悪役令嬢に転生した大阪のおばちゃん、断罪より先に飴ちゃんを配る ~婚約破棄はもろときますわ。ほんで王子、あんた晩ごはん食べたんか?~ 作:月城 友麻
翌日、応接間に三人を呼んだ。
呼び出し状には「お茶の会」と書いてある。嘘やない、茶ぁはほんまに出す。前世の商店街でもな、話のこじれた相手ほど、まず湯気の立つもんの前に座らせるんや。湯気はな、人の肩から力を抜くんやで。
壁際には例の調査官どのが、置物の顔で手帳を構えとる。応接間の観察も職務やそうな。
取り巻き筆頭のオルテンシア伯爵令嬢と、教科書の件の二人や。三人とも、処刑台に上がるみたいな顔で入ってくる。ドルテさんに頼んで、茶ぁと焼き菓子は先に出してある。処刑台に菓子は出えへん。それで察してくれたらええんやけど、まあ、無理やろな。
「ごきげんよう、テレージア様。……わたくしたちを、お売りになるおつもりですの?」
オルテンシアが顎を上げる。強がりの角度まで、今世の記憶にあるまんまや。上に姉が二人おる、伯爵家の三番目の子。どこで覚えたんか、人の顔色を読む目ぇだけは教師より速い。
「売らへんよ。帳面の話や」
「……帳面?」
「うちのやらかしと、あんたらのやらかしを、書いて分けたんや。今から読み上げる」
卓に帳面を開く。四番、教科書隠し。五番、ドレスに葡萄酒。
「五番は、あんたや。四番は、そっちの二人。そこまでは、あんたらの落とし前や。ポレットちゃんに詫びて、ドレスは同じ仕立てで一着、弁償し」
「わ、わたくしに、頭を下げろと仰るの?」
「下げるんは頭やのうて、筋や。――ほんでな、ここからはうちの落とし前や。あんたらに『やってもええ』いう空気を吸わせとったんは、うちや。せやからうちは、あんたらの詫びの横に立って、監督不行き届きをもういっぺん詫びる。逃げも隠れもさせへんし、うちも逃げも隠れもせえへん」
「……わたくしが頭を下げる姿を、学園の皆が笑いますわ」
「笑う奴の名前は、覚えとき。そいつは次にあんたが転んだ時も笑う奴や。ほんでうちは、笑わへん側に立っとる。詫びの横にうちがおるんは、そのためや」
三人が、ぽかんとする。教科書組の片割れが、おそるおそる手ぇを挙げた。
「あ、あの……罰は……?」
「詫びと弁償が罰や。それ以上は取らへん。取り立てと詫びはな、混ぜたら両方腐るんや」
「……庇って、くださるの?」
「叱っとんのや。叱るんと庇うんはな、両立すんの。うちの故郷では常識や」
壁際で、手帳の頁を繰る音が一つ。
「……失礼。貴女のご出身は、王都の本邸では?」
「心の故郷の話や。手帳に書いとき」
オルテンシアの強がりの角度が、ゆっくり崩れていく。扇の陰で、声が湿る。
「……家では、出来のよろしい姉さまが二人。学園では、グランハルト様の取り巻き。どこへ行っても、わたくしの名前は、いつも誰かの後ろに付いてますの。……認めて、ほしかっただけ、ですのに」
「知っとるよ」
前世でもな、そういう子ぉを何人も見たんや。店の棚の前で、飴玉一つ握って出て行きかけた子。叱るんは、いつかて胃の縮む仕事や。手ぇは震えるし、あとで一人でこっそり落ち込む。せやけど、どうでもええ子は叱らへん。叱るいうんは、この子はまだ曲がり切ってへん、いう見立ての証明書みたいなもんや。
「せやから、叱っとんねん。……はい、飴ちゃん。泣く前に舐め」
差し出した蜂蜜色の粒を、オルテンシアは扇ごと両手で受け取って、それから本格的に泣いた。取り巻き二人まで、もらい泣きで
泣きやんだオルテンシアは、赤い目ぇのまま、それでもきちんと背筋を伸ばして言うた。お詫びの段取りは、わたくしに立てさせてくださいまし、と。
翌々日の詫びの席は、つつがなく済んだ。ポレットちゃんは詫びを受けて、弁償のドレスを受け取って、ほんで小さい声で「あの、教科書、実は一冊、自分でなくしたのも……ありました」と白状して、場の空気を全部ほどいてもうた。あの子、大物かもしれん。
オルテンシアが目ぇを丸うして、それから初めて、作りもんやない顔で笑う。いけずの筆頭と、いけずをされとった子が、同じ皿の菓子を摘まんで笑うとる。……この絵ぇや。うちが見たかったんは、この絵ぇやねん。
驚いたのはオルテンシアの手際や――同じ仕立てのドレスを、伝手を三つ経由して一晩で手配してみせた。いけずに使うとった観察眼と根回しは、まっとうに使うたら段取りの才や。この子、磨いたら光るで。
◇
王室調査記録 第三報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。対象は本日、自らへの断罪の実行者たちを叱責し、同時に庇護した。泣かせた側が、泣いた側を庇う。本官の分類表に、該当する欄がない。なお対象は「故郷の常識」と発言した。対象の出生地は王都グランハルト本邸である。指摘したところ「心の故郷」との回答を得た。要調査とする。本官は本日、眼鏡を三度拭いた。曇りは、取れていない。以上。
――登城の朝である。玄関前に、見慣れた黒い文官服が立っとった。
「本日は、警護を兼務します」
「観察と警護、二足のわらじかいな。ご苦労さんやなあ」
眼鏡が、朝日を受けて律儀に光る。
「職務です。……ときに、その腰の巾着の中身を、検めても?」
「ええよ。飴と、針と糸と、軟膏と、胃薬や」
「……胃薬は、本官にも効きますか?」
「あんた胃ぃ痛いん? 若いのに難儀やなあ。白湯と一緒に飲み。ほんで今日は、昼を抜いたらあかんで」
王宮までの馬車の席で、調査官どのは胃薬と飴を交互に検分しとった。……検分は、口ぃ入れてからにしよか、それ。