物語の都合上、心操の騎馬戦メンバーが尾白、庄田、不動となっております。主人公の個性の詳細は敢えてまだ伏せてます。
●主人公
雄英高校普通科C組
一気に少なくなったフィールドの顔ぶれは、先ほどよりもずっと濃い殺気に満ちていた。
第二種目は騎馬戦。二〜四人で騎馬を組み、障害物競走の順位に応じたポイントの合計が表示された「鉢巻」を奪い合う、制限時間15分のサバイバル戦だ。
障害物競走一位の緑谷に与えられたポイントは、驚愕の1000万。一瞬で会場中の捕食者たちの視線が彼に集中した。
これから15分間、チーム決めの時間に入る。
「不動、こっち来て」
人混みを少し離れた場所へ移動した心操が、不動に手招きをする。彼は『洗脳』で既に二人の生徒──A組の尾白とB組の庄田を"確保"していた。
「こいつらで騎馬を組む。不動は『前騎馬』に入ってほしい。両手使えないと個性発動できないだろ」
「分かった。私はどう動けばいい?」
「何もしない」
「……何もしない?」
「うん。この試合はお前がいれば確実に勝てるから」
「意味わかんない。買いかぶりすぎ」
「まぁ聞きなって」
心操が静かに説明を始める。
「騎馬の動きは俺がこいつらに指示する。動きにくいだろうけど頑張って。鉢巻は別に取られたっていい。一度身軽になってしまえばこちらが狙われることはないから。こっちもわざわざ相手の鉢巻を狙うことはせずに、様子見しながらやり過ごす。後半一気に……」
騒がしさから少し離れたフィールドの隅で、心操は淡々と、しかし淀みなく後半戦までのシミュレーションを語り終えた。
「……さすがだね、心操」
不動は小さく頷きながら続ける。
「やっぱりヒーロー目指してるだけあるね。こういう状況で瞬時にここまでの作戦を立てられるなんて。本当はあんたみたいなのがヒーローになるべきなんだよね」
彼女が素直な感心を口にすると、心操は一瞬だけ目を見開いた。普段ならここでまあね、と得意げに返すところだが、思わず別の言葉が口をついて出てしまった。
「お前って本当に……平然とそういうこと言うよな」
「え、何」
「別に」
心操はふいと視線を逸らす。そこにいつもの皮肉めいた表情はなく、どこかくすぐったそうな笑みを隠しきれてはいなかった。
「……?まぁとりあえず頑張ってみる」
不動は無表情のまま、不釣り合いなガッツポーズをしてみせた。
――――――――――
ミッドナイトの『スタート!!』という号令とともに、スタジアム内は一気に戦場へと変貌した。一番人気の「1000万」を目掛けて、複数の騎馬が一斉に飛び出していく。
「大丈夫。予定通り俺らは何もせず、このままでいい」
心操を乗せた騎馬は、激戦区である中央を避け、フィールドの端をゆっくりと移動していく。
しかしその動きが逆に目立ったのか、心操たちを狙って他の騎馬が接近してきた。伸ばされた手が、心操の額から鉢巻をもぎ取る。だが心操はそれにも構わずに、中央で繰り広げられる大乱戦をひたすら目で追っていた。
プレゼント・マイクの実況は、派手な爆発や氷結を繰り出すA組を追っている。視線は終始そちらに向けられ、こちらを捉えることはなかった。
――――――――――
「……残り、五分」
心操が低く呟いた。
「そろそろいいかな。不動、これから攻めに入るぞ。お前がいれば『勝ち』だ」
「またそれ言う」
心操が洗脳した"足"たちが、獲物を見定めた彼の指示で加速し、前方で乱戦を繰り広げている一団に近づく。そのうちの一人、騎手であるB組の鉄哲がふとこちらに気付き、前騎馬の骨抜に何やら指示を飛ばしている。だが構わず心操の騎馬は鉄哲の方へと突撃していく。
不動がほんの一瞬、鉄哲の騎馬へと両手を向ける。すると相手の動きが数秒のあいだ鈍った。
その刹那。
上段で構えていた心操の手が伸び、鉄哲の鉢巻を全て奪い取っていった。
「……っ、くそ! 持ってかれた!どうなってる!?何が起こった!?」
「わかんねぇ、急に体が重くなって……!」
背後で上がる鉄哲と骨抜の困惑の声を置き去りにして、不動たちは再びスタジアムの端の方へ移動し、静かにタイムアップを待つ。
「……ねぇ心操。今のだったら私じゃなくてもあんたでも出来たんじゃないの」
「確かに『洗脳』で相手の動きを止めることもできるけど、乱戦状態になれば相手が必ず返事をするとは限らない。不動の方が確実だと思った」
『タイムアーップ!!第二種目、騎馬戦終了!!』
プレゼント・マイクの絶叫とともに順位が発表される。
一位轟チーム、二位爆豪チーム、そして三位は心操チームだった。いつの間に逆転していたのかと、プレゼント・マイクの驚きと困惑の声が響き渡った。
洗脳が解け、正気に戻った尾白と庄田の二人は、狐につままれたような顔で辺りをキョロキョロと見回していた。先ほどまで自分たちが心操の駒として完璧な守備と移動をこなしていた記憶は、彼らの中には一切残っていないようだった。
そんな彼らの狼狽をよそに、心操は困惑する二人へ向けて冷ややかな、けれどどこか満足げな笑みを浮かべる。
「……ご苦労さま」
それだけ短く告げると、彼は迷いのない足取りで歩き出した。
誰にも個性の正体を悟られぬまま、不気味なほど静かに第二種目を突破した普通科コンビ。これまで誰の注目も集めていなかった彼らに、ようやくいくつかの視線が向けられ始めていた。