悪役令嬢に転生した大阪のおばちゃん、断罪より先に飴ちゃんを配る ~婚約破棄はもろときますわ。ほんで王子、あんた晩ごはん食べたんか?~   作:月城 友麻

9 / 15
9. ポレットの借金検算

 翌日の放課後、ポレットちゃんは実家から届いた文箱を抱えてきた。中身は、借金の証文の写しと、返した分の受取の束と、今年届いた請求書――元利の明細が付いとるやつや。文箱には蜜蝋の匂いが薄う染みとる。……里の匂いなんやろなあ。

 

 メリス男爵領――蜂蜜の里や。お父君は養蜂家上がりの実直な男爵で、三年前、巣箱の疫病で蜜蜂が半分死んだ年に、金貨四十枚を借りはった。巣箱の立て直しと、娘の学園の費えのためや。

 

「それが……今年の請求が、七十枚になっていて。父が問い合わせたら、契約書の通りです、と」

 

「四十が三年で七十。年利は?」

 

「一割、です」

 

「ほな、どない転んでも七十にはならへん。……貸し。検算したる」

 

 文箱の中身は、きちんと日付順に揃えてあった。返済の受取まで、一枚も欠かさず取ってある。……これだけで、お父君の人柄が分かるわ。受取を捨てん人間は、嘘の勘定をせん人間や。そういう人がきっちり嵌められとるんが、いちばん腹の立つ形なんよ。

 

 証文を広げて、条項を目でなぞる。年利一割。未払いの利は、年の暮れに一度だけ元利へ繰り入れ。返済は元利残から差し引き。端数は暮れごとに銀未満を切り捨て。……まっとうな証文や。まっとうやのに勘定が狂うとる時はな、証文やのうて帳面の側に細工があるんや。

 

 うちは紙に、年次を書き出した。

 

「ええか、ポレットちゃん。借りたんが三年前。一年目の暮れ、四十に利ぃが四枚ついて、四十四。二年目の暮れ、利ぃが乗って四十八枚と銀四十。――ここでお父君、十二枚返してはるな?」

 

「は、はい。蜜のよう採れた年で……受取も、ここに」

 

「偉い。ほな差し引いて、残りは三十六枚と銀四十。三年目の暮れに利ぃが乗って――四十枚と銀四。これが正しい勘定や」

 

「よ、四十枚と銀四……? さ、三十枚も、違います……!」

 

「せや。ほんで商会が、どこで七十をこしらえたか。……請求書の明細、見てみ。細工は二つや。一つ、繰り入れが夏と暮れの年二回になっとって、そのたび一割まるまる乗せとる。証文の約束は『暮れに一度』やのにな。二つ、返した十二枚が『これから付く利の前払い』いう預かり扱いで、元利から引かれてへん。――ほんでこの明細のどこにも、その預かりを何に充てたか、一行も書いてへんのや。宙ぶらりんの預かり金や」

 

 明細の数字を、うちの年次の紙と横に並べたる。

 

「細工の通りに転がすと、四十八枚と銀四十、五十八枚と銀五十六、三年目で七十枚と銀八十五。ほんで請求書は端数を落として、切りよく七十や。数字まできっちり合うとる。……これ、間違いやない。わざとや。間違いはな、片方に都合よう転ばへんのよ」

 

 ポレットちゃんは紙の上の数字を、何べんも指でなぞっとる。賢い子や。一回見せたら、仕組みまで呑み込む目ぇをしとる。

 

「ついでに聞くで。里の蜂蜜、樽なんぼで商会に卸しとるん?」

 

「に……銀貨二枚、です。それでしか、買っていただけなくて」

 

「王都の市価、樽十枚やで」

 

 小さい顔から血の気が引いて、それから、じわっと赤うなった。握った手ぇが膝の上で白うなっとる。……せやけど、俯かへんのやな。ええんやで。それは、怒ってええやつや。

 

「買い叩きはな、罪と違う。せやけど、あこぎや。あこぎには、あこぎの返し方がある」

 

「か、返し方って……どう、なさるのです?」

 

「そのうちにな。一遍に二つやるんは、欲張りいうねん。まずは借金や」

 

 ……前世でな、証文の読めんばっかりに、店を畳んだ人を何人も見てきたんや。読める人間がひとり隣におったら、あの人らは店を続けられたんやないやろか――そう思うたことも、何べんもある。ほな、今世のうちが、その「隣のひとり」になったらええ。字ぃと算盤は、そのためにあるんや。

 

 横で検算を眺めとった調査官どのが、手帳に何か書き付けとる。ちらっと見える。『対象は複利を暗算した。当調査室に欲しい』。……こら。嫁入り前の娘を、役所が欲しがったらあかんやろ。いや、嫁入りて何や。うちは何を考えとるんや。

 

「テレージア様……それで、その、どうすれば」

 

「決まっとるやろ。……ただし、順番や。まず、お父君に文ぃを書き。うちが名代(みょうだい)に立つには、男爵家の委任状が要る。早馬で往復、三日いうとこやな」

 

「い、委任状……は、はい! すぐ書きます!」

 

「ほんで断っとくけどな、証文は直させへんよ。あれはまっとうな紙や。直させるんは、細工の載った明細と、残高の確認書のほうや。まっとうな紙は、まっとうなまま使う。それが筋やさかい」

 

 うちは証文の写しを揃えて、机の角で、とん、と打った。

 

「委任状が届いたら――カンドール商会、会いに行こか。ポレットちゃん、あんたも来るんやで。自分の家の話や。隣で聞いて、覚えて、いつか自分で言えるようになり」

 

       ◇

 

 王室調査記録 第八報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。対象は本日、男爵家の債務を検算した。商会側の帳面に、細工二箇所を特定している。本官は計算を三度追った。三度とも、対象が正しい。対象は同行者の令嬢に、検算の全工程を口頭で説明していた。教育と思料する。対象は男爵家の委任状を待って、カンドール商会王都本店へ赴くと宣言した。名代である。本官も同行する。職務である。以上。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。