どうやら私は学園のマドンナを口説き落としたらしいけど記憶にないんですけど!? 作:ステラ@毎日更新中
その凛々しい生き方に惹かれた
きっとあの日に出会わなくても
いつかこうして隣に貴女がいた
とある日の放課後。
いつも通りに図書室へ向かい、いつも通りの席で教科書を広げて座る。壁掛け時計に目を向け、普段と同じように五分だけ数えて……しかし今日は何時もと少しだけ違っていた。
十分……二十分、それだけの時間が流れても入り口から目的の人物は現れない。
それから少しして気まずそうに入室してきた1年生から声を掛けられ気怠げに振り向く。
ありさが風邪で休んでいる。
わざわざそれだけを伝えに来てくれた1年生に一言お礼を言って、顔を真っ赤にして出て行ったのを見送り紗良は姿勢を正して先程と同じ席に戻った。
「風邪……そう、それで」
普段なら気にならない隣の席の空白がとても気に掛かる、そこでへらへらと笑っている誰かさんの姿を幻視する。
普段ならなんてことのない問題文が頭に入らない、まるで隣に居た誰かさんのように。
パラパラと教科書の同じ箇所を捲るだけの行為を幾度となく繰り返し時間だけが無為に過ぎていく。
何をしているのかと自嘲する。
どうも調子が狂っている。
とてもではないが勉強する気にもなれず、かと言って家に帰る気にもなれない。
広げていた荷物を手早く片して居る意味を見失った図書室を後にした。
ここに居る気にだけは何故だかなれなかった。
謎の不快感に苛まれながら正門へと向かう。
もうすぐ門を潜る段になって、ふとありさのことが頭に過ぎった。
「ありささんは確か寮生……だったのよね」
呟くようにそう確認し、門の守衛から寮がある場所を教えてもらい逆方向へと歩き出した。
果たして自分は何をしようというのか、お見舞いに行ったところで何かするでも出来るわけでもないというのに。
なのにどうして向かっているのか。
悩む心とは裏腹に足取りは軽く寮へと向かって歩みを止めなかった。
「……突然の訪問、失礼いたします」
「あらあら、どうも。いいえ、門限の前ならば何時でも誰でも歓迎していますよ」
門の呼び鈴を鳴らし、しばらく経って出てこられた寮母さんへ挨拶をする。
あまりにもこの訪問が意外だったのか僅かながら目を丸くしていたが、すぐに立ち直った彼女から案内を受けありさの部屋へと向かった。
擦れ違う他の寮生からの興味津々な視線を意に介することすらなく、やがて東端のありさの部屋へと辿り着いた。
お茶を持ってきますねと気遣われ残されたのは紗良1人だけ。
この扉一枚隔てた先にありさが居る。
「……ん、んん」
柄にもなく緊張しているのを自覚する。
数度ノックし、返事はなかったので扉に手を掛け起こさないよう静かに入出した。
想像していたよりも整理された空間が目に入る。
普段のガサツさは何処に消え失せたのか丁寧に整理整頓された本棚や勉強机、と思えば普段通りの変わったセンスの人形が所狭しと置かれたベッドの枕周り。
その中央で額に濡れタオルを敷かれ、胸を僅かに上下へ揺らして眠りについているありさの姿があった。
「……」
その姿を見て無意識にため息が零れた。
荷物を下ろし、勝手に机を借りて勉強を始める。あれだけ手が付かず進まなかった作業は滞りなく進み、寮母が来る頃には既にあらかた解き終えてしまっていた。
「もう熱は下がってるけど体がだるいみたいなの、無理に起こさないであげてね」
「はい、分かりました」
勝手に始めた勉強を終えやることも無くなり手持ち無沙汰に。
然し何をするでもなく黙って眠り続けるありさの姿をただじっと眺めていた。
時折聞こえる呼吸音と壁掛け時計の針の音だけがやけに大きく室内に響く。
スゥ……カチ、コチ……スゥ……
意図せず重なるリズムが調和し耳に心地よく、ただ静かに時だけが流れる。
図書室を出るまでに感じていた不快感は、胸の内から跡形もなく消えていた。
「……ん、だれ…………?」
弱々しいその声を最初ありさの声であると認識できなかった。
薄ぼんやりと目を開き何かを求めて彷徨っていた視線が紗良の姿を見て、ふにゃり……と笑みを浮かべる。
「紗良様だ……わぁ…………嬉しい、好き……」
夢現の中に揺蕩うありさは、自分の部屋に紗良がいる事を夢だと断じた。
熱に浮かされるまま触れようと手を伸ばし、本来なら届くハズのなかったその距離は───紗良が反射的に手を伸ばした事で届いた。
「一緒にいて……さびしい…………」
少し発熱した手のひらと、少し冷えた手のひら。
2つが折り重なり互いの体温を分け合う。
その温もりに安心したのか。
ゆっくりと目を瞑ったありさは次第に元の夢の世界へと還っていった。
「……好きって、なによ」
ようやく口を開いた頃には固く自分の手を握って離さず眠り続けるありさと、どうして自分がそんな事をしたのか分からず困惑しつつも手を振り払えない紗良という奇妙な構図が出来上がっていた。
トクントクンと規則正しく流れる血流を感じる
息を吸う毎に
吐く毎に
ありさの鼓動をより強く
より大きく感じる
「さびしい、か。貴女でもそんなこと思うのね」
手を振り払うことなど思い付きもしなかった。
ただ初めて覚える感情が何であるか戸惑いつつ、その手の温もりを感じていた。
知らなかった。
誰かと手を繋げるということが、こんなにも安心感を齎してくれるものだと。
さっきまで感じていた感情の名前。
その答えが今ならハッキリ分かる。
そうか、私は寂しかったのか。
「あの……紗良様、大丈夫ですか?」
風邪をひいて寝込んでから数日。
やっと体調が回復し久々の推しニウム補給に勤しむのだと気合を入れて来たありさだったが、そこにはアンニュイな表情で外を眺めている普段とは違う紗良の姿。
美少女は何をしていても絵になる。
そんな風に内心オタクとしての自分が喝采をあげるのとは裏腹に、常識人としての自分が待ったを掛ける。
(紗良様も風邪をひいたのかな)
流行ってるという程ではないだろうが、自分を始めチラホラと何人も風邪に倒れているのは噂で聞き及んでいる。
もしかしたら体調不良なのに無理に付き合わせているのかも知れない。
そう考えると今日はもう解散した方が良いのではないだろうか?
