柚子の通う中学校の近くに、その教会はある。
建物は少し古いが、ステンドグラスが綺麗な小さくて白い教会。
そこにいる中年の神父が柚子は苦手だった。
登下校の際に声を掛けてくるのは良いのだが、なんだか妙に馴れ馴れしいし、マッサージと称してべたべたと体を触ってくるのも嫌だった。
遠回りになるにもかかわらず、そこを避けて登下校していたくらいだ。
しかし最近その教会の主が変わった。
新しく赴任してきたのは、働き者の若いシスターだ。
黒い修道服、黒いベール、すらりとした長身に、絹のような長い髪と柔和な笑顔。
誰もが好意的に彼女を受け入れた。
それは柚子もそうだ。
遠回りをやめ、彼は教会の前を通るようになった。そして庭を掃いているシスターと挨拶をしたり、「今日は寒いですね」だの「雨が降りそうですね」だのといったちょっとした世間話をする程度の仲になった。
しかしきちんと会話をするのはその時が初めてだった。
「なにをしているのですか?」
「わっ!」
シスターが近づいてきたことに気付かなかったのだろう。
柚子は小さく飛び上がって振り返った。
「こっ、こんにちはシスター。あの、ごめんなさい。勝手に庭に入って」
「良いのですよ。教会の門はすべての者に開かれているのですから。とはいってもまだ散らかっていて聖堂には入れられませんが」
言いながら、シスターは先ほど柚子が熱心に眺めていたものを彼の頭越しに見る。
なんの変哲もない庭木……いや、そこには見事な蜘蛛の巣が張られていた。
「ごめんなさいね。この教会、蜘蛛が多くて。赴任したばかりでまだ掃除ができていないのです」
「ああいや、実は国語の授業で“蜘蛛の糸”をやったんです。それで気になって」
「蜘蛛の糸って?」
シスターが首を傾げたので、柚子は話の内容を簡単に説明した。
罪を犯し、地獄に落とされたカンダタという男がいた。
彼はどうしようもない悪人だが、小さな蜘蛛を踏み殺しかけて、それをやめるという善行をしたことが一度だけあった。
極楽にいた釈迦はそれを評価し、彼を地獄から救い出してあげようと一本の蜘蛛の糸を垂らす。
そこまで説明して、シスターは再び首を傾げた。
「シャカってなんですか?」
「あ、ええと……神様のことかな」
「ああ!」
シスターは納得したように笑みを見せる。
日本語に違和感はないが、もしかしたら外国の方なのかもしれないと柚子は思った。
「まぁそういうお話なんだけど、でも変だなって思って。だってカンダタは殺人も放火もした大悪人なんだよ? それを、蜘蛛を殺すのをやめたってだけで極楽……天国にいけるなんて変じゃないですか?」
「そうねぇ」
「蜘蛛を助けてあげたっていうならまだ分かるけど。殺すのをやめただけなのに」
「うーん」
シスターはふわふわとした可愛らしい声で唸った。
そしてなにか思いついたらしい。パッと笑みを浮かべる。
「そうだ。蜘蛛はきっとその方のことが好きだったのですよ。だから神様にお願いしたんです。彼を救ってくださいって」
「え〜? 僕、真面目に聞いたのに」
「あら、わたくしも真面目に答えましたよ」
シスターはそう言って柚子の頭を撫でた。
シスターは長身で、小柄な柚子を見下ろすほどの身長差がある。
修道服の上からでもわかる大きな胸が柚子の目線の高さにきていて、彼は少し目のやり場に困ったようだった。
柚子ももう中学生だ。
頭を撫でられるのは子ども扱いされているようでくすぐったかったが、なぜかシスターにそうされるのは嫌ではなかった。
シスターもまた、柚子のことが大好きだった。
どうでも良いようなことに真剣に取り組む真面目さも。
大人にしっかり挨拶できる礼儀正しさも。
ウブでピュアな反応も、長い前髪からのぞく大きくて丸い目も、長い睫毛も、小柄な体も、サラサラな黒髪も、細い指も白い肌もピンクの唇も爪も喉も足も鼻も――とにかく全部が好きだった。
「あなたのお気に入りの柚子くんに会いましたよ」
