今回は5章に分かれています。
①助けてくれてありがとう
②負けないで
③守ってくれてありがとう
④ごめんね
⑤普通の生活
●主人公
雄英高校普通科C組
個性:
①助けてくれてありがとう
不動たちは、人の流れに紛れるようにして駅前まで移動していた。先ほどまでの瓦礫と煙に満ちた悲惨な空間とは打って変わり、ここには日常のざわめきが戻りつつある。
その空気に触れた瞬間、ようやく自分が"助かった"のだという実感がじわじわと込み上げてきた。
「いいか!俺ァ助けられたわけじゃねぇ!一番良い脱出経路がテメーらだっただけだ!」
駅前に響き渡る爆豪の刺々しい声。だが隣に立つ切島は「ナイス判断!」と太陽のような笑顔でそれを軽快に受け流す。
そんな爆豪の態度とは対照的に、不動はまっすぐ彼らを見据えていつもの落ち着いた声で彼らに礼を告げた。
「助けてくれてありがとう。えっと……」
「俺は切島!」
「切島くん……」
名前を聞いてもすぐには顔と一致しない。A組にそんな人がいたのか、という不動の薄い反応に気づいたのか、切島は「あー」と少し考え込んだあと、グイッと自分の前髪を上げて見せた。
「……あ、もしかして体育祭の本戦に出てた人?腕相撲してた」
「そうそう!髪下ろしてたから分かんなかったろ!」
体育祭の時はもっと血気盛んで、少し怖い印象だったのをぼんやりと覚えている。けれど今目の前にいる彼はどちらかというと爽やかな印象だ。
「不動くん!」
不意に呼ばれて振り向くと、オールバックで髪をガチガチに固め、つけ髭をつけた奇妙な姿の男が立っていた。
「……誰?」
「飯田だ!本戦で戦った……!」
「え、あ、飯田くん?」
眼鏡が無いせいで、名乗られるまで誰なのか分からなかった。
すると飯田は突然、勢いよく頭を下げた。体が直角に折れ曲がるほどの彼らしい見事な礼だ。
「不動くん!本当にすまない!約束を……守れなかった……」
「約束?」
「体育祭で戦った時、君は言っていただろう。『私たちの平和を守って』と。俺はヒーローとして平和を守るどころか、君を危険な目に……」
飯田は痛切な表情を浮かべている。
あまりの剣幕に不動は動揺する。
「待って待って。それ、"君がプロヒーローになったら"って話だから。私が危険な目に遭ったのは私の責任だし」
「しかし俺は……何もできず……」
「真面目すぎ。実際君たちは助けてくれたでしょ、ありがとね」
「不動くん……」
不動は顔色ひとつ変えずに飯田の肩をぽんと叩いた。飯田が言葉を詰まらせる中、今度は緑谷が歩み寄ってきた。彼は心操と本戦で戦ったのでよく覚えている。
「不動さん……顔怪我してる……!それに右手も……」
「ありがとう、もう平気。まだ痛みはあるけど、手の方は爆豪くんが応急処置してくれたおかげで血は止まってる」
右手を軽く持ち上げる。爆豪が自分の服を引き裂いて巻き付けた、黒い布がまだそこに残っている。
「そっか……かっちゃんがずっと傍にいてくれたんだね」
「……かっちゃん?」
「あ、彼のことだよ。僕ら幼なじみなんだ」
緑谷はそう言って爆豪の方へ目線を向けた。意外な繋がりに不動も思わず同じ方向に目を向ける。しかし会話は聞こえているだろうに、当の本人は一瞥すら寄越さない。その代わりに感じるのは爆豪と緑谷の間に流れる形容しがたい微妙な空気。
「……仲悪いの?」
不動にとっては純粋な疑問だった。しかしあまりにもド直球な問いに、緑谷は一瞬固まる。こういうストレートな物言いをするところが彼女の良いところでもあり、悪いところでもある。
「えっと……悪いというか、一方的に……というか……」
緑谷は言葉を選びながら、ちらちらと爆豪の顔色を窺う。
「そ、それより不動さん。先に病院に行った方がいいんじゃないかな。頬の傷もちゃんと処置し直してもらった方が……」
