不動は体育祭での爆豪しか知らないので、あえて彼に対する解像度は低めに描写してます。
一部、作中の台詞を物語の流れに合わせてアレンジしてますのでご了承ください。
●主人公
雄英高校普通科C組
個性:
C組担任▶︎
「……君には分かんないよ」
不動が絞り出したその言葉を、爆豪は躊躇なく一蹴した。
「ッハ、知るかよ。俺はお前じゃねぇからな。お前の苦しみなんざどーでもいいわ。だがな、雄英の生徒が誘拐されて敵に個性を渡しました、なんてことになったら雄英の信用は確実に地に落ちる」
そう吐き捨て、不動を睨みつける。
「俺はヒーローになるために
爆豪の口から放たれた正論の暴力に不動は口をつぐんだ。
そんなことは分かっている。彼の言うことは正しい。だからからこそ、自分とはきっと分かり合えない。そう思ってしまう。
昔、親に「物事の表面だけを見て判断するな。その本質まで見抜く目を養え」なんて言われたことがあったが、彼に関しては無理だと思った。
仮にもヒーローを志す者だというのに、表面上だけでも相手に寄り添おうとする姿勢が彼には一切見受けられないのだから。
そんな人間に、この気持ちを分かってほしいとも思わない。
◆◆
その日の夜──。
緑谷、切島、轟、八百万、飯田の五人は、爆豪救出作戦のため神野区へ向かっていた。
林間合宿でのヴィラン襲撃の際、八百万はB組の泡瀬に協力してもらい、自作の発信機を敵に取り付けていた。
そのGPSの信号を辿り、敵のアジトへ向かう。
その電車内──。
「発信機が示した座標は、神奈川県横浜市神野区。長野からですと、およそ二時間……夜十時頃の到着です」
「くそ、もどかしいな。早く助けてやりてぇ。あいつはヴィランにいいようにされていいタマじゃねぇんだ」
切島は落ち着かない様子でぎゅっと両手を握りしめる。
「……もしかすると、アジトにいるのは爆豪さんだけではないかもしれません」
「どういうことだ、八百万」
轟が顔を上げ、彼女に視線を向ける。
「先ほど病院を出る前、テレビで『雄英の女子生徒が一人行方不明』と報道されておりましたの。学校の補講帰りに消息を絶ったとか……。今回の事件との関連も視野に入れて、警察が動いているようですが」
「雄英の女子生徒?爆豪のことといい、ヴィランの野郎、一体何考えてやがんだ」
「いずれにせよ、救出を試みる以上はその方がいる可能性も想定して行動しませんと。要救助者を取りこぼしてはなりませんわ」
「うん、そうだね」
八百万の言葉に、切島は握りしめた両手をがつんとぶつけ、緑谷は覚悟を決めたようにゆっくりと頷いた。
そして二時間後、五人は神野に到着した。
ヴィランに顔を知られている彼らは、簡単な変装を施す。準備を整え、アジトのある方角へ歩み出そうとした、その時──。
「おっ、雄英じゃん!」
通行人の口から出た「雄英」という言葉に、八百万と緑谷は思わずびくりと肩を揺らした。
振り向くと、ビルの巨大モニターに雄英高校の謝罪会見の様子が映し出されていた。
黒いスーツに身を包んだ根津校長、イレイザーヘッド、ブラドキング、そして1-C担任の止水が、深々と頭を下げている。
記者たちは雄英の防犯体制について次々と質問を投げかけ、根津校長がそれに一つ一つ冷静に答えていく。やがて校長への質疑が一通り終わると、次の記者がマイクを構え、矛先は止水へと向けられた。
『それでは、現在行方不明となっている不動利世さんについてお伺いします』
「……不動くん!?」
飯田が思わず声を上げた。
「不動さん……って確か、体育祭で飯田くんと戦った普通科のあの子だよね?」
「ああ。行方不明の女子生徒というのは彼女のことだったのか……一体何故……」
飯田と緑谷が顔を見合わせる。
『警察からはどのような説明を受けているのでしょうか。また、今回の林間合宿襲撃事件との関連について、学校側に何か情報は共有されていますか?』
『警察からは現在、捜査中の案件であるため詳細の公表は控えるよう説明を受けております。したがって、私からお伝えできる情報は限られています』
