みのお手伝いさんとは顔見知りなので、何とか蔵に入れてもらえればいいのだが……と、考え、十秒待ち、二十秒待ち。
「…………?」
反応がない、ちゃんと押しきれてなかったのかな、ともう一度強めにインターホンを押すと、開けた門の奥の方から、ピンポーン、という音が確かに鳴った。
「あのー、加藤でーす。リオでーす。ハオリオのリオのほうでーす。誰かいーませんかー!」
ちょっと恥ずいけど大声を出してみる。やはり返事がない。
背筋にぞく、と鈍いものを感じる。なんだか、とても嫌な予感がする。
まるで、
「……お邪魔、しまーす」
敷地に足を踏み入れて、駆け出す。まずは蔵へ。
「うー、やっぱ鍵かかってるー!」
そりゃそうだ。やっぱり誰かに開けてもらわないと入れない。
「すいませーん、あがりまーす!」
リオとハオリの時間はほとんど蔵の中で完結する為、本邸に踏み入れるのはこれで三度か四度か、とりあえず回数が曖昧になるぐらいでしかないので、若干緊張する。
廊下を少し進んだところで、ひらり、と薄い紙のようなものが舞って、リオの足元にふわりと落ちた。
「なにこれ、カード?」
拾い上げたそのカードに描かれているのは…………。
「…………お手伝いさん?」
リオがよく知る、和服の女性だった。
今度こそ先行公開ここまで!