無理やり話題を変えようとする緑谷の様子を見て、不動は「あんまり触れちゃいけないやつだったか」と察した。幼なじみであり、同じ学校で同じヒーロー科。きっと外野には分からない複雑な何かがあるのだろうと、勝手に脳内で自己完結させることにした。
「あー、うん。でも今はどこの病院もパンクしてるだろうから、落ち着いたら近くの病院に行くね」
「そっか、不動さんがそれでいいなら……」
緑谷はまだどこか心配そうにしながらも、小さく笑みを向けてそれ以上は何も言わなかった。
不動は三人の顔をゆっくりと見渡した。
「みんなの救出対象は本当は爆豪くんだけだったんでしょ?それなのに、私のことまで心配してくれてありがとう」
「そんな事ないよ!かっちゃんも心配だったけど、不動さんのことも同じくらい……!」
「そうだ、ずっと心配だったさ!」
「おう、もちろんだ!無事で良かったな!」
彼らは迷いなく言った。その一言だけでそれが紛れもなく本心なのだと分かる。当たり前のように他人を気遣い、迷いなく手を伸ばせる。躊躇のかけらもない、まっすぐな善意。
彼らヒーロー科の存在は美しく、あまりにも眩しすぎて直視できない。
「爆豪くんにもこんな優しい友達がいたんだね」
不動はふっと爆豪に視線を移し、それを見た飯田と緑谷が鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まっている。
「とも……」
「だち……?」
夜の駅前に奇妙な沈黙が流れる。
「そうでしょ?爆豪くんは君らの友達なんでしょ?だから助けに来たんじゃないの?」
不思議そうに首を傾ける不動。
沈黙を破るように、切島が快活に叫んだ。
「おうよ!爆豪は俺らの友達だ!」
「友達じゃねーわ!!!」
それまで黙っていた爆豪が、堪えきれないといった様子で会話に割り込んできた。
②負けないで
ビルの大型モニターにはオールマイトと
映し出されたのは、筋骨隆々の"平和の象徴"ではなく、今にも折れてしまいそうなほど痩せ細った一人の男性の姿だった。
「あれが……オールマイトの……本当の姿……?」
一瞬、街が困惑と不穏な空気に包まれたが、それはすぐに声援へと塗り替えられた。
「あんたが勝てなきゃ、あんなの誰が勝てんだよ……!」
「姿は変わっても、オールマイトはオールマイトでしょ?」
「いつだって何とかしてきてくれたじゃんか!」
その声を皮切りに、空気が変わる。
気づけば、あちこちから声援が上がっていた。
みんな彼の勝利を信じているのだ。
「勝って……!」
「勝てやァ!」
「「オールマイトォォォ!!!」」
緑谷と爆豪の声も、その中に混ざっている。
そういえばアジトで
オールマイトの"勝つ姿"に憧れたのだと。
気付けば街中の全員がオールマイトに声援を送っていた。
不動はその熱気に圧倒されながらも、ただただ無言でモニターを見つめていた。
その光景に、不動は思わず自分の右手を左手で包み込んだ。そして気づけば──。
「負けないで……」
祈るように声がこぼれていた。
ヒーローに「負けてほしくない」と願う。そんな感情は初めてだった。なぜなら、 今までヒーローというのはなんとなく「勝って当たり前」という認識だったからだ。
けれど今彼が戦っている相手は、あの時自分の個性を欲して冷酷に手を伸ばしてきた"悪の象徴"。あの瞬間に感じた恐怖も、絶望も、今なお鮮明に焼き付いている。だからこそ思う。何としてでも勝ってほしいと。
自分のためにも。そして、もう二度と誰かが同じ目に遭わないためにも。
重たい一撃が振り抜かれる。
次の瞬間、
悪は、正義に屈したのだ。
モニターに映ったオールマイトは、左手を掲げ、ふらつきながらもしっかりと立っていた。
その瞬間、街中は大歓声で溢れた。とめどなく渦巻くオールマイトコール。
不動は気づけば涙を流していた。
ヒーローの戦いをこの目で見たのも。
ヒーローを心から応援したのも。
全部初めてだった。
悪は倒された。彼が倒してくれた。もう自分が狙われることはない。安堵で胸を撫で下ろした、その時。
