●主人公
雄英高校普通科C組
モブ子▶︎
モブ男▶︎
協力しよっか?
テレビを付ければ今日もどこかで事件が起きている。ヴィランが現れ、ヒーローが制圧する。けれど電源を落とせば、それは私の生活から切り離される。
私の人生には平穏だけがあればいい。
私の家族はプロヒーローだった。その裏側を私は見てきた。そこは決して眩しい世界ではなかった。だからこそ私は、ヒーローがもたらす平和を受け取る側でいたい。
雄英高校。私がこの学校を選んだ理由は"平穏"を守るための楽観的で打算的な考えからだ。プロヒーローが常駐し、非常時の対応もバックアップ体制も整っている。危険からもっとも遠く、日本で一番安全な場所と言っても過言ではないだろう。平穏な高校生活を送るには、これ以上ない環境だと思った。
窓の外からは時折、個性同士がぶつかり合う派手な衝撃音が風に乗って届いてくる。しかしそれは私の日常とはきちんと切り離されている。教室の中は静かだった。担任の板書の音だけが私の耳に心地よく残る。
遠くのグラウンドで訓練をしている彼らは数年後にはヒーローに、この国の平和を守る存在になる。彼らが強くなればなるほど、私は危険から遠ざかる。彼らが努力を重ねるほど、私の平穏はより確かなものになる。一番安全な特等席で彼らがもたらす平和を享受しながら、私は穏やかな日常を送るのだ。
私は新しく下ろしたノートにシャープペンシルを走らせる。私の三年間はきっとこのまま何事もなく、静かに、穏やかに過ぎていく。
この場所ならきっと、それが叶うと信じていた。
◆◆
ざわめき立つ教室がしんと静かになったのは、担任が体育祭の話を切り出した時だった。
雄英体育祭。
それは、ヒーローの卵たちが己の存在を売り込むための大舞台。プロヒーローにとっては将来有望な原石を探すためのスカウティング・イベントだ。興味があろうとなかろうと、この時期になれば日本中がその熱狂に包まれる。テレビを付ければ、嫌でも目に飛び込んでくる最大級の祭典。
この行事では、不動たち普通科はせいぜい
「……以上が概要だよ。まぁ普通科の君たちは、あまり実感が湧かないかもしれないが。しかし普通科であっても、結果次第ではヒーロー科への編入チャンスがある」
担任のその言葉に、 不動の視線は自然と数席前の背中に吸い寄せられた。
心操人使。
入学式の日、何となく温度感が似ていることから言葉を交わすようになった相手だ。心操だけは他のクラスメイトとは違っていた。周囲が肩を落とす中、彼の背筋だけはぴんと張り詰めていた。
──ヒーローになりたい──
入学式の日、そう口にしていた彼が抱える執念を思い、不動は小さく息を吐く。
ホームルームが終わると、心操が音もなく不動の席まで歩いてきた。
「気乗りしないって顔してんね」
少しだけ皮肉げな、けれど聞き慣れた声。不動は頬杖をついたまま彼を見上げた。
「あんたはやる気満々って顔だね。私は適当に参加して、適当に終わらせたい」
彼女のいつものスタンスに、不動らしいなと心操はふっと口角を上げた。
「俺は絶対にヒーロー科へ行く。この体育祭はそのための絶好のチャンスだ」
心操の迷いのない言葉に、不動の胸の奥がわずかに揺れる。基本的には自分の平穏が第一だ。でも、一人の友人がこれほど泥臭く足掻こうとしているのなら。
「……そっか、じゃあさ……」
不動は自分でも意外な言葉を口にする。
「体育祭、協力しよっか?」
「……あの上昇志向ゼロで無気力な不動が、協力?」
心操が意外そうに目を見開いたあと、鼻先で小さく笑った。
「ひどい言い草。でもあんたが本気なのは知ってるからさ。どうせ適当に参加するならあんたのサポートくらいはできるんじゃないかなって思っただけ。……まあ普通に、友達の夢は応援したいでしょ」
胸が熱くなったわけではない。
それでもあの日、彼の夢を聞いてしまった以上知らないふりはできなかった。協力するという形でなら、彼の夢を少しは応援できる気がした。それに彼がヒーローになってくれれば、ますます自分の平穏な日常が守られる。そういった打算的な考えも無きにしも非ず、だ。
そんな打算を知ってか知らずか
「ありがとう。じゃあ当日、よろしく頼むよ」
そう言いながら心操は少しだけ柔らかく目を細めた。
そんなやり取りをしていると、横からにぎやかな声が割り込んできた。
「なになに?二人して。私らも交ぜてよ」
「体育祭の話だろ? 俺ら普通科にはブルーな話題だよなぁ」
「ブルーて」
栗色のロングヘアーを揺らす彼女は
「樫宮、光崎」
不動は二人に向かって軽く手を振る。
「利世、さっきのちょこっと聞こえてたけどさ、協力するだなんてあんた意外と熱いとこあんじゃん!」
樫宮が不動の肩をバシッと叩いて笑う。さっぱりした性格の彼女は、こういう時に遠慮がない。
「そりゃ心操の夢は応援したいけどよ、俺らなんかは頑張っても頑張らなくても目立ちゃしねぇから、サボってんのバレないように適当にやるわ。どうせ
光崎が、退屈そうに首を回す。
「利世。分かってるとは思うけど、心操に協力するってことはあんたもそれに応じて勝ち上がんないといけないってことだからね」
「……あ、そっか。何も考えてなかった」
樫宮の言葉に不動は今更はっと気がつく。
「おいおい、本当に不動に任せて大丈夫なんだろうな」
光崎が呆れてため息をつく。まあ大丈夫でしょ、と心操はあまり気にしない様子で答える。
「それはそうと今年は何するんだろ」
「それなー。毎年内容違うもんね」
不動の言葉に樫宮は腕を組みながら答えた。
「俺は腹減らない内容なら何でもいいわ。あ、当日の弁当多めに持ってこよ」
光崎の切実な願望に、心操が静かに頷く。
そう、これが普通科のリアルだ。
みんな自分が脇役であることを知っているし、この時点で既に「どうやり過ごすか」を考えている。
けれど、ただ一人違う先を見ている