【完結】どうやら私は学園のマドンナを口説き落としたらしいけど記憶にないんですけど!? 作:ステラ
2人の愛の始まりの日に至るまでの物語
「絶っ対に私はそんなことしませんからね!」
その一喝で教室は静まり返った。
秋の文化祭の演し物の一環として提案された劇の主役へと推薦された紗良の、激昂とも呼べる拒絶の言葉だった。
普段から麗しく凛々しい見た目と共に近付き難い雰囲気を持つが、今は氷壁に閉ざされた冬の城を思わせる強固な拒絶状態になり他者からの接触を遮っていた。
「あー、その……無理にとは言わないが考えておいて欲しい」
「有り得ません」
「あ、はは……」
教師も少しだけ粘るが強くは言えない。
紗良は実家の権力を行使するタイプではないのだが、今はそう言った諸々の何をしてでもこの議題を却下してやろうという強く硬い意思が垣間見えたからだ。
君子危うきに近寄らず。
そのままホームルームは終わり放課後へ。
何時ものように図書室へと集合した。
ありさは目を何度も擦った。
珍しく憤懣やる方ないという様子の紗良に目を点にし、いったい何事かと語り掛けた。
すると我が意を得たりと言わんばかりに先程あったことを、如何に自分が嫌であるかを丁寧に解説しながら愚痴を零した。
この時点で冷静ではなかった事が彼女にとっての不幸の始まりであったのは言うまでもない。
硬く閉ざされた紗良の決意を覆す。
そんな真似が出来るのは───
「どうして演劇に出ないんですか!? 私、見たいです!」
───氷壁の牙城を突き崩せるのは。
この世にただ1人だけ。
目の前で紗良が騎士様役をやるというフレーズだけで脳内お花畑に変化してしまった女。
立花ありさだけであった。
「でも……私そもそも演劇なんかやった事ないもの」
教室ではにべもなく氷の拒絶をしたとは思えない程に柔らかな否定だ。
あの時教室にいた同級生達が見たら誰なのだろうと驚く程の変わりようである。
しかしどれだけありさが紗良にとって特別な相手であろうとも、それとこれとは関係ありませんから! ぷいっ。
そんな効果音がする様にそっと顔を背けられる。そんなリアクションをされた所で可愛いなとしか思えず無駄でしかないので、ありさは止まらなかった。
止まるはずなどなかった。
「関係ないよ、誰だって初めは素人なんですから!」
「いや……でも」
熱心なプレゼンは続いた。
「紗良様の騎士様とかぜっったい見たいです! 格好いいもの!」
「でもでも……」
いつしか語気は強く激しく。
「私も練習に付き合いますから! 取りあえずやってみましょうよ! 一回だけでいいですから!」
「だって……」
押せ押せのありさに対し煮え切らない態度の紗良、この押し問答は長々と続いた。
図書室に居る者たちは出来る限り息を潜め(いいぞ、もっとやれ!)と皆一様にありさを応援していた。
誰もが学園のマドンナである紗良の騎士様役を見たかったのである。
「……ハァ。仕方ないわね」
「あ、やってくれるんですか! やたっ!!」
拳を突き上げガッツポーズをする暫定勝者。
周囲の者達が心の中で喝采を上げ拍手を捧げる、しかし喜ぶのは些か早かったのだとありさは気付かなかった。
「条件があるわ、貴女がお姫様役で出なさい」
「はい、分かりました! …………今なんて?」
「言質はとったわ」
ニコッ。
その麗しい笑みでも誤魔化し切れないとんでもない交換条件に、ありさは開いた口が塞がらなかった。
そんな決意の籠った紗良の罠に、まんまとありさは嵌められてしまったのだ。
真の勝者がどちらかなど語るまでもない。
「や、やっぱり辞めませんか……まだ遅くないハズです、考え直してください」
「嫌よ。そんなの許さないわ」
出会った当初の頃には考えられないほどに砕けた態度を取ってくれるようになった紗良に毎度の事ながらたじたじになるありさ。
惚れた弱みというやつである。
小さな空き教室を借りそこで2人きりの練習。
やると決めた以上はやり切る、そんな紗良の気迫に押されしどろもどろに台本を読むありさ。
ありさにとって頼みの綱であった紗良のクラスメイト達から起きるだろう反対意見は「枢木さんが主役をやってくれるなら何でもいいよ」という民主主義によって儚くも散った。
犠牲として選ばれたありさにはもう、何処にも逃げ道は存在していなかった。
「き、騎士さま〜! おあいしたかったですわぁ〜」
「……やり直し」
「ええ!? なんで??」
凝り性の女である紗良にとって、あまりに棒読みなありさの演技は許せるものではなかった。
なんでも何も無い。
下手だからやり直させるのだ。
もはや演劇を断っていたのは、それこそ演技だったのではないかと思う程に厳しい訓練は続いた。
その間も勉強会は継続し、寧ろ詰め込み作業と化してしまいヘトヘトになりながらありさは日に日に上達
無論演劇である以上台詞合わせばかりに気を取られているワケにはいかない。
主役であり騎士役でもある紗良はそれなりの大立ち回りを要求される。
そういった全体練習の場にも当然の如く駆り出されたありさは、歳上のお姉さん達に囲われつつ紗良の演技を応援上映気分で呑気に観賞していた。
気分は映画館である。
「わぁっ、かっこいい……! 目線ください!!」
完全にオタク視点で能天気に楽しんでいるありさと違い、周囲の者たちは時折紗良から向けられる冷徹な視線にタジタジとしていた。
噂では知っていたが、こんなにも彼女に対して
そう、紗良とありさ。
この2人これだけ仲の良さを他者に見せつけておきながら自分達には一切その自覚が無いというけっこう迷惑なタイプであった。
2人の想い出の日々