画面の中の英雄がカメラを指さしてこう言った。
「次は……君だ……」
「あ……れ……」
その声を聞いた瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。視界は急速に暗転し、その場で倒れてしまった。みんなの呼びかける声が聞こえるが、それは一瞬にして遠ざかってしまった。
③守ってくれてありがとう
不動はあれから近くの病院に運ばれた。倒れた原因は極度の脱水症状、疲労、ストレスからの解放によるもの。三日ほど点滴を受け、左頬と右手の傷も新たに処置し直された。
目が覚めるや否や、警察による事情聴取が病室で行われた。自分の身に起きたことを話す間、不動は三回ほど過呼吸に見舞われたが、何とか全てを話し切った。
不動がAFOに向けた『
頭の中で聞こえたあの「謎の声」については、上手く説明できる気がせず、敢えて口にしなかった。
事情聴取が終わり、ようやく一人になれると思った矢先、病室のドアが乱暴に開けられた。機嫌が悪そうにズカズカとベッドサイドまで歩いてくる、淡い金髪の男。
「爆豪くん……ここは病院だから、ドアはもう少し静かに開け閉めした方がいい」
「……るせぇ」
爆豪はベッドサイドに立つと、見下ろすように不動を睨みつけた。
「……」
「……」
病室に沈黙が流れる。何を話せばいいのか分からない。何か用事があって来たのだろうが、彼がここに来るなど想定しておらず、不動は話題を探して視線を泳がせた。
(……というかそっちから来たんだから、何か喋ってくれないと困るんだけど)
視線を泳がせた末、口を開いた。
「あ、そうだ。Tシャツ駄目にしちゃってごめん。今度弁償するね。いくら?」
「……いらねぇ」
「1万くらいあればいい?今財布持ってないから登校日に渡すことになるけど」
「聞けや!いらねぇつってんだろ!つーかそんなにしねぇわ!!」
声を荒らげた爆豪に、不動は顔色ひとつ変えず「しー」と人差し指を自分の口元に当てる。なんだこいつと思いながらも押し黙った爆豪は視線を不動の右手に向けた。包帯で覆われたそこをじっと見つめる。
「……手ェ、動くんか」
「え?……あぁ、うん。神経の損傷もなかったみたいで、痺れも今のところない」
「個性は」
「え?」
「使えんのか」
「あぁうん。個性発動検査でも問題なかった」
「……そうかよ」
「……もしかして」
風のそよぐ音だけが室内を満たす。
「心配してくれてた?」
「してねぇわ!!!俺ァただ、釘刺しにきただけだ。テメェはまだ敵の狙いから外れたわけじゃねぇ。個性が狙われた以上、テメェはもう『普通』じゃねぇってこと自覚しろ。前みたいに普通の生活が送れると思うな」
その言葉がずしん、と重くのしかかる。
心のどこかで、また元通りの日常に戻れるかもしれないと淡い期待を抱いていた。それをバッサリと一刀両断され、お花畑から現実に引き戻される。
爆豪はそれだけ言って病室を出ようとした。
その背中に不動は声をかける。
「ありがとうね」
爆豪は立ち止まったが、背を向けたまま何も答えない。まだちゃんとお礼言えてなかったから、と不動は続ける。
「守ってくれて、ありがとう」
その「守ってくれて」という言葉には"自分自身"と、"自分の個性"二つの意味を込めたつもりだった。
「……守れてねぇだろうがよ!!」
不動は驚いて目を見開いた。
お礼を言って怒鳴られたのは初めての経験だったからだ。
彼は再び不動の右手を一瞥した。その瞳には隠しきれない苛立ちと屈辱の色が滲んでいた。ヒーローとしてならば本来、一般人である不動を無傷で守り抜く必要があった。しかし一瞬の躊躇。その隙を突かれて不動は負傷したのだ。
"完全勝利"を目指す爆豪にとって、たとえ
「でも君がいたから今こうして無事に生きてる」
慰めなどではない。本気でそう思っているからこそ淡々と事実を並べる。
「あぁ!?同情してんじゃねぇぞ!!」