止水はゆっくりと言葉を選びながら慎重に続けた。
『林間合宿襲撃事件との関連については……現時点で否定できる材料はありません。警察も、その可能性を含めて捜査を進めていると聞いております』
『不動さんは普通科の生徒でありながら、雄英体育祭でベスト8という成績を残しました。個性の扱いにはまだ不十分な点が見られたものの、相手の動きを止め個性そのものを封じ込めるといった非常に強力な力で、異例ながら複数のプロヒーローが彼女に注目していたとも聞いております』
画面から流れる記者の言葉に飯田は思わず息を呑み、巨大なモニターを見つめながらひとり呟いた。
「普通科でありながらプロにまで注目されるほどの実力……!確かに彼女は決して侮れる相手ではなかった。あの個性が最悪な形で狙われたというのか……」
記者の指摘が鋭く止水に向けられる。
『──それは同時に、ヴィラン側にとっても魅力的な"戦力"に映った可能性があるということではないでしょうか。ヒーロー科の生徒であれば対人戦闘の訓練も受けていますが、彼女は自衛の術を持たない普通科の生徒です。学校側は、こうしたリスクに対して何ら対策を講じていなかったのでしょうか?』
『……ご指摘の通りです』
止水は苦渋の表情を浮かべながら答えた。
『我々は彼女の力が持つ可能性を十分に認識していながら、それを狙う悪意の存在を十分に想定できていませんでした。もし今回の一連の事件と関係しているのであれば、生徒を守るべき立場にある我々の責任は重大です』
「なになに?また雄英?」
「前も似たような事件起こしてなかった?」
「今回は二人も誘拐されたんだって」
「誘拐された片方の生徒はヒーロー科じゃなくて普通科なんだって。怖ぁー、殺されてないといいけど」
「管理が甘すぎんだよな」
「この学校色々とヤバすぎるだろ」
会見の映像を見ていた街の人々が、口々に雄英への不信を漏らしていた。
生徒を守れず、ヴィランの襲撃を許した教育機関。
いつしか雄英は、社会から“被害者側”ではなく“加害者側”のように扱われ始めていた。
その頃、神野のアジト内──。
バーのテレビでも同様に記者会見の映像が流れていた。
「止水先生……」
不動は、自らの境遇に責任を感じていた。
自分がヴィランに捕まったせいで、止水先生が、そして学校が責められている。そのことを思うと胸が痛む。さっき爆豪が言っていた「雄英の心配をしている」という言葉の意味を、今になってようやく理解した。
「何故ヒーローが責められてる?」
死柄木が両手を広げ、わざとらしく声色を作る。
「奴らは少ーし対応がズレてただけだ。誰にだってミスの一つや二つはある。お前らは完璧でいろって?無茶言うぜ、ヒーローだって人間だろ」
死柄木の言葉に爆豪は何も答えない。相手の言い分を咀嚼しているのか、はたまた抗弁を模索しているのか──。
ただ黙って赤い眼光で目の前の男を睨み返している。
「俺の仲間にならないか?爆豪勝己。さっきの記者の言葉聞いたろ?この時代ヒーローやってくってなると肩身狭いぜ?君も
その言い方は爆豪に寄り添うようでいて、ヒーローに対する嫌悪をまったく隠そうともしていなかった。
どうやら連中は、不動とは違うものを求めているらしい。
不動に求められているのは個性だけであり、爆豪に対しては強力な個性とそれを使いこなす才能。それをヒーローとしてではなく、ヴィラン側で振るえということだった。
「俺たちの戦いは"問い"。ヒーローとは、正義とは何か、この社会は本当に正しいのか、ひとりひとりに考えてもらう。俺たちは勝つつもりだ。……君も勝つのは好きだろ?」
死柄木は目を細め、仮面の中でゆっくりと口角を上げた。
「荼毘、拘束外せ」
死柄木が荼毘に命じる。
「……は?暴れるぞこいつ」
「いいんだよ、対等に扱わなきゃな。スカウトなんだから。ただし爆豪だけな。彼女の方に個性を使われちゃおしまいだ」
"おしまい"
