主人公の個性名が判明します。
初対面なので「心操」ではなく「心操くん」呼びになっております。
●主人公
雄英高校普通科C組
俺の個性は『洗脳』。
そう言うと返ってくる反応は大半が「怖い」。
たまに物好きが「すごい」と言うくらいだった。
まさか、それ以外の反応が返ってくるなんて思いもしなかった。
──雄英高校の入学式。
C組の教室内は、既に出来上がった仲良しグループの話し声で満ちていた。
自分から輪に入るのは昔から苦手だ。
話しかけるのは得意じゃない。仮に仲良くなれたとしても自分の個性を知れば、いつか掌を返したように恐怖の眼差しを向けられるのではないかと思ってしまう。
そう考えると人間関係を築くこと自体が億劫になる。それなら最初から一人でいる方がずっと楽だ。
俺はいつも心に予防線を張り続けてきた。
そんなことを考えていた時、足元にはらりとプリントが飛んできた。どうやら後方から飛んできたようだ。
拾い上げて振り返ると、ブルーグレーのおかっぱ頭の女子が立っていた。小柄なのにどこか大人びた顔立ち。そのアンバランスさが妙に印象に残った。
「……どうも」
彼女は短く礼を言うと、自席へ向かって歩き出した。
どこか自分と似た空気感を感じる。周囲の喧騒をどこか遠くに眺める、冷めたような眼差しだった。
前を向き直して机上の筆記用具に視線を落とした、その時。
「……あの」
その声に振り返ると、さっきの彼女が困ったような表情で立っていた。手には先ほど手渡したプリントが握られている。
「……このプリントの提出先は、先生でよかったですか」
「うん、明日のホームルームの時に」
「ありがとうございます。他に誰に聞けばいいのか分からんくて……困っとりました」
「なんで俺なんかに聞いたの?他に話しかけやすい奴なんて山ほどいるだろ」
「私と似てる気がしたから」
似てる──。
初めて彼女を見た時、俺も同じことを思った。特に深い意味はなく何となくそう思っただけだったが、どうやら向こうもそれは同じだったらしい。
「……てかさ、何で敬語なの?しかも微妙に下手。普通に話せばいいのに」
「丁寧に喋れば、真面目に見えると思ったのでして……」
「でも使い慣れてないでしょ。それ敬語のつもり?」
「はい」
「気になって内容入ってこないから、やめた方がいいかも」
「……分かった」
少し間を置いて俺は名乗った。
「俺は心操人使。君は?」
「……不動利世」
少し変わった子だと思った。
敬語なんて明らかに使い慣れていなさそうだった。それでも無理に続けようとしている。不器用なりに頑張ろうとしているのは伝わるが、どこかズレている。そのちぐはぐさが妙に気になって仕方がなかった。
軽く自己紹介を済ませ、いくつか言葉を交わす。
彼女も俺と同じで、友人を作るのが得意なタイプではなかった。
気負わなくとも自然と会話は続いた。
ただ、自分がヒーロー科志望だということは言わなかった。わざわざ言う必要もないと思ったし、何よりこの心地よい距離感を壊したくなかった。
だが会話の流れでつい個性の話を振ってしまった。雑談が苦手な俺なりの、他愛のない話題選びのつもりだった。この世界じゃ個性の話なんて「趣味は何ですか」くらい軽く交わされる。むしろその話題を出さない方が不自然なくらいだった。
(……失敗したな)
「私の個性は『
「良いな、それ」
思わず口をついて出た。
「え、なんで?」
「……いや別に」
拘束系か。複数人の動きを止められるならかなり制圧向きだ──なんて、そんなことを考えてしまうのはヒーローを目指してる者の性なのかもしれない。
もし自分が彼女の個性を持っていたら──などと色々考えそうになったが、無理やり意識の外へ追いやった。隣の芝が青く見えているだけだ。自分の個性から目を背けてどうする。
「こんな個性どうやって使うの。軽くするならまだしも、重くするって……普段使いできないでしょ。おかげで身長も伸びにくくなった。どこが良いんだか」
なるほど。ヒーローを志さない人間にとって個性の評価基準は日常使いできるかどうかなんだな。ヒーロー視点だと有用に思えるが、日常では特に使い道がないのだろう。彼女も俺と同じで、自分の個性を疎ましく思っているようだった。やはり俺たちはどこか似ている。
