次の第二試合を省いていきなり第三試合が始まります。結果は本編とは異なります。
次回より週1投稿となります。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
●主人公
雄英高校普通科C組
モブ子▶︎
モブ男▶︎
トーナメント第二試合。轟と瀬呂の試合が終了し、ステージを覆っていた大量の氷も完全に溶け切った。
『さあさあ来ました!!決勝トーナメント第三試合、どんどんいくぜぇ!!』
ハイテンションなプレゼント・マイクの声は、もはや音の域を超え物理的な圧となって不動の身体を叩く。
『個性不明!存在感ゼロの謎の少女!普通科、不動利世!』
『VS、スパーキングキリングボーイ!ヒーロー科、上鳴電気!!』
震える足でフィールドに立った彼女は、対峙する金髪の少年を見据えながら、脳内で対策を練っていた。
(彼って確か騎馬戦の時、電撃を操ってた人だ……)
不動は騎馬戦での記憶を引っ張り出す。
一瞬ではあったが、派手な閃光と轟音が複数の騎馬を飲み込んだ瞬間、思わず目で追ってしまったのを覚えている。
あんなものをどう対策しろというのか。
自分ができることと言えばせいぜい相手の動きを止めることくらい。障害物競走や騎馬戦では、不意打ちを仕掛けることで勝ち進んできた。しかもそれは心操の指示があってこそ成り立っていたものだ。
だが今回は違う。いくら個性が相手にバレてないとはいえ、一対一の個人戦で通用する策など何一つ思いつかない。
相手に「参った」と言わせることも、場外へ押し出すことも、今の不動にとっては不可能に近い。
しかし結局考えたところで答えは出ない。
できることといえば、ダメ元で個性を放つことだけ。
──いや、それ以前に。
これからあの電撃を真正面から浴びるのかと思うと、戦術がどうこう以前にそっちの恐怖の方がどうしても勝っていた。
『負けるにしても、派手に散ってきて』
心操の言葉がふと脳裏に思い浮かぶが、散ると言ったってあの電撃をもろに食らうのは真っ平ごめんだ。
そんな不動の内心とは裏腹に、目の前の上鳴は余裕の笑みを浮かべていた。
(……え、普通に可愛くね?普通科にこんな子いたんだ。どんな個性か知らねーけど、さっさと勝っていいとこ見せちゃお)
ヒーロー科としてのプライド以上に、思春期特有の邪念が彼の脳内を占拠していた。
『スタート!!』
プレゼント・マイクの絶叫が響く。
不動が身構えた瞬間、上鳴は開口一番つらつらと歯の浮くようなセリフを並べ始めた。
「いやー参ったよ。普通科にこんな可愛い子がいたなんてさ。利世ちゃんって呼んでいい?俺が勝ったら飯行こーよ」
「……?」
不動は呆気にとられながらも、その軽薄な態度をヒーロー科の余裕、あるいは強者の自信なのだろうという盛大な勘違いをしていた。
まさかただの思春期男子の暴走だとは夢にも思うまい。
「利世ちゃーん聞いてる? そういうミステリアスなとこもぶっちゃけ好み。ま、とりあえず一瞬で終わらせちゃっていいよね?大丈夫大丈夫!俺、普通科の子には優しくするって決めてるから!」
「本当に?優しくお願いします……」
その言葉に不動は思わず安堵する。
ヒーロー科の言う「優しくする」という言葉を真に受けるのはきっと彼女くらいだろう。だが戦い慣れしていない彼女にとってはその言葉だけが唯一の救いなのだ。
チャラついた笑みを貼り付けたまま上鳴の身体が帯電を始め、周りの空気が張り詰める。全身に眩い電光を纏い、電撃が臨界点に達しようとしていた。
「無差別放電……130万ボルトォ!!!」
「嘘でしょ待って待って……!今優しくするって……!!」
恐怖に怯みながら不動は歯を食いしばった。
ええい、ままよ!と半ば自棄になって両手を相手へ突き出す。
ドォォォン!!
すると重厚な、空気そのものを押し潰すような鈍い振動音がフィールド中に響いた。
「うぇ?」
上鳴が放った電撃は不動の元へたどり着くことを許されなかった。光の筋は拡散することすら叶わず、まるで巨大なプレス機にかけられたかのように、真下に向かって強引に圧殺された。
同時に上鳴自身の身体も、強力な重力によって指一本動かせなくなっていた。
『どういう事だァ!?上鳴の電撃が地面に吸い寄せられ、完全に圧殺された!!本人も動けない!!文字通り……
実況席のプレゼント・マイクが驚きの叫び声を上げる。
だがそれ以上に驚愕していたのは彼女自身だった。
(……え?)
