今回は4章に分かれております。
1章はいきなり表彰式に飛んでます。3章は教員視点。オリキャラとしてC組の担任が出てきますが、名前だけ覚えてくれればいいです。
●主人公
雄英高校普通科C組
個性:
モブ子▶︎
モブ男▶︎
C組担任▶︎
【小さなエール】
全日程が終了し、雄英体育祭はようやく終幕を迎えようとしていた。
フィールドの中央。用意された表彰台の上でスタジアム中の注目を一身に浴びながら、その男は荒れ狂っていた。
今年の優勝者、ヒーロー科A組の爆豪勝己。
表彰台のてっぺんで大袈裟すぎるほどガチガチに拘束されながら、ギラギラと目を血走らせ、ビキビキと血管を浮かせて暴れ続けている。
なんとも異様な光景だ。
どうやら決勝戦で相手に手を抜かれたことが気に食わないらしい。そのような形で掴んだ優勝に納得がいかない、という風なことを叫んでいる。
ヒーローを志すならこのくらいの気概がないといけないのか。さすがはヒーロー科──そう思ってふとA組の方へ視線を向けると全員が揃ってドン引きしていた。
良くも悪くも彼は規格外の男なのだろう。
彼は自分の理想とする"平穏"という概念から最も遠い存在であり、一生関わることのないタイプの人間だと、不動はまるで他人事のようにその光景を眺めていた。
「……心操。一応確認なんだけど」
「……何」
「あんたが目指してるヒーロー像って、まさかあれじゃないよね」
「あれの対極にあると思ってもらっていい」
「よかった。もしあれが理想なら私、あんたから距離を置くところだった」
初めての雄英体育祭。
普段はしないような経験ばかりで、新鮮で、今思い返すとそれなりに楽しかったかもしれない。終わってしまったからこそそう思えるだけかもしれないが。
しかしこれが来年も再来年も続くのかと思うと、やっぱり億劫だ。
「ねぇ心操」
「ん?」
「来年の体育祭こそは楽したいからさ、とっととヒーロー科に入ってよね」
「言われなくてもそのつもり」
心操は不動の呆れるほど自分勝手な願望を受け取り、同時に彼女なりのエールなのだと理解して小さく笑った。
【約束のフルーツタルト】
体育祭が終わったあとの二日間の振替休日。
不動、心操、樫宮、光崎の四人は、雄英高校から二駅離れた場所にある有名スイーツ店「メゾン・ド・ボンボン」のイートインスペースで、テーブルを囲んで座っていた。
メゾン・ド・ボンボンのフルーツタルトを奢る──心操が不動と体育祭前に交わした約束を果たすため。それと、自分のために頑張ってくれた不動への礼も兼ねて今日はここへ来たのだ。
店内はまるで絵本の中から飛び出してきたかのように華やかだった。繊細なアイアンワークの装飾、淡いパステルカラーの壁紙、そしてショーケースの中では宝石のように輝くケーキたちが整然と並ぶ。五月の柔らかな日差しが大きな窓から差し込み、甘いバターと瑞々しい果実の香りが店内を優しく満たしていた。
四人それぞれの前に運ばれてきたのは、店内一番人気の『季節限定・贅沢フルーツタルト』。
これは不動の希望であり、各自好きなものを選べたのだが、せっかくなら名物スイーツをと、全員が同じものを注文したのだ。
香ばしく焼き上げられたタルト生地の上には、なめらかなカスタードクリーム。更にその上を溢れんばかりのいちご、キウイ、ブルーベリー、淡い緑のメロンが彩る。ところどころに小さなエディブルフラワーが添えられ、まるで宝石箱のような仕上がりだった。
光崎が少し遠慮がちに口を開く。
「悪いな心操。本当にいいのか?俺ら完全に不動のご褒美に便乗してんだけど」
「みんな頑張ったんだから当たり前だろ」
「テイクアウトでもよかったのに」
不動の言葉に、心操は視線を軽く店内へ巡らせた。
「それも考えたんだけど、女子って店内で食べる方が好きって聞いたから」
「分かってんじゃん!あんたモテるよ!」
「確かに。お店で食べるとまた雰囲気違うもんね」
樫宮は無遠慮に心操の背中をバシバシと叩き、不動は店内を見回しながらどこか納得したように頷いた。