その言葉を聞いて不動は思わず顔を上げた。意外にも、連中が警戒しているのが爆豪の個性ではなく自分の個性の方だったからだ。拘束は明らかに彼の方が厳重だというのに。
そんなにこの個性は彼らにとって価値のあるものなのだろうか。
結局荼毘に命じられたトゥワイスが、しぶしぶ爆豪の拘束具を外す。
その間、テレビでは相澤に対して爆豪に関する質問が向けられていた。
『経歴こそタフなヒーロー性を感じさせますが、反面、決勝で見せた粗暴さや表彰式にいたるまでの態度など、精神面の不安定さも散見されています。もしそこに目をつけた上での拉致だとしたら、言葉巧みに彼を拐かし、悪の道に染まってしまったら……未来があると言えると言い切れる根拠をお聞かせください』
──確かに。
表彰式で、自分の望んだ形での優勝ではないという理由で金メダルの受け取りを頑なに拒んでいた彼。勝利への異様なまでの執着。あの時の言動や態度はとてもじゃないがヒーローを目指す人間のそれには見えなかった。
世間の評価が揺らぎ始めてる今、勝利に執着するあまり、彼が悪に堕ちる可能性も決してゼロではないだろう。
不動もその記者の言葉に思わず頷きそうになっていた。
その時だった。
トゥワイスが拘束を解いたその瞬間。
爆豪はトゥワイスの顔面を容赦なく蹴り飛ばし、間髪入れずに死柄木へ向けて爆破を放った。死柄木の"手"の仮面が外れ、爆豪の座っていた椅子が反動で勢いよく転がった。
爆豪の突然の行動に不動は驚き、ぽかんと口を開けた。状況を瞬時に判断し、躊躇なく行動に移す爆豪。戦いを知らず、普通に生きてきた不動にとっては目の前で何が起きたのかを把握するだけで精一杯だった。
「黙って聞いてりゃダラッダラよぉ……馬鹿は要約できねぇから話が長ぇ。要は"嫌がらせしてぇから仲間になってください"だろ?」
凶悪なヴィランの誘惑を一蹴し、自らの矜持を語る爆豪の言葉。
そして、テレビの画面越しに流れる、記者に対する相澤の回答。
その二つの"言葉"が、不動の耳に同時に届いた。
「無駄だよ」
『体育祭での一連の行動は、彼の理想の強さに起因しています』
「俺はオールマイトが勝つ姿に憧れた。誰が何言ってこようが、そこはもう曲がらねぇ」
『誰よりもトップヒーローを追い求め、もがいている』
記者に向かって一度頭を下げた相澤は、ゆっくりと顔を上げる。そして記者の目をまっすぐ見据えて言った。
『あれを見て隙と捉えたのなら、ヴィランは浅はかであると、私は考えております』
不動は正直、相澤のその言葉を聞いてもいまいち腑に落ちなかった。本当にこの爆豪という男が、あの教師の言うような立派な人間なのだろうか。そんな疑問がまだまだ拭えなかったからだ。
ただそれでも、ヴィランの誘惑に一切揺らがない、その魂の強固さだけは本物だと認めざるを得なかった。
尖った言葉。
暴力的なまでの圧。
そして周囲を顧みない傲慢さ。
それらはすべて、彼にとっての"ヒーローとしての正解"を貫くための武器なのかもしれない。
(……私には、あそこまで貫きたいと思える信念がない)
死柄木は床に落ちた仮面をゆっくりと拾い上げ、再び自らの顔面に装着する。
「……君とは分かり合うと思ってた」
「分かり合うだぁ?無えわ」
「仕方ない。……先生、力を貸せ」
「先生ぃ?テメェがボスじゃねえのかよ、白けんな」
そんなやり取りを交わしながら、爆豪はちらりと背後の不動を見やる。
(最大火力でぶっ飛ばしてえが、ワープ野郎が邪魔すぎる。脱出するにしてもまず
その時。
コンコン、と扉を叩く音がバーの中に響いた。
「どうもー、ピザーラ神野店ですー」
場違いなほど呑気な声に、その場に一瞬の静寂が訪れた。
次の瞬間──。
「スマーーーーーッシュ!!!!!」
轟音とともにバーの壁が内側へ弾け飛んだ。
「なんだ!?」
「黒霧!ゲート!」
死柄木は咄嗟に黒霧にワープゲートの展開を命じたが、同時に突入したシンリンカムイの『ウルシ鎖牢』が放たれ、ヴィラン連合の面々は一瞬で拘束されてしまった。
「もう逃げられんぞヴィラン連合。何故って……?
