【本編完結】どうやら私は学園のマドンナを口説き落としたらしいけど記憶にないんですけど!? 作:ステラ
今度の週末の土曜に遊びませんか!
それだけの短いメッセージを受信してからどれだけの時間が経過しただろうか。
紗良はベッドの上でスマホを抱えじっと画面を見つめ続けていた。
「……」
入力フォームは長らく沈黙し。
やがて自動で省電力モードへと移行して暗くなった画面に映されたのは返事ひとつマトモに出来ない情けない自分の顔。
「……」
自分がどうしたいのかよく分からない。
嫌……ではない、それならさっさと断っている。
どう返答をすればいいのか分からない。
何故なら生まれてこの方誰かに誘われて遊んだ記憶がないからだ。
うんと幼い頃に兄たちと遊んだ記憶はあるがもはや朧気で、こういった一般的な……友人、と遊ぶ経験はなかったから。
「……」
だから今までの経験や学んできた何もかも全てが役に立たない。
これは困ったことになった。
しかし枢木の令嬢として生きてきた自分に出来ることでしか何かを成せないのは確かだ。
故に。若干迷走しながらも何とか無い答えを導き出していくしかない。
「先ずはそう……お誘いありがとうございます、その申し出を受けさせて頂きます。つきましては───」
つらつらと社交辞令を並べ立てて長文を入力し、とても畏まった物が出来上がった。
流石にこんな堅苦しい返答をありさが求めている訳ではない。
それに気づける程度の正気は残っていた。
全文を消去する。
もう一度思考に没頭し……ようやく浮かんできた一つの言葉「分かった」とだけ入力する。
「……これも、どうなのかしら」
先程までの長文より幾分かはマシだが、あまりにも端的すぎて情緒に欠ける。
もう少しだけ言葉を付け足そうとして、うっかり操作を誤り送信してしまった。
「……?」
このバカみたいな返答を送信した?
「…………??」
それに気付いた瞬間とんでもない羞恥心が襲いかかってきた。
「やっ、ダメ……これはちが……っ!」
取り消そうと考えたその瞬間には既読マークが付いていた。あまりにも反応が早すぎる、もはや待ち構えていたとしか思えない。
しくじった。
それだけはハッキリ分かった。
「なんてこと……」
居た堪れなくなりスマホを投げ出しベッドに倒れ込み現実逃避する。
ふわりと優しく全身を受け入れてくれるこの柔らかさだけが辛い現実を忘れさせてくれた。
ピコン
ピコピコン
何度も繰り返される通知音に覚醒する。
反射的に起き上がりスマホを開く、そこに並べられていたのは複数個に及ぶお礼のメッセージ。
黙して読み込み、待ち合わせ場所を記憶から探る。
そこでようやく致命的なミスに気付いた。
「……っ!」
反射的にクローゼットの中を確かめる。
中にあるのは会社のパーティーに着ていくような余所行きの華美なものばかりで、普段使い用の物は置いておらずフォーマルな服装は制服ぐらいなもの。
ベルを鳴らし使用人を呼び出し買い物に向かう旨を告げる。
そのあまりにもらしくない行動を疑問に思われたが、ギロリと睨み付けると慌てて準備をして来ますとその場を立ち去っていった。
「あと3日あるから、ちゃんとした服を買わないと」
たかが服装ごときにここまで慌てる必要があったのかと、後日そう反省した。
「こ、こんにちはぁ! ほ、本日はお日柄もよくっ! ご機嫌うるるわしゅう」
「ええ、そうね」
