魔境群馬・桐生ダンジョン特区 よもやま話 作:Potoooooooo
「ハラダってさぁ」
「なんです?」
タバコを咥えた先輩が話しかけてきた。彼女と出会ったのは、管理局のセミナーだった。開催されたビルの喫煙所で、『ここいい?』『どうぞ』くらいの、軽い会話が最初の記憶だ。
それが今では定期的に会う仲になっているのだから、人の縁というのは不思議だ。
「チーム組まんの?」
「向いてないんで」
「そっかぁ」
会話はそれだけだった。ひとけの無い狭い喫煙所で肩を並べて、互いを見ることもなく、煙をくゆらせた。
――オレたちは相性がいいのかもしれない。
▼
ダンジョン探索者たちは、『ランナー』と呼ばれている。
ハラダは専業ランナーである。ダンジョン探索業の許可を得て、正式にライセンスも交付されている。桐生ダンジョン特区に住み始めて、かれこれ五年。最初は錆街のカーゴコンテナ暮らしだったが、今ではメインエリアのセキュリティ付きアパートで暮らしているから、ランナーとしては、それなりに成功した部類だ。
玄関に脱ぎ散らかされていた先輩の靴を揃えてから、彼は家を出た。特区は燦々とした朝日に照らされ、いつものように活気を帯びていた。
今日もダンジョンに潜る。潜らなければ、懐は潤わない。階下の駐輪場で、自転車に跨った。
請求書は情けを知らない、とはよく言ったもので、ダンジョン特区で生活する専業ランナーにとって、生活費の支払いは常に頭の痛い問題だ。魔力酔いだろうが怪我をしようが、家賃と光熱費の足音は着実に近づいてくる。
――走り続けなければいけないから、ランナーなのか?
ふと、そんな他愛もないことを思ったが、それ以上のことはない。呼び名なんてずっと昔に定着したものだ。今さら誰も気にしない。でも、もしかすると、ランナーだから走らされ続けている可能性もあるな。そう考えると、最初にそんな呼び名を定着させた誰かは、なかなか罪深い。
心のなかでくだらない文句を垂れながらペダルを踏む。ほどなくして、ダンジョン管理局の出張所が見えてきた。コインパーキングが近くにある。毎日きっちり稼げる商売だ。賢い。
彼は、そこの車輪止めに愛車を放り込んだ。隣では、料金を払いたくないのか、車輪止めからタイヤをずらした自転車が一台。ケチなやつがいたものだ。それを横目に見ながらパーキングを出て、出張所に入った。
朝の出張所に人はまばらだ。これが夕方以降になると、DM結晶を換金しようとするランナーが大挙して押し寄せる。ロビーで立ち話に興じている若いランナーとおばさん管理局員の脇を抜け、配送依頼の窓口に立った。
「おはようございまーす。配送依頼が来てるはずなんですけど」
「ハラダさんですね。確認しまーす」
ライセンスを提示すると、若い管理局員が対応してくれた。しばらくすると、奥から片手で持てるサイズの箱が運ばれてきた。小型のインベントリキューブ。中身はなんだろうか。
「こちらです。オアシスのエンチャントショップまで」
「了解です」
キューブの認証情報を、多機能携帯電話を使って認証する。彼はキューブを受け取り、受付を離れた。ロビーの壁際のベンチに腰掛けて、バックパックにキューブをしまうと装備を点検する。
使い古したブーツを履き、上下の装備は何の変哲もない中古品。バックパックも中古品だが、一昔前の最上級モデルだ。見た目こそくたびれているが、容量も背負い心地も安物とは比べ物にならない。
バックパックから取り出した無骨なライフルは、新人の頃に無理をして購入したものだ。重いが頑丈で、一度も壊れたことがない。使い続けているお陰で、グリップはしっかり手に馴染んでいた。実は騙されて買った物だが、今ではすっかり大事な相棒になっていた。
一通り装備を点検すると、ライフルを肩に担ぎ、出張所を後にした。桐生ダンジョンへ入る場所はいくらでもある。それでも彼が使うのは、大半のランナー同様、出張所のすぐ隣にある入口だった。配送依頼の受け渡しも、結晶の換金も、一番手間が少ない。
