悪役令嬢に転生した大阪のおばちゃん、断罪より先に飴ちゃんを配る ~婚約破棄はもろときますわ。ほんで王子、あんた晩ごはん食べたんか?~ 作:月城 友麻
開業日の朝いうんは、祭りの朝や。
公爵家別邸の厨房――今日からは、飴房〈てるや〉である。屋号だけは、大阪から持ってきた。一番竈に火ぃが入り、麦芽の袋が積み上がり、ほんで戸口には、領地から出てきた
「あの、令嬢さま。ほ、本当に、あたしらが……御家のお鍋に、触ってよろしいんですか」
「触らな回らへんやろ。手ぇは五本より十本や。はい、前掛け」
配った前掛けを、五人が押し頂く。押し頂かんでええ。前掛けは拝むもんやのうて、腰に巻くもんや。
住まいは、別邸の長屋に入ってもろた。飴を炊くんは月に四日だけ。あとの日ぃは、裏の畑を好きに使うてもろてかまへん。
「月に、四日……。それだけで、よろしいんでございますか」
「飴は湿気るさかい、作り置きがきかへんの。せやから、売れる分だけ炊く。売り先が増えたら、日ぃも増える。……無理な商いはな、いっとう最初に、働く人から壊すんや」
ほんで、給金や。日当、銅貨八十枚。
「は、八十……!? 相場は、七十ですよ。あたしら、ずぶの素人ですのに」
「せや、相場は七十。一割乗せて七十七――ほんで残りの三枚は、開業の祝儀や。〆て八十。ええ仕事に安う払うたら、罰が当たるさかいな。そのかわり、仕事はみっちり教えるで。覚悟しとき」
「は、端数まで、足すほうに丸めなさる……」
「丸めてあかんのは、人の取り分だけや」
五人が顔を見合わせる。いちばん年かさのひとりが、前掛けの端をぎゅうっと握って、震える声で言うた。
「……日当と、畑と、両方いただいて、よろしいんですか」
「ええんよ。食い扶持はな、独り占めせんと分けるもんや。それが長続きのコツやで」
◇
――さて、初日である。
炊きのほうは、上々や。麦芽の挽き加減も湯加減の見極めも、ギヨムはんが「本邸の仕事の合間に」いう建前で熾火の番に来てくれとるさかい、盤石も盤石。詰まったんは、思わぬとこやった。
包み紙や。
切った飴を十粒ずつ包む手ぇが、どうにも追いつかへん。飴は増える、紙は溜まる、寡婦五人は粥と鍋で手ぇいっぱいや。
そこへ、視察と称して覗きに来た兄が、運悪う捕まった。
「なぜ私が紙を折るんだ。公爵家の嫡男だぞ」
「あんた、字ぃきれいやろ。字ぃのきれいな人は、手先が四角いんや。ほら、角きっちり」
ぶつぶつ言いもって、兄の折る包みは五人の誰より速う、誰より四角い。……この子、事務の天才かもしれん。ついでに言うと、工房の仕入れの見積もりで、勘定の合うてへんとこを三日で見抜いたんも、この子や。
「お兄ちゃん、あんた今日から経理な」
「なぜだ!?」
「適材適所や」
昼前、戸口に黒い文官服が立った。眼鏡の奥の、目ぇの下にうっすら隈がある。
「開業の届出です。市壁の内での製造と販売には、様式が三種あります。……全部、書きました」
「……あんた、それ職務なん?」
「非番です」
差し出された紙の束は、うちの署名を足したら仕舞い、いうとこまで整えてある。徹夜の匂いのする、完璧な書類や。
「職業の欄だけ、空けてあります。何と記載しますか」
「飴屋や」
「……『公爵令嬢(飴屋兼務)』と記載します」
「兼務が逆やろ、それ」
◇
午後は、初荷や。
ドルテさんの井戸端の伝手で、行商のおかみ連が十二人、籠を提げて集まってくれた。下町の道と客筋を知り尽くした、歴戦の目利きばっかりや。十粒袋、卸は銅貨八枚、売値は十枚。一粒あたり銅貨一枚――日当稼ぎのお父ちゃんが、帰り道に子ぉの分まで買える値ぇや。
「令嬢さん、あたしらの取り分が二枚ってのは、多すぎやしないかね」
「多ないよ。歩いて、声嗄らして、雨の日も売り歩くんはあんたらや。売る人が痩せたら、飴も痩せるんよ」
籠に袋が積まれていく。担ぎ上げた拍子に、籠の吊り紐が一本、ぶちっと切れた。慌てるおかみさんの横で、うちは腰の巾着から針と糸ぉ出して、その場でちくちく縫うたる。
「……令嬢さまが、あたしの籠を、繕ってくださってるよ」
「巾着は伊達と違うんや。ほな――初荷、行っといで!」
十二の籠が、往来へ散っていく。〈てるや〉の、二度目の店開きや。
◇
王室調査記録 第十報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。対象は本日、飴の工房を開業した。従業者は寡婦五人。賃金は相場七十に一割と祝儀を乗せた八十である。理由を尋ねたところ「安う払うたら罰が当たる」との由。当該の罰の規定を調べたが、どの法にも載っていない。載っていないが、あるように思われる。なお本官の作成した開業の書式三種は、全て受理された。非番の成果である。以上。
――ほんで、ひと月は飛ぶように過ぎていく。
月仕舞いの晩、兄が帳面を抱えて工房に来た。蝋燭の灯りの下、経理どのが咳払いをひとつ。
「読み上げるぞ。売り上げ、千袋。卸で銀八十枚。出のほうは、賃金に十六。麦二十袋で六、薪に一、包み紙に二、細々で一――〆て十。……差し引き、純益、銀五十四枚」
「はい、ようできました」
「待て。待て待て。おかしいだろう。配って、上乗せして払って、月に四日しか炊かないんだぞ。……なぜ黒字なんだ」
「安う作って、きっちり払うて、売れる分だけ売る。それで赤字になるほうが、よっぽど難しいんやで」
「妹が……商いの、化け物だ……」
頭を抱える経理どのの横へ、ドルテさんが先触れの文を持ってきた。受け取って読んだ兄の顔から、見る見る血の気が引いていく。
「……父上が。領地から、お戻りになる」
「ほう。ちょうどええやん。工房も見てもらお」
「よくない。まったくよくない。父上は……その、砂糖より甘くない」