主人公の個性発動描写がありますが、個性名はまだ判明しません。
とりあえず個性の詳細が明かされるところまで毎日1話ずつ投稿してみようと思います。以降は週1投稿になるかと思われます。
●主人公
雄英高校普通科C組
モブ子▶︎
モブ男▶︎
ついにその日が来てしまった。
雄英高校の巨大なスタジアム。不動たちはその広さに圧倒されつつも、その中心へと歩みを進めていた。耳を劈くようなプレゼント・マイクの実況が響き渡る。
観客の地鳴りのような歓声は途切れることなく降り注ぎ、スタジアム全体を震わせていた。しかしその声は自分たちに向けられたものではなかった。
観客たちが熱視線を注ぐのは、もちろん先に入場したヒーローの卵たち。とりわけ、ヴィラン襲撃を経験したA組は大注目だ。彼らがどんな力を見せてくれるのか──その期待感が熱を帯びたまま会場を支配している。不動たちはその熱狂の余韻の中を歩かされているその他大勢に過ぎなかった。
列の先頭を心操が歩く。
彼は少しも動じることなく、このアウェイな空気すら利用し、すべてをひっくり返してやろうという静かな狂気を孕んだ足取りで進む。その背中からは、数日前の"宣戦布告"がハッタリではないことを証明しようとする、強固な意志が滲み出ていた。
一方で、そのすぐ後ろを歩く光崎と樫宮のテンションはどこか重たかった。
「俺ら完全に引き立て役じゃん」
「だるー」
そんな二人のやり取りを見つめながら、不動は無言で歩く。
「それにしてもさ」
光崎がふと振り返る。
「お前って肝が据わってるよな。こんな空気の中でよくそんな余裕そうなツラしてられるな。緊張とかしねぇのかよ?」
問いかけられた不動は、視線を動かさぬまま静かに口を開いた。
「めちゃくちゃ緊張してるよ」
しかしその緊張というのは彼女の表情からは微塵も読み取れない。そこには普段と変わらない無表情が浮かんでいた。
樫宮が思わず笑ってしまう。
「あんた顔に出なさすぎ。全然分かんないって。眉ひとつ動いてないじゃん」
実際には鼓動は速く、手のひらはじんわりと汗ばんでいるのだ。まさに心臓が口から飛び出そうという言葉通りの緊張感だ。もともと感情を顔に出すのが下手な彼女だが、極度の緊張でさらに表情が強張っていたのだ。その無表情が皮肉にも周囲には"余裕"と映っていた。
――――――――――
全クラスの入場が完了し、スタジアムの中央に全員が集結する。ステージに立った審判主導のミッドナイトが、ムチを振るいながら声を張り上げた。
「選手宣誓!」
その一言で、ざわついていた数万人の観衆が静まり返る。誰もが今年の雄英生の"顔"が誰なのかを確かめようと壇上に注目した。
「選手代表、1-A……爆豪勝己!」
一人の男子生徒が列を割って前へ出る。
逆立った金髪に、周囲を威嚇するような鋭い三白眼。
両手をポケットに突っ込んだまま気だるげに、しかし足取りは確かな重量感を纏わせて、壇上への階段を昇っていく。
「──あ、あいつだよ! こないだの……っ、俺らのことザコとか言ったの!」
光崎がマイクの前に立つ爆豪の背中を指さし、声を潜めたまま叫ぶ。
ヒーロー科の列からは「あいつ一応、入試一位通過だったからな」という声が聞こえる。すると樫宮はその列を鋭い視線で睨みつけ、大きくため息をついた。
「"ヒーロー科の"入試な」
数日前にそこの壇上の男が放った腹立たしい言葉を樫宮は忘れていない。その苛立ちは理不尽にもA組全体へと向けられていた。
「心操、やってやんなよあんな奴ら。あんたの個性で黙らせちゃいな」
樫宮の言葉に、心操の肩がわずかに揺れる。
そんなやり取りを気に留める余裕もないほど不安でいっぱいの不動は、気づけば心操に話しかけていた。いや、話しかけずにはいられなかったのだろう。
「……心操、あんた緊張とかしないわけ?」
「緊張して何かが変わるんならな。俺には
その声には不安を押し流すほどの覚悟が宿っていた。
ヒーローへの憧れと、積み重ねてきた思い。全てをぶつけようとするその鋭い視線は、壇上の男の背中を捉えて離さない。
その熱に当てられたのか、不動はほんの少し背筋を伸ばす。
「は……、あんた強いね」
「強くなんかないよ。ただ立ち止まりたくないだけ」
心操の言葉はまるで自分自身に言い聞かせているようだった。
そんなやり取りなどつゆ知らず、爆豪はまっすぐ前を見据えて言い放つ。
『宣誓──。俺が一位になる』
その瞬間、生徒たちからは罵声とブーイングが飛び交い、空気は一気に殺気を帯び混沌と化した。
不動は軽く眉をひそめる。