集合場所である噴水の前。
午前11:00の予定を30分以上前倒しして待ち合わせにやって来ていた2人は、どちらも早く来ていたことに気付いて不器用に挨拶を交わした。
傍から見ても舞い上がっているありさは顔を赤く染めてパタパタと身振り手振りで喜びを伝えていた。
何を口走っているかも理解してないのだろう。
分かりやすい程にテンパっていた。
それに比べて普段通りの涼しげな表情で出迎えた紗良は傍目から見れば冷静そのもの。
だがその内心は予定より早く会ってしまった事実に戸惑い平静さを失っていた。
非常に分かりづらくテンパっていた。
「えへ、うへへ、あの……その……この辺にィ美味しい喫茶店があるらしいんですよ」
「そうなの」
「じゃけん、今から行きましょうねぇ!」
「ええ、いいわよ」
慌てふためいて脳内の予定を参照した挙げ句、くっそ汚い言葉遣いで行先を告げたありさ。
カチコチになりながら先導する背中をちょこちょこと追いかける紗良も、初めての経験ばかりでカバーする所ではなかった。
「かわいい妹さんね」
「お姉ちゃんとお買い物かな?」
「いいなぁウチの娘もあんな風に可愛い時があったのに」
周囲の大人からは微笑ましい姉妹を見ているかの様な空気が流れており、誰一人友人であるとは気付いていなかった。
「?」
そういった妙な視線に気付きはしても、その意味まで推測することが出来ず妙な居心地の悪さを覚えながら。
紗良とありさの初めてのお出かけが始まった。
こじんまりとした喫茶店に辿り着いた2人は店員に促されるままに奥の席へと腰掛け、真剣にメニューを眺めていた。
ここで颯爽とメニューを選び、紗良にいい格好をするのだ。
そう予定していたのに。
「…………」
「…………」
初対面の人間同士でも、もう少し気楽に喋るんじゃないのかと思うほど気まずい沈黙が訪れていた。
お冷を置いていった店員も、気を利かせて近付いてこない。
今だけはその心遣いは2人にとって不要であった。
パラ……とメニューを捲る音だけが響く。
最後のページまで捲っては最初に戻る事を互いにいつまでも繰り返していた。
(アワワワワ、何を頼めばいいのか分かんないッス。何この、何……? え? 真剣な顔も素敵……ふぇぇ)
チラチラとメニューだけでなく紗良の真剣な表情を脳内フォルダへと収めていたありさは既に色々な意味で限界を迎えていた。
普段見慣れている制服とは全く趣の違う私服の神々しさにやられ、褒める事すら忘れていた自分を罰してやりたくなる。
それにしたって素敵すぎるだろう。
学園広しといえど完全オフの紗良様と一緒に過ごしたのは自分が初めてなのでは?
思い切って連絡を入れた自分を無限に褒めてやりたいところだった。
本来ならば。
それと引き換えし〇むらお手軽セットでこの美少女と相席をしているなどとは。
もはやギャグでしかない状況に遣る方無い思いを抱えていた。
(こ、困った時は店のオススメ! いくしかない! 私が先手を切る!)
「あ、わ、私はこのランチセットにしますぅ」
「そう。じゃあ私もそれで」
「!?!?!?」
ハヒュー!(遺言)
まさかの被ったァ!?
(お……おわおわり……ぐふ)
推しと同じメニューを一緒に食べるという空前絶後の状況に慌てふためくありさには、同じく何を頼めば良いのか分からず目の泳いでいた紗良の心情など伝わるハズもなかった。
美味しかった?