柚子と別れ、薄暗い聖堂へ戻ったシスターはそう声をかけた。
酷い有様である。
あちこち蜘蛛の糸だらけ。
そこを手のひらほどのサイズの蜘蛛が這いまわっている。
まるでこの聖堂が一つの大きな蜘蛛の巣のよう。
いや、実際にそうだった。
「本当にとっても素敵な子ですね」
その隅に安置された巨大な繭のようなものにシスターは話しかける。
彼女の言葉に反応するように繭がもぞもぞと動いた。
中に浮かび上がるシルエット。
この教会の元の主である神父の変わり果てた姿がそこにあった。
今の彼の教会での役割は、蜘蛛たちの保存食。
シスターは祭壇の前に跪き、両手を組む。
それにどんな意味があるのか、彼女は理解できていない。
だが人間たちはこの場所でこのようにして自分より上位の存在を崇めるらしいということは学習している。
だからそれを真似ているのだ。
しかし彼女が崇めているのはもちろん神ではない。
「魔王様、あなたにすべてを捧げますわ」
祭壇に置かれているのは、禍々しい黒い光を放つ卵。
「だから魔王様、お願いです。わたくしにあの子をください」
魔王様はきっと許してくださるはず。
シスターはそう確信していた。
蟲が増え、人が減ることを魔王が喜ばないはずはないと。
蜘蛛は恋した相手と子を作り、そのあとオスを食い殺す。
シスターはため息を吐きながら繭を見た。
「やっぱりあなたとはできないわ。努力はしたのですよ? でもわたくし、可愛い年下の男の子が好きみたいで」
昨日までは蜘蛛が齧るたびに声が漏れていたが、今日はそれもない。
そろそろ賞味期限が近いのかもしれない。
どちらにせよ、シスターは繭の中身にあまり興味を示さなかった。
彼女が興味を持つ人間は一人だけ。
仲間の蜘蛛たちに声をかける。
「他のみんなは留守をお願いします。ちょっと“逢瀬”ってやつをしてきますから」
人間社会のことは勉強した。
人間というのはメスとオスが出会っていきなり交尾をするのではなく、少しずつ親睦を深めてから行うことが多いらしい。
柚子とは定期的に言葉を交わしたし、今日などは5分近く会話をした。
十分仲を深めただろうと彼女は判断していた。
食べてしまうとはいえ、さすがに人間の目に“魔王様”を晒すわけにはいかない。
どこかひとけのない場所に誘い込んで……と思いながら柚子の匂いを辿っていった矢先。
柚子が公衆トイレに入っていくのが見えた。
これは人間たちのいうところの運命というやつだ。
シスターは意気揚々とトイレへ近付いていく。
と、その時だった。
トイレから人が出てきたのだ。
柚子の入っていった男子トイレから少女が。
年の頃は柚子と同じくらい。
背丈も柚子と同じくらい。
妙にキラキラと輝いている金髪に、派手な黄色いワンピースを纏っていた。
「……どういうことでしょうか」
シスターは足を止めた。人間社会を完全には理解できていないシスターだったが、その違和感には気が付いた。
今まで頭に入れてきた文献を思い出し、情報を整理し、そして一つの結論に辿り着く。
「もしかしてあの女性、わたくしの柚子くんと交尾を?」
シスターは知っていた。人間が交尾する場所は己の巣――つまり自宅だけにとどまらないと。
宿泊施設、車内、そして時には公衆トイレで。
人間社会を勉強するために読んだ成人向け漫画が次々と脳裏をよぎる。
愛する柚子が知らない女とあの中で一体なにをしていたというのか。シスターは未だかつて抱いたことのない感情に押しつぶされそうだった。
たまらず声を上げる。
「そこのあなた。お待ちください!」
しかしシスターの声は届かなかったようだ。少女の体はふわりと浮かび上がり、あっという間に飛んでいってしまったからである。
普通の人間は自力での飛行などできない。
あれはシスターたちの天敵、魔法少女に違いない。
シスターはハンカチを取り出し、それを口にくわえてきいいいっと奇声を上げた。
それが人間たちが悔しいときに行うジェスチャーだとシスターは知っていた。
