彼女の対戦相手は──。
●主人公
雄英高校普通科C組
個性:
トーナメント二回戦の第二試合が迫っていた。
不動の次の対戦相手はヒーロー科の飯田天哉。
彼は一回戦の時、サポート科の発目という生徒によって自身の発明品の広告塔としていいように利用されていた。そのせいで彼本来の実力がどの程度なのかを掴めずにいた。
控え室にいる不動は自分の手をじっと眺める。
一回戦で上鳴の電撃を圧殺したこの
正直、どうやってやったのかは覚えていない。覚えているのはただ力任せに個性を発動したということだけ。もしかするとあれはまぐれだったかもしれないし、狙ってできるものなのかは自分でもよく分かっていない。
この個性はあの飯田という人にどこまで通用するのだろうか。
そんな事を考えていると突然控え室の扉が開き、心操が入ってきた。
「試合、次だな。気分は?」
「よくない」
「だろうな」
「最悪」と言わないだけまだましか。
そう言いたげに心操は不動の隣のパイプ椅子に腰を下ろす。どうやら律儀にも、次の試合についての助言をしに来てくれたようだ。
「あの飯田って人、第一試合ではサポート科の人に振り回されててあんな感じだったけど、騎馬戦の時は目で追えないほどのスピードで走っているのを見た。個性のおかげで元々速いんだろうけど、更にブーストさせた感じだった」
「心操……あんた天才じゃん。彼の個性について情報ゼロだったから教えてくれて助かる」
騎馬戦の最中、心操は自身の鉢巻を取られても一切動揺せずにスタジアム中央の大乱戦をひたすら観察していたのだ。
氷を使う奴、爆破を使う奴、電気を操る奴、足の速い奴──。
今後自分が相対するかもしれない相手が、どんな個性を使いどんな戦い方をするのか──それを見極めるためだった。そこで得た情報が不動の次の戦いで生かされる形となった。
不動は改めて彼のその冷静さと視野の広さに感心する。
「相手はお前の『
「普通科相手だし、手加減してくれる……なんて」
「絶対にない」
「だよね」
相手に淡い期待を抱いてしまう不動の甘さは相変わらずで、間髪入れず心操が一蹴する。さすがヒーロー科志望というべきか、彼の助言はいつだって現実的で容赦がない。
すると心操がおもむろに口を開いた。
「……正直嫉妬してるよ」
「何が?」
「俺が欲しかったもん全部掻っ攫っていくんだもんな、お前は」
「それ、普通科の一般生徒に吐く台詞じゃなくない?」
「考えてみてよ。俺の個性じゃお前に絶対勝てない」
不動は分かっていた。それが半分本音であり半分本音でないことに。そうやってわざと"卑屈な言い方"をしてみせるのが心操らしい。そうでもしないと自分の中で渦巻いてる感情を消化できないのだろう。自嘲気味に笑ってみせても、その瞳の奥には闘志の炎を隠しきれてはいないのに。
「本当のことを言うと、私はこの後の試合だってやりたくないし、逃げられるもんなら今すぐにだって逃げ出したい。でも私が頑張ればクラスのみんなが喜んでくれたでしょ。そのためにちょっとだけ頑張ろうって思っただけ。あんたが私をどう思おうとね」
ここまで勝ち上がってきて、さすがの不動にも何かしらの心境の変化が生じていた。勝ちたいわけでも、存在をアピールしたいわけでもなく、誰かの期待に応えたい。
ささやかではあるが、彼女は彼女らしからぬ動機で試合に臨もうとしていた。
「自分のためじゃなくて相手のため……か。まるでヒーローみたいなこと言うんだな」
不動はきっとこの言い方を嫌う。でもこれは能力や適性の話ではない。在り方の話だ。
「お前さ、自分じゃ気付いてないかもしんないけど、だいぶお人好しだからな」
「どこが?」
「あ、自覚ないんだ。今回の体育祭だってお前の方から協力するって言ってくれただろ」
「それは……」
「不動にとって特にメリットがあるわけでもないのにさ」
「まぁ、友達としてあんたの夢は応援したいからね」
──それだよ。
不動は目立ちたくないだの楽したいだの言ってるけど、結局最後は人のために動こうとしてる。自身の根底にある無意識の善性に気付いてない。
「……ここまで来たからには勝てよ。普通科のためであって、俺のわがままでもある。勝手に期待を押し付けて悪いとは思ってるけどさ」
「分かってる。できる限りの全力で挑むつもりだから」
不動は立ち上がり、重い足取りで控え室を出る。
「不動」
ドアノブに手をかけた彼女の背中に、心操の声が重なる。
「頑張って」
不動は振り返らなかった。ただ気だるげに小さく拳を掲げて見せた。その一瞬のやり取りに、言葉以上の信頼が宿っていた。
――――――――――
『イェェェェーーーッ!! さあさあ盛り上がって参りましたトーナメント二回戦第二試合!!』
マイクが身を乗り出し、サングラスを光らせる。