桐生ダンジョン第一層の入口には、濃密な魔力が淀んでできた半透明の障壁が立ち込めている。陽炎のように揺らめく魔力の霧を通り抜けると、水の中に飛び込んだときのような粘り気のある抵抗感が全身を撫でた。
第一層は、どこまでも廃墟の街が続く。崩落したビルに、廃墟となったコンビニやアパート、ひび割れたアスファルト。黄色いヘルメットを被ったゴブリンが、その間を徘徊し、空には耳障りな鳴き声を上げてカラスが飛んでいた。
彼は第三層へと繋がるポータルを目指して、最短ルートを進む。時には道を無視して、廃工場の中を突っ切ったりもする。道中、一匹で徘徊していたゴブリンが行く手を塞いだ。ヘルメットを被ってハンマーを構えた醜悪な小人に対して、ライフルを構えた。引き金に指はかけない。必要ないからだ。彼はそのまま、一歩踏み込んだ。
腕を大きく振ることはない。肩と腰の回転だけで、銃床が高速で空気を切り裂いた。
「ギャインッ」
その動きは効率的で、隙がなかった。ライフルのストックが、ゴブリンの頭をヘルメットごとかち割った。ゴブリンは一撃で地面に叩きつけられ、絶命した。ゴブリンの死体が消え、DM結晶に変わると、それを手早く拾ってバックパックに放り込む。
第一層は狩場ではない。言うなれば、通勤路のようなもの。足取り軽く、廃墟の街を横切っていく。崩れた高架道路をくぐり、両脇に廃ビルがそびえ立つ薄暗い路地の先に、ポータルはあった。管理局の設けた検問をパスし、第三層直通ポータルへと入った。
視界が一気に開け、深い森林に覆われた山岳地帯に出た。現在は切り立った断崖の上にある岩棚にいて、まだここから移動が必要だ。
目指すはオアシス。企業の出資によって管理局がダンジョン内に作った拠点である。面倒なことに、一層・三層直通ポータルからオアシスへ行くには若干の距離がある。第二層が雪の世界に閉ざされてからというもの、少し遠回りでもこのルートのほうが安全で早いという事情があった。
岩棚から続く、大勢のランナーが踏み固めた獣道を下りていく。森は深く、視界が悪い。奇襲を警戒しながら進んでいく。特に厄介なのはエーテル蜘蛛だ。木の上から奇襲し、魔力を吸い取ってくる。群がられたら、その日は撤退したほうがいい。
しかしダンジョンの中で警戒すべきはモンスターだけということもなく。
「っと」
彼は身を翻して、飛来した複数の矢をすべて避けた。
「チッ」
前方の茂みから三人、クロスボウで武装した男女が姿を現した。
山賊だ。
モンスターではない。無免許のランナーが徒党を組み、探索者や
関わりたくない連中だ。ああ、今日は運が悪い。
「その荷物、置いてきな。にーちゃん」
先頭の男がクロスボウで狙いを定めながら言う。
「大人しく置いてけばリスポン送りにはしないでおいてあげる」
「あっはい」
女が自信満々に言った。根拠は分からないが、本人たちは勝てると思っているらしい。だが、まあいい。問答しているだけ無駄である。彼は小さく息を吐いて、スキルを発動した。淡い光が全身を包む。
「チッ! やんのかおまえ――」
山賊が身構える。ハラダの上着が消え、ズボンが消え、防具が消える。そして次の瞬間、そこに立っていたのは――
「…………」
パンツ一丁の男だった。山賊たちの動きが、一斉に止まる。
「変態だぁーーーーーッ!?」
「失礼なやつらだな」
『早着替え』。あらかじめ登録した装備セットを瞬時に装備するスキルだ。彼は『何もない』を登録している。つまり、スキルを発動すれば瞬時に裸になれるというわけだ。
なぜそんなことをするのか? もちろん、裸になる理由はちゃんとある。
彼の全身を激しく波打つオーラが覆った。山賊男の目が見開かれる。
「こ、こいつ――!」
「裸バーサーカーだ! ただの変態じゃねえ!」
叫び声が終わるより早く、ハラダはライフルを掴んで踏み込んだ。持つのはグリップではない。銃身だ。そしてフルスイング。
「オラッ!」
「グワラッ」
鈍い衝撃音が森に響いた。銃床が男の顔面を捉え 、山賊は軽々と吹き飛び、木の幹にめり込んだ。
仲間が木の幹へめり込むのを見て、残る二人はようやく状況を理解した。
「ひいっ」
