不動の彼女は平穏を望む   作:カルシウム強化

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悪意に晒され続け、正常な思考ができなくなった不動。誰からも注目されず、普通に生きるためには個性を手放すことが一番の幸せだという考えに陥ってしまう──。

●主人公
不動 利世(ふどう りせ)
雄英高校普通科C組
個性:加重力(アドグラビティ)

モブ子▶︎ 樫宮 纏(かしみや まとい)
モブ男▶︎ 光崎 灯(こうざき ともす)

C組担任▶︎止水 明(しすい あきら)



日向を歩く人

翌日。

 

 

テレビでは朝から、どのチャンネルでも同じニュースが繰り返し報じられていた。

 

 

『昨夜、雄英高校ヒーロー科の林間合宿にてヴィランによる襲撃事件が発生しました。生徒四十名のうち、ヴィランのガスにより意識不明の重体が十五名、重軽傷者が十一名。無傷で救出された生徒は十三名。そして現在、生徒一名の行方が分かっていません──』

 

 

雄英高校の正門前には、すでに大量のマスコミが押し寄せていた。無数のカメラとマイクを手にした記者たちが、校門に向かって一斉に詰めかけている。

 

 

その様子を少し離れた場所から眺めている三人の生徒。

樫宮、光崎、そして心操だ。

三人はしばらく言葉を発することなく、その騒然とした光景を見つめていた。

 

 

「……なんか雄英、思ってたよりやばいことになってんな」

最初に口を開いたのは光崎だった。

 

 

「この様子だと今日の補講は無さそうだね……」

せっかく来たのにな、と樫宮が肩を落とす。

 

 

「でも止水先生から中止の連絡なかったよな。止水先生も大変なのか?いや、大変なのはヒーロー科だけだろ?生徒一人、拉致られたらしいじゃん」

 

「拉致られたの、体育祭で優勝したあいつって噂だよ」

 

「え、あの爆破の奴?あいつ拉致れるって相当じゃん」

 

「林間合宿で引率してたプロヒーローも一人行方不明なんだって」

 

「マジ?ヴィラン怖すぎだろ」

 

 

少しの沈黙のあと、光崎がふと思い出したように言った。

「……てか今日、不動いないんだな」

 

「私、昨日メッセージ送ったんだけど、今朝もまだ既読つかなくて」

 

 

心操はその会話を少し離れた位置で聞いていたが、何も言わなかった。ただただ胸の奥が重く沈む。

今日不動が来ていないのはきっと自分のせいだ。

 

 

(……今日、ちゃんと謝ろうと思ってたのにな)

 

 

そんなことを考えていると、裏門からこっそり出てきたらしい止水が、三人を小さく手招きした。三人は顔を見合わせ、裏門から敷地内へ入る。

 

 

「今日の補講は見ての通り中止だ。すまないね。今朝から対応やら何やらで慌ただしくて、連絡するのをすっかり忘れていたよ」

 

「普通科の止水先生まで駆り出されちゃってるんですか……大変ですね」

 

 

樫宮がそう言うと、止水は一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 

 

「……実はね、不動のスクールバッグが警察に届けられていたらしくて。今朝連絡が入った。貴重品などはそのままで、何も盗られた形跡はないそうだ」

 

「バッグが……?え、なんで……?」

 

「そういえば昨夜から利世と連絡取れてないんです……!利世は今どこにいるんですか?」

 

「分からない……。だが昨夜、ヒーロー科の生徒が一人ヴィランに誘拐されたのは知っているね?」

 

「はい」

 

「これは最悪の推測だが……ヴィランの目的が"生徒の拉致"だったとしたら、不動もまた別の場所で同様の事件に巻き込まれた可能性がある。目撃情報が無いらしいから断定はできないが、警察はそのつもりで動いてる」

 

「ターゲットはヒーロー科のあいつだけじゃねえってことか!?てかなんで不動なんだよ!?あいつが狙われる理由が分かんねぇよ!!」

 

「え、やだ無理なんだけど……どうしよう……。利世、酷いことされてないよね?」

 

 

光崎は声を荒らげ、樫宮は半泣きになり顔を覆う。

さっきまで他人ごとのようにヴィランの怖さについて語っていた二人。その魔の手は最も身近な者にすでに迫っていたのだ。

 

 

「あ……」

血の気が引く。

次の瞬間、心操はその場に崩れ落ちた。

 

 

「心操!」

 

 

思考が追いつかない。

両手で頭を抱え、髪をくしゃくしゃに掴む。

 

 

「あ……俺が……」

 

 

喉が震え、言葉にならない。

 

 

「あんな事……言……言っ……て……」

 

 

あの時すぐに追いかけていれば。

一緒に帰っていれば。

一人にしなければ。

 

 

「俺のせいだ……」

 

 

