悪役令嬢に転生した大阪のおばちゃん、断罪より先に飴ちゃんを配る ~婚約破棄はもろときますわ。ほんで王子、あんた晩ごはん食べたんか?~ 作:月城 友麻
茶会の日は、憎らしいほどよう晴れとる。
庭の
「気後れさせない紙で、きちんと敬う文面。招かれ慣れない方には、それが効きますの」
「……あんた、ほんまに得意やなあ、それ」
「いけずも心配りも、見とるところは同じですもの。裏返すだけですわ」
言うて、招待状の控えの束を、とん、と揃える。手際に迷いがない。
「席次はどないすんの?」
「決めませんわ。丸う座るのが、テレージア様の流儀でございましょ?」
「……よう分かっとるやん」
給仕はポレットちゃんが買って出てくれた。盆を持たせたら、あの子、水を得た魚や。下宿のおかみさん仕込みの手際で、茶器がすいすい回っていく。
壁の花の子らは、東屋の前で最初、揃うて固まっとった。
「あ、あの、わたくしたち、お茶会の作法が、その……」
「作法なら、うちのほうが知らん側や。飴の舐め方に、作法はあらへんで。ほら、座り座り」
一巡目の茶ぁで肩がほどけて、二巡目で口がほどける。刺繍の子は糸と生地の値に詳しい――絹糸が先月から二割上がったこと、どこの店の裁ち屑が上物か。本の子は写本屋の裏事情に詳しい――人気の恋物語は写本待ちが三月やということ。薬草園の係の子は畑の出来に詳しい――今年は生姜が豊作で、値ぇが下がっとること。
「……生姜と、水飴なあ。ええこと聞いたわ。寒うなったら使えるやつや」
「あ、あの、こんな話、お茶会でしてよいものなのでしょうか……」
「よいもよいも、ご馳走や。そういうんが聞きたかってん」
話が回る、回る。
……ほらな。壁の花いうんはな、壁際から、いちばん広う部屋を見とる子ぉらのことなんや。
「ええか、覚えとき。社交界の噂より、台所と壁際の噂のほうが、早うて正確や」
「そ、そうなのですか……?」
「うちはそれで五十……ごほん。それで今まで、なんべんも助かってきたんや」
笑い声が上がる。よっしゃ。この東屋、今日から井戸端や。
湯気の向こうの笑い声を聞いとったら、ふっと、前世の店先が重なった。学校帰りの子ぉらが、棚の前でああでもないこうでもない言うとった、あの夕方の声や。……世界が変わっても、女の子の笑い声は、おんなじ音がするんやなあ。ええ音や。この音が聞こえる場所を、うちはこの世界にも、なんぼでも作ったるからな。
隣でオルテンシアが、扇の陰でぽつりと言う。
「明日には社交界中が騒ぎますわよ。『グランハルトの茶会に、筆頭格がひとりもいなかった』と」
「あんたがおるやんか」
「わたくしは……元・筆頭格ですもの。今は、ええと……幹事ですわ」
幹事。ええ響きや。井戸端に幹事がおったら、それはもう組織や。
ポレットちゃんが空いた皿を下げながら、こそっと寄ってくる。
「あの、テレージア様。皆さん、その……また来たい、と仰ってます……!」
「ほな、次は月に一遍やな。幹事はん、そういうことで」
「承りましたわ。次は庭を借りる算段からですわね」
ギヨムはんの焼き菓子は三皿が空になって、水飴の湯割りにはお代わりの列がでけた。うちの帳面に、そのうち「出」と「入」のほかに、「笑い」の欄が要るかもしれんなあ。
賑わいの隅で、うちは帳面を開いて、三番の行に線を引いた。招かんかった詫びは、招くことでしか返せへん。一番、二番、三番――うちが自分でやった分は、これで仕舞いや。
……ほんまはな、番号のつかん分が、まだようけある。名前も知らんかった侍女らの十七年ぶんとか、そういうやつや。それは帳面に書き切れへんし、一生かけて返すもんなんやろう。
◇
王室調査記録 第七報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。対象は本日、招かれた経験の少ない令嬢のみを集め、茶会を主催。参加者は全員、帰路で笑っていた。対象は本官の分の菓子を、取り置いている。本官は職務中である。職務中であるが、二つ食べた。特記事項。茶会の話題は糸の値、写本の相場、畑の出来。社交の話題として異例だが、情報の質は高い。次回の茶会も、警備は本官が担当する。職務である。以上。
散会の刻、夕日が東屋の白布を蜂蜜色に染めとる。子ぉらは名残惜しそうに、何べんも頭を下げて帰っていく。……最後に一人、ポレットちゃんが残った。
膝の上で、指先が白うなるまで手ぇを握り込んどる。
「あの……テレージア様。折り入って……お恥ずかしい話、なのですけれど」
「ん。なんでも言うてみ。恥ずかしい話は、だいたい大事な話や」
「実家が……その、お金の、ことで……。今年の請求書が、その、どうしても、おかしい気がして」
――ほう。請求書。
うちの中で、そろばんの珠が、ぱちんと鳴った。