それは一瞬の出来事。そして二人が動くよりも前に、彼は動き出していた。
「まっ――」
命乞いでもしようとしたのだろうか? しかし言葉の続きは出なかった。銃床が女の腹へ深々と突き刺さったからだ。女は身体をくの字に曲げ、白目を剥いてその場で膝から崩れ落ちた。
残るは一人。ゆらりと幽鬼のように身を翻し、残る男を見据えた。足元では女がピクッピクッと泡を吹いて痙攣していた。
パンツ一丁の男が、ライフルをまるで斧のように構えて迫ってくる。
男は気迫に押され、じりじりと後退する。そして耐えきれず背を向けて走り出した。しかし、その姿を追うまでもなかった。
「へぶっ!?」
どこからともなく飛来したボーラが男の両脚へ絡みつき、勢いよく地面へ叩き伏せる。男は二、三度転がると、うめき声を上げながら藪の手前で止まった。
「や、邪魔して悪いね」
木々の陰から姿を現したのは女だった。つばの広いテンガロンハットを目深に被り、砂色のポンチョを肩へ羽織っている。腰の左右には使い込まれたリボルバー。まるでマカロニウエスタンから出てきたような格好だった。
彼女はつばをクイッと上げると、ニカッとハラダに笑いかけた。転がる山賊と彼女の格好を見比べ、ピンと来た。
「賞金稼ぎ?」
「ザッツライト」
賞金稼ぎさんは指を銃の形にしてウインクを飛ばすと、ボーラに絡め取られた山賊男へと近づいていき、容赦なく足蹴にしながらロープで手際よく縛り上げた。
ハラダは足元の女山賊を指さして言った。
「よかったらこれも持っていきます?」
「いやー、それはさすがにキミの獲物でしょ。悪いよ」
「配送依頼中なんで、二人も持っていけません」
木の幹に突き刺さって脚をプランプランと揺らしている山賊を見上げる。たぶん生きている。
「……なるほどね」
賞金稼ぎは顎に手を当てて少しだけ考えると、ぽんと手を打った。
「んじゃ、三人ともまとめて私が運んであげる。その代わり賞金は半分こでどう? 配送ってオアシスでしょ?」
「そうです。ではそれで。手続きも全部任せます」
「まー、任せなって」
彼女は人差し指と親指で輪っかを作ってお茶目に請け負った。さすがに面倒な手続きにも慣れているようだ。そして彼女は、その指を口元へ当てて甲高い指笛を鳴らした。
ほどなくして森の奥から嘶きが返ってくる。枝葉をかき分け、太い枝を踏み折る音が一直線に近づき、やがて栗毛の馬が姿を現した。
「賢そう」
栗毛の馬は鼻を鳴らしながら近寄ってくる。差し出した手の匂いをひとしきり嗅いだあと、鼻面を撫でると嬉しそうに嘶いた。
「かわいい」
「でしょ」
彼女は手際よく残りの山賊もふん縛ると、三人まとめて馬に乗せて括り付けた。
「じゃ、行こっか」
「よろしくお願いします」
「ところでいつまでその格好なの、キミ」
「あっ」
ハラダは慌てて『早着替え』を発動し、普段着へ戻した。
名前:ハラダ
性別:♂
解説:
桐生ダンジョン特区を拠点に活動する中級ランナー。メイン武器は、新人の頃に騙されて買った物。『近くで撃てば大ダメージが出るのでビギナーにおすすめ』という売り文句を信じて購入したが、実際には銃で殴った時のダメージが上がるゴミだった。
ビルドの都合上パンツ一丁にならないといけないので、チームを組みたがらない。
■装備
《蛮族王の》アサルト・ライフル
『近接攻撃強化・特大』『耐久値減少速度低下・中』
《不滅の》パンツ
『耐久値減少速度低下・特大』『急所回避+』
■所持スキル
【スキル名】
【バーサーカー】
一時的に、装甲値が低いほど攻撃対象の物理耐性を低下させるバフを得る。
【蛮族】
銃器の近接攻撃ペナルティを無効化する。
【早着替え】
あらかじめ登録した装備セットを装備する。
【フルスイング】
一時的に攻撃力上昇・特大を得る
【フルオート・マスタリー】
フルオート攻撃のダメージ倍率が上昇する。
【フル・ベット】
一時的にクリティカル率・大、クリティカルダメージ・大、命中率低下・大を得る。
【フル・チン】
装甲値が低いほど回避性能が上昇する。
【気合パリィ】
気合でパリィできるようになる。