俺のせいで不動はヴィランに誘拐された。

 

 

「ごめん……不動……ごめ……」

 

「心操、お前だけのせいじゃない!俺らだって、あの時追いかけなかったんだ」

 

「そうだよ……私たち全員に責任があるんだよ……!」

 

 

光崎と樫宮が心操の肩を抱き、必死に宥める。

だが、その声は心操の耳には届かなかった。

 

 

一人で焦って一方的に嫉妬して。不動に正論を言われたからって、何であんなことで喧嘩したんだ。何であんなこと言っちゃったんだ。何で追いかけなかったんだ。

 

 

"不動には分かんないよ"

彼女に投げつけたこの言葉。

それは今取り返しのつかない毒となって、心操の胸を静かに蝕んでいた。

 

 

「……話を聞く感じだと、昨日君たちは不動と一緒には帰らなかったんだね?」

 

「はい……俺が不動を怒らせて……あいつは、一人で帰りました……」

 

 

心操は俯いたまま、掠れた声で答えた。

 

 

「……なるほど、分かった。話してくれてありがとう、心操。不安にさせてすまないね。これから僕は緊急会議に出なければならない。不動のことはこちらが必ず何とかするから、君たちはマスコミには極力見つからないようにして、今日はもう帰りなさい」

 

 

樫宮と光崎が心操の両脇を支え、ゆっくりと立たせる。彼の伏せた目は地面を捉えているのに、脳は何も認識していない。視界に入るものすべてが真っ白だった。

 

 

せめて無事でいてくれ。

それだけでいい。

それだけでいいから。

俺、お前に謝ってないままなんて嫌だ──。

 

 

――――――――――

 

 

一方その頃、神野のアジト──。

 

 

眠らされていた不動は、鼓膜を突き破るような怒号で、強制的に意識を浮上させられた。

 

 

「離せっつってんだろクソ共!!」

 

 

目を開けるとそこは昨日と同じ、薄暗いバーの片隅だった。意識はまだ靄がかかったようにぼやけていて、頭の奥が鈍く痛む。脳を揺さぶるようなその怒鳴り声に、思わず顔をしかめた。

 

 

声のする方へ視線を向ける。

 

 

すると隣に置かれた椅子に、自分よりも厳重に拘束された金髪の少年がいた。身体を縛られているにも関わらず、椅子ごと破壊しそうな勢いで拘束具を軋ませながら暴れている。

 

 

(確か彼……体育祭で優勝した、爆破の人……?)

 

 

体育祭の表彰式で見た光景と全く同じだったので、すぐにその人だと分かった。あれは衝撃的すぎて、忘れようとしても脳裏に焼きついて離れない。

 

 

「んもーうるさいわねぇ。麻酔足んなかったんじゃない?」

 

「ごめんマグ姉、もっと薬盛っとけばよかったです」

トガが小さく舌を出す。

 

 

死柄木が言っていた『もう一人』とは、彼のことだったらしい。こんな暴れ馬みたいな人を有言実行で攫って来れるなんて。ヴィラン連合(彼ら)の恐ろしさを改めて痛感する。

しかし、そもそもなぜ彼なのか。人質にしてはやや気性が荒すぎる気もするが。

 

 

死柄木は壁際のテレビの電源を入れた。

画面には、昨夜の林間合宿中に起きたヴィラン襲撃事件のニュースが流れていた。

 

 

世間の不安が高まり、雄英の管理体制を疑問視する声が、ワイドショーで延々と報道されている。コメンテーターたちは口々に責任論を展開し、画面には報道陣に取り囲まれた学校の様子が映し出されていた。

 

 

その光景を見て、不動はようやく理解した。

事態は自分が思っていたよりも遥かに大きく、深刻なのだと。

 

 

「俺らのことを盛大に宣伝してくれて、本当ありがたいよ」

死柄木が両手を広げて笑う。

 

 

爆豪は拘束されたまま周囲を鋭く睨みつける。その視線が突然ぎろりと不動の方に向いた。

不動は思わず視線を逸らす。

 

 

「つーか誰だテメェ」

唐突に声をかけられ、不動の肩がびくりと揺れる。

 

「え……」

 

「さっさと答えろや。なんでここにいんだ。これはどういう状況だ、説明しろ」

 

次々と質問が積み重ねられ、混乱する。

「ち、ちょっと待ってよ、いっぺんに質問投げかけないで。……私は普通科の不動。昨日……帰り道で……」

 

 

そこまで言ったところで言葉が詰まる。

手首を捕まれ黒い影に飲み込まれた時の、思い出したくない光景が脳裏をよぎったからだ。

 

 

「……チッ、テメェ状況説明もまともにできねぇのかよ。こんなモブ攫ってきやがって……こいつら何が目的だクソ」

 

 