彼女が人間社会を勉強するために読んだ古い少女漫画にそう書いてあった。
「なんなんでしょう、あの方は」
公衆トイレにはまだ柚子がいるはずだ。このまま押し入って自分のものにしてしまうことは容易い。
しかしそれではダメなのだ。
シスターが欲しいのは柚子の体と、そして心。
しかしシスターの役割は魔王を守り、その孵化を見守ることである。
自らあの女を追いかけていきたいのは山々だったが、それは己の役割に反することだ。
「おつかいをお願いできますか?」
ジッと我慢して、代わりに修道服の袖から蜘蛛を出す。
「泥棒猫を一匹生け捕りで。他のは食べて構いません」
***
「ゆ、百合営業!?」
素っ頓狂な声が快晴の青空に響き渡る。
アワアワとするシトロンに、みうみうは軽い調子で言った。
「魔法少女が男といたら速攻で炎上だみゅ。でも魔法少女同士がイチャイチャしてるのは大友にウケるみゅ。トキメキをいっぱい稼げるみゅ」
「そっ、そんな破廉恥な! ていうか僕男――いてっ」
「シトロンは女の子だみゅ!」
みうみうはシトロンの頭を小突き、キョロキョロと素早く辺りを見回す。
とはいっても空を飛んでいるのだから、通行人やパパラッチ虫に話を聞かれる心配はない。
それでもみうみうは声を潜めて耳打ちする。
「変身、見られたりしなかったみゅ?」
「だ、大丈夫だよ。ちゃんと公衆トイレで着替えたし。スカートの下だって」
シトロンはチラリとスカートに視線をやる。
今日は竜斗からもらったふわふわのショートパンツを中に着込んでいた。
おかげで360度、どこから見られても大丈夫だ。
それでも、やはりスカートを履いて人前に出るのは顔から火が出るほど恥ずかしい。
どうしてそこまでして魔法少女をやるのか。
もちろん、憧れの赤城凛――もとい、魔法少女アザレアと少しでも交流を持ちたいからにほかならない。
それをみうみうはよく分かっていた。だから出動要請をシトロンとアザレア2人にかけたのである。
「シトロンだってアザレアとイチャイチャできたら嬉しいみゅ?」
「いっ……いやっ、そんな。恐れ多いというか。近くで見られるだけで十分だよ」
そのとおりになりそうだった。
シトロンは素質ある魔法少女だ。
しかしまだまだ経験の浅い新人には違いない。
対して、アザレアはシトロンと同じ13歳ながらほんの小さな頃から魔法少女として活躍しているベテラン。
シトロンはアザレアと息を合わせて戦えているとは言い難かった。
もっと言えばほぼ棒立ちだ。
眼下には先日の戦いでできたシトロンのファンも集まっている。
その中には人気サイト”魔法少女図鑑”の管理人もおり、ネット配信もされているはず。
なのに、このままでは。
みうみうは歯がみした。
華々しい初戦での戦いぶりに高揚したみうみうは、すでに大量のシトロングッズの在庫を抱えてしまっている。
このままシトロンが初戦だけの一発屋に終わってしまえば、みうみうは大損害だ。
「シトロン! このままじゃ見せ場ないみゅ。アザレアにカッコいいところ見せなくて良いみゅ!?」
みうみうはそう発破をかけるも、シトロンは顔を緩ませてアザレアの戦いをうっとり見つめている。
「こんな特等席でアザレアを見られて、もう満足だよ」
ぐぬぬ、とみうみうは唇を噛む。
こちらがダメならば、と次は戦闘中のアザレアへ果敢に近づいていく。
「アザレア! 新人の見せ場を奪っちゃダメだみゅ。もうちょっと手心というものを」
しかしアザレアはあっけらかんと剣を振る。
「だって、可愛い後輩にいいとこ見せたいじゃない?」
みうみうは頭を抱えた。
この2人、悪い意味で相性が良い。
アザレアを餌としてぶら下げ、シトロンの魔法少女としての成長を促そうという計画だったのに。
グッズの在庫の話だけではない。
みうみうの見立てでは、シトロンはアザレアに並ぶ――いや、ひょっとしたら彼女を超える魔法少女になれるかもしれない。
