悪役令嬢に転生した大阪のおばちゃん、断罪より先に飴ちゃんを配る ~婚約破棄はもろときますわ。ほんで王子、あんた晩ごはん食べたんか?~   作:月城 友麻

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13. 王子の再教育

 厨房の椅子に座らせた殿下は、フードを下ろしても、まだ忍びのつもりの小声やった。

 

「殿下。忍びの一歩目はな、その上等すぎる外套をやめるとこからやで。金糸の縁取りが、月明かりにきらっきら光っとった」

 

「こ、これでも、一番地味なのを選んだのだが」

 

「その一番地味が金ぴかなんが、王家の怖いとこや。……ほんで、だいぶ待たせてくれたなあ。一月後や、言うといたのに」

 

「すまない。謹慎のあとに、学び直しを課されていて……外へ出る許しが出たのが、今日なのだ」

 

 言われてみれば、頬がちょっと痩せとる。この子はこの子で、宿題の多い春やったんやろう。

 

「ほな遅刻と違うな、出席や。よう来た。――ほんで殿下、あんた晩ごはん食べたんか?」

 

「……まだ、だ」

 

「ほな、まず食べ。話はそれからや。――ほら、前にも言うたやろ。夜会の晩に」

 

 鍋の残りの粥を火にかけて、卵を落として、林檎の蜂蜜煮の小鉢を添える。今日はよう働く鍋や。

 

 湯気の向こうで、殿下が匙を握る。緊張で上がっとった肩が、三口目でようやっと下りた。若い子ぉが飯食う姿は、それだけでちょっとした孝行や。

 

 戸口で、灯りが揺れた。眼鏡や。

 

「侵入者との報を、門番より受けました」

 

「侵入者やない。宿題の提出や」

 

「……記録します」

 

 壁際の椅子に腰ぃ下ろして、手帳を構える。さっきから筆の音がやたら硬いんは、気のせいかいな。

 

「ほんで殿下、宿題は」

 

 殿下は懐から、小さい紙包みを出した。開いたら――空や。

 

「謹慎の、最初の晩に舐めた。……眠れなくて」

 

「ほう。味は」

 

「甘かった。甘くて……余計に、自分が情けなくなる。私は、彼女に……ポレット嬢に、こんな甘いものひとつ、渡したことがない。守ると言いながら、彼女の好きな味も知らないのだ」

 

「……宿題、上出来や」

 

 うちは殿下の向かいに、椅子を引いて座り直した。ここからが本題や。

 

「詫びの仕方が、分からない。……教えて、ほしい。あなたに頼むのは、筋違いと分かっているが」

 

 ……ようもまあ、振った相手に詫びの家庭教師を頼みに来たもんや。この面の皮の、育ちのよさよ。せやけど、筋違いを分かった上で頭を下げに来たんは、買うたる。

 

「ええ度胸や。ほな、教えたる」

 

 指を一本、立てる。

 

「ええか。あんたのしたことはな、『守った』やのうて『振り回した』や。断罪の壇の上で、いっとう泣いとったんは誰や」

 

「……彼女だ。私が、泣かせた」

 

 言えたやん。自分の罪状を自分の口で言えるんは、立派な伸びしろや。うちは頷いて、二本目の指を立てる。

 

「分かっとるやん。ほんで殿下、あんた、惚れとるんやろ」

 

「なっ……」

 

「顔に書いてある。隠さんでええ。惚れた腫れたは罪と違う。罪はな、惚れた勢いで段取りを全部すっ飛ばしたことや。ほな、どうするか。――段取り、踏み。詫びが先、気持ちは最後や」

 

 紙と筆を出させて、詫び状や。宛先は三通。男爵家、うちとこ、学園。

 

「うちとこ宛は、お父様宛やで。家の詫びは、家に出すもんやさかい。……ちょうど領地からお戻りやし、ええ折や」

 

 一通目の下書きが上がる。『()むを得ざる仕儀により』。

 

「はい、書き直し。詫び状に『已むを得ざる』が出てきたら、それはもう詫びやのうて言い訳や」

 

「し、仕儀は、事実で――」

 

「事実の並べ方に、心が出るんや。書き直し」

 

 二通目。『この身は万死に値し』。

 

「重たい重たい。死んだら詫びられへんやろ。詫びはな、生きて、顔出して、続きをやるもんや。書き直し」

 

 書き直しのたび、うちは茶ぁを淹れ直したる。三杯目は、殿下の指ぃが冷えとったから、うんと熱うした。

 

 三通目で、ようやっと飾りのない字ぃが並んだ。何をしたか。誰を、どう傷つけたか。これから、どう償うか。それだけの文や。

 

「……こんな、飾りのない文で、いいのだろうか」

 

「ええんよ。詫びはな、上手に書けたら負けや」

 

 窓の外が白み始める頃、三通の清書が仕上がった。文机に並んだ三通は、不細工で、正直で、ええ詫び状や。書き上げた指ぃを揉んどる殿下は、生まれて初めての徹夜やろか、目ぇの下に隈こしらえて、それでも妙にすっきりした顔をしとる。

 

「殿下、あんた……伸びしろはあるわ。知らんけど」

 

「……今の結びは、どういう修辞だ」

 

「言い切る自信のない時の、保険や」

 

「保険……。なるほど、覚えた。私にも、伸びしろがある。……知らんけど」

 

「早速使うな。しかも自分に保険かけるな」

 

 殿下を裏口から送り出す段になって、眼鏡が音もなく立ち上がった。外套を検分して、フードの角度を直して、通りの左右へ先に目ぇを配る。……なんのかんの言うて、面倒見のええ役人や。

 

       ◇

 

 王室調査記録 第十二報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。深夜、王太子殿下が対象を訪問。対象は夜食を供し、謝罪文三通の指導を実施した。指導は的確であり、謝罪文は夜明けに完成している。以下、私見を付す。本日の夜食は、王太子殿下に多すぎたと思料する。お代わりは、二度である。二度は、多い。なお本官は、夜食を必要としていない。必要としていないことを、念のため記録する。以上。

 

 ――寝直す間もなく、朝である。

 

 入れ替わりに、兄が帳面を抱えて駆け込んできた。経理どのの顔が、白い。

 

「テレージア、麦だ。仕入れの大麦が――先月の、倍の値になっている」

 

「……倍やて?」

 

 寝不足の頭が、いっぺんに冷えた。相場いうんはな、ゆっくり上がって、ゆっくり下がるもんや。ひと月で倍になる値ぇの後ろには、必ず、値ぇを吊っとる手ぇがある。

 

「蜂蜜は」

 

「問屋に聞いた。……樽が、市場から消えている」

 

「……ほう。そう来るんやな。上等やんか」

 

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