「……何処か分からないの?」
考え込んでいた矢先、視線に気付いたらしく普段通りの眼差しがこちらへと向けられた。
それ迄の表情が見間違いであったかの様に、振り向いた紗良の表情はいつもと同じだった。
それ程進んでいなかった問題集を見てとった紗良は、それが悩みの種だろうと誤解したまま分かりやすく解説しながら丁寧に答えへと導いてくれた。
体調の悪さなど微塵も感じない。
むしろ何処か機嫌が良いのかもしれない。
(気のせいだったのかな?)
解説よりもその凛々しい表情に気を取られていた事に気付き慌てて問題に集中する。
それが良くなかったのか、不意に手と手がチラッと掠れるように僅かに触れた。
普段なら唐突な推しとの接触に喜び回るところなのだが。
風邪で寝込んでいた時に見た邪な夢の所為で急に恥ずかしくなり……慌てて少しだけ手を引く。触れた箇所が熱を帯びた様に熱い。
(わぁ……あの時の夢の感触もかなりリアルだったけど、やっぱり生の感触は桁違いだよ……ううっ!)
口元がニヤけるのを抑えきれない。
喜びと恥ずかしさが綯い交ぜになっただらしない表情を見せたくなくて、今度はありさが視線を逸らした。
図書室内は閑散としており、目に映る範囲には幸いなことに既に誰も居なかった。
醜態は晒さずに済んだ。
もうすぐ門限に差し掛かる時間なのだから当然と言えばそうなのだが、推しと2人きりであるという事実に気付くと途端に先程まで感じていた熱さが体に戻ってくる様だ。
(なんだよぅ……2人きりなんて、別に珍しいわけでもないのに)
何故だかいけない事をしているような気がしてくるのは、もしかしたらまだ風邪に魘されていた体が本調子に戻ってはいないからだろうか。
二、三度深呼吸をして教科書へと向き直る。
やおら視線を感じ横目で覗く、そこには見たこともない程に優しい表情で此方を眺めている紗良が居た。
「さ、紗良様!?」
思わず大声を出してしまい、慌てて口元を塞ぐ。図書室内では静かにしていなさいと怒られた記憶が蘇り、ひどく気まずい。
反射的に目を瞑り叱られるのを覚悟していたが、一向にその気配がない。
恐る恐る目を開くと、目と鼻の先に迫った紗良の顔を認識しその距離のあまりの近さに心臓が飛び出たのではないかと思う程に驚愕した。
(え、ち、近……あっ)
スっ……とおでことおでこを合わせた紗良は、そのついでと言わんばかりに顔のあちこちを撫で回した。
やがて満足したのか何なのか、兎に角ホッとした表情で自分の教科書へと視線を戻した。
あわあわと、触れられていた部分を撫でる。
まだ風邪でもひいてるのかと勘違いする程に体が熱い。
ほんの数センチの距離にまで縮まっていた顔が瞼の裏にまで焼き付いて離れない。
(びっくりした……されるかと思っちゃった、あ、あはは)
何をされると思ったたのか順を追って理解していくと共に、心臓が狂った様に主張を始め収まることを知らず高鳴り続けていく。
紗良に聞こえていないのか不思議になるほど高鳴る音と、震える体が自分のモノではないようで。
浮ついた気分が収まらない。
(なに……こんな、こんなの初めて……知らない)
昔から好きになったものには一途な性格だった。
だから、どんな形でも入学式で関われた事を切っ掛けにらしくもなく追い掛けてしつこく食い下がって今の様な友人みたいな関係性になれた。
それだけで嬉しかったのに。
それだけで満足だったはずなのに。
今のこの気持ちはまるでそれ以上の何かを求めているようではないか。
(紗良様への好きって気持ち……推しとは少し違う気がする)
「あ、あの紗良様……」
「どうかしたの?」
何時もの紗良がそこにいた。
まるでさっきあった事が夢か幻であったかの様に。
「いえ、この問題を教えて欲しくて……」
慌てて目を留めていた難しい問題の解法を求める、少しだけ問題文を読んだ紗良はスラスラと問題の要点を纏めてくれた。
素直にその手先が導く答えへと思索を始めたありさは遂に気付くことは無かった。
紗良の耳が窓から差し込んでいた夕日の色よりも、少しだけ紅に染まっていた事を。
同じ気持ちを感じている事も。
ほんの少し自覚した本当の思い。
しかし2人がそれを伝え合う時はまだ訪れません。
やがて一つの出来事を切っ掛けに、ますます心の距離を近付けるのです。
次回はそんな2人の特別な日。
紗良とありさ その①をお楽しみに。