体育祭の昼食のくだりは捏造です。
レクリエーションの描写はありません。
●主人公
雄英高校普通科C組
モブ子▶︎
モブ男▶︎
最終種目進出の面々が決まり、一時間の昼休憩を挟む。
ようやく緊張の糸が解ける。
不動は心操、樫宮、光崎の四人で屋外食堂のテーブルを囲んでいた。体育祭の昼食は学食か持参弁当かを選べるらしい。心操と樫宮は学食のトレイを運び、不動と光崎は持参した弁当を広げていた。
「……なぁ不動。それ何?」
隣で馬鹿デカく華やかな彩りの弁当を食べていた光崎が、不動の弁当箱の端を指さして顔をしかめた。
樫宮も学食のカツ丼を頬張りながら、怪訝そうにこちらを覗き込む。
「何って砂ずり(砂肝)だけど」
「渋すぎんだろ。酒のつまみかよ」
「確かに女子高生のお弁当にしては地味かも。しかも体育祭だよ?なんでそんな全体的に茶色いの?」
二人のツッコミをよそに、不動は茶色く炒められたそれを一つ口に放り込む。コリコリとした弾力がほどよく歯を押し返してくる。
「知らないの? よく噛むことで脳が活性化するんだって。午後も頭を使うだろうから、今のうちに脳みそに刺激を送ってる」
不動は淡々と解説しながら咀嚼を繰り返す。
「意外とやる気満々だったんだ利世……ごめん、見直したわ」
思わず樫宮の口元が綻ぶ。
しかし不動の頭の中にあるのは、午後のトーナメントでいかに自然に、かつ迅速に負けるかという算段のみだった。
彼女は今、そのためのシミュレーションに全リソースを割いていた。
このような打算的思考が脳内を駆け巡ってることなど知る由もない光崎と樫宮が、無表情でひたすら口に頬張る不動を見て顔を見合わせた。
「……なんか段々美味しそうに見えてきた。一つちょうだい」
「俺も。脳に刺激ほしいわ」
二人に砂ずりを一つずつ徴収され、不動は最後に残った一つを名残惜しそうに箸で持ち上げた。ふと、向かいで黙々と麺を啜っている男に視線を向ける。
「心操も食べる? 脳にいいらしいよ」
「いらない」
はいはい、と不動は気にせず最後の一口を口に運ぶ。
心操は視線すら上げず、ただひたすらに自分の食事を胃に流し込んでいた。今は味を楽しむ余裕すら無いのだろう。
心操の頭の中にあるのは、午後のトーナメントでいかに勝利を掴み取れるかの算段のみだった。
彼は今、そのためのシミュレーションに全リソースを割いていた。
◆◆
昼休憩が終わり、スタジアムの中央に再び緊張が走る。
不動は巨大モニターに映し出された、まだ組み合わせの決まっていないトーナメント表をじっと見つめる。そして小さく息を吐いた。
(午後も頭を使うとは言ったものの……ここまで協力したんだから、もう充分でしょ)
団体戦は終わった。ここから先はトーナメント形式の個人戦。誰かと組む必要も、誰かを支える必要もない。ここまで心操を勝ち進めるために協力したのだから自分の役割はここまで。今回の体育祭における不動の目的は果たされたのだ。
ミッドナイトが組み合わせを決めるくじを引かせようとした──その時だった。
「……待ってください。俺、辞退します」
挙手をしたのは、A組の尾白だった。彼は困惑と悔しさが入り混じった顔で、自分の手を見つめている。
「騎馬戦の時の記憶が、ほとんど無いんです。皆が一生懸命戦ってきた場なのに何も分からないままここに並ぶなんてできない」
続いてB組の庄田も、同様の理由で棄権を申し出た。
二人とも騎馬戦の時に心操が"足"として使っていた生徒たちだった。心操の『洗脳』によって、知らぬ間に上位へ押し上げられてしまったことへの彼らなりの誠実な抵抗だった。
自分の誇りに嘘をつけない彼らの姿は、正しく美しい。スタジアム全体がその高潔な精神に当てられ、静かな感動に包まれていく。ミッドナイトはその青臭いまでの自尊心を汲み取ろうとしていた。
彼らがヒーロー科としての矜持を口にする中、不動だけはここから離脱する算段を考えていた。
(……今がチャンスかもしれない)
「辞退」という名の免罪符が今、目の前にぶら下がっている。今ならこの流れに乗ってきれいにフェードアウトできそうだ。適当に嘘をつけば、あそこの平和な観客席へ一直線だろう。
「あの、私も──」
不動が勢いよく右手を挙げようとしたその瞬間、心操の手が彼女の手首をがっしりと掴んだ。
「……何すんの、心操」
不動が眉をわずかにひそめて見上げると、心操は無言のまま彼女の手をそっと下ろさせ、そのままC組の観客席の方へと目を向けた。
そこには両腕で大きなバッテンを作り、首を激しく横に振っている樫宮と光崎の姿が見えた。
「あっぶなー、心操グッジョブ!この流れならあいつ絶対棄権すると思った!」
「何考えてんだ不動ー!!」
「せっかくここまで来たのに棄権なんて絶対ダメ!普通科が目立つ絶好のチャンスじゃん!」
「何のために砂肝食ったんだお前はー!!」
だが、観客席の二人の声は不動と心操には届いていないようだった。
「……普通科がここまで残るなんて、滅多にないからな」
心操が不動にだけ聞こえるような小さな声で呟いた。
「ここまで来たからには、最後まで戦い抜いてほしいんだと思うよ」
「何で分かんの?」
「……勘。俺だったら、そう思うなってだけ」
確かに言われてみれば、二人の首を振る動きは必死そのものだが、どこか期待に満ちた表情をしている。
『普通科だってここまでやれるんだって、見せてこい!』
そんな叫びが距離を超えて伝わってくるようだった。
「それに、お前が闘うところなんてもう二度と拝めないかもしんないし」
心操が冗談めかして笑う。
「あんたはそっちが本音じゃん」
不動は掴まれていた手首を軽く払い、重いため息をついた。
「……分かった。ちょうど脳みそも活性化してきてる頃だろうし」
「うん。分かってるとは思うけど全力でやれよ。負けるにしても、派手に散ってきて」
心操は半分面白がるようにふっと笑みを浮かべた。
またもや逃げ道を完全に断たれた不動は、不本意ながらもくじ引きの列へと並んだ。
顔にはいつものポーカーフェイスを貼りつけたままで──。