悪役令嬢に転生した大阪のおばちゃん、断罪より先に飴ちゃんを配る ~婚約破棄はもろときますわ。ほんで王子、あんた晩ごはん食べたんか?~   作:月城 友麻

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11. 飴房〈てるや〉開業

 開業日の朝いうんは、祭りの朝や。

 

 公爵家別邸の厨房――今日からは、飴房〈てるや〉である。屋号だけは、大阪から持ってきた。一番竈に火ぃが入り、麦芽の袋が積み上がり、ほんで戸口には、領地から出てきた寡婦(かふ)が五人、そろって並んで、深々と頭を下げとる。

 

「あの、令嬢さま。ほ、本当に、あたしらが……御家のお鍋に、触ってよろしいんですか」

 

「触らな回らへんやろ。手ぇは五本より十本や。はい、前掛け」

 

 配った前掛けを、五人が押し頂く。押し頂かんでええ。前掛けは拝むもんやのうて、腰に巻くもんや。

 

 住まいは、別邸の長屋に入ってもろた。飴を炊くんは月に四日だけ。あとの日ぃは、裏の畑を好きに使うてもろてかまへん。

 

「月に、四日……。それだけで、よろしいんでございますか」

 

「飴は湿気るさかい、作り置きがきかへんの。せやから、売れる分だけ炊く。売り先が増えたら、日ぃも増える。……無理な商いはな、いっとう最初に、働く人から壊すんや」

 

 ほんで、給金や。日当、銅貨八十枚。

 

「は、八十……!? 相場は、七十ですよ。あたしら、ずぶの素人ですのに」

 

「せや、相場は七十。一割乗せて七十七――ほんで残りの三枚は、開業の祝儀や。〆て八十。ええ仕事に安う払うたら、罰が当たるさかいな。そのかわり、仕事はみっちり教えるで。覚悟しとき」

 

「は、端数まで、足すほうに丸めなさる……」

 

「丸めてあかんのは、人の取り分だけや」

 

 五人が顔を見合わせる。いちばん年かさのひとりが、前掛けの端をぎゅうっと握って、震える声で言うた。

 

「……日当と、畑と、両方いただいて、よろしいんですか」

 

「ええんよ。食い扶持はな、独り占めせんと分けるもんや。それが長続きのコツやで」

 

       ◇

 

 ――さて、初日である。

 

 炊きのほうは、上々や。麦芽の挽き加減も湯加減の見極めも、ギヨムはんが「本邸の仕事の合間に」いう建前で熾火の番に来てくれとるさかい、盤石も盤石。詰まったんは、思わぬとこやった。

 

 包み紙や。

 

 切った飴を十粒ずつ包む手ぇが、どうにも追いつかへん。飴は増える、紙は溜まる、寡婦五人は粥と鍋で手ぇいっぱいや。

 

 そこへ、視察と称して覗きに来た兄が、運悪う捕まった。

 

「なぜ私が紙を折るんだ。公爵家の嫡男だぞ」

 

「あんた、字ぃきれいやろ。字ぃのきれいな人は、手先が四角いんや。ほら、角きっちり」

 

 ぶつぶつ言いもって、兄の折る包みは五人の誰より速う、誰より四角い。……この子、事務の天才かもしれん。ついでに言うと、工房の仕入れの見積もりで、勘定の合うてへんとこを三日で見抜いたんも、この子や。

 

「お兄ちゃん、あんた今日から経理な」

 

「なぜだ!?」

 

「適材適所や」

 

 昼前、戸口に黒い文官服が立った。眼鏡の奥の、目ぇの下にうっすら隈がある。

 

「開業の届出です。市壁の内での製造と販売には、様式が三種あります。……全部、書きました」

 

「……あんた、それ職務なん?」

 

「非番です」

 

 差し出された紙の束は、うちの署名を足したら仕舞い、いうとこまで整えてある。徹夜の匂いのする、完璧な書類や。

 

「職業の欄だけ、空けてあります。何と記載しますか」

 

「飴屋や」

 

「……『公爵令嬢(飴屋兼務)』と記載します」

 

「兼務が逆やろ、それ」

 

       ◇

 

 午後は、初荷や。

 

 ドルテさんの井戸端の伝手で、行商のおかみ連が十二人、籠を提げて集まってくれた。下町の道と客筋を知り尽くした、歴戦の目利きばっかりや。十粒袋、卸は銅貨八枚、売値は十枚。一粒あたり銅貨一枚――日当稼ぎのお父ちゃんが、帰り道に子ぉの分まで買える値ぇや。

 

「令嬢さん、あたしらの取り分が二枚ってのは、多すぎやしないかね」

 

「多ないよ。歩いて、声嗄らして、雨の日も売り歩くんはあんたらや。売る人が痩せたら、飴も痩せるんよ」

 

 籠に袋が積まれていく。担ぎ上げた拍子に、籠の吊り紐が一本、ぶちっと切れた。慌てるおかみさんの横で、うちは腰の巾着から針と糸ぉ出して、その場でちくちく縫うたる。

 

「……令嬢さまが、あたしの籠を、繕ってくださってるよ」

 

「巾着は伊達と違うんや。ほな――初荷、行っといで!」

 

 十二の籠が、往来へ散っていく。〈てるや〉の、二度目の店開きや。暖簾(のれん)はないけどな。

 

       ◇

 

 王室調査記録 第十報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。対象は本日、飴の工房を開業した。従業者は寡婦五人。賃金は相場七十に一割と祝儀を乗せた八十である。理由を尋ねたところ「安う払うたら罰が当たる」との由。当該の罰の規定を調べたが、どの法にも載っていない。載っていないが、あるように思われる。なお本官の作成した開業の書式三種は、全て受理された。非番の成果である。以上。

 

 ――ほんで、ひと月は飛ぶように過ぎていく。

 

 月仕舞いの晩、兄が帳面を抱えて工房に来た。蝋燭の灯りの下、経理どのが咳払いをひとつ。

 

「読み上げるぞ。売り上げ、千袋。卸で銀八十枚。出のほうは、賃金に十六。麦二十袋で六、薪に一、包み紙に二、細々で一――〆て十。……差し引き、純益、銀五十四枚」

 

「はい、ようできました」

 

「待て。待て待て。おかしいだろう。配って、上乗せして払って、月に四日しか炊かないんだぞ。……なぜ黒字なんだ」

 

「安う作って、きっちり払うて、売れる分だけ売る。それで赤字になるほうが、よっぽど難しいんやで」

 

「妹が……商いの、化け物だ……」

 

 頭を抱える経理どのの横へ、ドルテさんが先触れの文を持ってきた。受け取って読んだ兄の顔から、見る見る血の気が引いていく。

 

「……父上が。領地から、お戻りになる」

 

「ほう。ちょうどええやん。工房も見てもらお」

 

「よくない。まったくよくない。父上は……その、砂糖より甘くない」

 

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