「それで、心操くんはどんな個性なの?」
逃げ場のない質問。自分から話を振ってしまった以上、答えないわけにはいかなかった。心操は諦めを含んだため息をつき、口を開いた。
「俺の個性は……『洗脳』。問いかけに返答した相手を操ることができる」
言いたくはなかった。どうせまた「ヴィラン向き」だ何だ言われるのだろう。これまでに何度も向けられてきたあの嫌悪の眼差しと、悪気なく発せられる言葉の数々。もう慣れたつもりでいた。しかし何度経験しようと、心が磨り減らないわけではなかった。
「へー、あまり普段使いはできなさそう。どっちかというとヒーロー向きかもね」
耳を疑った。
思わず彼女の顔を見返してしまう。
普通、この個性を聞いて真っ先に"ヒーロー"を連想する人間などいない。
「……悪用できそうとか、そんな風に思わないわけ?」
思わず聞き返すと、彼女は眉間に軽くしわを寄せた。
「なんで?操ることができるってことは、相手を傷つけずに誘導したり、確保できるってことでしょ。優しい個性だなって思っただけなんだけど」
"優しい個性"
思わず言葉を失った。自分の個性をそんな風に言われたことなんて今までただの一度もなかった。世界の見え方が少しだけ変わった気がした。心に刺さっていたいくつもの棘がぽろぽろと抜け落ちていくのが分かった。
さらに驚くべきことに、自分の個性を知った人間が必ず見せる、"返答することへのためらい"が彼女には一切無かった。特に警戒する素振りもなく何事もなかったように会話を続けるので、思わずそれを遮るように口を挟んでしまった。
「……あ、あのさ。警戒とかしないわけ?」
「何を?」
「俺の個性知った奴はさ、だいたい身構えるんだよ。自分が洗脳されるんじゃないかって、俺との会話を嫌がるの」
「そんなことしないでしょ、心操くんは」
彼女はそれが当然だと言わんばかりに続けた。
「まだちょっとしか喋ってないけど、君が悪意をもってそういうことをする人間じゃないことくらい、分かる」
──そんなの、分かんないだろ。
誰も自分が善人である証明なんてできないのだから。そんな弱い根拠でどうして俺なんかを信用できるのか。
頭の中で理由を探り、無理やり納得しようとしてみたが、やはりどこか腑に落ちなかった。
「なんでそう言い切れるの。言い切るのって怖くない?自分が間違ってるかも、とは思わないの」
「別に。その時はその時」
「随分割り切ってるな」
「そう?普通じゃない?」
"普通"
その言葉が小さく胸の奥に引っかかった。
この子の言う"普通"は、俺の知っているそれとは少し違う。似た空気を感じていたはずなのに、根っこの部分はまるで違うらしい。
彼女は人を信じることを恐れていない。
こんな個性でも──。
こんな俺でも──。
少なくとも彼女の前では口に出してみてもいいのかもしれない。そう思えたこと自体が、俺にとっては小さな革命だった。
俺は胸の奥にしまっていた夢を打ち明けた。
「……実は俺、ヒーローになりたいんだよね」
言葉にした途端、胸の奥がひくりと痛む。
否定されるかもしれない。笑われるかもしれない。
そう身構えたが、彼女は凄いとも、向いているとも、応援しているとも言わなかった。
「そうなんだ。夢って口に出すといいらしいよ」
あまりに気負いのない物言いに拍子抜けしてしまう。ただ、胸の奥で何かが静かにほどけていくのを感じた。他人が勝手に貼るレッテルを彼女は何でもないことのように剥がしてしまう。そのフラットな目線が俺の心の檻をいとも簡単に壊した。
彼女は異質だと思った。同時に、他人を色眼鏡で見ない誠実な人間でもあるとも思った。
俺を特別扱いしない。期待もしない。
でも、軽んじることもない。
その距離感が不可解で捉えどころがなく、妙に心地よかった。
――――――――――
一ヶ月前のそんな記憶がふと蘇る。
遠のいていたスタジアムの音が少しずつ戻ってくる。
負けてしまったけど
それでも俺は夢を諦めない
この個性で人を救いたい
その想いだけは揺るがない
夢が絶たれたわけじゃない
これで終わったと思うなよヒーロー
俺はまだ立てる
絶対にヒーローになってやる
あいつが言ってくれたように
俺には 優しい個性があるのだから──