光崎はタルトの上のエディブルフラワーを指さし、「これ食えるのか?」と真顔で確認したり、樫宮はSNS用にと、納得がいくまで様々な角度から写真を撮り続けていた。ようやく満足のいく一枚が撮れたのか、よし、と言いながら顔を上げた。
「それじゃ──体育祭、お疲れ様でした!」
タルトとは別に注文したドリンクのグラスをそれぞれ軽く寄せ合い、控えめに「チン」と鳴らす。
店の雰囲気を気遣ったつもりだったが、あまりにも音が小さすぎて四人ともきょとんと顔を見合わせ、思わず吹き出してしまう。
タルトにフォークを入れると、さくり、と軽やかな音が立った。ひと口運べば、フルーツの爽やかな酸味とカスタードのやさしい甘さが舌の上で溶け合う。遅れて香ばしいバターの余韻がふわりと鼻へ抜けた。
「……なにこれ美味し……!」
不動の目が輝く。
「あはは!利世、あんた美味しいもん食べた時だけは分かりやすいね」
「目がキラキラ〜ってしてたぞ!」
「美味しいんだ?俺は並んでまで食べたい理由分かんないかも」
「出た!心操名物、忖度なしの率直な感想!俺は好きだぜそういうの」
「名物って……」
「美味しー?利世」
「おいひぃ」
「可愛い〜♡良かったねぇぇ」
「ふはっ!心操、それ男食いじゃねぇか」
四人は好き勝手会話しながらタルトを次々と口に運ぶ。
心操はふと不動に目を向けた。彼女は黙々と目の前の甘さに集中している。しかし、なんとなく彼の刺すような視線だけはしっかりと感じ取っていた。
「……なに心操。そんなに見られると食べにくいんだけど」
「どう?お気に召した?」
「うん、召した召した。あんたに協力した甲斐があったわ」
「……来年は楽したいって言ってた奴のセリフとは思えないな」
「私はあんたがプロの目に留まってくれれば、それでいいから」
「そうだぞ。不動の頑張りを無駄にするなよ?絶対になれよ、ヒーロー」
「応援してるよ、心操!」
「……ん、そうだね。頑張るよ」
心操は甘いタルトの味と一緒に、三人からもらった言葉をゆっくりと飲み込んだ。
「そういやこの近くなんだろ?心操の家」
「えっ、そうなんだ!せっかくだし体育祭の映像みんなで見ようよ!どうせ録ってあるんでしょ?」
「今年に限らず研究のために毎年録画してあるけど」
「さすが普通科の星!研究に余念がないな!」
「……その呼び方、くすぐったいからやめてほしいな」
結局、今年の体育祭の映像をみんなで見るために、このあと心操の家に集まる流れになった。本人は「別に来なくていい」と一丁前に渋っていたくせに、こうなることを見越して昨日のうちに部屋を掃除していたと白状し、光崎たちに盛大にツッコまれていた。
これまで一人で夢を追ってきた心操にとって、この賑やかさはきっと数少ない心の拠り所なのだろう。いつもは無機質で抑揚のない彼の表情も、心なしか和らいでるように見えた。
みんなの笑い声が甘い香りの満ちた店内にやわらかく溶けていく。
──そう、不動が望む"平穏"とはこういうことなのだ。
気のおけない友達と集まって、ただ美味しいものを食べる。騒ぎ、笑い、他愛のない会話が飛び交う。
普通の女子高生の普通の日常。これが何物にも代えがたい。
こんな学校生活がずっと続けばいいのに。
三人のやり取りを眺めながら、不動はそのささやかな幸せを噛みしめる。その口元は誰も気づかないほどわずかに緩んでいた。
【合理的ってやつだよ相澤くん】
一方その頃の雄英高校。教員たちに休みはない。
職員室は鳴り止まない電話と終わらない事務作業で、ある種の戦場と化していた。
普通科1-C担任の
隣のデスクの相澤消太は、目の前に積まれた生徒宛のスカウト依頼を機械的な手つきで仕分けていた。隈のある深い瞳が、わずかに止水の方へ向く。
「どうした止水」
「ああ相澤くん……困ったよ、異例の事態だ。実はうちの生徒たちをプロが放っておいてくれなくてね」
「不動と心操か」
「そうなんだよ。これを見てくれ」
止水が指さしたパソコンのモニターには、普通科の生徒には縁のないはずの、ヒーロー事務所からの問い合わせが数件並んでいた。
『彼らをヒーローとして育てる気はないのか』
『あの二人はなぜ普通科なのか。ヒーロー科編入の意思は』
『彼女の個性は社会の役に立てるべきだ』