「同情じゃないよ」
自分がこうなったのは爆豪のせいでは全くないのだ。だがそれを言ったところできっと今の彼にはきっと何も響かない。ならば、自分自身に猛烈に苛立ってる彼の、その身を焼くような後悔にあえて気づかない振りをしてあげる。「私は君に助けられた」というスタンスを、意地でも崩してやるつもりはない。
「テメェには分かんねえよ……!」
ああ、またこの言葉だ。いつもこの言葉ばかりが自分の周りでリフレインする。
教室で心操に、アジトで自分が爆豪に。
そして今、彼から自分に──。
けれど今はもう、そんな言葉を吐かれても平気だった。他人を完全に理解することなんてできないのが当然なのだから。
それでも泥臭く、何度もぶつかって、何度もすれ違って──。それで構わないのだ。
不動はアジトで爆豪に言われたセリフをなぞるように言った。
「そうだね、君の苦しみなんて分かんない。私は君じゃないからね」
「……クソみたいな口答えする元気はあるんだな」
「君のおかげでね」
「ならとっとと退院しろや、寝覚め悪ぃ」
「そのうちね」
少しだけ、彼との会話の仕方が掴めてきた気がする。爆豪はいまだ扉の方を向いたまま動かない。不動はぽつりと零した。
「あの時、ずっと痛くて怖くて不安だったし、正常な判断ができてなかった。でも君に正論を浴びせられたおかげで目が覚めた。私のこの個性は誰にも渡しちゃいけないし、悪用されてはいけないんだって」
不動の視線は彼の背中を捉え続けている。
「今思えばだけど、君の"私に寄り添わない姿勢"に救われた気がする。君がいなかったら多分……個性渡しちゃってたと思うから」
「……なら今度は
「え?」
「狙われた自覚があんならな、自分の身くらい自分で守れっつってんだよ。二度と俺の手ぇ煩わせんな。モブならモブらしく俺の視界から消えろ重力女」
爆豪はそう言うと、ようやく扉の取っ手に手をかけた。
「爆豪くん」
「……んだよ!帰らせろや!」
「不動利世」
「あァ!?」
「重力女じゃなくて不動利世。仲良くもないのに突然あだ名で呼ばれるとびっくりするから。コミュニケーションの基本でしょ」
どうやら不動は、爆豪が自分と仲良くなろうとして、あえてあだ名で呼んでいるのだと思っていたらしい。だが今はまだ仲良くもないのだから、まずは名前で呼べという彼女なりの牽制だったのだ。
「二度と呼ぶこと無ぇから安心しろ!!」
爆豪はそのまま病室を出ていった。
風に揺られてカーテンが揺蕩う。
「個性を守る……か……」
不動はそう呟くとそのままうとうとと眠ってしまった。
④ごめんね
頬を蹴り飛ばされた衝撃。
血を舐めとられる感触。
右手に走る、焼けるような痛み。
『普通になりたいんだろ?叶えてやるよ、不動利世』
『無価値で空っぽなのは俺じゃねぇ、てめぇの方だろうが』
『こうして血が流れていると、生きてるって感じがするよねぇ』
『君の個性は僕のものだ』
『いいねぇ……ますます欲しい……!』
「っ……は……っ!!!」
不動は飛び起きた。途端に全身から嫌な汗が噴き出し、心臓が早鐘を打つ。視界が激しく明滅し、おぞましい恐怖が津波のように押し寄せてきた。
「嫌だ……!やめろ……っ!!離せ……っ!!」
気付けば誰かに腕を掴まれている。不動はなりふり構わず、必死に抵抗した。
「私の個性は私のものだ!お前なんかに渡さない、
「
「え…………」
はっと我に返ると、目の前で心操が必死な形相で不動の両腕を握っていた。傍らには、止水先生も立っている。
「心……操……。ごめ……!」
不動は彼の顔を見た瞬間、あの放課後の喧嘩を思い出し、謝罪の言葉を紡ごうとした。しかし言葉が形になるより先に、心操の両腕が不動の華奢な体を引き寄せた。
「不動、本当にごめん。俺のせいで。俺があんなこと言わなきゃ、お前はこんな目に遭わずに済んだのに……」
ぎゅうっと彼の胸に顔を押しつけられ、逃げ場もなく息が詰まる。
「心操……苦しい……」