我々が来た!!」
この声は──オールマイト。
「怖かったろうに……よく耐えた。ごめんな、もう大丈夫だ少年、少女」
「怖くねえよ!余裕だクソ!」
爆豪は気丈に振る舞っていたが、不動はオールマイトのその強くも優しい声を聞いた瞬間、涙がこぼれそうになるほど安心してしまった。
いつもテレビの向こう側で活躍していたオールマイト。雄英でも式典の時くらいでしか姿を見る機会がなかった。そんな彼が今まさに目の前に立ち、自分たちを助けに来てくれたのだ。
不動にとって特別好きなヒーローというわけではなかったが、それでも彼の存在がもたらす安心感は大きかった。
だが安心したのも束の間。突然、狭い室内のあちこちに泥のようなものが湧き上がり、その中から脳味噌をむき出しにした化け物が姿を現す。
「何……あれ……」
不動が身じろぎしたその瞬間、その泥が自らの体内からも溢れ出し、全身を包み込むようにして彼女をその場から消し去った。
悪臭を放つ泥から解放され、目を開けるとそこは瓦礫にまみれた荒れ地だった。どうやらあの泥によって別の場所へ転送されたようだ。
やがて、爆豪やヴィラン連合の面々も同じようにして泥の中から次々と姿を現し、この場所へと吐き出されていった。
その時だった。
ひときわ大柄な男が、不動の方へゆっくりと歩み寄ってくる。チューブ付きの装置を頭に被り、漆黒のスーツに身を包んだ異様な姿。ただ立っているだけで周囲の空気を歪めるような禍々しい“悪”のオーラを放っていた。
死柄木の纏うそれとは明らかに格が違う。
その圧倒的な存在感に、不動の全身が粟立つ。
「君が不動利世くん……だね?」
その言葉に不動の肩がびくりと跳ねた。
男は不動の反応を気にする様子もなく、ゆっくりと彼女を見下ろした。
「重力圧による動きの抑制。さらには個性エネルギーの封殺。初めて君の個性を知った時、胸が踊ったよ。ヒーロー殺しに最適の個性。僕はね、君の個性が欲しくて欲しくてたまらない。こんな身体になってから、ストックも随分と減ってしまったからね」
この男が死柄木の言っていた"先生"だということは何となく察しがついた。
──ああ、だめだ。絶対にだめだ。この男に個性を渡してはいけない。
何故かは分からないが、男の佇まいが本能的にそう思わせる。最悪の未来が、あまりにも容易に想像できてしまうのだ。
少し考えれば分かったはずだった。この男が『
アジトで一瞬でも死柄木の言葉に揺らいでしまった自分に恐怖し、大いに恥じる。自分はこんな恐ろしいことに加担しようとしていたのか。
男は不動の目の前にゆっくりと跪いた。
「……ッ、モブ女!……重力女!!」
爆豪がそこから逃げろと言わんばかりに不動に向かって叫ぶ。
逃げなければ。
そう思うのに、恐怖で足が動かない。声も出ない。
内側から激しく打ち鳴らされる心臓の音だけが不動の全身を叩く。
「辛かったね。周りから好き勝手注目され、期待されて。自分の望まない評価を押し付けられるのは、疲れたろう?でも大丈夫。君はもう何も背負わなくていいんだよ」
──いつだって欲しい言葉をかけてくれるのはヴィランばかりだ。心の奥底を無遠慮に掻き回す。だが今の彼女はもう揺るがない。男の言葉は慈悲の皮を被ってはいるが、そこに人間らしい温もりはまるで感じられなかったからだ。
「君の個性は僕のものだ」
男の腕がそろりと伸びる。
それでも体は動かない。
だめだだめだ。
この男に個性を奪われてはいけない。
動いて……お願い……動いて……!
「……チッ!」
男を阻止しようと、爆豪は両手に火花を散らしながら不動の元へ駆け出す。
「さあ」
男の声が、すぐ目の前で響く。
「君の平穏を取り戻そう」
その言葉と同時に、男の手がぴたりと不動の顔面に触れた。