悪役令嬢に転生した大阪のおばちゃん、断罪より先に飴ちゃんを配る ~婚約破棄はもろときますわ。ほんで王子、あんた晩ごはん食べたんか?~ 作:月城 友麻
新しい年次の、始業の朝である。
馬車の向かいには、当然の顔で眼鏡が座っとる。
「学園まで観察するんか?」
「本日より、通学の警護も兼務します。職務です」
「職務の好きな子ぉやなあ。ほな道中、うちの故郷の話でもしたろか」
「結構です。……いえ。少しだけで結構です」
「どっちやねん」
結局、ちょうちん横丁の夏祭りの話を一つしたる。祭りの名前は伏せてや。金魚すくいの網は紙の目ぇを見て選ぶんやで、いう話や。
「……その祭事は、王国のどちらで?」
「心の故郷や、言うたやろ」
「記載します。『所在不明の祭事、金魚は実在の疑いあり』」
金魚に疑いをかけられても困るんやけどな。眼鏡は「実在の祭事か要確認」みたいな顔をしながら、それでも最後まで聞いとる。
学園に着いたら、空気がまるっと腫れ物やった。廊下を歩けば、人垣がすうっと割れる。悪役令嬢の看板は、まだ下ろしてもろてへんらしい。
かまへんよ。前世で五十年店番した人間にな、視線なんぞ効かへんのや。効くのは腰の冷えだけや。
教室に入って、うちはまっすぐ窓際へ歩いた。壁の花の子らが、びくっと姿勢を正す。
「おはようさん。……あんた、刺繍の子やろ。いっつも上手いこと針動かしとるなあ」
「え……わ、わたくし、ですか……!?」
「名前、聞いてええ?」
名前を聞いて、飴を一粒。隣の子にも、その隣の子にも。教科書の角がすり切れるまで読み込んどる子には「目ぇ、大事にしや」を一言添える。
「か、返礼の品を、わたくし、持ち合わせて、おりませんで……」
「飴に返礼はいらんよ。笑うてくれたら、それで釣り合いや。カッカッカ」
笑うとき口元を隠す子、頷くだけの子、俯いたまま耳だけ赤い子。……ええ子らが、ようけ壁際におるもんや。
看板いうんはな、一日で掛け替わるもんとちゃう。「悪役令嬢」の看板を下ろすんも、きっと同じことや。信用は飴とおんなじ、粒売りなんよ。一粒ずつ配って、一粒ずつ積む。前世五十年、うちがいちばんよう知っとる商いや。
「刺繍はな、目ぇの勝負やのうて、肩の力の勝負やと思うで。知らんけど」
刺繍の子は目ぇを丸うして、それから口の中で、小さう転がした。「知らんけど……」。……あ、うつった。
昼は図書室へ。頼んどいた書架が納品されとって、司書の先生と二人で検分する。棚板よし、奥行きよし、角の面取りよし。ええ仕事や。
「よい棚です。長う保ちますよ」
「本の順番待ちで泣く子が減ったら、それが一番や」
書架の前には、もう順番待ちの子ぉが二人並んどった。本の順番待ちは、泣くもんやのうて、わくわくして待つもんや。それでええ。
帳面を開いて、二番の行に、すうっと線を一本引く。……消した線はな、うちの帳面の勲章なんや。一番、二番、これで仕舞い。三番のお茶会の分は、いま仕込みの最中や。
帰りの馬車で、調査官どのが手帳に何やら書いとる。ちょっとだけ、見えてもうた。『対象は本日、七人に飴を配布。全員が笑った。因果関係は調査中』。
「因果もなにも、あらへんで。飴はな、笑うために舐めるんや」
「……手帳を覗くのは、規定違反です」
「ほな見えんとこで書き。……字ぃ、きれいやなあ」
眼鏡の耳の先が、また少し赤うなる。素直な耳ぇや。
夕方、屋敷に戻って、うちは厨房の入り口からひょいと中を覗いた。鍋の並び、
「お嬢様。厨房に、何のご用です?」
振り向いたギヨムはんの眉が、もう警戒の角度になっとる。
「今度の休み、ここ貸してや。飴を炊く」
「飴……。砂糖は高うつきますぞ。輸入の専売品で、目の玉の飛び出る値ぇです」
「砂糖は使わへん」
「……は?」
「麦で、飴を作るんや」
ギヨムはんは三秒黙って、それから、厳かに言い放った。
「…………お嬢様。そんなことができたら、錬金術ですが……」
「錬金とちゃう、飴ちゃんや。だいたいな、金は麦にならんけど、麦は飴になるんやで。麦のほうが偉いんや」
「屁理屈です。……旦那様に、何と申し開きすれば」
「お父様には手紙で言うとくわ。『娘は元気に鍋を振ってます』て」
「余計にご心配なさいます!」
その晩、寝床でうちは指折り数えた。麦、竈、薪、包み紙。……足りんのは人手と売り先と、ほんで世間の「麦の飴? なんやそれ」いう顔をひっくり返す、最初の一粒や。まあ、ぼちぼちやな。急がば回れ、商いは足元からや。
◇
王室調査記録 第五報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。対象は本日、学園に復帰。廊下の人垣は割れたが、対象は構わず進み、七名に飴を配布した。全員が笑っている。因果関係は調査中である。また対象は書架一基の納品を検分し、帳面の二番に抹消線一本。なお対象は夕刻、「麦から飴を作る」と宣言した。料理長は錬金術であると主張する。錬金術には届出の義務がある。該当の有無を、調査する。以上。