『まずはコイツだ! 誠実、真面目、そして速い!走る規律ボーイ──ヒーロー科、飯田天哉!!』
飯田は観客席、そして不動に向かって直角に頭を下げる。
『対するはーーッ!! 今大会最大のダークホースか!? 普通科からの刺客──普通科、不動利世!!』
(ダークホースとか刺客とか大袈裟すぎ……。そんな大層なものじゃないのに。勝手にハードル上げないで)
「絶対負けるなよ、不動ーー!」
「普通科の底力見せてやれ!」
C組のクラスメイトからのエール。
嬉しい反面、緊張で胃のあたりが締め付けられる。
見えない重圧に押しつぶされそうだった。
圧で押しつぶすのは自分の役目だというのに。
心操のアドバイスは頭に入っている。
とりあえず今の問題は相手の速さに対応できるかどうか──その一点だった。
不動は一歩後ずさる。
飯田が低く身構える。
ふくらはぎのエンジンがすでに唸りを上げていた。
『双方用意はいいか?レディ……スターーーート!!』
劈くようなプレゼントマイクの合図が会場に響き渡った。
「レシプロ……バースト!!」
その声と同時に、不動の視界から瞬時に飯田の姿が消えた。
脅威的なスピードで背後へ回り込んだ飯田が、そのまま不動の両肩を掴み、場外へ押し出そうと駆け抜ける。
不動は咄嗟に足を踏ん張ってみるが、意味のない砂埃を発生させるだけ。フィールドを囲む白線が瞬く間に視界へ迫ってくる。
ここまでほんの一瞬の出来事だった。
不動は反射的に両手掌を背後へ向けた。彼女のシューズが白線のギリギリ手前で止まる。
振り返ると、飯田は重力場の中で身動きがとれずにいた。
どうやらあのスピードと勢いを個性でなんとか押さえつけることに成功したようだ。
「なるほど……確かにこれは……動けないな……」
額から汗を垂らしながら、飯田が口角を上げて呟いた。
(危ない……ほんとに一瞬だった……)
不動の心臓はバクバクと音を立てていた。
個性によるものとはいえ、人間があんな速度で走れるだなんて驚きだ。
『あの速度なら多分一瞬で終わる』
心操の言葉を頭の中で反芻する。
一瞬というのは比喩ではなかった。その意味を身に染みて理解した。
不動は両手を飯田に向けたまま後ずさり、距離をとる。
すると重力に抗うようにして、少しずつ飯田の脚が動いていることに気がついた。
電気の彼と戦った時は、このくらいの距離でも充分押さえつけられていたはずなのだが。
あの猛スピードを叩き出す脚がそうさせているのだろうか。重力場の中で身動きがとれないにもかかわらず、なおも前へ進もうとする反発力は凄まじかった。
不動は試すように一歩、飯田へと近づいた。
ゆっくりと動いていたはずの彼の脚がぴたりと静止する。
さらに至近距離まで詰めると、飯田の身体はグググとその場でうずくまった。
「距離、かな……?」
不動は、障害物競走の一幕を思い出していた。
個性を発動し、生徒が一歩を踏み出せずに立ち往生している間にその横をすり抜けていった場面。
数メートルも離れた途端、先ほどまで身動きの取れなかった相手が何事もなかったかのように動き出していたのを不動は見ていた。
あの時は理由が分からなかったが、今ようやく分かった。
もし今不動が飯田と大きく距離をとっていれば、重力は完全に消失し、彼は晴れて自由の身になっていただろう。
不動は自分の個性についてあまり理解しきれていない。
それでも彼女は相手の反応を見ながら、今この場で自分の個性の性質を掴もうとしていた。
しかし──。
(動きを止めたはいいけど、ここからどうしよう……)
上鳴戦の時と同様、やはり攻撃技を持っていない不動はそのまま両手を相手にかざし続けるしかなかった。
見映えはしないものの、緊張感だけが続く戦い。
「俺は降参しないぞ不動くん……」
飯田は必死に粘り、気がつけば十五分ほど時間が経っていた。
試合は膠着し、A組の観客席にもざわめきが広がる。
「マジかよ……あいつの個性すげーな。普通科だろ?あの飯田を十五分も止めてんぞ」
「はっ、強個性なだけでこいつ自身は大したこと無ぇ。
観客席の切島が素直な驚きを口にする一方で、爆豪は大きく腕を組みながらそれをバッサリと切り捨てた。均衡が長引いている時点で、彼女にはこれ以上打つ手がないことを彼はとっくに見抜いていたのだ。
そんな中、うずくまった姿勢のままの飯田から一つの問いが投げかけられた。
「……君の個性は素晴らしいな。そこまでの力を持っていながら、何故ヒーローを目指さないのか。差し支えなければ、その理由を教えてもらえないだろうか?」
「質問を質問で返して悪いけど……君はどうしてヒーローを目指しているの?」
あまり好きではない質問だったため、思わずこちらから問いを打ち返してしまった。
「俺の兄はプロヒーローでな。俺は兄のようになりたくてこの道を志した。彼のように規律を重んじ、人を導く存在になりたいのだ」
