色々端折ってるので突然個人戦が始まります。
●主人公
雄英高校普通科C組
モブ子▶︎
モブ男▶︎
いよいよ体育祭のメインイベント、最終種目の
第一試合のリングに立つのは、ヒーロー科A組の緑谷出久。そして、普通科C組の心操人使。
不動は観客席の前方を陣取っていた光崎と樫宮と合流し、固唾を飲んでその光景を見守っていた。隣からは二人の会話が聞こえてくる。
「……ねぇ、あの緑谷って人、どんな個性だっけ」
「確か障害物競走では個性使わずに一位とったんだっけか。騎馬戦の時は……あんま印象に無ぇな。なんかサポートアイテム使ってなかったっけ?」
「……まぁいいや。心操ーーー!頑張れーーー!」
樫宮の貫くような声援がスタジアムの熱気に溶け込んでいく。
不動は静かにフィールドを見つめていた。表立って叫ぶことはしないが、膝の上で組んだ両手には、無意識のうちに力がこもっていた。
試合開始直後、心操は鮮やかに主導権を握った。
先ほど辞退した生徒を煽るような、分かりやすい挑発を仕掛ける。緑谷が不用意に口を開いた瞬間、心操の『洗脳』が成立した。彼の命令に従い、緑谷はゆっくりと場外へ歩いていく。
『強い衝撃を与えない限り、自力で解くことは不可能』
以前、心操から少しだけ聞かされたことのあったその特性を思い出し、不動は彼の勝利を確信した。
──しかし。
「……っ、何……!?」
場外へ向かって歩いていたはずの緑谷が、自らの指をへし折るほどの衝撃を生み出し、洗脳の呪縛を力ずくでこじ開けたのだ。スタジアム中にどよめきが走り、心操の表情に初めて焦燥の色が混じる。
必死に再洗脳を試みるが、緑谷は口を開かずに沈黙を守っている。ついに心操の口から、今まで聞いたことのないような鋭い咆哮が飛び出した。
「恵まれた人間には、分からないだろ……!」
いつも気だるげで何を考えているか悟らせない彼が、感情を爆発させた。
「誂え向きの個性に生まれて、望む場所に行ける奴らにはよ!!」
長い間押し殺されてきた本音、むき出しの執念が垣間見えた瞬間だった。
不動は息を呑んだ。
心操が過去に"ヴィラン向きの個性"などと言われてきたことは本人から聞いて知っていた。それでもストイックなまでにヒーローを目指していた。
しかしあの無表情の裏側に、声を荒らげずにはいられないほどの執念を秘めていたなんて想像だにしなかった。
ヒーローという眩しすぎる光に憧れながら、どれほどの焦燥と葛藤を胸の奥に押し込めてきたのか。
ヴィラン向きの個性と言われながら、それでもなおヒーローを目指そうとするその想いはどれほどの重さだったろうか。
その覚悟は決して、生半可なものではない。
「……心操……」
不動の声は周囲の歓声にかき消される。
そこからは目を背けたくなるほど泥臭い意地のぶつかり合いだった。
互いに場外へ押し出そうと取っ組み合いになる。
心操は緑谷に殴りかかり、必死に抵抗を試みたが、最後は鮮やかな手際で場外へと投げ飛ばされた。
心操人使、一回戦敗退。
仰向けに倒れた心操は拳を握り、流れていく白い雲をただ見つめていた。スタジアムの音が、少しずつ遠のいていくのが分かった。
『ヴィラン向きの個性』『悪用し放題』『怖い』
「洗脳」という個性だと知られた途端、何をしても、何を言っても常に警戒され、裏があるのではないかと思われた。直接そんな風に言われたわけではないが、それでも言葉の端々に滲む警戒と拒絶は、容赦なく彼の心を削っていった。
それはほとんど言われているのと同じだったからだ。
それならいっそ直接言われた方がまだ幾分かは楽だったかもしれない。
だからこれは『洗脳』という個性を持って生まれた者の宿命なのだと、半ば諦めることで折り合いをつけてきた。
だが受け入れたからといって、傷つかなかったわけではない。
どれほど納得したふりをしてみても投げかけられた言葉の数々は鋭い棘となり、心操の心に一本、また一本と突き刺さっていった。
――――――――――
試合を終えた心操は、静かにフィールドを後にした。
退場ゲートをくぐろうと、薄暗い通路へと吸い込まれる直前。
「かっこよかったぞ心操! 」
「俺ら普通科の星だな!」
頭上からC組クラスメイトたちの熱い称賛が降り注ぐ。
心操は足を止め、観客席の最前列を仰ぎ見た。
そこには身を乗り出して叫ぶ仲間たちの姿があった。
それと同時に、観客席の一角──。
プロヒーローたちが集まる席から、彼の個性を評価する声が漏れ聞こえてくる。
そのほとんどが好意的なものだった。
惜しむような視線と、期待を含んだ言葉。
それらが一斉に心操へと向けられている。
そんなプロヒーローたちの方へ向けていた視線を、光崎はそっと心操の方へ移した。
「……聞こえるか心操! お前すげえぞ!」
そして、光崎の隣。
声を張り上げることも手を振ることもなく、不動はただ静かにこちらを見下ろしていた。
彼女は今日、この日のために動いてくれた。
目立つことを嫌うくせに、心操を勝たせるために裏方に徹し、彼をここまで導いてくれたのだ。あのサポートがなければ、きっとここまで戦い抜くことはできなかっただろう。
心操は微かに唇を噛み、彼女に届くように声を絞り出した。
「……ごめん、不動。せっかく協力してもらったのに」
心操の声は震えていた。悔しさも、情けなさも、申し訳なさも、全部が絡み合って胸を締めつける。あれほど完璧なサポートをしてもらったのに勝つことができなかった。自分を信じて動いてくれた彼女の期待を裏切ってしまった──。
だが不動は目を逸らさなかった。
真っ直ぐにこちらを見据え、短く迷いのない声で言う。
「──お疲れ様」
いつも無表情な彼女の口元が、わずかに柔らかな弧を描いている。
本人すら自覚していないであろうこぼれ落ちたようなその表情の緩みが、今日この場所で彼が戦い抜いたこと、そして彼が抱く執念のすべてを何よりも深く肯定しているように見えた。
心操は視線を落とし静かにため息をつくと、誰にも見えないように小さく笑い返した。
そうだ。あいつはそういう奴だった。
励ましもしないし、慰めもしない。
雄英高校の入学式のあの日から──彼女はそういう人間だった。