悪役令嬢に転生した大阪のおばちゃん、断罪より先に飴ちゃんを配る ~婚約破棄はもろときますわ。ほんで王子、あんた晩ごはん食べたんか?~ 作:月城 友麻
詫びには、菓子折りや。
そう言うたら、料理長のギヨムはんは世界の終わりみたいな顔をした。
「公爵家の料理長に……菓子折り、ですか?」
「あんたの焼き菓子、この館でいっとうの腕やろ。詫びの先陣はな、いっとう旨いもんが切るんや」
「……焼き加減の、ご指定は?」
「あんたに任す。職人の裁量に口出すんは、銭払う側の悪癖や」
半日ぶつぶつ言いながら、それでも箱を三つ、焼き上げてくれはった。蓋を開けたら、バターと蜂蜜の匂いがふわっと立つ。角のええ焼き色、蜂蜜の照りがつやつやや。……うん、この人の手ぇは信用できる。職人はんは、口より手ぇが正直や。
◇
一箱目は、ポレットちゃんの下宿へ。馬車には、例の調査官どのが当然の顔で同乗しとる。
「詫びの現場も、観察するん?」
「職務です。対象の行動の記録に、例外はありません」
「ほな、ようけ書いとき。あとで読ませてや」
「見せる規定が――」
「ないんやろ。知っとる」
公爵家の馬車が停まった時点で下宿のおかみさんは腰を抜かし、出てきた本人は白目をむきかけた。狭いけど掃除の行き届いた玄関に、繕いもんの針山が出しっぱなしになっている。ええ子に育つ家の匂いや。おかみさんが奥から椅子だの茶だの敷物だのを運び出そうとして、ポレットちゃんが真っ赤になって止めとる。家賃の額より人情の厚い下宿や。
「て、テレージア様!? あの、その節は、いえ、あの」
「まあ落ち着き。今日は謝りに来たんや。早々に押しかけて堪忍な。詫びは鮮度が命やさかい」
式台の前で、うちは頭を下げた。一番の悪口のこと。二番の本のこと。日付と、言うた言葉と、その時のあの子の顔。ひとつずつ、逃げんと口に出す。ポレットちゃんは手ぇをぱたぱた振って「もういいです、もういいです」と言うてくれるけど、もうようない。詫びはな、詫びる側の言い値で終わらせたらあかんのや。
言葉にするとな、自分のやったことの不細工さが、輪郭ごとはっきり見えるんや。それがしんどうて、人は詫びを後回しにする。ほんで後回しにした詫びには、日に日に利子がつく。……せやからうちは、詫びの利子は自分で払う主義や。
頭を下げるたび、不思議なもんで、自分の背中が軽うなっていく。詫びいうんは、詫びた側の荷物も下ろすんやな。前世で覚えとったつもりのことを、この体でもういっぺん習う。
◇
翌日は、教室や。
悪口を聞かせたんは、いっつもこの教室の顔ぶれやった。ほな詫びも、同じ教室の、同じ目ん玉の前でやるんが筋――ほんで教室の真ん中で、公爵令嬢がもういっぺん、深々と頭を下げる。教室は葬式みたいに静まり返っとったけど、かまへん。筋は筋や。ひそひそ声が水面の泡みたいに浮いては消える。あれが、あの、グランハルト様が、飴を、頭を。……ええよ、なんぼでも見とき。見られて減るような詫びは、最初からせえへん。顔を上げたら、窓際の壁の花の子らが、口を半開きにしてこっちを見とった。……あんたらとは近々、茶ぁでも飲みたいなあ。
それから図書室。借り上げた十二冊を荷車に積んで、自分で引いて返しに行く。調査官どのは、荷車を引くうちの三歩後ろを、始終真顔でついて来る。……手ぇ貸そか、の一言もないんかい。いや、ええねんで。観察やもんな。荷ぃは軽いし、道は乾いとるし。
「ご、ご自分でお引きに……?」
「借りたもんは自分の手で返す。うちの店……いや、うちの家訓や」
白髪の司書の先生に詫びて、ついでに書架を一本、寄贈する手続きも済ませた。本の順番待ちで泣く子が、もう出んように。先生は眼鏡の奥の目ぇを何度もしばたたいて、「本は、待てる子の所にも、待てない子の所にも要りますからねぇ」と、皺の寄った目ぇで笑わはる。
帰り際、ポレットちゃんが小走りに追いかけてきた。胸の前で、さっき渡した包みを抱きしめるみたいにして。
「あの……なんで、ですか? なんで、今さら……?」
「今さらでも、詫びは詫びや」
うちは二箱目の焼き菓子を、その腕にぽんと重ねる。
「遅れた分は、利子をつけとく。うちは利子にはうるさいんや」
「……ふ、ふふっ」
噴き出して、慌てて口を押さえて、それでも笑いが漏れて。初めて見る笑い顔は、年相応の、ただの女の子や。よっしゃ。今日はこれで満点や。
◇
王室調査記録 第二報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。対象は罪状一番の詫びを完了し、二番は返本十二冊と司書への詫びを済ませ、書架一本の寄贈手続き中である。謝罪に費用と手間を惜しまず、見返りを求めた形跡がない。返本の荷車は対象が自ら引き、本官は三歩後ろを歩いた。通行人は本官を従者と誤認したが、訂正はしていない。謝罪に利子を付ける貴族を、本官は他に知らない。以上。
――その報告書がどこの誰に届いとるんか、うちが知るのは、もうちょい先の話や。
夕刻、館に戻ると、玄関で兄が紙を一枚持って立っとった。手が、小刻みに震えている。
「王宮からだ。……召喚状だ。登城は、四日後と書いてある」
「ほう。ほな、行くで」
「テレージア、頼む。頼むからな――値切るなよ? 王宮を、絶対に値切るなよ?」
なんでや。ええもんはええ、高いもんは高い言うだけやのに。