『ヒーローになるなら卒業後はぜひうちの事務所で預かりたい』
「多くは学科変更を勧める問い合わせなんだが、驚いたことに心操に2件、不動には3件、青田買い目的のスカウトが来ている」
ベスト16の心操とベスト8の不動。
普通科の生徒に対してこれほどまでにプロからの関心が集中するなど、雄英の歴史を遡っても例がない。
「確かに、普通科にしちゃ異例だな」
「おっ、言うね
「黙ってくれ」
「ごめんごめん。でも本当に困ってるんだよ、うちは普通科だ。こういう時の対応マニュアルがなくてね」
「
「心操は確認するまでもない。君も知っての通り、彼は元々ヒーロー科志望だからね。問題は不動だ」
「ああ……」
脳裏に浮かぶのは、
「それでも一部の索敵系やサポート系のプロは、あの個性を"伸び代あり"と見逃さなかったってわけか」
強個性を持つ者なら、たいていはその力を活かすためにヒーローを目指す傾向にある。だが彼女は「強い個性を持っていること」と「ヒーローになりたいこと」を完全に切り離している。いや、この期に及んでも自分の個性が強いだなんて微塵も思っていないだろう。
プロヒーローの目から見れば彼女のスタンスはまるで、宝くじの一等に当たったにも関わらず、換金せずに普段通りのアルバイトをしているようなものなのだ。
止水は不動の"平穏主義"をよく知っている。
「誰が何を言ってこようとも、彼女なら『興味ありません』と一蹴するだろうね。それでも念のために確認は必要だが……」
「そうだな。人間は感情の生き物だ。今日こうだと思っていても、明日には違う考えになっていたりすることなんてザラにある」
「どちらにせよ、事務所に返信するためには本人の意志確認が必要だ。大事なのは彼女の返事そのものではなく、『きちんと本人に確認しました』という体裁だ」
「要は向こうが納得するための形式が必要って話だろ」
「その通り。そこでだ。明後日の登校日に彼女に聞いてみようと思ったんだが……生憎僕はその日一日出張でね……」
止水はすがるような目で相澤を見つめた。
「おい待てお前……まさか」
「出張から帰ったらすぐに各事務所に返事を出したい。忙しいところ悪いが相澤くん、僕の代わりに彼女にヒーロー科編入の意思があるかどうかを確認してくれないか? 」
「お前な……
「彼女の返事は僕のデスクの上に適当に付箋でも貼っておいてくれればいいから。頼んだよ」
「話を聞け」
「合理的ってやつだよ、相澤くん」
「俺にとっちゃ非合理的だ」
止水は申し訳なさそうに「今度一杯奢るから」のジェスチャーをし、華麗に持ち場へ戻っていった。
「ったく……なんで俺が」
相澤は深いため息を吐く。
止水は相澤と同年代ではあるものの、怪我により既にヒーローを引退した身だ。相澤はチームアップの際に何度か止水に助けられた経験があり、本人は「気にするな」と言うが、それでもなんとなく彼の頼みは断りづらかった。
【一難去ってまた一難】
振替休日が明けた登校日。
いつもの通学路を歩き、民家が立ち並ぶ通りに差し掛かったその時、不動はふと足を止めた。
──視線を感じる。
すれ違う主婦、散歩中の老人、自転車に乗った学生。
なんとなく彼らの視線が自分に集まっているような気がした。
「──ねぇあなた。もしかして不動利世さん?」
最初に声をかけてきたのは、買い物袋を提げた見知らぬ女性。不動が反射的に「え……あ、はい」と生返事を返したのが運の尽きだった。
「やっぱり! 体育祭見てたわよ。すごかったわねぇ〜」
「え、どこどこ?不動どこ?」
「普通科がヒーロー科やっつけたんでしょ!?」
「握手して! うちの息子も応援してたのよ」
「この辺に住んでるの? 意外と小柄なんだ〜」
人気がないはずだった通りにどこからともなく人が集まり始める。向けられたのは善意100%の賞賛とむき出しの好奇心。それは不動にとってなかなかに質の悪い"暴力"だった。
日本中が注目する雄英体育祭という舞台で、ヒーロー科の生徒と渡り合った普通科の少女の顔を、世間が簡単に忘れてくれるはずもなかった。
無遠慮にスマホのレンズを向けられ、どさくさに紛れて無機質なシャッター音があちこちから響くのが分かった。
