悪役令嬢に転生した大阪のおばちゃん、断罪より先に飴ちゃんを配る ~婚約破棄はもろときますわ。ほんで王子、あんた晩ごはん食べたんか?~ 作:月城 友麻
「テレージア・グランハルト! 貴様との婚約を、この場で破棄する!」
学年末の夜会である。音楽の止まった大広間に、王太子アーデルベルト殿下の声が響き渡った。
シャンデリアの光、息を呑む数百の顔。壇の上に引き据えられているのは私――テレージア・グランハルト公爵令嬢、十七歳。読み上げられていくのは、私の罪状である。
「其の一、ポレット・メリス男爵令嬢への、満座での度重なる侮辱。其の二、書物の借り上げによる学業の妨害。其の三、茶会からの意図しての排斥……」
殿下の斜め後ろで、栗色の髪の男爵令嬢が震えている。青い顔で、目の縁だけ真っ赤にして、それでも泣くまいと唇を噛んで。
――あかん。
その顔、知っとる。振られた晩に、店先で泣いとったみっちゃんと同じ顔や。
どん、と頭の奥で、古い戸が開く。
大阪、ちょうちん横丁、飴屋〈てるや〉。夫に先立たれて十二年、店番五十年。レジ前で毎日、推しやら模試やらを語っていく学校帰りの常連たち。雪かきをした晩、風呂から上がって、布団に入って――それきりや。難波照子、六十八年。痛くも痒くもない、見事なぽっくりであった。
……ほんで、なんでうちは金髪縦ロールで、夜会の壇上で吊るし上げられてんの?
夢か、とも思う。せやけど夢にしては、コルセットの締め付けが痛い。シャンデリアの蝋燭は商店街の裸電球より偉そうに光っとるし、床は顔が映るほど磨いてある。体は勝手に、淑女の礼の形を保っている。十七年ぶんの記憶も、頭ではちゃんと分かるのや。この婚約が四歳からの政略で、母を亡くしてからのこの家の冬が長くて、あの子に意地悪をしたのが自分やということも。分かるのに、心のほうが湯冷めみたいに追いつかへん。
その間にも、罪状は進む。
「其の六、階段よりメリス嬢を突き落とさんとした未遂の凶行! よって王家は貴様を――」
「はいはい、ちょお待ち」
気がついたら声が出ていて、足も出ていた。
壇をすたすた横切って、まず男爵令嬢の前に立つ。手首の飾り紐に提げた、母の形見の銀の飴入れ――泣いた日に一粒、と決まっとった、あれや。蓋を開けると、蜂蜜色の粒が行儀よう並んでいる。
「あんた、泣いてるやん。はい、飴ちゃん」
「……ふえ?」
「泣きそうな時はな、口の中に甘いもん入れとくんや。ほら、手ぇ出し」
呆然と開かれた小さな手のひらに、一粒。大広間が、水を打ったように静まる。
ほんで、くるりと殿下に向き直る。
「あんたも舐め。声、裏返っとるで」
「なっ……」
「ほんで王子。あんた、晩ごはん食べたんか? 顔色、飴より白いで」
「こ、断罪の途中だぞ!?」
「断罪より先に、飴ちゃんや」
握らせた一粒を、殿下は捨てることもできんと握っている。うちは満座をぐるりと見た。ようもまあ、こんな豪華な井戸端に人を集めたもんやこと。
「公衆の面前で女の子ひとり吊るし上げるんはな、王子、男の器の仕事とちゃう。……そやけど、それはそれや。罪状の話や」
指を六本、立てる。
「一番の悪口、二番の本、三番のお茶会。この三つは、うちがやった。ほんまに、悪かったと思うてる」
公爵令嬢が満座で頭を下げる音、いうもんを、この晩の客は初めて聞いたやろう。ざわめきが波みたいに走る。
「四番の教科書と五番のドレスは、うちの手やない。やった子の顔は分かっとる。せやけど、やらせた空気を作ったんはうちや。それも帳面に載せて、落とし前はうちが見届ける。――ほんで、六番。階段のやつな。……あれ、うちは知らんで」
視線がいっせいに男爵令嬢へ集まる。彼女は飴を握りしめたまま、消え入りそうな、それでもはっきりした声を出す。
「……わ、私が、
「やて。王子、その罪状、誰が書いたん?」
「そ、それは……目撃の、証言が……」
「見てへん人の証言や、それ。帳面に嘘が一行混ざるとな、帳面ごと信用を失うんやで」
読み上げの巻紙を持ったまま、殿下が固まっている。台本が崩れる音なら、うちにも聞こえる。断罪はいつの間にか吊るし上げやのうて、ただの事実の突き合わせに変わっとった。
「ああ、それと。婚約破棄は――もろときますわ」
「も、もらう……?」
「快う頂戴する、いうことや。気持ちの通わん政略に、うちのほうも、もう用はあらへん。あの子とあんたの仲がどうなるかは知らんで。それは、あの子が自分で決める話や。……ただし、詫びは別や。嘘の詫びはせえへん。ほんまの詫びは値切らへん。嘘の詫びはな、ほんまの詫びの値打ちまで下げてまうんや。それがうちの――」
商売や、と言いかけて、口をつぐんだ。商売て、なんの話や。まあええ、追い追いや。
騒然のままの広間の隅で、うちはようやっと思い当たる。これ、あれや。みっちゃんが毎日レジ前で語っとった乙女ゲーム、『きらめき王立学園』や。悪役令嬢テレージアは卒業前夜祭で断罪されて、国外追放で、野垂れ死に――のはずや。
せやけど今は学年末で、卒業前夜祭いうたら来年の話やで。一年、早いやんか。うろ覚えのシナリオ、早々に当てにならんわ――。
そのとき、視線に気づいた。
広間の隅。この騒ぎの中でただ一人、涼しい顔で手帳に何かを書き付けている、眼鏡の若い文官。切れ長の目がこちらを見て、ぱちりと一つ瞬く。
その顔には、覚えがある。みっちゃんが箸が転んでも語っとった、攻略対象ですらない脇役の――
「…………あんた、みっちゃんの推しやん!?」
声に、出た。
眼鏡が、ずり落ちる。