ここはもう平穏とは無縁の戦場だった。どうして心操に協力するなどと言ってしまったんだろう。この中を勝ち上がらなければならないというその重圧が、現実味を帯びてきて頭が痛くなる。
不動は過去の自分の発言を後悔せずにはいられなかった。
◆◆
ミッドナイトがムチを振ると、巨大なモニターに第一種目の内容が映し出された。
第一種目は障害物競走。コースさえ守れば何をしてもいいという自由すぎるルールが発表された瞬間、周囲の熱気は一気に殺伐としたものへと変化した。
『スタート!!』
ミッドナイトの合図とともに数百人の生徒がたった一つのゲートに殺到する。怒号と悲鳴が入り混じる中、突然凄まじい冷気が走った。
「不動!跳べ!」
「えっ?」
A組の生徒が放った氷結。通路全体が一瞬にして凍りつき、前方を走っていた多くの生徒たちが足止めを食らう。
氷の壁を強引に砕き、あるいは飛び越えて真っ先に前方へ躍り出たのは、彼の個性を熟知するA組の面々だった。
「……すご、
「感心してる場合じゃないでしょ。ちゃんと着いてきて。今の相当危なかったんだから」
氷が迫ってきたあの瞬間、心操の咄嗟の指示がなければ不動も今ごろ他の者たちと同じように足を取られ、動けなくなっていただろう。彼女は突然の氷結に体が全く反応できていなかったのである。
争うことに価値を見出せない不動の平穏志向は、心操を勝たせるためのこの戦いにおいて、なかなかに致命的だった。
不動利世は決して頼もしい人間ではない。
一見するとクールで何でもそつなくこなせそうに見えるが、人並みに恐怖も感じるしこんな場面でもどこか呑気で不安になる。だが彼女は特にヒーローを目指してるわけでもないので当然の精神性なのだろうと納得はできる。
そんなことを考えながら、心操は冷静に盤面を攻略していた。彼は『洗脳』で数人の生徒に自らを担がせ、氷の上を滑るように進んでいく。背後でも同じく、彼の操り人形となった生徒たちが不動を乗せてその後を追っていた。
戦闘が苦手な不動に彼が求めているのは、ここぞという時の状況打開のみ。余計な労力を使わせないためのその布陣に、心操の勝つための徹底した合理性が透けて見えた。
しばらく進んでいると、目の前で数人の生徒が心操たちの進路を妨害する。
「不動、あれどうにかできるか?」
不動は軽く頷くと両手を目の前の生徒の方へ向けた。その瞬間、彼らの膝がまるで見えない重しを乗せられたかのように、がくりと折れた。
「えっ、なんか……重っ……!?」
「なんだこれ!?」
彼らが一歩も踏み出せず動揺している隙に、心操たちはその横をすり抜ける。数メートルも離れれば、その個性は解けてしまう。だがその頃には、二人はすでに人混みの先へと消えていた。
「やるじゃん、不動」
「人に向けて個性使うの、少し抵抗あるけどね」
心操は前を向いたまま不敵に笑った。
不動の個性は実のところ非常に有用なのだ。
本人は「何の役にも立たないから」と厭っているが、こういったサバイバル戦という場面では非常に有利にはたらく。
ヒーローを目指す心操のみが見抜いた、そのポテンシャル。もし彼女が躊躇なく力を振るうことのできる人間だったならば、氷が迫ったさっきの状況ですら一人で制圧できていた可能性だってある。
自分が不動ほどの個性を持っていたら──そう思うことが過去に何度かあったほどだ。だからこそあの日、彼女の「協力しよっか?」という提案に嬉々として乗ったのだ。不安など微塵も感じなかった。なぜだか直感的に"勝てる"と思ったからだ。
――――――――――
その後、巨大なロボットが立ち塞がる「第一関門」、底の見えない断崖が続く「第二関門」、地雷原の「第三関門」と試練が続いたが、不動たちは着実に順位を上げ、集団の中上位をキープする。この安定した立ち回りが可能だったのは、前方で大暴れしてくれたA組のおかげかもしれない。
結果、不動と心操は大きな怪我もなく、スタジアムへと戻るゲートをくぐり抜け無事にゴールした。モニターに表示された順位は真ん中より少し上。
ちなみに樫宮と光崎の名前はその中には無かった。
「ふー、やっと終わったー。じゃ行くわ、二人とも頑張ってー」
「心操、不動。俺らの分まで頑張ってくれよ。応援してるからな」
あっけらかんとした様子で観客席へと上がっていく二人の背中に、不動はそっと手を振った。
「綱渡りとか地雷原とか……死ぬかと思った。正直あんたに着いてくので精一杯だったんだけど。私、足手まといになってない?」
「いや、だいぶ助かってる。不動のおかげでかなりの人数を追い越せたし」
心操は涼しい顔で返す。が、その視線はすでに、モニターに表示された次の種目──『騎馬戦』へと向けられていた。