か細くなった不動の声に、「っ、ごめん」と心操は慌てて体を離した。
ふっと彼女の手元に視線を落とせば思わず言葉を失ってしまう。不動の右手に巻かれた包帯、頬に貼られたガーゼ。心操は堪えきれずにぽろぽろと涙を零した。
「……は、なんであんたが泣いてんの」
「お前がどれだけ怖くて痛かったかを考えたら……止まんない。……ごめん、一番泣きたいのは不動なのにな」
心操は他人の痛みに寄り添いすぎる。それが彼の良いところでもあり、悪いところでもある。
「私は大丈夫だから。ずっと爆豪くんが一緒にいて守ってくれたし、手の傷だって、彼がすぐに応急処置してくれた」
「……あの暴れ馬みたいなやつがか?」
「彼はちゃんと……ヒーローだったよ」
心操の目が静かに見開かれた。何もできなかった己の無力さに、思わず拳を握りしめる。
「爆豪くん、ちょっとだけ私に似てると思った」
「似てないだろ」
「ううん似てるよ。……昔の、何も知らなかった頃の私を見てるみたいだった。ヒーローとしての矜恃が無い分、私の方が酷いけど」
「昔っていつ」
「中学生くらい」
「最近だな」
涙目のままふっと笑う心操を見た不動は、優しく彼の肩をぽんと叩いた。
「心配してくれてありがと。……そしてごめんね。あの時あんたの夢を軽んじるようなこと言って。最低だったよね。許してもらえないかもしれないけど、ちゃんと謝りたくて」
心操は何度も首を横に振った。
あの時の彼は不動の言葉に傷ついたわけではなく、どちらかというと自分の発言が彼女を傷つけた後悔の方が大きかった。
「別に気にしてないよ。それよりも今はお前が無事ならそれでいい。生きていてくれて、ありがとう」
その言葉が、不動の心にずしんと重くのしかかった。そうだ。自分は多くのヒーローたちに守られたから今ここにいる。この命を軽んじてはいけないのだ。
やり取りを静かに見守っていた止水が、いつもの柔和な笑みを消し、静かに口を開いた。
「不動、今回は本当にすまなかった。僕が迂闊だったよ。君の個性がプロから注目されるということは、同時にヴィランの標的になる可能性を孕んでいたというのに。体育祭の後、我々はもっと徹底して君を守るべきだった」
「こちらこそごめんなさい。私のせいで雄英に批判が集まっちゃって。先生たちにあんな記者会見までさせて……辛かった」
「君が謝る必要なんて、どこにもないよ。全ては僕たちの想定不足が招いた結果だ。今は生徒を守るために、雄英が色々動いているんだが……それはまた退院してからゆっくり話そう」
止水と心操が病室を後にしようとした時、心操がドアの前で足を止めた。
「……何? 心操」
「退院の日、決まったら連絡して」
「え? ……うん、分かった」
「またな」
"またな"
次に会う約束ができること。友人と普通の会話ができること。その当たり前の日常がどれほどかけがえがなくて、どれほど愛おしいものか。不動はその言葉を噛み締めるように深く頷いた。
しかし、病室を一歩出た心操の顔は、ひどく曇っていた。
不動は嘘をつくのが下手だ。
あいつは平静を装っていたが、目覚めた瞬間のあのパニックが、敵のアジトで味わった恐怖を物語っていた。俺の手をヴィランの手と間違えるほどに。
『心……操……。ごめ……!』
なんで最初に出てきたのが俺への謝罪の言葉なんだ。
『私は大丈夫だから』
何も大丈夫じゃないくせに。
不動はいつも自分の幸せが一番ですみたいな顔をして、結局一番自分のことを蔑ろにしている。
泣きたいなら泣けばいい。弱さも見せればいい。なのに、泣いたのも弱さを見せたのもなんで俺の方なんだ。あいつは一滴の涙も流さず、弱音も吐かなかった。
でも、弱さを隠すのは強さではないだろ。
不動には本当の意味で本音をぶつけられる相手はいるのだろうか。それが俺でないとすれば、俺があいつにしてやれることって一体何だ。
俺はあいつの危うさに、これからどう向き合っていけばいい──?