思考が完全に止まった。
(ちょっと待って今の何……電撃を抑え込んだ……?私がやったの……?)
目の前で起きた光景を脳がうまく処理できずにいた。
電撃は確かに放たれたはずなのに。
こちらに向かうはずだったのに。
次の瞬間には押し潰されるように地面に消えていた。
不動はただその場に立ち尽くす。
呆気にとられて、瞬きすら忘れていた。
(そりゃ確かにいつもより力んじゃったかもしんないけど……)
『一体何が起きたんだァ!?誰か説明してくれェ!』
(こっちも説明してほしい)
不動は心の中で返す。
困惑するマイクをよそに、隣の相澤は生徒の簡単なデータが記載された手元の書類に視線を落とす。
不動利世。個性「
一定範囲内に強力な重力場を生み出し、重力を付加することで対象を物理的に押さえ込む。
個性を発動するには両手を対象にかざす必要があり、どちらか片方でも封じられれば発動は不可能となる。
「本来は重力で対象を動けなくする個性か……。だがあの反応を見るに、おそらく普段から積極的に個性を使っていないか、もしくは使い慣れていないタイプだろうな。自身の能力のポテンシャルをいまいち把握しきれていない」
そう、不動は対象の動きを止められることは知っていたが、エネルギー体そのものを重力で物理的に圧殺するなんて芸当が可能だとは今この瞬間まで全く知らなかったのだ。
「自分の出力限界も、作用範囲も掴めていない。だからこそ、今みたいな"想定外"が起きる」
「想定外?」
マイクが聞き返す。
「あの子、狙ってやったんじゃないのかよ?」
「お前にはそう見えるのか」
「見てみろよ!あんなに堂々として顔色ひとつ変えてねぇ!肝が据わってるぜ!」
「どう見ても状況を把握できてないって顔だろ」
(……狙ってやってるなら、すでに次の一手に出ているはず。だがあの子は次にどう動くべきか分かっていない)
周囲には物怖じしないように映る不動の無表情だが、相澤の目だけは誤魔化せなかった。彼の観察眼は彼女の微かな肩の緊張やわずかな呼吸の乱れでさえ感じ取っていた。
「う、うぇ〜〜〜〜い……」
「?」
不動の目の前では放電の反動で脳がショートした上鳴が、間の抜けた顔で力なく笑っていた。
その性質を知らない不動は、自分の重力が相手の脳にまで影響を及ぼしたのではないかというまたもや盛大な勘違いをしていた。
冷や汗が頬を伝い、慌てて声をかける。
「大丈夫……?頭……」
貶しているのではなく、彼女なりの純粋な心配であった。
◆◆
試合は完全な膠着状態に陥っていた。
不動には決定打となる攻撃手段がない。
かといって重力場の中へ踏み込めば、自分自身もその物理法則に縛られてしまうため、相手を押して場外へ追い出すこともできない。
もういっそ「参った」と言ってしまおうか。
ふとそんな考えがよぎる。
だが、観客席で拳を握る光崎や樫宮の姿、そして何より一戦目を全力で戦い抜いた心操の顔が浮かび、不動は喉まで出かかったその言葉をぐっと飲み込んだ。
すると、その沈黙を破ったのはアホになった上鳴だった。
「うぇ……ま、まいった……」
限界だったのか、それとも本能的な恐怖か。
上鳴は微動だにできないまま、震える声で降参を口にした。
『勝者……不動利世!! 普通科がまさかまさかの、ヒーロー科に勝利だあああ!! 強力な重力で上鳴の電撃を完封! 一体何が起きてるんだぁ!?』
(ほ、本当に何が起きてるの……)
割れるような歓声が会場を包む。
何一つ状況が飲み込めない不動。
両手を前に突き出したまま固まる。
勝てると思っていなかった試合で勝ってしまったことに戸惑いを隠せないでいた。
「うぇ〜い……」
間の抜けた声を発しながら上鳴が担架で運ばれていく。
その後ろ姿を困惑した表情で見送りながら不動は小さく呟いた。
「……ご、ごめん……」
更に消え入るような声で続ける。
「それ……治るのかどうか分かんない……」
この試合を観客席で見ていた緑谷は、早くも不動の個性についてブツブツと分析を始めていた。
「普通科の不動さん……重力で対象を地面に縛り付ける個性……上鳴くんのあの広範囲に広がる強力な電撃エネルギーを重力で地面に押さえつけた形なのか……両手をかざしていたけどもしかしてあれが発動条件なのかな……そもそも持続力はどのくらいなんだろう……重力場の最大範囲も気になるし……どのくらいのエネルギーまでなら押さえ込めるのかな……ああああもう少し彼女の個性をじっくり観察したかったな……でもすごいぞ……もしこれが広範囲で使えるなら 複数のヴィランの拘束はもちろん氷や炎あらゆる攻撃を無力化できる……防御に特化しているように見えて実は"相手の個性を無力化する"というとんでもないカウンター個性だ……!」