そりゃ美味しかったのだろう……たぶん。
まあたとえ不味くとも推しと一緒に食べているのだから茹でただけのじゃがいもを出されていたとしてもそれは絶品であっただろう。
結論:何も覚えていない。
「お、おいしかったデスネー」
「ええ、確かに思っていたより美味しかったわ。素材の味を活かすために丁寧に裏漉しされていたのがよく分かるわ。付け合せの───」
紗良がやけに饒舌に語る味の感想を聞いて、そっかーそんな味だったんだーと相槌を打つbotと化したありさ。
ただ味の分析を壊れた機械のように並べ立てるだけの紗良。
この2人、案外と似たもの同士のようであった。
「アッ、と、図書館行きませんか?」
「そうね、いいわね」(食い気味)
腹を満たせばそこからは味も素っ気もなく図書館へと向かった。
静謐な空間にたどり着き、どちらともなく緊張が溶けていくのを感じた。
やっと普段通りに近い勉強する為の空間が出来上がったのだ。いわばホームグラウンドである
慣れた様子でどちらともなく隣合う席を探し、当然の如く隣りに腰を下ろし、黙々と参考書を眺める。もはやルーチンワーク。無意識に近かった。
学生としては満点の行動とも言える。
が、休日の友人同士としては些か失格気味の没コミュニケーションで時間が徒に過ぎていった。
「今日はありがとうございました! また来週お会いしましょう」
「ええ、また来週」
良くも悪くも普段通りの空気に戻った2人は和かに別れの挨拶を交わす。
何はともあれ1日一緒に過ごせた事にご満悦なありさは満面の笑みを、紗良はよく見ればわかる程度に口元を弛めて。
テンアゲで走り出したありさが人々の群れを掻き分けその姿が見えなくなるまで見送り、迎えに来ていた車へと乗った紗良は今日一日の友達との遊びを振り返っていた。
(……うん、なかなか楽しく過ごせたわね)
なんという事だろうか。
この女、自己評価が意外と甘いのである。
脳内で都合よく変換された思い出を振り返りながら流れていく景色を眺め黄昏ていた。
次に遊びに出掛ける時は、何処に行こうかと頭を悩ませながら。
「たーだーいまー!」
一方その頃。
ルンルン気分で寮へと帰宅したありさは、誰がどう見ても超ゴキゲンな様子で部屋へと辿り着くと着替えるのも惜しんで布団へと飛び乗り、シーツを抱きしめゴロゴロとのたうち回った。
「あ〜! 楽しかった、すっごく楽しかった!! 生きててよかったぁ、無理して誘って大正解だぞわたしぃぃぃ!」
きゃあきゃあと壁の薄い隣の部屋に住人が居れば100%キレられても仕方ない大音量ではしゃいでいる姿は、残念ながら誰にも見咎められなかった。
ドスンドスンと遠くから聞こえてくる奇行に他の部屋の子も寮母も既に慣れていたからというのも理由ではある。
「あぁ〜っ! また誘っちゃおう、そして推しの輝きをこの目に焼きつけるんじゃ〜! あ^〜」
ジタバタと足を跳ね、暫く溢れる衝動に身を任せていた。
少ししてピタリと止まり、ゆっくりとシーツの塊の中から顔を出したありさは赤く染った顔を姿見の前でじっと見つめ直した。
「…………何喜んでんのよこのバカ、あんなので、デ、デートとしては落第でしょうが」
オタクとしての側面が剥がれ落ち、橘ありさという人間そのものが鏡には映し出されていた。
そうだ誰が友達と遊びに行くノリなんかでこんな大それた事が出来るものか、何の為に無理して誘ったと思っているのだ。
「……やっぱ、ちゃんとした服着ればよかった」
安っぽいデザインだという気はない、そもそもオシャレのオの字も知らない人間が店員に言われるがまま買った無難なセットだ。
他人のセンスに文句を言うほど落ちぶれてはいない。
文句を言いたいのはそんな自分だ。
せっかくの普段とは違う一面を見せるアピールチャンスだと言うのに無難な服装を選んだ自分。
「橘ありさ……お前はどうなりたいのよ、紗良様の特別になりたいんでしょうが」
自分で口にした言葉なのに恥ずかしさで顔が益々赤くなるし、心臓はバクバクと煩い。
ああ本当に自分は好きなのだ。
推しとしかと思ってなかったあの人を。
恋愛感情として好きなのだと鏡の中に映る恋する自分が主張している。
「ただでさえ私達は女の子どうしなんだぞ、躊躇してる場合か……ばか」
この胸の中にある気持ちを全て伝えたい。
しかし伝えたことで嫌われたくもない。
相反する気持ちに押し潰され、紗良の姿が脳裏に浮かぶ度に熱の篭ったため息を自然に出してしまう自分の情けなさに今日何度目かの鬱状態に。
「…………紗良、好きです」
今はこうして彼女が居ない所で呼び捨てにするだけが精一杯の求愛だった。
次回
紗良とありさ その②でお会いしましょう。