⑤普通の生活
翌日、不動は退院の日を迎えた。
最終検査でも個性は問題なく発動し、主治医からは「よかったね」と声をかけられた。
個性は敵の手に渡らなくてよかった。だが今後も使うつもりのないそれを、このまま持ち続けていいのかはまだよく分からない。この個性を手放さなくて本当によかったのだと、心から思える日がいつか来てほしいと思った。
病院の正面玄関を出ると、止水先生の車が待機していた。
ヴィランの目的が自分から外れたわけではないため、警察からは一週間ほどの外出禁止を言い渡されている。移動の際も、必ず信頼できる大人が同行しなければならないのだ。
「……本当だ。爆豪くんの言う通り、普通の生活とは程遠い……」
不動はそう小さく呟きながら車のドアを開けた。
――――――――――
「……全寮制、ですか」
家に向かう車内。止水から切り出されたその話に、不動は窓の外を眺めながら呟いた。生徒の安全確保のための全寮制。それは今の不動にとって何よりも魅力的な響きに聞こえた。
今は生徒の家を一軒ずつ回り、保護者の許可を得ている最中なのだそう。
「前から校長の構想にはあったみたいだけど、形になったのはほとんど君がきっかけみたいなものだからね。大事な話だし、保護者の許可が必要なんだ」
「雄英は全国から生徒が集まっているのに、なんで今まで全寮制じゃなかったのかずっと不思議だったんです。なんなら遅すぎるくらい」
「……ふふ、耳が痛いな」
「ということは私の親にも……」
「連絡はすでにしてあるよ。近々こちらに来てくれるそうだ」
「はぁ……」
不動は大きなため息をついた。
「会うの嫌なのかい?仲が悪いわけではないだろう?」
「……なんで先生が知ってるんですか」
「そりゃあ教師として君の親とは何度も会っているからね。いつも君のことを大切に想ってくれているよ」
「………どうだか」
「とりあえず、君の家庭訪問はうちのクラス全員の家庭訪問が終わってから、最後にしよう。君は一番の被害者だ。僕からも直接、君の親にきちんと謝罪したいと思ってる」
やがて車は不動がひとり暮らしをするワンルームのアパートに到着した。車を降りると、止水はいつになく真剣な面持ちで不動に念を押した。
「いいかい不動。誰であっても、突然の訪問客には絶対にドアを開けないこと。ここに来ていいのは雄英の先生か、君が直接約束をした友人だけだ。訪問前には必ず時間を示し合わせる。分かったね?」
「……分かりました」
止水の車を見送り、家の中に入る。
玄関の鍵を閉め、ようやく辿り着いた自分の城。不動はおもむろにベッドへ倒れ込んだ。
「ふぅ……」
ようやく日常が帰ってきた。激動の数日間だった。
だがヴィランの狙いはまだ自分から外れていないと警察の人は言っていた。また狙われるのだろうか。これからもずっと、ヴィランに怯えながら誰かに守られて生きていかなければならないのか。たとえ寮に入ったとしても、その不安はまだまだ拭えないだろう。
『テメェはもう「普通」じゃねぇってこと自覚しろ』
『前みたいに普通の生活が送れると思うな』
爆豪の言葉が、頭の中で反芻される。
「……私は一体、どうすればいいんだろう」
それに、分からないことが二つ。
頭の中に響いたあの謎の声。
そして、あの重力場の中で爆豪だけが平然と動けていた理由。
「私は自分の個性のこと、なんにも知らないな……」
薄暗い天井を見つめながら思考を巡らせる。
その時。
ピンポーン
静まり返ったワンルームに、無機質なインターホンの音が鳴り響いた。