本当にヒーロー志望なのか疑うくらい粗野な言動に、不動は何も言い返せなかった。

 

 

「俺たちが欲しいのは彼女の個性さ。個性殺しの『加重力』。ヒーロー共を一掃できる、まるで夢のような個(ちか)性(ら)」

 

「あ?テメェもしかして……体育祭ん時の重力女か」

 

 

死柄木の『加重力』という言葉を聞いた爆豪は、そこでようやく体育祭の時の彼女と目の前の彼女とが結びついたらしい。それほどまでに、彼の記憶の中で彼女の存在は薄かった。

 

 

「はッ、それで一般生徒(モブ)を拉致って暴行か?必死だな、ヴィラン連合ってのは。余程戦力が足りてねぇと見た」

 

 

爆豪は鼻で笑いながらそう吐き捨てる。

不動の顔面に残る傷。乾きかけた血の跡。酷く汚れた制服。爆豪は横目で一瞥しただけで、自分が来る前に彼女がどんな仕打ちを受けていたのか、なんとなくではあるが状況は掴めていた。

 

 

死柄木は肩をすくめてみせる。

 

 

「人聞きの悪いことを言うなよ。俺は何も手を下しちゃいない。彼女は強すぎる個性を持っちまって苦しんでるんだ。誰にも注目されず、平穏な日々を送りたい。だったら、とっとと個性を俺らに渡して楽になっちまおうって話さ」

 

 

まるで自分が一番の理解者であるかのような口ぶりで、わざとらしく不動の方へ顔を向ける。

 

 

「なぁ?不動利世」

 

「……」

 

 

死柄木の言葉に対して、彼女から否定の言葉は出なかった。不動は俯いたまま、コンクリートの床を見つめている。肩は微かに震えていた。

 

 

不動は拉致されてから飲まず食わずのまま拘束され続け、暴行まで受けていた。恐怖と疲労で、脳は思考することを拒んでいる。

 

 

爆豪が来る前までは、死柄木の言葉を否定することもできた。啖呵を切るだけの気力も残っていた。

だが今はもう、心身ともに限界だった。

 

 

個性を渡せばどうなるのか──そんな先のことをまともに考える余裕もなかった。

ただこの状況から解放されたい。それだけだった。

 

 

気がつけば、不動の思考は「個性を手放す」という最悪の選択肢へと傾きかけていた。

 

 

項垂れたまま、彼女は死柄木に問いかける。

「ひとつ聞かせて。個性を渡せば……私を殺さないで、解放してくれる?」

 

「何言ってんだお前……」

彼女がそこまで追い詰められているとは思っておらず、爆豪は思わず目を見開いた。この女は明らかに正常な判断ができていないと。

 

 

死柄木はくつくつと喉を鳴らして笑う。

「いいよ。お前の望むとおりにしてやる」

 

「待てや、重力女……」

爆豪が低く唸る。

 

 

死柄木はゆっくりと不動の前にしゃがみ込み、優しく諭すような声で続けた。

 

 

「今まで、生きにくかったよなぁ?」

「生きにくかった……」

 

 

「普通に生きたいよなぁ?」

「普通に生きたい……」

 

 

不動は縋るような目で死柄木を見つめた。

 

 

──ああ、これでいいのだと不動は思った。

無個性になれば、誰も自分を見ることもない。

過度に期待されることもない。

 

 

これでようやく自分は"空っぽで無価値な人間"になり(・・)上がる(・・・)。あのステープラ男は、この言葉を罵倒のつもりで返したのだろうが、不動にとってそれは幸福への第一歩なのだ。

 

 

「……テメェの望むモンなんて知るか!」

 

 

爆豪の怒号がバーの空気を震わせた。

 

 

「敵に個性を渡すだぁ!?それで甚大な被害が出ても責任取れんだな!?テメェの軽率な行動で俺が、雄英が、社会が迷惑被んだよ!そんくらい分かんだろ!自分本位でモノ考えやがって……ちったあその小せぇ脳みそ動かせや!!」

 

 

(──分かってるよ。そんなこと)

 

 

不動は静かに目を伏せた。

 

 

君の言い分は正しい。

何も間違ってはいない。

 

 

君は正しさを説けるよね。

だってヒーローなんだから。

 

 

でも、日向を歩く人には日陰を歩きたい人の気持ちなんて分からないでしょ。どれだけ日陰を歩きたいと願っていても、勝手に日向に引きずり出されるんだから。

 

 

穏やかに生きたい。

ただそれだけなのに。

 

 

この個性が全部邪魔をするんだもん。

 

 

こんなこと、君は生まれてきて一度だって考えたことないでしょ?

 

 

「……君には分かんないよ」

 

 

無意識に不動の口からついて出たのは──

あの日、心操に言われたのと同じ言葉だった。

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