しかしこのままアザレアとシトロンの関係が“頼れる先輩と甘えん坊の後輩”に落ち着いてしまったら、彼のこれ以上の成長は難しくなる。
「ぐぬぬぬ……どうすれば……」
みうみうが歯噛みしている間にも、戦況は進んでいく。
敵は銀蝿の姿をしていた。
先日シトロンが戦ったショウジョウバエと似ているが、こちらの方がより大きくて速い。
目にも止まらぬ速さで空を縦横無尽に飛び回るそれと追いかけっこ。
戦闘機がバラバラになるようなスピードであり、シトロンはまだこの速度で飛び回ることはできない。
しかしアザレアは違う。ツバメのように滑らかに、しかしマシンのように正確に空を駆ける。
少しずつ距離を詰め、やがて追いついた。
並走しながら剣を構えて、そして。
アザレアと銀蝿の動きが同時に止まった。
「え?」
「……なんだみゅ?」
シトロンはもちろん、みうみうにもなにが起きたのか分からなかった。
アザレアも銀蝿も動かない。まるで空に磔にされてしまったよう。
「アザレア……?」
「来ちゃダメ!」
近寄ろうとするシトロンを、アザレアは鋭い声で制止する。
やがて理由が分かった。
雄大な大空を這う小さな黒い点。
それは蜘蛛だった。掌ほどのサイズの黒い蜘蛛が3匹。
一見すると普通の蜘蛛とそれほど変わらない見た目だが、普通の蜘蛛は上空にいない。
「全然気配を感じなかったみゅ。一体どこから湧いたみゅ?」
「もしかして、援軍?」
シトロンは武器を構える。
しかしその推測は間違っていた。
巣にかかった哀れな獲物を蜘蛛がどうするか。そんなのは決まっている。
蜘蛛たちが銀蝿に群がる。
自分の運命を悟ったのか。銀蝿は激しくもがくが、髪の毛ほどの太さしかない白い糸はびくともしない。
蜘蛛は銀蝿にそれぞれ齧りついた。
瞬間、風船のように蜘蛛の体が膨らんでいく。
「銀蝿のエネルギーを奪って大きくなってるみゅ」
「早くアザレアを助けないと……」
「ダメよ、周りをよく見て」
そのとき、シトロンはようやく気付いた。
太陽光を受けて輝く白い糸がそこかしこに張り巡らされていることを。
白く細い糸は視認しにくい。
むやみに飛び回れば罠にかかることは必至。
だからアザレアはシトロンを制止したのだ。
「私なら大丈夫。いざとなったらあなただけでも逃げて」
「そんなこと――」
そんなことできない、とシトロンが言い終わるよりも早くアザレアは動いた。
蜘蛛の糸に磔になったブラウスを引きちぎり、右腕の自由を取り戻す。
魔法で創り出したのはブーメランである。
それは大きな弧を描いて飛んでいき、蝿に群がる蜘蛛の一匹を貫く。
しかし糸は切れない。
それとほぼ同時に創り出したのは巨大なガスバーナー。
仲間の異変に気付き、顔を上げた蜘蛛を焼き殺す。
が、それでもやはり糸は切れない。
次に創り出したのは槍である。
仲間2匹を失い、最後に残った蜘蛛は先にアザレアを始末しようと彼女に飛びかかる。
アザレアはタイミング良く槍の穂先を向けた。
蜘蛛は吸い込まれるようにしてそれに貫かれる。
なんとも鮮やかな手際。
――が、一つだけ計算外のことがあった。
アザレアは蜘蛛の生命力を侮っていた。
槍に貫かれたにもかかわらず、蜘蛛は死んでいなかったのである。
体を串刺しにされながらも、蜘蛛はお尻から糸を出した。
「くっ……このっ!」
いくら藻掻いても無駄だ。
刃でも炎でも切れなかった糸がその程度で切れるはずもなく。
あっという間にアザレアの首に巻き付いて締め上げた。
「な、なんであんな強い敵が!」
みうみうは敵の出現を察知することができる。
そのエネルギーの強さによって適切な魔法少女を派遣させるのが妖精さんの役目だ。
しかしこの敵は。
ほとんどエネルギーを感じない状態からあっという間に強敵へと変貌を遂げる。
非常に厄介だ。
そしてその糸。
視認性が低く、刃でも熱でも切断できない。
「このままじゃアザレアが危ないみゅ。シトロン、あの蜘蛛を――」
シトロンは既に動いていた。