「……っ」
不動は咄嗟にスクールバッグを顔の前に掲げ、盾のように構える。
「……すみません、急いでるので」
震える声でそれだけを絞り出し、囲もうとする人々の隙間を縫って走り出した。
背後から「あ、逃げた!」「恥ずかしがり屋なのかな」などとのんきな声が聞こえてくるが、振り返る余裕など微塵もなかった。
心操たちと笑いながらタルトを食べていたのがまるで遠い過去のようだ。
雄英体育祭の影響力を甘く見ていた。平穏どころか日常そのものがガラリと変わってしまった。学校へ向かうだけの道のりが、これほどまでに長く恐ろしいものへと変わるなんて。
来年の体育祭こそは絶対に誰の記憶にも残らずにやり過ごしてみせると、深く心に誓った。
校門をくぐり、ようやく校舎に入った不動は靴箱の前で乱れた息を整える。
「決めた。明日からしばらく人通りの少ない通学路に変える。……とりあえず教室向かお。今日は止水先生いないから、朝のホームルームは無しだっけ……」
教室へ向かう途中、廊下の向こうから黒い影が歩いてくるのが見えた。
あの人は確か──1-Aの担任。
普通科の生徒にとってはたまにすれ違うくらいの、いつも遠くにいる自分とはまるで別次元の存在。
遠目には気怠げな印象だったが、距離が縮まるにつれ、その異様な存在感に思わず息を呑んでしまう。不動は極力視線を合わせないようにして、すれ違いざまに小さく会釈をした。
「──待て。君がC組の不動利世だな」
気怠げな低い声が不動の足を止める。
一難去ってまた一難。今日はそういう日なのだろうか。心臓がドクンと跳ね、指先に少しだけ力がこもる。
まさかこの人が自分のようなただの普通科の生徒に声をかけてくるとは思いもしなかったのだ。
「ヒーロー科の先生が、私に何の用ですか」
相澤は彼女を一瞥すると、挨拶もなしに口を開いた。
「止水からだ。君にプロヒーローからの問い合わせがあってな」
相澤はあえてスカウトの件は口にしなかった。
「プロヒーロー……ですか?なんで私に?」
「君のヒーロー科への編入の意思が知りたいそうだ」
意味が分からなかった。
編入の話なら心操しかいない。聞く相手を完全に間違えている。スカウト関連の業務できっとこの先生は疲れているのだ。お疲れ様です。
「先生……多分聞く相手を間違えてます」
「間違えてない。プロがお前を評価した」
最悪である。私の平穏よ何処。
目立たずその場をやり過ごしたつもりだったのに、よりによってプロの目に留まるなんて。私の事なんてどうでもいい。とにかく放っておいてほしい。
「私よりも……心操は?心操については何か聞いてませんか」
「今は君の話をしている」
相澤の声は酷く平坦で、そこに期待も熱も一切混じっていない。ただ"仕事だから確認している"という乾いた事務的な響きだけがあるだけだった。
「それで、どうする」
不動の可能性を測ろうとしているというよりかは、さっさとこの確認作業を終わらせて昼寝でもしたい、といった風に見える。
「……ヒーロー科に編入するつもりは全くありません。体育祭を経験しても、プロから打診があっても、この気持ちが変わることはないです」
不動が即答すると相澤は驚く様子もなく、むしろ「だろうな」と納得したように鼻を鳴らした。
「……そうか。止水も『あいつならそう言うだろう』と言っていた。まぁ俺から見ても、君にヒーローを目指すような熱量がないことくらいは分かる」
そう言い捨てた相澤は、用件は済んだとばかりにあっさりと背を向けた。彼にとって不動はただの「片付けるべきタスク」の一つなのだ。
それでいい。
変に持ち上げられたり、期待されるよりかはよっぽど気が楽だ。興味を持たれないことの方がこちらにとっては都合がいい。
そのドライな対応に、不動は内心で安堵の溜息を漏らした。
――――――――――
職員室に戻った相澤はまっすぐ止水のデスクに向かった。山積みの書類を無造作にかき分け、パソコンのモニターの端へと視線を落とす。
そして迷いのない手つきで一枚の小さな付箋を貼り付けた。
『不動利世、本人に確認。
ヒーロー科編入の意思なし。
──相澤』