興奮した手つきでノートに「重力」と書き込み、その横に「全体制圧」「エネルギー相殺」と走り書きを加える。
「ね、熱心やねぇデクくん……」
隣に座る麗日が止まる気配のない緑谷の独り言を聞きながら、感心と困惑が入り混じった声を漏らした。
「いや、だってすごいんだよ麗日さん! ものすごくヒーロー向きの個性なんだよ!重力を使って大勢を一気に拘束できる。飛び道具だって全部地面に押し付けることができるだろうし、それどころか……個性そのものを封じられる可能性だってあるんだ!」
「(す、すごい圧や……!)地面に押し付ける……かぁ。浮かせることができる私の
麗日は視線をそっと不動へ移す。
(でも、不動さん……普通科なんよね。それとも、デクくんと戦ったあの人みたいにヒーローを目指してるんやろか……)
一方、普通科C組の観客席は一気に沸き立っていた。
C組以外の普通科クラスも同じ熱量で活気づいていた。
普通科がヒーロー科を下した──その事実だけで、誰もが興奮を隠せずにいる。
「あの利世がヒーロー科に勝っちゃった! なんだあいつ、やればできんじゃん!」
「不動ーーー! お前はやる奴だと思ってたよ!」
不動と光崎が肩を組み、喜びとともに片手を天に突き上げている。
「普通科の星が二人もいるなんてな! 今年の体育祭は普通科にとって当たり年なんじゃね?」
そんな喧騒の中で、ただ一人。
心操だけは静かに腕を組み、フィールドで立ち尽くす不動の背中を見つめていた。
ガッツポーズもなく、勝者の余韻に浸る様子もない。
ただ淡々と、軽く息を整えているのが分かる。
〈心操side〉
──まぁ、勝つだろうな。
相手の動きを封じられるあの「
実際あの個性のポテンシャルにいち早く気づいたのは自分だ。これは武器になると、誰よりも先にそう理解していたのだから。
だが先ほど目の前で示されたのは、そんな想定を遥かに超えた可能性だった。
"個性そのものを封じ込める力"
俺は彼女の可能性を見抜いたつもりになって、勝手に評価を下していた。
とんだ思い上がりだ。
何が『派手に散ってきて』だ。
つくづく自分が嫌になる。
彼女はもうとっくに自分の尺度などでは計り知れない場所に立っていたというのに。
──ヒーロー向きの個性──
そんな言葉が脳裏を掠めた瞬間、心操ははっと我に返った。
……違う。
俺は今、何を考えた?
その言葉はかつて自分に向けられてきた評価と、何一つ変わらない。ヒーロー向きだとかヴィラン向きだとか、他人が勝手に決めた枠組みに押し込められる感覚を、誰よりも嫌ってきたはずなのに。
俺は今、不動を"個性の尺度"で測ろうとした。
勝手に定義しようとしていた。
ヒーロー向きだなんて、あいつが一番嫌う言葉だ。
彼女はヒーロー向きでも何でもなく、ただ試合に勝った。
それだけなのに。
でも──。
「仕方ないだろ、あんなの見せられたらさ……」
心操が力なく呟く。
普通科で、ヒーローになりたくて、夢を語ることがようやくできるようになったばかりの自分。
一方で彼女は、争うのが苦手だと言いながら、望んでもいない舞台で淡々と勝ち上がっている。
胸の奥がざわつく。
ヒーローを目指してない不動が、ヒーローを目指す俺よりも結果を出したという事実。喉から手が出るほど欲しかったあの場所を、いとも容易く。
羨ましい。
悔しい。
称賛と、焦りと、嫉妬の感情が行き場を失い、胸の中でぶつかり合っているのが分かる。
それでも認めざるを得なかった。
本人が意図せず掴んだ勝利でも、あれは紛れもなく実力だ。全てを制する力を持っておきながら、それを誇示することもなく、無欲で勝利を手にした。その事実が俺の心に火をつける。
乗り越えたいと思う相手は、何もヒーロー科のあいつらだけに限らない。今となっちゃ、あいつだって例外じゃない。
不動、俺の夢を応援したいと思うのなら、俺の越えるべき壁になってくれ。
「……誰にだって、負けてらんないんだよ」
心操は顔を上げ、渦巻く感情を糧にして自分を奮い立たせるように、そっと呟いた。