魔法で武器を創り出すのは既に経験済みだ。
魔力を集めて、想像を具現化させる。
アザレアほど素早くはできないが、それでも彼は創り出した。
それは、まるで水鉄砲だった。
「……じゅ、銃だみゅ? アザレアに当てないよう気をつけるんだみゅよ」
「そんなわけないじゃん。水鉄砲だよ」
うかつに動けない以上、遠距離武器を使うしかない。
しかし未熟な魔法少女であるシトロンは自分のよく知っているものでなければ創り出すことができなかった。
使ったことがあるどころか実物を見たこともない銃を創り出すことなどできるはずもない。
しかし水鉄砲なら簡単だ。
子供の頃よく遊んでいたし、構造も単純。
だからって水鉄砲でどう戦うというのか。
しかしシトロンは大真面目に水鉄砲を構え、そして引き金を引いた。
大量の液体が魔法の力で霧状に散布され、蜘蛛とアザレアに等しく降り注ぐ。
二人に変化はない。
が、糸には明確な変化があった。
炎にも耐え、刃も通さないそれがシトロンの散布した液体で溶け出したのである。
「いいわ、シトロン。完璧よ」
拘束が解けたアザレアは死にかけの蜘蛛なんかには止められない。
彼女は手斧を創り出した。良いようにやられた仕返しとばかりにそれを振りかぶる。
「今度こそ息の根を止めるわ」
肉厚の刃はザンッと音を立て、蜘蛛の頭と体を2つに切り分けた。
***
シスターは公衆トイレの前でハンカチを噛んでいた。
彼女も仲間の目を通して戦況を見ていたのだ。
悔しい。悔しくてたまらなかった。
仲間を殺されたことに、ではない。
仲間の蜘蛛が“おつかい”より巣にかかった餌に夢中になったこと、でもない。
シトロンが蜘蛛の糸を溶かしたことにだ。
シスターは水鉄砲の中身を知っていた。先ほど柚子が話していたからである。
『蜘蛛の糸はタンパク質だからアルカリに弱いんだ。アルカリ性の洗剤とかを使うと綺麗にできると思うよ』
教会の掃除が進んでいないというので、柚子は良かれと思ってシスターにそう教えていた。
しかしシスターにとってそれは単なるお掃除アドバイスを超えた意味を持っていた。
「あれはっ……わたくしと柚子くん2人の秘密だと思っていたのに……」
例の輝く魔法少女もそのことを知っていた。
つまり、やはり柚子とあの魔法少女は通じているということだ。シスターはそう確信していた。
そして当の柚子はというと、シスターの後ろにいた。
「シスター?」
さすがのシスターも少々面食らった。
柚子はまだ公衆トイレの中にいるものだとばかり思っていたからだ。
戦況に夢中になりすぎてトイレから出たことに気付かなかったのだろうか。
シスターはそう思いつつ、取り急ぎ噛んでいたハンカチをたたみ笑顔を繕う。
「あら柚子くん。また会いましたね」
「うん。へへへ」
シスターは人間の喜怒哀楽に聡い方ではない。
しかし柚子の様子がおかしいことには気付いた。
「なにかあったのですか?」
「いやぁ、実は今度女の子とデートすることになって」
つい先程のことだ。
蜘蛛を倒したのはアザレアであるが、彼女は蜘蛛の糸を溶かしてみせたシトロンを非常に高く評価した。
彼女はシトロンに抱きつき「ありがとう、助かった!」だの「すごい子が入ってきたと思ったけど予想以上だよ」だの、致死量の褒め言葉でシトロンは失神寸前にまで追いやられたくらいだ。
そしてとどめの言葉がこれだった。
「そうだシトロン。今度一緒に遊ばない?」
それをデートと言えるかは微妙なところであったが、憧れの人に遊びに誘われたのだ。有頂天になるのも仕方がない。
対して、シスターの声は冷ややかだった。
「へぇ……」
もちろんシスターはデートの相手がトイレから出てきた黄色い魔法少女であると考えた。
彼女は決意する。
やるべきことは決まった。
もう生け捕りにする必要はない。
輝く黄色い魔法少女――シトロンを抹殺するのだ。
そうすれば柚子を完全に自分のものにすることができる。
シスターはそう考えた。