その言葉に、不動が思わず反応する。
「そうなんだ……私の家族もプロヒーローなんだよ」
「おお、そうなのか!御兄弟か?それとも親御さんか?」
「えーと……親……かな」
「ならば尚更だ。なぜヒーローを目指さないのか、君の考えを知りたい」
思ったより興味を持たれてしまった。なんで親がプロヒーローだなんて言ってしまったんだ。と後悔に眉をひそめながらも不動は口を開く。
「ヒーローって決してキラキラした仕事ばかりじゃないでしょ。ボロボロになって帰ってくることもあるし、怪我だってする。怖い思いもする。君は家族として、そういう"ヒーローの裏側"も見てきたはずだよね。それでもなりたいって思ったの?」
「そうだ」
飯田は即答した。
「無事に帰ってくる保証などない。毎日がその現実と隣り合わせだ。しかしそれでも自らを顧みずに人を救い、社会の模範として正しく在るのがヒーローだと思っている。自分の力はその責務を果たすために必要であり、その役割を選ぶ者がいなければ、平和は成り立たない」
「そっか……」
不動は飯田のまっすぐさに当てられ、少しだけ問いに答えてみることにした。
「私はどっちかというと、ヒーローが命懸けで守ってくれてる平和な世界で、普通の生活がしたい。穏やかに生きて、穏やかに死ぬの。痛い思いをするなんて絶対に嫌だし、自己犠牲なんてとてもじゃないけど考えられない。そもそも性格的にヒーローに向いてないんだよ」
飯田にとってヒーローとは"目指すべきもの"であり、不動にとっては"平和を守ってくれるもの"だった。
家族にヒーローがいるという同じ環境にありながら、二人の捉え方は決定的に異なっていた。
「私はこの個性を誰かのために使いたいなんて一度も思えたことなくてさ。こういう場ではきっと役に立つんだろうけど、特段何かに使えるわけでもないし。あまり持っていても仕方ないなって思ってる」
飯田に向けられていた両手が、ほんの少し強ばる。
「だからこそ、ヒーロー科の君たちのことは本気で凄いと思ってるよ。自分の力を人の役に立てたいだなんて、思ってても簡単にできるもんじゃないし……普通に尊敬する」
「そう言ってもらえるのは光栄だ。君の考えを知れてよかった。平和を愛する君のためにも、我々は一層身を引き締めて頑張らねばなるまい」
飯田はゆっくりと息を整える。
すると彼を地に留めていた重力圧が、みるみるうちに弱くなっていくのが分かった。
(何だ……?体が急に軽く…)
ピクリとも動かせなかったはずの手足が自由に動く。飯田は重力場から解放されていた。一瞬戸惑ったが、状況はすぐに理解できた。
彼女の個性が限界を迎えたようだった。
不動は個性の温存や調整をすることを知らず、最初から最後まで全力で使い続けていたため、単純に効果時間が切れたのだ。同時に個性使用の反動に襲われる。両手がピリピリと痺れ、小さく痛みが走る。こうなるまで個性を駆使したことがなかったので、初めての感覚だった。
普段から個性を鍛え続けているヒーロー科と、そうでない普通科。その"経験の差"がはっきりと形になって表れた瞬間だった。
飯田はその好機を逃さない。そのまま踏み込み不動の身体を場外へと押し出し、勝敗は決した。
(や、やっと終わった……)
不動の表情は驚くほど穏やかだった。
勝敗など彼女にとってはどうでもよく、戦いが終わったことへの安堵の方が上回っていた。
飯田は不動に近づき、ぴんと背筋を伸ばし深く一礼した。
「全力で戦ってくれて感謝する、不動君」
そう言って差し出された手を、真面目だなぁと思いながら彼女は迷いなく取った。
飯田はひと回りほどちいさなその手に込められた力が、確かに自分を圧倒したのだという現実を噛みしめる。
不動はいつもの表情のまま、目の前にいる背の高い彼を見上げた。
「君は良いヒーローになりそう。いつか私たちの平和を守ってね」
「ああ、無論だ!」
握手は一礼と共に解かれ、それぞれが歩き出す。
スタジアムは拍手喝采に包まれていた。
「やっぱりあれ、いい個性だよな」
「扱いはまだ未熟だがな」
「むしろあの拙いコントロールでよくもった方だろう」
「錬度を上げればヴィラン確保に充分役立つが……」
「普通科かぁーもったいない。うちで育てたいな」
「ヒーロー科への編入は検討していないのか? 今回の経験で、考えが変わる可能性もあるだろう」
観客席の一角──プロヒーローたちの間でそんなやり取りが交わされる。試合には敗北したが、彼女の力が制圧・拘束に特化した強個性であると彼らに強く印象づけるには充分だった。
プロヒーローたちにそんな評価を受けているとはつゆ知らず、不動の内心は晴れやかだった。これ以上戦う必要がない。誰の注目も浴びなくていい。彼女はそのことが何よりも嬉しく、心なしかいつもより軽い足取りでフィールドを後にしていた。